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2017年1月の26件の記事

驚きたてるこの弥陀は…

Img_8783 Y家の家庭法座の夜は、博多しゃぶしゃぶ「あり田」での懇親会である。大サービスくださり、新鮮なお刺身やお肉が食べ放題。「無量寿」コースである。浅ましい身には、殺生はうまい。

Img_8776 二次会は、そのAさんの恩人で、法座にも参加してくださるUさんのバーへ。なんとかと一足飛びにはいかないので、搦手からご縁を結んでおられるのが、よく分かる。ここでも、偶然、知人の方が座ってくださり、重ねてお酒を酌み交わして、賑やかに時間が過ぎた。

 Img_8777翌朝、Yさんのご法話は、六道輪廻の中でも、三悪道の地獄界、つまり欲界最底下の八大地獄のお話である。そういえば、昨晩だけでも、等活地獄行きの悪業である殺生の罪を喜んで犯し、叫喚地獄の罪業である飲酒(おんじゅ)を犯し、大叫喚地獄のたImg_8778ねである酔って好きなことを言い合い、妄語の罪を重ねたのである。しかも、なによりも恐ろしいのが、そのことについてまったく無自覚でいることだ。いのちを慈しむ目から見れば、殺生はおぞましく、静かな修行妨げる飲酒も恐ろしいものなのImg_8782に、凡夫が狂い、轉倒(てんどう)している証拠は、それが楽しくして仕方ないといのうだがら、この迷いはあまりにも深い。

  ところで、その後の座談会で、ある方が、ご自分の妹さんの悲惨な現状を詳しくお話くださった。内容には触れられないが、テレビの悲劇ドラマさながらの悲惨な状況に置かれておられる。皆さんも、固唾をのんで聞いておられたが、最後に、「妹家族にすれば、いまが地獄です」と結ばれた。たぶん、世間の方ならそう思われるだろう。しかしである。確かに、地獄の「ような」状況だが、けっして地獄ではない。この世に、地獄のたねも、餓鬼のたねも、畜生のたねも、確かにある。しかし、どんなに苦しくても、ほんとうの「地獄」ではないのだ。なぜなら、たとえば等活地獄では、粉々になって死んだ罪人が、獄卒の「活、活」の声で、元通りにとなり同じ苦しみが、業が尽きるまで延々と続くのだから、自死でも逃れられないのである。そして、その地獄も、餓鬼も、すべて私の後生は、今の私が自ら造る化生の世界なのである。

「一たび人身を失いぬれば、万劫にも復せず」という一大事が、ここにある。

そして「南無阿弥陀仏」ひとつで、その迷いの世界を超えていく道があることも、ご法話で触れてくださった。南無阿弥陀仏

 そなたがすわる足もとに 八大地獄の業の火が
 驚きたたぬそなたより   驚きたてるこの弥陀は
 血潮に染まり紅の     紅の身のくだくるも
 立ちづめ呼び詰め招きづめ
 こいよ、こいよ 出でこいよ そのままこいよ出てこいよ
                      (大悲の呼び声) 

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福岡での家庭法座

  福岡のY家家庭法座。

  初日は、事務所での法座。2日目はご自宅での法座である。年2度の家庭法座を初められて10年近くなるという。

 最近の支部法座の会所(えしょう)は、会館の会議室などが主流になったが、やはり家庭での法席は尊い。家人は、掃除や広間の片づけなどで準備もたいへんだ。以前、京都や大阪の支部法座は、すべて家庭法座であったが、いまそれぞれ1カ所ずつになったいる。Y家では、自宅で宿泊もさせていただく。

 家庭法座が尊いのは、日頃ご縁ない家族が法席に座ってくださることだ。Y家でも、3世代が揃って、お仏壇に向かい称名され、ご聴聞くださった。普通、法事や年忌でもない限り、こんなことはありえないことだ。特に、Yさんのお母さまが、初めて顔を出してくださったのがうれしい。ぼくも、つとめてかみ砕いて「後生の一大事」についてのご法話をさせていただいた。

 また今回は、Yさんが一座、ご法話を担当されたことが大きい。それに合わせてお友達などもお参りくださたのである。もちろん、義理参りの方もあろうし、何かいい話を聞きたいとか、心の落ち着くものを求めておられる方もしれない。

 その意味では、聞法のレールにのっていただくことは、並大抵ではない。しかし、間違いなくこの一歩がなければ、次ぎの一歩もありえない。お勧めの側もただ願うだけでなく、法座に座っていただくという行動につながったことが、尊いのである。事実、何度ものご縁で、お子さん方の態度も変化しているのが、座談会の発言を聞いていると分かる。

 あの手、この手の種々のお導きの背景には、大きな願いがある。

 そうだ。私たちの後ろ楯には、とてつもない大きな方がどーんとついてくださっている。勇気をもって、有縁の方をお誘いしていきたいものである。

 

 

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華光誌輪読法座~大千世界に満ちる火を超えて聞け~

 平日の昼間、しかも冬になって参加者が少ない。それでも、平日だからと参加くださった方もある。家庭や仕事の関係で、平日の方が参加者しやすいという方もあるのだ。

  聖教のこころは、『無量寿経』の流通分(るずうぶん)で、お経の結びにあたる。広くこの教えを後世にも伝えてほしいという釈尊の願いが、弥勒菩薩に委嘱されるので、弥勒付属ともいわれる。

 つまり、最後に、六字名号の御利益を示す段があって、南無阿弥陀仏のおいわれを聞法して、そして一声でも称名念仏するものは、この上ない大きな功徳が得られるというを説かれて、だからこそ、たとえ三千大世界を焼きつくす猛火の中をもくぐり抜けて教え聞けとお諭しになっている。親鸞聖人が、

