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2015年7月の22件の記事

まもなく「仏の子供大会」

  まもなく仏の子供大会である。

 残念ながら、集まりが悪い。

先生方もそうだか、子供たちがサークル活動や学校行事と重なって、4日間の日程が難しくなっている。

  春先からなんとなく予想していて、他会場での開催に躊躇して、華光会館で行うことにしていた。

  それにしても寂しい人数で、〆切日には、中止も検討したが、これまで準備を勧めてくれた先生方と相談した結果、3泊4日から2泊3日に縮小し、緊急で呼びかけた。どうやら子供たちも増えて、開催のメドがたった。

 例年のプログラムを見直しで、バタバタもしたが、50年以上の歴史がある集いが開催できて、一安心。

 

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アンコール遺跡へ行こう!

父の病院に付き添って帰って来たら、ちょうどトラベルサライのIさんが来館されていた。

来年1月に予定しているカンポジア旅行の打ち合わせである。 いま、人気の地区で、こちらの予定の時期では、飛行機も、ホテルも満席だというのだ。なるべく報恩講から日数があけたかったが、ちょと難しい。日程で調整した。

これまでのインド仏跡や中国、シルクロードの聖跡巡拝とは、直接、私達に届いてきた教えとは異なる南方仏教の旅だ。

昔、個人旅行でインドネシアのボロブドールや周辺の仏教遺跡を巡ったことがある。ヒンズー教や現地の民間宗教と習合もしているが、あきらかに北方仏教とは違う芳香が味わえる。日本人には、少し違和感のある仏様方のお顔も、灼熱の椰子の木陰の中で拝見する仏様方も、日頃のもっている日本人の仏教観を破ってもらういい機会になる。仏教の源流に近い南方仏教の一旦に触れることで、仏教の拡がりや歴史を体験的に教えていただけたりもするだろう。

何より、華光の皆さんと旅をするのは楽しい。

どうぞ、ひとりでも多くの方がご参加いただきたくて、これからお誘いを始めます。

★ 日程=28年1月20日(水)~25日(月)(5泊6日)

行程=ベトナム(ハノイ)経由で、カンボジアのシャムリアップに連泊。アンコールトムやアンコールワット、タイ国境の世界遺産のブレアヴィヒア遺跡やコーケ遺跡群など、大きな仏教遺跡群を、ほぼすべて回る計画。

費用=20万円程度

詳しくは、華光誌ご案内を同封いたします。

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ご縁~鈴木君代ライブ~

  連れ合いがお世話になっている広島の真宗学寮のO先生とお会いする。

Img_8470  さまざまな縁を結んでおられる多忙な方で、今日もスケジュールがあって、西木屋町のライブハウス「わからんや」で待ち合わせ。 鈴木君代さんのライブをご一緒することになった。

  今日は、先生を紹介してもらうのが目的なので、ライブの方は予備知識のないまま出かけた。着物姿の女性がステージ顕れて「恩徳讃」で、ライブがImg_8475始まった。大谷祖廟(東本願寺)にお勤めの大谷派の僧侶。ピアノも岡崎の大派のお坊さん。連れ合いは、彼女とも顔見知りで懐かしがっていた。

 反原発や反戦のストレートなメッセージを込めた歌が続き、合間に、ぼくの好きな、ハナレグミと忌野清志郎の「サヨナラcolor」とか、新婚?のぼくたら夫婦のために、中島みゆきの「誕生」などのカバーも交えて、たっぷり2時間も熱唱。そのせいでO先生とはお話できなかったので、場所を代えて、少しだけ華光の紹介をさせてもらった。

おかげで日頃出会わない人と、ご縁を結ばせていただいた1日。

ちょうど1年前の同じ場所でのライブが、youtubeにあったので、ご紹介。

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四十八願のこころ(7)十四、十五、十六願

「たとひわれ仏を得たらんに、国中の声聞、よく計量ありて、下、三千大千世界の声聞・縁覚、百千劫において、ことごとくともに計校して、その数を知るに至らば、正覚を取らじ。」
       (第十四願・声聞無量(しょもんむりょう)の願)
「たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、寿命よく限量なからん。その本願の修短自在ならんをば除く。もししからずは、正覚を取らじ。」(第十五願・眷属長寿(けんぞくちょうじゅ)の願)
「たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、乃至不善の名ありと聞かば、正覚を取らじ。」
       (第十六願・離譏嫌名(りきけんみょう)の願)

