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寺院布教

Img_0280   大阪西成の本派寺院への3年続けての出講。電車で行って、父の故郷である芦原橋駅周辺をプラプラしながら、歩いてお寺まで向かう。

 こじんまりした本堂。昨年、少しワークをやり、そのあとのやりとりがまだ頭に残っていた。

   Img_0297一方的に説教する布教法は、もうとうに限界に達している。結局、知識(正しい教義)のやりとりか、阿弥陀仏の慈悲を、先祖や親(亡き人)をホトケとして、その慈愛に共振させるような感情的な説法が幅を利かしている。かといって、話し合い法座と銘打っても、手詰まりなのが現実だ。さまざまなワークができても、その後の手立てが分からないのが、今日の浄土真宗の現実ではないだろうか。結局、法要と法話の2本立てから、脱することはできていない。

Img_0282 人数も20名以下と手頃、今回は、おもいきって法話はせずに、こちらからの質問を通して、皆さんに答えていただくことから始まった。まずは、そのご心境、聞きぶりをお尋ねしてみたかった。
 
「浄土真宗で一番たつせんなことはなんですか」と尋ねても、亡くなった両親や連れ合いの供養を縁に、お仏壇を大切にし、お給仕を怠らず、そして感謝の日暮らしをする。そこに「お念仏を申す」とい方がひとりだけあったが、それ以外は、だいたい先祖供養の信仰から出ておられない。それでも、素朴ながらも純粋な気持ちであることには変わらないし、そのことを通じて、何かに触れておられるのも事実である。ただ、そこを一歩Img_0290超えて聴く、自分の問題として聴聞することは、簡単なようで、その壁を破ることが難しい。
 
 そして夜座は、最初から車座になって法話はまったくなし。つながりの中で、自分を問うてもらいたかった。自己紹介ゲームをしたが、これがたいへん好評だった。笑い声が交わり、楽しくワークをしてくださった。顔は知っていても、会釈する程度でも、横のつながりが希薄だったというのだ。

Img_0287 そこから、お寺とのご縁を語り、そしていまの自分の悩みや、課題を語っていただくことにした。みんな、イキイキとお話をくださった。それぞれの縁があり、また悩みをもっておられるということだ。信仰の上のことはあまりでなかったが、ひとりある孤独感や不安を、率直に話してくださったのが印象的。みんな、温かいつながりを求めておられるのである。受容的な雰囲気の中で、率直な自分を語っていただけて、よかった。正解を聞いて覚えても、そこにはイキイキとしたいのちが宿っていないと意味はない。

 ひとりひとりの眼をしっかり見て、話を聞くうちに、それぞれがかけがえいない、大切なひとりひとりであると味わるから、不思議。最後に皆さんと、声に出してお念仏を申した。

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