 「たとひ大千世界に   みてらん火をもすぎゆきて
  仏の御名をきくひとは ながく不退にかなふなり」

と和讃されているところである。

 ここを読んで、ある方のお味わいが有り難かった。
 ぼくが小学生の時に、悟朗先生から「いのちがけで聞くか」と迫られ、「南無阿弥陀仏に飛び込め」とのお示しは、ここに根拠があるのではないか。それは、いのちがけになれるとか、なれないとかというのではなく、
 「結局、お釈迦さまのご命令(勅命)だったんですね」、と発言された。

 それを聞いて別の方が反応される。
「いまのぼくは、命懸けで聞けるとは思えません。いまの心境では、無理です」と。

 そうではない。もし、私が命懸けで聞けるようになったとか、もしくはそんな心境になれさえすれば信心獲得できるのだ、という聞き方こそが、自力疑心の捨てものなのである。

 「大千世界に みてらん火をもすぎゆきて」聞けというのは、けっして、私の努力目標でも、勇ましスローガンでもない。もちろん、獲信のための条件でもない。お釈迦さまが、弥勒さまにお伝えすることで、私に指し示してくださった「仰せ」なのである。

 真宗のご聴聞は、「仰せを聞く」ことだ。如来さまの「来いよ」の勅命、つまりご命令に信順するだけであって、けっして、私の心境をとやかく尋ねることではない。教主世尊が、「たとひ大千世界に満ちる火を超えて聞け」と、衆生に向かって仰ってくださっている。

 ならば、私が聞くしかない。しかし、大火を前にすると、さまざまな思いがでるだろう。躊躇も、遠慮も、逡巡も、「どうすれば」もあれば、疑いや弱気の心もある。まさに私の胸に大火の如く自力の心が満ちているのである。そして、その心で、昿劫から、ずーと長綱を引いて逃げ、迷ってきたのである。だからこそだ。「その火に飛び込んでも聞け」と仰せになっている。ならば、いま、ここでその仰せに従って、一声、「南無阿弥陀仏」と飛び込むのである。
 

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寿命

 テレビがひどくノイズが入って、見られなくなった。テレビの故障ではなく、アンテナである。業者に修理してもらう。

 昨年11月で、新会館になって20年が経過したが、このところ、あっちこっちで小さな故障が続いている。

 まず、大会直前に、2階のトイレで小さな水漏れが続いた。ウオシュレットの故障で、結局、3ケ所も交換が必要だった。報恩講では、業務用の掃除機で感電したという方がでて、「新製品を」とご喜捨をくださった。個人でも、1階のシャワーもダメになった。無理をして使ってきたこともあるが、電化製品も一斉に故障しだした。炊飯器、電子レンジ、掃除機を交換した。洗濯機もかなりあやしくて、すごくうなりをあげ振動しながら動いている。

 そして、今度は、テレビのアンテナだ。12月ころから少しおかしかった。でも、天気や寒さのせいかなと思っていたら、1月以降、すごいノイズが入るようになる。業者の方が、あれこれ点検や調整したがダメで、ブースターの交換で、元通り映るようになった。

 いまの電化製品は、丈夫で長持ちするが、新しいモデルや製品が次々出るので、故障したらすでに交換部品がないことも多い。第一、修理よりも新製品を買う方が、安上がりと言われることが多い。 

 人間なら20年は成人式。いちばんの花盛りだが、電化製品はすでに寿命が過ぎたようだ。

 建物自体も、10年毎のメンテナンスを迎える。内装も、20年経つと、壁紙、タイルカーペットの交換が必要になってくる。

 物の心配ばかりしているが、我が身の命はどうか。明日も、明後日も、1年後、どころか10年後も、いまのまま変わらず元気でいるという、まったく根拠のない安心を懐いて生きている。

 まさに、無明であり、轉倒している姿である。

 

 

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お別れ

Img_8746_2 早朝から空港へ向かう。京都市内に大雪警報が出ているが、このあたりは大丈夫だった。
 行きは、子供だけの長旅だったが、今回は、母親も一緒なので、安心である。彼女も、久しぶりに華光会館にも御参りきてくれたり、短い間に、連れ合いにも何度か会ってもらった。

 約1ヶ月半。あっという間に過ぎた。

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 母や連れ合いとも、「やっぱり寂しくなるね」と話しあう。

 皆さんから、口々に「大きくなったね」とか、「見違えるね」と、成長したことを驚いてくださっていた。でも、逆にぼくは、その資質が変わっていないことが、うれしかった。その間、旅行にしたり、母とも、近郊に遊びに行ったり、楽しいこともいろいろあったし、叱ったり、腹を立てることもあった。 

 「いちばんうれしかったのは、どの法座にも出席し、(上の子だけだが)座談会にも座って、熱心に聞こうとしてくれただね」と、母が言った。

 まったく同感である。もちろん、もう一歩、踏み込んで聞いてもらうことができなかった。これは、ぼくの法に対する甘さの故だとは思う。

 しかし、少なくとも、聞いても聞かなくてもいい教えでもなく、または、いつかはという聞き方でもなく、人間に生まれさせていただいた一人一人が、私の仏さまに出遇わせていただく。この.一大事を聞き開かねばならぬことを心に刻んでくれたという思いはある。

 ほんとうの意味での、聞法の緒にはついていないかもしれないが、ある意味では、聞法者として、御同行・御同朋である。

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裏方の仕事

 同人会ニュースの発送作業だ。

 今回は、子供たちに、紙を折り、二つ合わせをする仕事をしてもらった。

 遊びたいばかりで、なかなか動かない。帰国が迫り、会いたい人も増えてくる。急に、友達の家に泊まる話になる。荷造りもあるが、土産も増えるばかりだ。早くから、仕事の段取りを知らせていたが、時間がなくなって、こちらはイライラばかりさせられた。下の子が約束時間に帰ってこず、叱ってしまった。

