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東海支部法座~うかうかと生きてはいないか~

Houniau  一周忌の記念で、小冊子「法に遇う」の編集作業を行い、改めて味わわせてもらうことが多かった。

http://keko-kai.la.coocan.jp/book/houniau.htm

 遇い難い人身を獲て、さらに聞き難い仏法を聞く身と育てていただいたのである。

 ところが、そんなことは当たり前として、毎日毎日、だらだらと空しく過ごし、うかうかと聴聞しているのではないか。時には、そんな懈怠・不法の私をお目当てに立ち上がってくださった阿弥陀さまだからと、正当化までしてはいないか。もし、そんなマンネリ化した聴聞や日暮らしで一生を終えるなら、あまりにも勿体ない。阿弥陀さまに、いま、ここでお出遇いをさせていただいて、空しいだけの人生、迷いの命を打ち止めにさせていただく。ただひとつ、後生の一大事に焦点をあてて、お聞かせに預かっていきたい。

 いつもいつもお聞かせ頂いていることだが、老少男女を問わず、もう一度、原点に立ち返って、毎日の生活をほんとうに大切にしているのか。また自らの聞法の姿勢も問われる気がしている。そのことを、東海支部法座でもお伝えしてみた。皆さんには、どのように伝わったのだろうか。

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