 阿弥陀様は、一~十一願で「わたしの国の人々」への誓いを建てられた後、皆さんを迎えるための準備をされます。まず、どの時代、どんな場所の人々も救うために、自ら光明無量・寿命無量となるという十二、十三願。誰もを救うために「わが名を褒め讃えさそう」という十七願が続きます。今回は、その間にある十四~十六願です。
 十四願は、四十八願中、唯一「国中の声聞」に誓われた願です。声聞とは、ブッタの声(説法)を聞き悟りを開く、小乗のお悟りの世界で、菩薩や仏に比べると一段低いお悟りです。「全宇宙の声聞や縁覚(小乗の聖者方)たちが束になり、長い長い時間をかけて数えても、わたしの国の声聞を数え尽くせません」という願いです。「浄土の声聞は無数で、定員はない」と誓われることで、低いお悟りの声聞も、阿弥陀様の浄土には居場所があるわけです。
 次の十五願は、十三願の寿命無量の願から顕れたもので、「わたしの国の人々にも、無量の寿命を持たせてやりたい」というお誓いです。自らが寿命無量の仏になるだけでなく、浄土の人々も同じように無量寿のご利益をいただくのです。
 十六願は、「わたしの国には悪はもちろん、悪を表す言葉さえない国にしたい」という願いです。次の十七願が「わたしの名を諸仏方に褒め讃えさそう」というお誓いですから、名前を褒め讃えられる前に、まずは「悪」という名もない、という願を置かれたところに、お心を配り、用意周到に本願を建てられたことが窺えます。

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福岡Y家家庭法座

恒例のY家家庭法座。
初日は、天神の会計事務所が会場。ところが、トラブルが発生する。直前からビルのトイレの改修工事か始まり、かなりの大騒音で、法話が聞ける状態ではないのだ。そこはYさんご夫妻、仕事ができる。すぐに近所の貸し会場をと探して、皆さんがお出でになる前には、事務所の向かえにあるホテルの一室を押さえて、法話会場としてくださった。静かな環境で、しっかり聞いていただきましょう。

が、今回は、ぼくは、いわば前座。真打ちというか、今回のお目当ては、Yさんの法話デビューである。得度記念のご法話を拝聴する。仏教の基本である四法印や縁起説について、基礎からきっちりとお話くださった。最初に、「自信教人信 難中転更難」のご文をあげられたが、まさにそのお心そのものを体現くださるのが、尊い。

たとえ得度という形式がないのなら、感話でもいい。話せる人は積極的に喜びをお伝えしてもらいたいと思った。それが、仏恩に報いることでもある。それに、今度のことで、いちばん得(徳)をされたのは、ご法話を担当されたYさんご自身である。単なる受け身に聞くよりも、多くのことを学ばれたであろう。今後は、ご聴聞の姿勢も変わってこられるだろう。だからこそご法を喜ぶ、皆さんにもお願いしたい。ひとりひとり、自分のできることでいい。受け身で終わらずに、一歩殼を破り積極的に関わることこそが、仏法繁昌の印ではないか。今回は、得度記念ではあるが、何も、得度して僧侶ならなければ働けないとのでは、浄土真宗ではない。在家止住のままでも、いろいろな形で仏法に関わることができることをお伝えしたいのである。

Yさんの法話デビューもあって、初めてお会いする方も多い法座だった。お医者様に、バーのマスター、会社の役員、社労士の方に、事務所の職員の方などなと、実にさまざまであった。敢えての共通点は、皆さん、飲み友達でもあるが、尊い仏縁を結んでくださった。さらに娘さんたちが、最後まで法席に連なってくださったのも、うれしかった。せっかくの家庭法座である。ご家族や有縁の方がお参りほど、張り合いのある、有り難いことはない。その意味で、大分、門司と続いた九州支部や家庭法座は、収穫大である。これが、きっと次の一歩へとつながるのだろう。ありがとうございました。

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後祭と還幸祭

Img_8383台風に見舞われた祇園祭の前祭だったが、昨年から復活した後祭は、梅雨明けもして、天気は心配ない。 四条烏丸まで足を延ばしたついでに、少しだけブラブラと見て回った。

前祭に比べると、Img_8389山鉾の数が少ないが、こじんまりしている分、少し静かに風情を楽しむことができる。 山鉾を観るだけでなく、飾られる町家の屏風やお宝を拝見するのも、このお祭りの楽Img_8409_2しみである。

昨年は、子供と、後祭の山鉾巡Img_8412_2行を初めて観に行ったが、今年はパス。

そのかわり、京都シネマをでたら、威勢のいい掛け声が聞こえてきた。その夜に行われる還幸祭の御神輿に行列に遭遇Img_8435したのだ。 夕方から、3基の御神輿が氏子町内を回り、夜に八坂神社にかえる道中である。50数年京都に居て、初めてのことなので、ほんの少しだけ写真を撮った。

Img_8444京都を代表するお祭りだが、祇園の八坂神社の神事ということが、よく分かる。
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お見舞い

ご縁あって、同人のお見舞いに行く。

家族にも、ご縁を結んでもらいたいとの篤い思いで、1年半前から、定期的に家庭法座をもってくださっていることもあって、一対一でお話させてもらう機会も増えていた。ところが、ご自身は、なかなか計らい心から離れられずに、「どうしたら」とか「はっきりせねば」と、長年、ご信心のことで苦慮され、華光の座談会でも、幾度となく、集中砲火に晒されておられた。

ところが、少し前に心境の変化を伝えるお手紙をいただいたが、その直後に、大病での入院である。もし、モヤモヤとした不安なご心境でおられるのなら、少しでもお話もさせてもらいたいと、お見舞いした。