 仕事は、たいしたことではない。二人で集中すれば、1時間ほどで完成するだろう。別に、子供の手を借りなくても、できる。しかし、これだけはやってもらいたかった。

 古い華光誌がそうだっだが、案内物も、もちろん行事も、聞法旅行も、子供大会もそうだ。案内の下準備や連絡から、掃除も、家族が総出で、ひとつひとつを手作業でやってきたのである。その積み重ねが、今日の華光の集いである。

 今は、事務の方もおくことができた。運営委員会も出来て、行事係もおられる。お掃除基金もある。ぼく自身も、布教に専念できる体制ができつつある。しかし、華やかな表舞台の裏には、必ず、それを支える裏方がある。それを疎かにしていると、いい法座が生まれないことを教えられてきた。

 それはいくら口で言われても分からないことだった。ぼく自身も、時には父に反発しながらも、身にかけて教えられたことである。ちょっとずれるが、こんなことを思いだした。

 それは講習会の資料作りだったと思うが、コピーが済んで、それを二つ折りし、集めて、ホッチキス留めをする作業が残った。父に頼まれた時、ほかに用事があったので、「あとで、やっといてあげるわ」と返事した。

 それがまずかった。法話の中で、叱られたのである。「やっといてあげる」という言葉が、いかに傲慢であるかというのである。心が、言葉として現れ、社会では通用しないとうのである。

 それを聞いたとき、ぼくの心は煮えくりかえった。皆の前で、法話の中で指摘されて、恥をかかされたからである。そのことで、父に抗議したことも覚えいる。抗議が出来たのは、少し大人になっていたからであろう。そんなことを繰り返し、繰り返ししながら、いろいろと教えていただいたのである。

 にも関わらず、結局のところ、ぼくの本性はいまも何も変わっていない。楽をしたい心しかない。一人でいろいろなことをやらされると、腑におらない気分になる。自分のやりたいことには熱心だが、人の雑用まで負いたくないのである。

 だからこそである。目に見えないところで、裏方の仕事を丁寧に出来るのか、またはそういう方の無数のご苦労を忘れはならないということを、ご教示されたのである。

 

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京都支部法座~「問い」を頂く

 浄土真宗は聴聞の教えだ。「聞」ひとつこそが、肝要である。

 今日の知識偏重社会、受験社会の中で育った高学歴の人達が大半となってきて、教えを聞くというとも、ともすれば学解(がくげ)、つまり学問的な聞き方になってしまうことも多い。そこでは、教えを暗記したり、正解や答えを求めて理解するような聞き方に終始していないか。

 しかし、真宗の聞法は、何かを覚えたり、私の頭で理解したりすることではない。教義を知るには、それでいいのかもしれないが、信心の世界は別個のものだ。ともすれば、真宗は聞くことひとつ、しかも阿弥陀さまの他力の一人働きなので、「ただそのまま聞くだけでよい。知らされるだけでよい」といったお説教もあるようだ。

 もちろん、ただ聞くひとつには間違いはない。しかし、ただ漠然と聞くのでもなければ、または信心を目的として、その手段として聞くのでない。もちろん、正解を求めて聞くのでもない。

 聞法は、私が「答え」を求めるのでなく、私に如来さまから「問い」をいただくことではないか。

 たとえば、「後生の一大事」と聞かされる。しかし、実際はそうなっていない自分がいるだけだ。その時、「後生に一大事などかからない自分だ」と開き直るのでも、一大事が心にかかるように自分を叱咤するのでもない。「後生の一大事を心にかけよ」という仰せがあるのだから、仰せを仰せとして聞く以外にない。すると、必ず、そうであるにも関わらず、そうなっていないて自分が問われことになる。つまり、外に向いていた聞法の矢印が、私の内に方向が変わるのである。

 お命を捨て叫び続けてくださる真実そのものの如来さまに出会うからこそ、命を惜しみ、我が身を厭うばかりの不実の私が知らされるといっていい。

 安易に、聞法に方法や答えを求めるのでなく、頂いた「問い」を大切に聞かせていただくことが、真宗の聞法ではないだろうか。

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龍象、火を吐きし頃

 報恩講が終わって、同人会ニュースの編集作業へ。先の総会の報告である。
 巻頭は、昭和21年の伊藤康善先生の誌上法話。法話というより感話である。いまから70年以上前の記事だが、父が、龍谷大学に入学した以降、龍大の真宗学生(僧侶の卵)が、華光に出入れするようになったことをたいへん喜ばれている。龍大は、真宗学の最高学府とはいえ、現在は大密林地帯だ、と言われている。その大密林地帯の野象たちが、慣らされた象に感化されて、信の一念の鉄柵に捉えられていく、伊藤康善先生のお得意の譬えである。が、最後には、龍大には宿善を篤い人達が集まっている。野象に譬えるのは失礼だといわれいてる。

 その後、後生の解決をした象たちが、再び密林に戻ったり、人間界に出たりしながら、さまざまに活躍をすることになるのである。野象ならぬ龍象である。龍象とは優れた象のことで、高僧の意味である。高僧を、威力ある龍象に譬えた仏教用語だ。

 まさに「龍象、火を吐きし頃」を迎えたのである。 

 しかし、それも70年前のこと。今日の龍大の姿をご覧になられたら、先生はどう思われるだろうか。

 その伊藤康善先生も、来年1月9日で五十回忌を迎えることになる。

 

