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9月の華光誌輪読法座

 午前中は、お盆参りに変わりに、お彼岸参りを1軒。ちょうど、秋の彼岸の中日にあたる。人生の苦をお聞きする。まさに、老苦であり、若くしての病苦であり、死苦である。人生の実相を目の当たりにさせいただいた。が、しかしである。どれだけ仏法聴聞せよとのさまざまな機縁があったとしも、それがすぐ仏法聴聞につながるかといえば、また別の問題だ。宿善といえばそれまでだが、ここが難しい。

 午後からは、華光誌輪読法座。
 正信偈講讃の続きを読む。改めて、「重誓名声聞十方」の「重誓」について、「何を重ねて誓われたのですか」という質問が、超ベテランの同行さんからでる。
 正直、ちょっとがっかりもした。これまでに法話や講義、何度も、何度も重ねてお話し、特に、今は、聖典講座で「大経」を読んでいるので、四十八願のところでも、重誓偈のところでもお話してきたからだ。
 でも、分からないのだから、率直に質問くださったのは有り難い。では、また重ねて、「重誓」ともいい、「三誓」とも言われる、四十八願、十八願、十七願の三願を重ねて誓ってくださったお心をいただく。何度も、何度もお聞きしても、右から左に流れてしまう凡夫のために、四十八願でも充分であるのに、さらに重ねて、その要点を念入りに誓ってくださったお心をみる思いがした。
 もっとも今回は、というか恒例でもあるが、M夫妻の掛け合いが面白かった。特に今日は、ご主人がエンジン全開で、きれいごとではない人間の姿を教えてくださる。ご法話だけでなく、こんな同行の赤裸々な姿もまた、仏説として聞かせていただけるから、華光の法座は尊いのである。

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