しかし、どうやらその心配はいらなかった。

「今度のことで、ほんとうにすべて虚仮不実、何も当てにならない、真実がないということが、身に沁みて知らされました。長い間、その頼りにならないわが胸に、はっきりさせようにかかり、おこころを聞いてきませんでした。どれだけ皆様にご迷惑をかけ、集中砲火を受けたことだしょう。でも、たったひとつの南無阿弥陀仏がわかりませでした。しかし、これ(合掌されながら)ひとつだったのですね。このひとつが真実だったのです。南無阿弥陀仏」と、涙ぐみながら、手を合わせ、何度もお念仏される姿が、とても尊い。

以前なら、どんなすばらしい正解でも、どこか自分に言い聞かせていたり、相手の言葉に合わせたりで、その言葉とは裏腹に、腑に落ちない様子が、はっきりと伝わってきた。

が、この度は、まことに自然体で、力むことなくそのまま六字を喜んでおられるお姿が、有り難く思えた。

体調の許す限り、その喜び、覚悟のほどを、お聞かせいただいた。ずいぶん、方向違いで頑張ってこられたが、どこどこまでも、この私を見捨てずに、ずっと呼び詰め、叫び詰めの大悲の涙が注がれていたのだ。

今生では、大きな病を得られたが、それを機縁として、後生に大きなお徳を得られたのである。

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華光誌輪読法座~如来の仕入帳


K先生の「仏願の生起本末」についての巻頭言を読む。まさに「聴聞の角」を教えてくださっている。 巻頭言なので1000文足らずの中に、内容が凝縮されている。一読しただけでは難しいところもある。それで区分けして読み、母の提案で、全員で声を出して読み、解説を交えて皆さんで味わった。

ぜひ、もう一度、巻頭言を読み直してみてください。

質問が出たので、最後の増井悟朗先生の『念仏の雄叫び』の中から、「仏願の生起本末」の章を紹介した。

仏法を値切る心を取り上げる。

さすがに、大阪の商家出身である。一般の商売上でも、値切る人こそがほんとうに買う人だというのだ。仏法の上でも同じ。もしほんとうに、自分の後生が問題となったなら、上辺で聞き流して「ありがとうございます」では、すまなくなる。自分を問題にご本願に向かったなら、いろいろと計らいやわが胸を問わずにはおれないのだ。しかし、それは自力の心で捨てもの。自力をふり捨てて聞かせていただくのである。でも、一度、仏法を値切る心に出会わせてもらえることが、ある意味で尊い。ほんとうに仏法を聞く人だというのである。

自力をふりすてるとは、仏願の生起本末を聞いて、疑心あることなしの世界である。どれほど仏様の元手(いのち)がかかっているのか。その仕入帳をすべて見せられたら、もう値切ることが出来なくなるのだ。

聞法の堂々巡りで足踏みしている人、まだまだ値切りたいと思う心がある人は、どうぞ、自分のこととして、仏願の生起本末を聞かせていただいて、仏様の仕入帳を見せてもらてください。

もう、グーの音もなく、ただただ頭を垂れるばかり。

 

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『雪の轍』

京都シネマで、『雪の轍(わだち)』を観る。

重厚なトルコ映画。200分(3時間20分)という長尺だが、映像の美しさと、クラシック音楽との調和。そして、さまざまな場面、状況において起る人間関係の機微を巧みにとらえている。対立と従属、会話と沈黙、そして、その底に流れている感情や心理描写が浮き彫りになってくる。名作というのはこんな映画を指すのだろう。でもいくら名作でも、自宅のテレビではきっと面白くない。こんな作品こそ、映画館で回りに邪魔されず、一気に観るものだ。

150705名な世界遺産、トルコのカッパトギアが舞台。これだけでも美しい。

父の残したホテルや土地、家屋など継承した資産家の男が主人公。もともとは一族の期待を一心に受けた舞台俳優だったようだが、引退して、父の後を継ぎながら、大作の出版を計画している。その彼を中心にしたさまざまな複雑な人間関係が、幾重にも露わになってくる。たとえば、歳の離れた美しい妻とのさめきった関係。離婚し戻ってきた辛辣な姉との関係、社会的な成功者と脱落者、いわゆる勝ち組と負け組との関係などなど、会話やその態度を通して、観るべき場面が多かった。

その中でも、いちばん心をひかれたのは、彼の妻が、罪悪感から、家賃を未納し強制執行を受けた店子に、大金を恵む場面だ。その大金を彼女の目の前で暖炉に投げいれる、彼のまなざしに震えた。このシーンひとつとっても名作。

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あなごめし

法座は正午に終わって、早めの解散し、各自で自由散策へ。後片付けの広島のお世話役の皆様と、フェリーで宮島へ渡る。4年ぶりで、その時のことは、このブログにも触れている。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-57b5.html

Img_8315ちょうど昼時で、宮島でお昼ご飯を会場を探すことになった。せっかくなので名物を食べようということになり、広島の方が知る名店にご案内くださる。先日、京都の知り合いから、「宮島にいくなら、駅前のうえののあなごめしがおいしいですImg_8312よ」と、お勧めいただいた。が、地元の方に言わせると、これからいくお店の方が、上品でおいしいというのだ。長年、毎月、広島を訪れ、一時期は第二の故郷にもなっていたが、一度も、「あなごめImg_8322し」を食したことがない。というより、正直、名物だとは知らなかった。