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京都鉄道博物館

Img_8702 午後から、梅小路にある京都鉄道博物館に行く。

 近いので何度も前を通りながら、子供たちでもいないと来ることはなかった。列車には興味がないので、とちょっと渋っていた母も一緒Img_8674に連れ出した。最後は、「興味のないものでも、楽しかったわ」と話していた。

 平日の午後で、空いていた。おかげで、Img_8659ゆっくりと、巨大な鉄道ジオラマを観たり、運転シュミレーションもできたりと、けっこう楽しかった。かなり広い施設で、母の歩くペースと、自由に動く子供を探す作業?もImg_8642あったからだが、旧来からあったSL館には寄れないまま、閉館となってしまった。SL館は、小学校時代から、それこそ何度も来Img_8650ている。

 ぼくも、子供たちも、それほど鉄道に興味があるわImg_8610けではないので、二度めはもういいかなーという気はする。たぶん、水族館の方が好きだろう。しかし、大人の方でも、鉄道好きな方にはおススメである。

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制服姿

Img_8570_2  数年前は、もう2度と、この学校に来ることはないと思っていたが、12月と1月と、二度も訪問することになった。

 京都市内の雪はすっかりなくなった。大津市内の中心部はそうでもないが、滋賀県も和邇から志賀あたりまで来ると、ご覧のように、Img_8569まだ雪は残っている。

 体験入学をさせている中学校から、急Img_8571遽、健康診断の必要があり、大津市民病院まで胸部レントゲンの撮影を受ける為に、中学校まで迎えに行く。
 ほんの短い期間だったが、日本の中学校の経験もできたことは、本人も収穫があったようだ。
 ぼくも、制服姿で授業を受けている下の子の姿を見ることでできて、久しぶりに親の気分を味合わせてもらった。

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心機一転

  真宗カウンセリング研究会の世話人会。29年度の活動プログラムを相談した。

 研究会は、ここ数年、会計上の問題で、モヤモヤした状態が続いていた。なかなか動かないまま、昨年の6月に通帳を作り直し、お金の流れを明確(普通の状態)に戻すことができた。それに伴って、臨時で会計担当することにもなった。建て直して、次ぎの担当者に引き継がねばならない。

 この間、悲しいことや失望的なこともあったが、来年は心機一転だ。
 
 2年ぶりに、研究会会員や元会員などを対象にした会員の集いの企画も持ち上がった。元研究会会員のA先生に講演をお願いすることにもなった。

 ただ、これまでの事務局だけでなく、会計、パンフレット作り、企画と、仕事が小生に集中してきたのも問題で、これはなんとか4月の総会まてに解消していかないと、研究会に拡がりが生まれないようだ。

 課題も多い。が、身の丈にあった集まりに、もう少しは背伸びしながらやっていこうではないかという話になったのは収穫だ。

 

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宝ヶ池~珍しい訪問者~

Img_8531_2  言葉が分からないが、雪に大興奮なのはおばあちゃんだった。この旅で生まれて初めて雪を観たという。日曜日は、大雪の広島を堪Img_8527_2能したそうだ。もう少し歩きたいというリクエトスで、近場で、まだ雪があるだろうところを目指す。日曜日の都道府県対抗女子駅伝で大雪になっていた国際会議場あたりを、車窓から覗き、宝ヶ池に戻る。宝ヶ池に、この季節、夕方に訪Img_8536れる人はまずない。

Img_8540 それゆえだろうか。珍しい訪問者が駐車場にいた。鹿が三匹も降りてきている。野生シカが、こんな都会に出てくることに驚いた。が、驚いたのは鹿も同じことで、すぐに少し小高い場所に逃げた。人間を警戒している。奈良や宮島ように、餌付けされ飼いImg_8545馴らされたものとは違う。山から、交通量のある道を横切ってここまImg_8549できたのだろう。警戒しつつも、まだ見えるところで草を食べ続けていた。

 宝ヶ池は靜寂。訪れる人もいない。墨絵Img_8561のような風景だった。

 雪にいちばん喜んでいたおばあちゃんは、ちょっとした雪合戦をしたりして、はしゃいでいる。
 ぼくも今回、予期せぬ形で、国際会議場や宝ヶ池の雪景色を見ることが出来た。雪の金閣寺も、生まれて初めてである。来客でもないと、まず訪れることはなかっただろう。
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雪の金閣寺

Img_8472  ブラジルからのお客様を連れて、京都を案内する。

 両親がイタリア系とドイツ系なので、ギリシャ彫刻のような白人男性だ。それが大の日本好き。そしてオタクだ。しかし趣味の世界だけではなく、サンパウロ大学で日本語を学ぶ秀才である。ブラジル人Img_8488といえば、陽気で、女性にやさしく、サッカー好きでというイメージがあるが、中には、人見知りで、ハグも苦手で、サッカーよImg_8507りもJ-POPが好きなブラジル人もいるのだ。「ぼくは前世で日本人でした」という流暢な日本語で、ご挨拶。これが待望の初来日で、見るものをすべてが珍しく興奮している。しゃべるだけでなく小説を読むレベルImg_8513でも漢字も読解できる。街角の表示などなんなく読んでいる。

Img_8518 京都の超定番の観光地、金閣寺へ。週末に降った雪景色を、ちょっとだけは期待しはいた。

 期待以上でした、美しかった。

Img_8512 池も凍り付き、雪も降りだした。

 それにしても、たくさんの外国人観光客で、混雑してました。
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真実のお働き

