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広島支部大会~伊藤康善先生の御恩徳~

 広島支部の法座には、年に8回ほどお邪魔している。いつもは、半日(1~5時)の法座だが、年に1度だけ、1泊2日の宿泊が持たれる。会場は、原爆療養施設の神田山荘である。
 今回のテーマのひとつは、伊藤康善先生の懇ろなご教示をいただいた。
 そのために、1座は『仏敵』の名所の読み聞かせ。もう1座は、「大悲の呼び聲」を唱和し、解説させてもらった。

 『仏敵』の一節にある。同行との厳しいやりとりに疲れて休んでいたら、隣室でご示談が始まりその声で、伊藤先生は目を覚ます。ある声が届いてきのだ。それは

 真実の弥陀の悲心を端的に打ち出した「そのまま来いよ、引き受けるぞよ」の呼び聲をけたたましく発していた。私は慄然として我が心を凝視した。それは昨夜と同じく黒暗々たるものである。あの如来の呼び聲を聞き開かずば、私は同行たちに会わす顔がない。あの呼び聲は、部屋こそ隔てれども、私に向って発せられているのだ。私はとっさの間に意を決した。如来様に対してあいすまぬ姿だと思ったが、夜具の中で、両手を合わせた。如来様! この五里霧中に迷う私をなんとか救ってください! 私は心底からそうした願求を声をあげた。そうして一緒懸命になって、血を吐くがごとき痛烈なる同行衆の呼び聲を聞いた。

 昨夜は、どれほど「いま出でいく後生となればどうです!」と、厳しく同行に後生の一大事を迫られても、まだまだ自分の考えや想いの毒ばかりを吐き、そのこころを聞くことがきなかった伊藤先生をして、同行の口をとして血を吐くがごとく痛烈に発っせられる大悲の呼び聲は、ただ私に向って発せられているのだと気付かれていくのである。これを境に、先生の聞法に変化が起こるように思える。

 自分の後生の問題になってきたのである。

 そして、水流光明の体験、それに厳しい同人方のご指導、そしてついに、おやゑさんと対峙の後に、とうとう深信に徹底されるのである。南無阿弥陀仏

 この『仏敵』を通して、真宗聴聞の要を尋ねるとともに、真実の弥陀の悲心を端的に打ち出された『大悲の呼び聲』をいただく、豪華2本立ての法座だったが、座談会では、弥陀の大悲の呼び聲に相応し、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」の身となられる方もおられた。

 日ごろ、なんとも感じていないが、これも伊藤康善先生の御恩徳の賜物である。

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