炎天下、厳島神社の裏手を抜けて、かなり歩く。なかなか風情があるお店。すでに行列が出来ているが、外で待つのがルールらしい。ぼくは、行列に並んでまで名物を食べることは、普段はない。しかし、暑い中、長距離をわざわざご案内くださった同Img_8367人に敬意を払って、待つことにした。ところが、ご案内の広島の皆さんは、「長いものは苦手」とか「先日もK先生をご案内したので」などと遠慮されて、ここからは二手に分かれて行動することになった。

Img_8323待つこと45分。メニューは「あなごめし2300円」の一手のみ。ランチにしては、いいお値段だ。でも、待つだけの理由はある。丁寧に作られてくるのだ。熱々のあなごめしが登場。予想した味と違って、とても淡白で、上品な味がした。鰻とはまた違った味わいである。Img_8360

それから、宝物館や大願寺、厳島神社を回ったが、どうも暑くて、みんなへばり気味。「もみじ饅頭なら、あのお店が、昔なImg_8361がら、あんこがいちばんおいしいです」と紹介くださる。教えてもらわないと、まず分からない。今は、生もみじとか、チョコーレトやカスタードなども人気だが、ぼくは、昔ながらのがいちばんおいしいと思う。初めて、作りたてのあつあつのもみじ饅頭を食した。甘いものを食べて少し元気になる。

あなごめしといい、もみじ饅頭といい、やはり地元の方に教えていただくのが、いちばん。

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壮年の集いIN宮島

Img_8234広島での壮年の集い。

宮島が会場だ。京都組と車で広島へ。渋滞を予想し早めに出発したが、渋滞がひどくて、どうにか開始直前に到着。余裕がないまま、法話となる。

親鸞様の最期のお手紙をもとに、浄Img_8220土の教えが、「愚者となって往生する」そのお心をお取り次ぎした。宮沢賢治の「雨ニモマケズ、風モニマケズ」にある、「みんなに『デクノボウ』と呼ばれ、ほめられもせず、苦にもされず、そういうものに、わたしはなりたい」をとりあげた。たとえ、法座で「悪人です。愚者です」と自称していても、ひとから、「お前ほど悪い奴はない」「愚かなバカはない」と名指しされれば、腹を立てるだろう。しかし、賢治は、他人から、「デクノボウと呼ばれる、そんな人にImg_8240なりたい」と言われているのだ。他力によって、自分を愚者と教えていただくのは、浄土の教えであるけれど、自らそう名乗れるのは、法蔵菩薩ではないのだろうか。そんなことを味わった。

それにしても、今回の広島は、にぎやかな集まりになった。時間は短かったが、法話あり、交流会あり、宴会での一言あり、さらに終了後の観光ありと、盛り沢山の内容だ。 確かに、これまでの壮年の集いの目玉である、じっくりImg_8235分級座談を深めるには、会場の制限もあって難しい。それでも、短い時間の中でも、とても賑やかに盛り上がり、皆さん喜んでおられた。

法話以外にも、広島支部のルーツを尋ねる「達子の部屋」は、笑いに走るのか、真面目でいくのか、この中途半端度が、逆に面白い。そしてたった一つの事例だが、その深さに感動した。ある一族のもつご法の源流を探り、その拡がりをお尋ねする旅をご一緒させていただく。

翌日の法話は、予定を変更して、その拡がりの部分で、「親指のふし」にあるクライドさんと、智子さんの獲信について、さらにそのご両親の獲信の時のことにも触れていった。

まさしく、さまざまな小さな川が合流して、法の大河が滔々と流れ、海へと続いていく。もしその源流を遡っていくのなら、すべて法蔵菩薩の涙の一滴から始まり、そして最後もまた本願海へと濯がれていくのである。

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大阪支部支部法座~親のご恩~

 もともと、ご恩徳の教案をもっていく。が、初参加の方があったので、本願力回向の信心や「信心正因・称名報恩」の真宗のみ教えの特色についてお話から始める。行は、往生のために、本来は私がなすべき修行であったのが、如来さまの大行となり、如来さまの方から回向さる、真宗のお救いの仕組みについてだ。

  それでは、私の行はないのかというと、他力のおかけで信後の報恩行となって展開されていく。それで真宗では、如来さまに対する報恩が、強く語られているのである。  

  では、ご恩とは何か。真宗ではないけれど、もともと四恩といわれるが、親や衆生などの世間的なご恩と、出世間の恩(如来や三宝)のところをよく聞き分けないと、今生的な日常の親のご恩徳のレベルで終わっていては、ほんとうの意味での如来様へのご恩徳が出でこない。

 しかしそのためには、急がば回れである。結果ばかり求めるが、その大元にあるタネ(因)に心を寄せていくのが、ご恩という言葉であるなら、まず私が、人間に生まれてさせてもらわい、お育てをいただかなければ、今日の私がないのである。当然、人間に生まれなけれど、いま仏法を聞かせていただくこともなかったのである。だからこと、その原点である、親のご恩について考えてもらった。単に、「親の苦労がありました」で終わらないで、具体的に、幼少期からのご恩徳を、文章にして振りかえてもらうことにした。一昨年の仏の子供大会でのある先生からヒントをいただいた、ミニミニ内観である。