報恩講では、法話を二座担当した。法座の準備をしながら法話の教案を考えた。普段の法座では慌ただしく法話することが多いが、今回は準備の時間がとれた。準備が十分あれば、満足する法話になるかというとそれでもなかった。教案やプリントを造ったのに、どこかまとまらないままの法話となったのは、要反省である。ただ、今回のことを下敷きに、もう少し法話を練ってみたいと思う。

 「我依修多羅 真実功徳相」の天親さまのご文を釈された曇鸞さまの「三依釈」をメーンにした。究極の依り処である。「何に依るのか」「なぜ依るのか」「どう依るのか」てある。

 「なぜ依るのか」というと、「如来が真実功徳の相だから」というのである。この真実功徳相の「功徳」について、曇鸞さまは、「二種あり」と示されている。二種といっても、凡夫のおこす諸善や果報は、すべて「不実功徳」だと示されている。真如に離反し、轉倒し、虚仮なのである。「不実」であるのに、あえて「功徳」と示されているところに意味もある。

 それに対しての如来さまの働きは「真実功徳」だというのである。その真実の働きとは、法性に従い清浄の相である。そして真如に背かず、轉倒の衆生を摂め取って、この上ない悟りに入らせるから偽りではないというのである。

 ところで、親鸞さまは「真実明に帰命せよ」の和讃の「真実」の左訓に、「真」というは、「偽り、へつらわぬを真」という。「実」というは、「かならずものの「み」(実)となる」をいうものなり、といわれた。
 真実の働きには、一つは、偽ったり、諂ったりしないことをいうだ。偽ったり、諂ったりしないで、不実を不実と教えてくださるのが、真実の「真」の働きだというのである。つまり、一見、利他のように他のための利益で働くようであっても、轉倒している凡夫の善は、所詮、自己中心の善や功徳にすぎないというのである。しかも、善を行っていることに自惚れたり、酔ってしまって、それが不実であるとは、夢にも思っていない。そこが轉倒している所以である。そのこととを、諂わずに知らされるのが真実に働きだというのである。

 しかし、事実を指摘するだけでなほんとうの真実にはならない。真実とは、同時に、そのものの実となってくださるのである。つまり、真如背反し、轉倒している衆生さえも、わが身こととして、その身になってくださって、摂め取って、この上ない悟りに入らせるというのである。

 如来さまの真実の功徳とは、地獄行きを地獄行きと、ありのままに示してくださると同時に、そのものをわがことして摂め取って、浄土往生の身としてくださるのである。

 その真実功徳とは、南無阿弥陀仏であると、親鸞さまは示されたのである。その故に、真実功徳である「南無阿弥陀仏」に依るのだと。

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大雪の報恩講

Img_8430 大雪の中での報恩講さまとなった。

 京都にも大雪警報が発令されて交通機関が乱れ、当日のキャンセルが続出した。初日、まだ京都は大丈夫だったが、雪国の方が先Img_8433を用事される方もあった。お同行さんだけでなく、講師の先生もインルエンザや、お悔やみがあて、欠席や遅れる方も出で、法中の出勤者が半数にImg_8447なってしまった。

  Img_8448  それでも、華光の集いでは、皆さんも大声でお勤めくださる。浄土真宗は、御同行・御同朋が共に聞法する聞法教団だ。僧侶だけ、ともすれば一人だけのお勤めなら、どんなに上手くても空しい。その点、皆が声を揃え、共にお正信偈をお勤めさせていただき、道場にお念仏の声を響いた。それもまた報恩講さまである。

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ブラジル来訪者と本山の報恩講

Img_8407_2  ブルジルから二人のお客さんを迎えする。子供たちがたいへんお世話になっている家庭教師のメル君とおばあちゃんである。うまく待ち合わせできずに、京都駅で探していたら、芸妓さんの一段に出会Img_8416_2った。なん得をした気分。

 3週間の京都での滞在で、知り合いの宿(マチャプチャレ)まで送るついでに、おばあちゃんは、長旅でお疲れだったので、車Img_8413_2窓から京都の町を案内する。

 せっかくなので西本願寺だけは、御参Img_8418_2りさせてもらった。9日から報恩講が始まっている。初夜の正信偈に続いて、領解出言、改懺批判が始まったところだ。せっかくご縁に合わせていただくことのだからと、」前の方に歩いていくと、同人のIさんが座っていて、おImg_8415_2互いにびっくり。参詣者が少なかったが、それでも座席たくさんあるのだがら、ここで出会うことの方が稀じゃないかなーと。

 それにしても、昼すぎのご縁といはいえ、こんなに参詣者が少ないとは、、。かなり驚いた。まあ、お互い木石なんですが、それにしてもです…。

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冬の北海道へ(6)~一乗寺訪問

Img_8340 層雲峡から旭川のラーメン屋台村で、旭川ラーメンを食べる。お店は、青葉。外国からの観光客で一杯だ。特に、東南アジア系の観光客が多いのは、雪が目当てで、みんなはしゃいでいる。雪が珍しく喜んでいるのはぼくたちも同じなのだか、さすがに5日目となるとそImg_8334れにも慣れてくる。

 アイヌ関係の施設に寄る計画だったが、次ぎの約束が迫っていて急いで深川に戻Img_8338ることにした。

 一件目は、連れ合いが高校時代から馴染みの喫茶店に立ち寄った。実は、これまで予定をImg_8344立てながらも縁がなかったお店で、マスターが歓迎してくださった。とにかくマスターの色鉛筆による模写された絵がすごい。これをみるだけでも価値がある。

 二件目は、今回の旅の目的でもある。一乗寺に向かう。信楽ゼミの大先輩で、社会的な実践活動にかけては、第一人者のT先生にお会いImg_8347することだ。不思議てことに、何度かゼミ同窓会で同席しT先生の朋友の方とは知り合いでなのに、なぜかまったくご縁がなかったのだ。T先生も、華光のことも父の名前もよく知っておられるし、真宗カウンセリングに参加されてことがありながら、華光とはご縁がなかったという。

