『最愛の子』
2月は、立て続けに心揺さぶられる映画を観た。ハリウッドの大作ではないが、ぼく好みの良質の映画である。心の闇や社会の暗部を見つめる映画は、単純な勧善懲悪とはいかない。その分、すっきりした爽快さはなく、一筋縄ではない分、あとあと余韻を残す佳作が続いた。それが連続して6本続くのは、ぼくにしても珍しい。ちょっことだけ、ご紹介。
まず1本目は、中国映画『最愛の子』である。これは、今年のベストテン級の作品といってもいい。
ネタばれになると面白くないので、あらあらで語るが、子供の誘拐がを巡る問題が、二つの視点で描かれている。二つのというのは、前半と後半で、それぞれ視点が異なるのだ。
前半は、誘拐された子供を探すサンペンス調の展開である。
事業に失敗し、妻とも離婚して、負け組となり、都会の底辺にいる男。生きがいは、小さなわが子である。離婚した妻は、裕福な事業家と再婚し、子供との面接にくる。その狭間で、子供が誘拐されてしまう。しかも、身代金目的ではないので、手がかりは途切れる。必死に子供を探す元夫婦。懸賞金までだしたが、先々で、トラブルに巻き込まれていくも、年月が経つと、その詐欺まがいの情報も途切れてしまう。その後、同じ子を誘拐された境遇の親の会と出会い、会合にでるよになる。ここでも、一人っ子政策の親の葛藤が分かる。誘拐された子供を諦めない限り(つまり死亡者と認定する)、次ぎの子供が作れないのである。誘拐されただけでも、親に落ち度があるように感じるのに、その上、自ら子を殺すことになるので、深い葛藤を抱えることになる。特に、この会のリーダーの苦悩の逸話は、なかなか秀逸たった。
誘拐を扱うときには、加害者、警察の立場に、被害者も、誘拐された子供と、親の立場などがそれぞれがあるが、今回は、被害者側の親の立場だけで、物語が進行していくのが特徴だ。
そして、3年後、まずしい農村にわが子がいるとの有力情報で、子供を奪還する。
これで、一件落着かと思うが、しかし、物語は、これからが第二部に入って、意外な人物が中心となっていく。誘拐犯の妻、つまり違法行為で、子供の育ての母親となった女が主人公になる。しかも、これが、誘拐した子供をめぐりつつ、もうひとりの妹をめぐっての母の物語となるのだ。この視点は、まったく予想外だった。そして、登場する脇役にも、それぞれ苦悩や問題があることを絡めながら展開していく。そして、最後の場面、予想外で、ここよかった。
実話にを基にした映画だが、要は、単なる誘拐犯のハラハラドキドキという展開ではなく、それぞれが抱える人間の苦悩や闇をかいま見せる手法なので、いくつもの物語が生まれそうな、濃厚な内容となっている。誰かひとりに焦点があたると、見るほうは楽だし、感情移入もしやすい。その分、脇役の描写はあっさりと薄くなる。逆に、いろいろな人に焦点があたると、見るものは煩わしく、ときに散漫となって、結局、何が言いたいのが分かりづらくなるものだ。その点、この映画は、主題が明確で、そんな煩わしさがない。監督の力量だろう。
大都会と農村部の貧困問題に、都会のなかでも勝ち組と負け組の経済格差。一人っ子政策さまざまな弊害に、子供や女性の誘拐や売買などが絡む。底辺には、現代の中国の社会問題、闇が横たわっているのだ。
ただ、唯一分かりずらいのが、誘拐された子供の心情が、置き去りになるところ。もしかして、これも狙いなら、これはこれですごいな。
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