 そうすると、こんな方があった。ある法座の時だが、その方が、以前参加していたある会で、「親のご恩が分からないものに、如来さまのご恩は分からない」と教示されたが、反発したり、悩んだというのである。幼少期からの家庭環境、特に母親との関係に深い葛藤を抱えておられるのである。今日では、ネグレクトや児童虐待など、単純に親のご恩を説くだけで済まない時代になっている。逆に、そのことで、自分を責めたり、悩んだりせねばならない方もおられるのだ。

 如来様はどう仰っているのか。
「私のご恩を喜ばないものは救わないぞ」とは、けっして仰っていない。それどころか、親に反発する、逆らうもの(五逆という)こそが、ほんとうのお目当てではないのか。恩を知ることは、ご恩知らずの自分を知ることにほかならないのであって、けっして、親孝行になることがお救いではないのである。さまざまな苦悩や葛藤を抱え、苦しむものにこそ、大悲の涙は濯がれているのである。南無阿弥陀仏

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同人会ニュース

 7月の同人会ニュースを発送した。

 先の支部長研修会の報告が主だが、巻頭には、伊藤先生の古い華光誌から「仏敵を書いた頃」を再掲載した。支部長研修会で取り上げたからだ。  

 最後のページに、8~10月の宿泊の本部行事の案内を載せている。7月の華光誌に同封したものだが、どうぞ奮ってご参加ください。

1)第64回「華光仏の子供大会」(黄色)
 日 時:7月31日(金)~8月3日(月)
 会 場:華光会館
 ◎参加費を事前に納付してください。
http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2015/detail/08/kodomo2015-8.htm

2)第2回「念仏と黙想と、語らいの集い」(白色)
 日 時:8月22日(土)~23日(日)
 会 場:華光会館
http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2015/detail/08/nenbutu2015-9.htm

3)第5回「東京講習会」(正信偈5回)(緑)
 日 時:9月12日(土)~13日(日)
 会 場:林野会館(東京都文京区大塚3丁目)
 ◎参加・宿泊費を、事前に振込でください。
http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2015/detail/09/tokyo.koshukai2015-9.htm

4)仏教青年会・高山支部合同法座(ピンク)
 日 時:10月10日(土)~11日(日)
 会 場:御宿・四反田(岐阜県高山市丹生川町)
 ◎参加・宿泊費を、事前に振込でください。
http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2015/detail/10/bussei2014-10.htm

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台風と宵山

Img_81567月はじめじめと梅雨空が続き雨が多かった。それが一転し、今度は猛暑である。梅雨明けを前に、京都も連日の猛暑日が続く。このまま梅雨明けかと思っていたら、今度はノロノロ台風で、雨が続いている。台風が過ぎたのに、まる1日雨が強く降り続いて、7月の24時間の降水量の記録となった。

Img_8149祇園祭の前祭も、台風の影響をまともに受けた。

宵々々山はまだ天気がよかった。晴れて、雨も降っていないのに、虹が出ている。所用のついでに、山Img_8152鉾見学。こんな暑い日は、ビールも一段とうまい。

ところが、宵山と山鉾巡行は、台風の接近日と重なって、いつもと風景が違う。

Img_8164Img_8153山にこんな長刀鉾を初めて観た。強風対策ですべてが外されて、外枠のみ。これでは、巡行は中止だと思っていたのに、「小雨決行、大雨強行」という伝統で、山鉾巡行は予定通り。

Img_8202でも、近くまで所用があったが、さすがに、大雨の中を見物する気分になれず、今年はパスした。
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悩む人とともに歩む

7月の真宗カウンセリング研究会の月例会。

「クライエント中心/パーソン中心療法の本質は、クライエントの方向へ歩むこと、クライエントのペースで歩むこと、クライエントなりのユニークなありようで歩むこと、これに治療者が打ち込むことである」(Bozath)  

法座の現場での自分の姿勢が、改めて問われる気がした。相手のペースや歩みではなく、こちらのペースで押しつけてはいないか。それでいて、それが理解されないと、イライラしてはいないか。  

実際、人は、どんな正解であっても、自分のペースで気付かない限り、腑に落ちて進んでいくことがないことを、嫌というほど経験のしてきたにも関わらず、相手のルールではなく、こちらのルールで動いている自分がいる。

もし、これをカウンセリングではなく、真宗の伝道の場のこととして、言葉を置きかれたらどうなるだろう。

浄土真宗の伝道の本質は、
求道者(悩めるひと)の方向へ歩むこと、
求道者(悩めるひと)のペースで歩むこと、
求道者(悩めるひと)なりのユニークなありようで歩むこと、
これに伝道者(布教者)が打ち込むことである…。