 ところが、連れ合いとは同郷、しかも劇団の有力な支援者のおひとりで、保育園の関係で果樹園との付き合いも長くて、家族ぐるみのお付き合いであることが分かって、今回、お寺を表敬訪問させていただいた。

 とにかくいろいろな話が出た。恩師の信楽先生の教え、教団改革の経緯、ブラジルの仏教会の事情、もちろんご自身の活動と、話題が次々と溢れ出る。すごいエネルギーだ。 

 朝鮮半島から強制連行され家畜同然に、埋葬もされないまま野垂れ死された方々の遺骨収拾し、朝鮮半島に届ける実践活動を行い続けておられる。ともすれば、かわいそうな人達の遺骨を返し喜んでもらうボランティア程度の認識しか持てもらえないようだが、そうではないImg_8384_2。私たちの共業、罪業を逃げることなくみつめること。そして被害者・加害者の垣根を超えていくこと。さらには、両者が怨讐を超えて互いに手を携える活動をされているのである。言うは易し行うは難しで、けっしてたやすいことではないのだが、それを長年にわかり実践されているのだから、まさに菩薩行である。7月の聞法旅行では、半日、もしくは1日、資料館や実際の現場を訪れるこども含めて検討している。一風変わった聞法旅行になることを願っている。

 正月まいりのご多忙の中を、時間を割いて歓待してくださり、帰りには、すっかり暗くなっていた。
 

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冬の北海道へ(5)~層雲峡~

Img_8178  昼過ぎから、 上川町にある層雲峡へ。途中、「愛別」という四苦八苦のような地名を経て、層雲峡温泉へ。ぼくは二度目だが、子供たちは初めてだ。大雪山系とあって、とにかく寒かった。Img_8254

 夕方に着いて、流星、銀河の二つの滝を観に行ったが、寒さで見学は明日にして、温泉に入った。楽しみにしていた「氷爆祭り」は少し先のことで、いまは準備中だったImg_8256のは残念。最初、間違って「水爆Img_8257まつり」と読んでしまったが、よく考えるとそれでは恐ろしすぎる。「水爆」ではなく「氷爆」だ。氷がきれいな水色だったのが印象的。本番では、夜間にライトアップされるそうだImg_8264が、極寒の中で映えることだろう。

 翌朝、リベンジして、流星、Img_8270銀河の二つの滝を観に行く。昼間でも風が冷たい。石狩川は流れている。流星の滝は、すぐにわかったが、銀河の滝がわからない。売店で尋ねると、「目の前に見えてますよ」といわれる。見事に凍っているのである。まずそれに驚いたが、凍った滝を登っている人がいることにまた驚いた。ロッククライミングだ。何名かのパーティーが滝Img_8283を登りかけようとしていたが、なかなか容易なことではなさそうだ。

 層雲峡温泉より北見方面へ、小函から大函にも足を伸ばした。新大函Img_8292トンネルを過ぎるとすぐ左手が大函。マグマの冷却などで玄武岩が六角柱状垂直に発達した柱状節理の巨大な岩壁が、Img_8300_2屏風のように並ぶ渓谷美で有名だ。ところが、せっかく来たのに昨夏の台風の影響で通行止めとなり、近付けない。大型重機が、護岸や岩肌を工事中だ。

 ならば、大雪ダム湖を目指した。大雪山系と湖の眺めが美しい。Img_8297予想外だったが、見事に湖が凍って、その波形の紋様がとても美しく感動的だった。にもかかわらず、観光客がだれもこなく、穴場中の穴場。夏場の緑も美しかったが、厳しい気候ならでは白銀の美しさが堪能できた。天気はよかったが、大雪山系はそこだけガスがかかって、ちょっと粘った見えなかったことだけは残念。

  でも、子供は雪の中に倒れこみ転がり続けるのでした。

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    ≪水爆でなく、氷爆祭りの準備中≫Img_8279        ≪凍る銀河の瀧≫
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      ≪凍った大雪ダム湖の紋様も美しい≫Img_8307_2

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冬の北海道へ(4)~深川市荻原果樹園

Img_8174 連れ合いの実家は、深川市納内町にある果樹園である。
http://www11.plala.or.jp/miharasi/

  リンゴやサクランボの観光農園なので、バスで観光客が訪れるImg_8044こともある。少し小高い場所にあるので、お隣までは1㎞離れている。回りは田んぼに囲まれているが、いまはすべて雪に覆われている。深川は、リンゴと米の町だ。

 天候は穏やかだったが、朝晩「しばれた」。この日も、最低気温がマイナImg_8129ス20度になった。隣接する旭川市江丹別で、この冬最低のマイナス26.6度を記録した。ウィンタースポーツをやらないので、この寒さは初めてである。室内は、二重窓や凍結防止のImg_8142暖をとる工夫はあり、寒さを感じないが、外に出て感じるは、抹消部分(手や足先、鼻や耳)がすぐに冷え痛くなるのだ。

 しかし、日中、太陽が出ると、雪に反射してキラキラとまぶしい。子供たちは雪遊びに夢中だ。スキーをしたり、ソリもどきをした。ただ、雪がサラサラなので、雪だるまが造りづらいということがわた。ある程Img_8119度水分が含まれていないとうまく固まらないというのだ。あちらこちらに、キタキツネやテンの足跡が残っていた。Img_8040_2

