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12月の聖典講座~『大経』まとめ

 先月で、2年10ヶ月かけて『無量寿経』を読み終えた。
 
 今回は、総まとめ。本願寺出版のDVDを観た後、急ぎ足で、全体の構造、組み立てを復習した。

 その後、発起序でもテーマにしたが、なぜ『大無量寿経』が真実の教えなのか、全体を読み終えたところで、総括とした。

 その要点だけをおさらいすると、

 一、この経の要は、本願を説くことにある。その本願の精神(いつでも、どこでも、だれでも を救いたい)から推測される。すれば、
 二、釈尊の自らが出世本懐の教えであると述べられるが、
 その心身も光顔巍々とした喜びが、五徳瑞現として現れ、それが、(凡夫の代表である)阿難尊者に伝わって、『大経』の説法が始まっていること。そのことは、親鸞さまが、『教巻』で、『大経』や意訳を引用して、根拠とされている。
 そして、最後の流通分でも、特留此経の教示で、法滅の「経道滅尽」し、釈尊の教えが龍宮入りした後も、この経のみを留めることを、未来仏である弥勒菩薩にお約束されている。これもまた、本願の精神から窺うならば、当然のことなのである。

 それを釈尊(『大経』)のお言葉から押さえると、

▽「如来、無蓋の大悲をもつて三界を矜哀したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡して群朋を拯ひ、恵むに真実の利をもつてせんと欲してなり。」(『大経』発起序)

▽「仏、弥勒に語りたまはく、「それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して 乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ 無上の功徳を具足するなりと。」(『大経』流通分)

▽「当来の世に経道滅尽せんに、われ慈悲をもつて哀愍して、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。」(『大経』流通分)

となる。

  それを受けて親鸞様は、、

まず、『和讃』には、

▽「如来の光瑞希有にして  阿難はなはだこころよく
 如是之義ととへりしに  出世の本意あらはせり」(浄土和讃・大経讃五二首) 
「如来興世の本意には   本願真実ひらきてぞ
 難値難見とときたまひ  猶霊瑞華としめしける」(浄土和讃・大経讃五四首)  

と本願が真実であるお心を示しておられる。
つまり、阿難尊者のお働きが大きい。すなわち、日頃接しているお釈迦さまが、常日頃の従う釈尊が、阿弥陀さまそのものに見えたのである。だからこそ、ここに出世の本懐のお説教がはじまるのである。だから、親鸞さまは、

▽「大無量寿経 真実の教 浄土真宗」(『教巻』)  

と示され、

▽「それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。

と言われた。「これなり」と断言されるところが、親鸞さまである。「ではなかろうか」といった誤魔化しや、逃げ道はないのである。続いて

「この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで 功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯ひ、恵むに真実の利をもつてせんと欲すなり。ここをもつて如来の本願を説きて経の宗 致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。
 なにをもつてか出世の大事なりと知ることを得るとならば、」(『教巻』)

と示されている。

 それを詳しく、『一念多念証文』では解説されている。

▽「しかれば『大経』には、「如来所以 興出於世 欲拯群萌 恵以真実之利」との たまへり。この文のこころは、「如来」と申すは、諸仏を申すなり。「所以」は、ゆゑといふことばなり。「興出於世」といふは、仏の世に出でたまふと申すなり。「欲」は、おぼしめすと申すなり。「拯」は、すくふといふ。「群萌」は、よろづの衆生といふ。「恵」は、めぐむと申す。「真実之利」と申すは、弥陀の誓願を申 すなり。しかれば諸仏の世々に出でたまふゆゑは、弥陀の願力を説きて、よろづの衆生を恵み拯はんと欲しめすを、本懐とせんとしたまふがゆゑに、真実之利とは申 すなり。しかればこれを諸仏出世の直説と申すなり。」(『一念多念』)

▽「如来、世に興出したまふゆえは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。
  五濁悪世の群生海、如来如実の言を信ずべし。」 (『行巻』正信偈)

真実であるがゆえに、弥陀の本願を説かずにおれない。それが、また釈尊を始め、諸仏方の出世の本懐であるのだ。

▽「『門余』といふは、『門』はすなはち八万四千の仮門なり、『余』はすなはち本願一乗海なり。」(『化身土巻』)

だから、さまざまな教えを説いておられるが、そのすべては、弥陀の本願に誘引するための仮門である。弥陀の本頑こそは、唯一絶対で、海のような広大なので、本願一乗海だと言い切られているのである。

 1月はお休みで、2月から、『阿弥陀経』の概観をいただくことにしている。お楽しみに。

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