阿弥陀様の他力のおこころは、「待つ」ことだと、親鸞さまは仰っておられるのだ。

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出会い

 それにしても、尊いご縁の方がおられたものだ。

 大学を卒業し、4月に就職したばかりの青年が、『仏敵』をご縁にして、ひとりで飛び込んで東京法座にフル参加してくれた。

 田舎のおばあちゃんが、ご門徒で、熱心な念仏者であった関係で、法事などでは仏縁を結ぶことがあったそうだが、それ以外に、まともなお説教を聞いたこともなかったという。それが、たまたまネットで出会った『仏敵』という本にによって、見ず知らずの集いに参加くださるのである。しかも、ほんとうに初めてのご聴聞かと、こちらが驚くほど的確に要点を聞いてくださる姿は、そのご縁の深さに驚かされた。

 長年の経験の中でも、こんな方には出会うことは、ほんとうに稀である。

 「遠く宿縁を慶べ」 である。

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東京支部法座~三つの法語を味わう~

 熱海での東海・東京合同法座から3週間で、東京支部法座がある。

 今回は、1)平安時代の源信僧都の作といわれる『横川法語』
(2)鎌倉時代の法然聖人(源空聖人)の遺言でもるある『一枚起請文』と、『一枚起請文』と比較するために親鸞聖人の言行録といっていい『歎異抄』第2章
(3)室町時代の蓮如上人が作製されたという『領解文』(『改悔文』)を、連続で取り上げることにした。

 『横川法語』から『一枚起請文』までがだいだい150年、『一枚起請文』と『歎異抄』はたぶん50~60年ほど、さらにそこから、『領解文』までが150年くらいの年月があると思われる。
 源信僧都は、天台宗比叡山の高僧。法然聖人は、浄土宗を興された開祖で、蓮如様は、浄土真宗本願寺の第八代の宗主で中興の祖だ。 

 源信僧都には『往生要集』、法然聖人にも『選擇本願念仏集』という、日本の仏教史上でも特筆すべき著述がある。その大部の漢文の著述に比べると、ここで取り上げたものは、B5の1枚で収まる、和文の御文だ。誰もが親しめる御文でありながら、流暢な名文の中には、それぞれのお祖師方のいちばんのお心が簡潔に、凝縮して述べらているのだ。

ある意味、同じ日本浄土教といっても、年代も、立場もそれぞれ異なっておられるのだが、この3つの法語を並べて味わってみると、一文一文ではよく見えてこなかった、日本の浄土教に流れている精神、難しくいうと、受容と発展の歩みが感じられて、興味深かった。

 たとえば来迎の問題もしかり、称名念仏の位置もしかりだ。称名そのものから、その称え心を問題にする-つまり「念仏」と「信心」の関係などの変化もよく分かる。とくに、浄土真宗の安心の要(型)を間違いないようにお説きくださった『領解文』は、この3つを並べてみると、ますますその発展が顕著だ。覚如~蓮如様と流れた浄土真宗の「信心正因・称名報恩」が前面に出されているのである。

 しかし、分かりやすくその要をお説きくださったわりには、肝心の第1段の安心・第2段の称名報恩の文は、かなり難しく、表現にも誤解が生じやすいので、よくお聞かせに預かりたい。行為が前面にでた「称えよ」のお勧めは分かりやすい。一方で、称名を信後の報恩行として、前面に「たのめ」というお勧めされても、他力での「たのむ」ということはどういうことかを、よく聞き分けなければ、「祈願請求(しょうぐ)」の誤解を生む恐れもあるのだ。

もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御たすけ候へとたのみまうして候ふ。(安心)
たのむ一念のとき、往生一定御たすけ治定と存じ、このうへの称名は、御恩報謝と存じよろこびまうし候ふ。(報謝)

もちろん、安心の段には、「後生の一大事」と「自力他力の廃立」(「捨自帰他」)の聴聞の要が示されていることは言うまでもない。

 ちょっと小難しい話になったので、このあたりで止めるが、これからも宿泊での支部法座では、この3つを取り上げて味わっていこう。

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ご催促

 早朝、電話のベルで起こされた。

 たまたま、連れ合いが、夜行バスで早朝に京都に到着する予定だったので、何かトラブルでも起ったのかと、慌てて電話にでた。

たぶん、お寺への早朝や深夜の電話は、門徒さんが亡くなった葬儀の依頼だそうで、お坊さんは、そんな時間帯の電話のベルに、ドキッとされるという話を聞いたことがある。

 が、華光会館では、そんなことはめったにないので、それは頭の隅にもなかった。

 が、連れ合いではなくて、大阪の同人からの緊急の電話。

 葬式は葬式でも、肉体ではなくて、生きた人のこころ(業魂)の葬式の依頼だった。

 数日前から、死ぬことの驚怖で、たまらなくなったという相談だ。後生が苦になるとういより、不安でたまらないというのだ。
ただ、それだけでは、ほんとうに、後生の大事と出でおられるのか、心理的な不安なのか、そこれだけでは分からなかった。でも、慰めや気休めですむ話しではいのは確かなので、さっそくご示談にお出でいただくことになった。

