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『浄土五祖伝』~少康法師~

 法然さまが、中国における浄土念仏の先達として、曇鸞さま、道綽さま、善導さま、懐感さま、そして少康さまの五名の祖師を挙げ、顕彰のための各師の伝記をまとめてられたのが、『浄土五祖伝』である。この五名を中国の浄土五祖と選定されるのは、法然さまのオリジナルであるという。そのうち、曇鸞さま、道綽さま、善導さまの三名に関しては、業績、著述ともに申し分なく、浄土教の歴史においても大きな発揮をされている。異論はないだろう。しかし問題は、懐感さまと少康さまである。別にお二人に浄土願生や業績、著作などに問題があるのではなく、他にも資格者がおられる中で、なぜこのお二人なのかである。

 その中でも、以前から不思議に思っていたのは、同じ「後善導」で、著述など影響という意味では、さらに功績ある法照さまが漏れていることだ。

 親鸞さまの高僧和讃にも、
「世世に善導いでたまひ
 法照・少康としめしつつ…」

とあるように、お二人を善導さまの再来といただいておられる。ところが、著述に関すると、実践家であった少康法師には、最晩年に共著で、往生伝の『瑞応伝』があるだけだ。一方で、先輩の法照禅師の『五会念仏法事讃』は、親鸞聖人もたびたび引用されている。「念仏成仏是真宗」という文言も有名。後世の影響や著述、業績という意味では、むしろ法照禅師が五祖に加えられたほうが自然な気もするが、実際は違う。それはなぜなのだろうか。

 実のところ、はっきりしたことは分かっていない。

 が推測されるのは、まず法照禅師は、善導さまの生れ変わりとして、同一とみなされているからではないかというのが、ひとつである。

 一方で、その後に出られた少康法師も「後善導」ではあるが、少し事情が異なっている。

 少康さまの当時は、「阿弥陀仏の化身」だという善導さまの神格化ならむ仏格化が進んでいる。実際、少康さまの伝記が収められた「宋高僧伝」は、善導さまの真像が、仏身となったとsいうエピソードがある。そして、その「阿弥陀仏の化身」である善導さまから、時空を超えて直接教示を受けられたのである。この時代になると、善導流の法脈(法灯)、つまり直弟子-孫弟子と流れきた系譜が乱れて、不明となる時期に差しかかっていたいう。そんな中で、少康さまは、阿弥陀仏である善導さまに、直接対面して
「汝、わが施設(=儀礼)に依って、衆生を利楽(=利益)して、同じく安養(=浄土)に生れよ」
と教示されたエピソーが加えられている。そして、その後、上流知識人ではなくて、一般庶民に向けて念仏の実践、教化活動に専念された少康さまを、法然さまは重視されたのではないだろうか。

 法然さまもまた、時空超えて金色の善導さまにお出遇され、ご指南を受けられて、専修念仏弘通に邁進されることになり、自ら「偏依善導一師」と宣言されることと、どこかで重ねておられるのではないかというのは、ぼくの推測である。

 来月で最終回だが、もう少し少康さまを勉強させて頂きます。

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