 夏場も爽やかでいいところだが、冬場もまたきれいだ。ただ連れ合いは、厳しい暴風雪を体験させたかったようだが、残念(?)ながらまたの機会に。

 長年、ここで果樹園を営まれていたが、両Img_8368親共に高齢となっては、たくさんのりんごの木手入れは年々難しくなるので、今年はりんごをの木は切って、サクランボとブドウだけになってしまうようだ。残念だが、これもまたシュウカツのひとつである。

Img_8376 この山で、7月の聞法旅行では、山小屋の上でジンギスンを予定している。サクランボ狩りもできますよ。初夏の様子はいかでご覧ください。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/2-ec7d.html

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        ≪フェイクした写真ですが、、≫

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冬の北海道へ(3)~余市町の真宗寺院~

Img_8033 小樽まで来たら、ぜひ余市町まで足を伸ばしたかった。最近は、朝ドラ「マッサン」で注目されたニッカウィスキー蒸留所で有名になった。が、目的は他にある。

Img_8002 華光同人がこの町におられるのだ。しかも大派のお寺だ。会館にも御参りされたことがあるが、最近はちょっとご無沙汰である。こちらの方に足を伸ばすこともないので、この機会にぜひ寄りたかった。ただ小樽行きが決定したのは、Img_8014出発の2日前のことで、予定も不透明だったので、連絡が当日になった。北海道では、宗派にかかわらず、正月は「正月参り」の風習があって、とても忙しくされていた。一端は、断念したが、やはりここImg_8005まできているのだからと、天狗山から余市町に向かうことにした。雪の中を、山間から海岸沿いを通って40分ほどで到着した。

 お寺の回りも今年は豪雪だという。境内に、普通に除雪作業のブルドーザーがあるのに驚いたが、北海道のお寺では当たり前なのだろうか。お忙しい中、ご住職は歓迎してくださった。本堂もそうだImg_8004が、立派な門徒会館てお迎えくださった。久しぶりにお会いした。華光とのご縁の経緯などを詳しくお聞きしたが、改めてご縁の不思議さを感じさせられた。しかもである。ご縁は信仰の上だけでないことがここで判明して、お互いに驚いた。

 連れ合いの劇団である希望舞台の支援者のおひとりで、過去のImg_8018余市公演の時には、お手伝いくださっていることが分かったのだ。連れ合いの劇団は、昨年六月にも余市町仏教会主催の後援を開いている。その時にはご長男がお手伝いされて、劇団の代表と意気投合されたといのだ。思わぬ形の再会にみんなびっくりである。

 でも、おかげで悩みも増えた。聞法旅行では、小樽から余市へも足を伸ばしてお寺を表敬訪問したいものだと思えた。欲張っては難しいが、あれこれ膨らむ計画に頭を悩ませているのである。お昼に食べたパスタも美味しかったです。Img_8021Img_8023

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冬の北海道へ(2)~小樽の街並~

Img_7995 翌日は、あるお寺を訪問したかったが、急なことで連絡が付かなかった。

Img_7993 それで小樽の町を一望できる「天狗山」登ることにした。スキーやスノボーの客に交じってロープウェィーに乗る。山頂は、風が強くて寒Img_7983かった。眺望も、海まで見えていたが、すぐに雪になって見えなくなった。ほんとうは夜景がきれいで、北海道Img_7931三大夜景だと歌っている。が、真冬の夜に来るのは、かなり覚悟がいるImg_7936と思った。

 このあと余市町を経由して、夕方、小樽にって、運河沿いを散策。有名な北一硝子で、お土産を購入しり、洋菓子を食べたりしてすごした。

 港町に、明治期の古い洋館が残る風情ある町並Img_7940みを堪能した。

 実は、今回の小樽行きは、単なる観光ではなく、7月の聞法旅行の時には、最初か最後にImg_7941小樽に寄れないか検討を兼ねた下見でもある。風情もあるし、町もコンパクトで動きやすい。夏は、また風景は変わるだろうが、買い物もいろいろとできそるし、かなり有力候補になったようである。Img_7973
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冬の北海道へ(1)~おたる水族館~

Img_7710 子供たちと連れ合いの実家に帰省する。

 冬の北海道は初めてだ。12月に空港が連日閉鎖で大混乱といImg_7715うニュースがあり天候を心配していた。幸いお正月は天候に恵まれたようだ。

 朝5時に京都を出発して、昼前に札幌に到着。この冬、札幌で50年ぶりの大雪Img_7717だという。一足早く帰省していた連れ合いと札幌駅で待ち合わせて小樽へ向かう。小樽は雪が舞っている。小樽の町ドImg_7722ライブしながら、お昼は小樽ラーメンのお店へ。普段は、並んでまで食べないが、旅先では寒い中を並ぶ。その後で暖かいラーメンは、それだけでも御馳走だ。

 Img_7738坂道を駐車場に戻ろうとすると、足元が危ない。一時帰国中の子供たちの防寒対策やクツの心配ばかりしていたが、自分の足元がお留守になって、少しの傾斜もつるつる滑ってしまう。室内なら大丈夫だろうと、「おたる水族館」へ。さすがImg_7731観覧車は寒々しい。両脇を支えられながらImg_7758入館すると、Img_7858ペンギンの雪の散歩中。

 よちよら歩くが可愛いが、ぼくの方がもっとへっぴり腰でよちよち歩きだ。もうこれ以坂道を歩くのは無理だとあきらめて降りることにImg_7752_2した。みんなペンギンを観ているその背後で、ひとり寂しく転倒していた。水族館の出た後、ホームセンターに直行して雪道用ブーツを買ったのはいうまでもない。