 今生の一大事にうつつを抜かす私に、早朝から、一大事の後生のご催促をいただいたのである。

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さくらんぼ

Img_8110 連れ合いの実家から、今年も「さくらんぼ」が届けられた。

  摘み初めの、最初の佐藤錦を送ってきてくださった。

 5月末の時には、まだ青い実だったが、それから1ヶ月足らずで、立派Img_6785に成長した。

 今年は、たくさん実をつけたという。それが農家にはって善いのかというと、多すぎると、一つ一つが小粒で、甘味も薄くなる。では、間引いたらどうかというと、りんごなどと違って、さくらんぼはたくさんできるので、それは無理だというのだ。多すぎてもダメだし、少なすぎてもダメというのだから、なかなImg_8112難しい。

 北海道からは2日間かかるので、長く置くと鮮度もおちる。たくさんいただいたので、事務所や同人の方にもおすそ分けし、法座でも食べてもらった。

 おいしかったです。

このサクランポ、ご縁があって、今年お亡くなりになった桂米朝さんのお宅にも、毎年、届けられているそうです。

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7月の聖典講座~浄土の荘厳~

 『大経』の講義も、「如来浄土の果」に入ったが、ここは大きく、「略説」【十】と、「広説」【十一~二一】に分科される。

 前回から「広説」で、まず、主に仏身の荘厳について説かれている。つまり、法蔵菩薩の正覚が成って、光明無量・寿命無量の阿弥陀如来となられたお徳が讃えられている。十二願と十三願の成就文にあたる箇所だか、同時に、光明無量・寿命無量は、浄土の主である阿弥陀如来のお徳に留まらず、そこに生まれた聖衆もいただくお徳であることを窺っていった。
 それに次いで、今回からは、その国土、つまり阿弥陀如来の西方極楽浄土の荘厳が詳細に述べられていくのである。

 「依正二報」の荘厳と言われるが、
前回は(1)「正報」(しょうぼう)…まさしく過去の業の報いによって得た衆生の身心で、ここでは、阿弥陀仏と、菩薩衆(聖衆)を指している。
今回は(2)「依報」(えほう)…その身心のよりどころとなる国土・環境のことで、ここでは、極楽浄土のことを指している。

 詳しくみると、宝樹荘厳【十四】・道場樹荘厳【十五】・自然音楽【十五】・堂舎の偉観【十六】・そして、宝池荘厳【十六】という浄土の国土のありさまが、華麗にかつ詳細に述べられている。(講義では、親鸞様が、道場樹荘厳の「道場樹」を、二十八願成就文として、十九願の方便化身の浄土と見ておられる点を、時間をかけて触れたが、いまは、略します)

 しかもそれは、【十五】に説かれているが、すべて、法蔵菩薩の(2)因力と本願((3)~(6))と、そして阿弥陀仏の(1)果力の威神力の顕れほかならない。
 もう少し具体的に示していくと、

 (1)「弥陀仏」神力(果力)=威神力・阿弥陀仏の自由自在な果力
 (2)「法蔵菩薩」本願力(因力)
   (3)満足願(十二・十三願に相当)
   (4)明了願(十七願に相当)
  (5)堅固願(十八願に相当)
   (6)究竟願(十一願に相当)
という「六種願力」によって、荘厳された浄土ということになる。

 ところで、伊藤康善先生の『仏敵』には、『大経』のこの箇所を読まれた伊藤先生の道求めている苦悩が、龍大教授と、野口道場での同行の前で、2度もでてくる。

「本日も昼の勤行のときでした。皆といっしょに『大無量寿経』の七宝樹林の一節を読み始めましたが、とても私は悲しくって、先を読む気になれませんでした。弥陀の浄土の依報二種の荘厳は、一々衆生のためにでき上がったと聞いておりますが……私一人だけは、その如来のご本願に漏れています」
 こらえこらえていた感情の発作は、そのとき自己に対する怒りともつかず、哀れみともつかぬ混沌たる状態となり、熱い一滴の涙となって絞り出された。一度涙によって刺激された私は、もう再び平静な状態に回復できなかった。

「私は……私は……非常にその点で悩んでおります。この冬にです。学校の先生に言いました。浄土の依報の荘厳は、宝樹の葉一つまでも、極悪の我らがためならぬものはないと仰せられるが、私一人だけは、その如来様のご本願にもれておりますと言いました。それから私の生活はまったく悲観だらけです……」
 語ろうとするけれども、私の舌は妙にもつれてどもるのである。
 「ああ!」と、そばの男の人が言った。「あなたは、なかなかよいところへ出ている!」
 その一言で私は悟った。この人たちもやはり、信仰上では深い悩みを経験しているに違いないと! 私は彼らに深い親しみを感じた。同時に話には油が乗って、ようやく舌が自由になった。

  荒唐無稽のおとぎ話で終わるのか、それとも私一人のためのお浄土とお聞かせいただけるのか。聴聞の分かれ目でもある。

 それにしても浄土の荘厳の記述は圧倒的だ。
 勤行と、冒頭で、そして最後に、今日の箇所を通して3度、声に出して読んだ。講義の結びの3度目の時には、「これでもか、これでもか」という七宝で荘厳された宝樹や宝池のありさまに圧倒されて、読みだけでも、みんなグロッキーになってしまった。

