『エレファント・ソング』
2月に連続でヒットした観たぼく好みの良質の映画の紹介。2作目は、カナダ映画『エレファント・ソング』(文字どおり、象の歌で、これがキーワードにもなる)
それほど評判にもならなかったし、評価もそれほど高くはなったように思う。しかし、精神を病んだ青年と、ベテラン精神科医(院長)の一対一の、真実をめぐる心理的な駆け引きに、ヒリヒリさせられ、グッと胸が締めつけられるシーンがやってくる。常にミステリーのような謎を残しながら、完全な二人だけの息詰まる密室劇かと思えば、さまざまな第三者(妻だったり、元妻だったり、電話だったり)が介入し場面展開し、青年の華やかで鮮やかな回想シーンなど、見どころも多かった。すべてを知った上で、もう一度みたら、より楽しめるかもしれない伏線が、さまざまに置かれていた。
精神病院でおこった医者の失踪事件。その真相を知るのは、その医者が担当する患者である美少年。彼の生い立ちは複雑だ。高名なディーバ(歌姫)が、アフリカでの一夜のアバンチュールで生まれた子である。しかも、彼女は母である以上に、常にスポットライトがあたる国民のスターである。さらに、彼の唯一記憶のある父との重大な思い出に、思春期の彼の目の前で起こる母の自殺など、彼の複雑な歩みが、虚実を交えながら語られていく。
青年の大胆で、狡猾でありながら、時にあまりにも幼稚な態度に、院長は翻弄され続けていく。そして、どこまでがウソで、どこまでは真実か分からない彼の話にますます深い入り、どんどん巻き込まれていく。彼の病理の問題に加え、病院の存亡に関わるような重大スキャンダルが見え隠れしていく。が、彼を受けれいることで、院長自身のこれまでの人生や家庭生活が揺さぶられ、彼が押さえていた心の傷、彼自身の闇が露わになってきたりするのだ。そして最後には、不可解な悲劇が待っていた。なぜ、彼はそんな選択をしたのか、謎のまま残ってしまう。
人の話を聞くということは、どういうことか。相手をほんとうに理解するとは、どういうことか。そして、相手を信頼し、孤独な、傷ついたこころが開かれていくとは、どういうことか。結局、それらは人を信じたり、無償の愛を求めることにつながるのだろうか。
ほんとうに話を聞き、理解することは、相手が自分の中に侵入し、その相手に自分の心が占拠されてしまうことなのか。相手を変えるためには、その相手によって自分が変えられていくことに繋がってくるとしたら、これは恐ろしいことでもある。そんなことを思われる二人の行き詰まる駆け引きだった。
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