  ところで水族館は、かなりレトロな感じと、Img_7792北の魚や海獣たちが見られてよかった。

 Img_7897おまけで、海岸からの展望で、野生のトドが見えたのは、かなりラッキー。

 ただ閉館時間が16時なので、あまり時間がなくて、残念でした。

Img_7871 でも、このあと購入したのブーツのおかげで、夜の小樽の雪道はすいすいと歩けて、みんなをがっかりさせてしまった。

Img_7953 夜は、「聖徳太子・飛鳥店」という、海鮮料理がおいしいお店で。どうして、Img_7956小樽と聖徳太子、もしくは海の幸が関係しているのは分からないが「飛鳥店」という洒落けもあって、ここに決めた。もちろん、魚を観た後なので、美味しい刺身など海鮮をタップリと、。Img_7910
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       ≪野生のトドの群れ≫

 

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着物

Img_7659 子供たちが揃って賑やかなお正月。

 連れ合いの実家から着物が送られてきいた。子供たちに着て貰ったらという有り難いお申し出をいただいた。女性陣は、着物を着ることになったが、「動きづらい」「邪魔臭いImg_7665」という理由で、下の子は着物を着なかった。Rちゃんの実力がいかんなく発揮されて、うまく着付けてもらった。珍しく連れ合いが着物姿で修正会に出る。着物姿を見るのは結婚式以来のことか。

 

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『ポバティー・インク』~あなたの寄付の不都合な真実~

A18ae1f89733403ed9909c639910efd3211  2日朝、新春の疲れで家中が寝ている朝、映画館へ。

 今年1本目は、みなみ会館でのドキュメンタリー。『ポバティー・インク』~あなたの寄付の不都合な真実~

「あなたの善意が、誰かを傷つけているかも」と、ドキッとするチラシの言葉がある。

 これがとても面白かった。ほんとうの援助とは何かを深く考えさせられる1本。

 寄付は、善意から起ったものでながら、金持ちが哀れみでするなら、寄付するもの(強者)と養われるもの(弱者)という関係を強化し、ますます貧困が固定化させる驚くべき仕組みは、目からウロコである。

 まずそこには、アフリカや貧困国に対する差別的な固定観念(不毛の地、ハエを払う子供たち、前近代的生活で無力な人達)があり、そのイメージが増幅されて次ぎの世代へと引き継がれ、寄付しながらも、時に差別が強化されていく実態があること。また巨大化した援助ビジネスで儲ける人達がいたり、また人助けが強い快感となり、さらにより強い刺激を求めて援助中毒になるものもあるということ。また、物資の無償配布が地域の中小企業をむしばみ、無償食料のせいで地域の農業が崩壊し、ますます貧困となっていく実態などなど、冷静に考えるとその通りでありながら、驚くことばかりだった。

 確かに、巨大地震や災害などで、緊急で物資や資金の一方的な援助も必要だ。しかし、それが3年後、5年後と続き続ければどうなるのか。上から下に物やお金を恵むだけで、人は真に豊かになるのかということである。本来の援助とは、その地域の産業や農業を育てる(つまり自立する)ことこそが重要であり、それが地域の雇用を生み、子供たちが親と住める環境を生むことになる。そのためにも、誰もが平等に教育を受ける権利、そして法の上でも平等を得るとう権利が保障された社会を目指してこそ、ほんとうの意味での自立があるというのである。つまり、その視点がなければ、哀れみの上からの寄付は真の援助とはなりえないのである。

 映画では触れられなかったが、当初、植民地政策とセットで行われたキリスト教布教が、不毛の地の未開の原住民を啓蒙し、まことの信仰を与えて、真に開かれた人としてやろうという白人層の傲慢極まりないもので、当然、博愛や慈愛の精神も「貧しく気の毒な人達を哀れむ」という形で行われてたのである。つまり、従前の古い援助態度は、キリスト教の博愛精神の影響の現れだといってもいいのだ。

 結局、お互いが育ち合うことなくて、もしくはパワー(力)の変革なくして、真の援助関係は成り立たないということを痛感させられた。

「変化がないのには理由がある。変化によって損をするのが強者であり、恩恵を受けるのが弱者だからだ」(マキャベリー)

 

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修正会

 Img_7650_2今年も、1月1日の「修正会」で幕をあけた。暖かい、穏やかなお正月。おかげで、例年よりも少しお参りが多い。しかも家族連れも何組かあって、20歳台前後方があったのがうれしかった。

 一同で、声を揃え、『正信念仏偈』と「現世利益和讃」15首を華光節でお勤めする。

Img_7627 ご法話は、生きるための活動としての日々の「生活」に追われているが、人はパンのみに生きているのではない。人として生きるのが「人生」である。そこで、なぜ生きるのか、人生の意味を問うことになるが、しかし「生活」のワンピース、または「人生」の一こまに、「仏法」(念仏・本願)があるのではない。実は、日々の「生活」も、「人生」も、すべてがお念仏申すためにある。つまり、「生活」「人生」も、すべて仏法・念仏の中になると言っていいのだ。しかも、そのことを単なる知識ではなく、自らの凡夫生活の中から、その態度、その身で示してくださった亡き父のおかげによって、さまざまな大事があるなかで、仏法こそ一大事、後生こそ一大事のおみのりをお聞かせ預かっているのである。

 別に新春だからあらたまってお伝えするのではなく、これは先達の常の仰せでもあった。。

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迎春

恭 賀 新 年

 旧年中は、たいへんお世話になりました。

 新年を迎え、新たな気持ちでスタートを切りたいと思っています。
 何かと遅れがちで、まとまって出しがちな「かりもん」ブログですが、本年も、どうぞよろしくお願いします。

「勧修寺村の道徳、明応二年正月一日に御前へまゐりたるに、蓮如上人仰せられ候ふ。
 『道徳は、いくつになるぞ、道徳、念仏申さるべし』

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