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他人事じゃないな~

町内会の組長(班長)が、4年ぶりに回ってきた。
長年、会場提供されていたカフェが店仕舞いしたこともあって、今年から、会館の3階研修場を会合に提供している。

町内会は、長年、母の役割だったが、選挙で町内会長を経験してからは、すっかりぼくの仕事になった。
何度か役員を経験するうちに、行事の流れは分かってきたので、組長もそれほどたいへんではない。

が、今年は、いくつか事情が変わってきた。

この地域全般でも起こっている問題だが、高齢化の進行と、子供の不足が深刻だ。
ぼくも会費を集めで驚いたが、高齢の独居者の中には、老人特有の症状で会費などの徴集が難しくなっている。そして、町内でも、幼児や小学生が減少して、行事によっては存続も危ぶまれている。

さらに困ったことが起こっている。自治会活動に積極的でない人達が増えていることだ。
積極的でないというのなら、まだいい。「会費は収めていいが、班長や役員は外してほしい」という方が、年々増えているのだ。要望が叶わないと、そのまま脱会されて、近所付き合いをされない世帯もある。最初は1軒程度であったが、年々櫛がかけるように増加していきた。でも、町内会は、任意の親睦団体なので、強制力はない。
が、一方で、防犯や大地震等の大災害の訓練や、地域の清掃、消防活動など、生活に密接な大切な役割も多い。京都市の広報誌などは、町内会に加入・未加入に関わらず、配布する必要がある。それを配布するのは町内会加入者の仕事となって、未加入ならば、常に受け取るだけですむ。「A家がやらないのなら、うちもやらない」という方もでてくるのである。

今年から、新しいルールを作る必要が生まれてきたが、あくまでも強制力はない「お願い」でしかないので、役員さんは苦慮されている。

このままなら、高齢者が増え、若い人が減少、子育てや仕事、介護でいちばん多忙な壮年層、しかも特定の人達に負担が増えてくるのは、間違いない。

従来の町内会の行事や役割自体を考えていいかなければならない時期にさしかかっている気もしている。

それにしても、恩恵は受けたいが、自分がお世話側になるのは避けたいという気持ち。
どうも、他人事とは思えない問題だ。

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お別れ

最後の晩餐は、母の手料理で、子供たちを送ることにした。

別に、一生のお別れではないのだろうが、気分はそうである。ぼくの父や母と一緒の時間を考えると、その可能性は高いかもしれない。

翌朝、道場にお参りして、如来様にもご挨拶。

ぼくから、二人に手紙をわたす。
子供たちに向き合って、本気になって手紙を書くのは、これが2度目。寂しいだけでなく、さまざまな思いが去来してくる。たった15年、12年の付き合いだったが、家族として、実にさまざまなことがあった。3年前のアメリカ行きの時も、寂しかったが、あれは1年間という限定(実際はその後、プラス3ケ月伸びたが)で、しばらくすれば帰ってくるとの思いがあった。

が、今度は、地球の裏側で、ある意味で、永住の覚悟での渡伯なので、正直、先のことは分からない。

長女からも、長文の手紙を受け取った。これも、3度目。

柱に、二人の身長を刻んだ。ぼくも一緒に書き入れる。何年先か分からないが、たぶん、まだ小学生の下の子は、ぼくの身長を超えているかもしれない。

Img_8092最後、仏青大会や京都支部に参加できたので、京都や仏青の皆さんから、お餞別変わりにプレゼントをもらったり、寄せ書きをいただいた。これも、法のお徳である。

別れに際して、父や母の苦労した背中を見て育ったぼくが、ふたりから受けた思いや、ご法について、子供たちに話した。

その話の流れから、お別れの見送りの途中で、父や母の出発点である殿田球場(公園)前のアイスキャンディー屋(駄菓子屋や文具、ボールなども売っていた)の場所に経由した。
「みんなが、誰に気兼ねやなく、仏法を讃嘆し、念仏できる同人が集える念仏精舎を作りいたい」との一心で、龍大に通って苦学をしながら、建設資金を貯めた場所だ。その後、まだ10代の母の一心に働く姿が、ある方の目に留まり、夢は現実へと動き出すことになるなのだ。

Img_8108もちろん、アイスキャンディー屋はすでにないが、普通の長屋になっている場所だけでも見せたかった。ある意味、ここが華光会館の出発点だからだ。

何度も訪れいるので、勝手は分かっている。ところが球場の横を抜けて、そのまま行き過ぎてしまった。う。あれ、ここじゃないのか。バックして、びっくりした。

長屋は全てなくなって、学校の施設になっている。行き過ぎるはずだ。5年前、ここにあった中学校を取り壊して、この地域初の小中一貫の公立学校が建てられた関係で、このあたりの家が取り壊されていたのだ。アイスキャンディー屋はなくても長屋の雰囲気残っていただけに、様変わりした風景に、がっかりした。

が、最後に旅立つ子どもと一緒に、原点の地に立て、感無量

ブラジルまでは、アラブ首長国連邦経由で、28時間もの長旅。まずは、無事に!

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