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『妻への家路』(英語題=Coming Home)

 ぼくは、昔から中国映画が好きだ。

 最近でも、昨年のジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』http://www.bitters.co.jp/tumi/に、こころ震えたし、今年は、とても高評価の『薄氷の殺人』http://www.thin-ice-murder.com/がよかった。新人監督ながら、斬新な映像美と、精細なこころの機微を扱ったサスペンスで、クオリナィーの高さに、すごく感心した。
 中国も、新しい世代の監督がいい作品を作り出して、完全に世代交代だなーと思っていたが、中国映画の巨匠、チャン・イーモウの『妻への家路』(英語題=Coming Home)には、完全にやられた。北京オリンピックの開会式の演出もそうだし、最近は、ハリウッドのアクション大作などが多くて、ぼくとしてはいまひとつ感があったが、やはり厳しい現実の中に垣間見れる、暖かな人間味が零れ出る映画がいい。

 ところで、外国映画を見ていると、その国、その国がトラウマになっている内乱や戦争、事件が題材になるが、中国映画の場合は、文革が大きなウェートを占めている。

Poster2 『妻への家路』も、毛沢東の右派闘争から始まり、四人組の仕業として斬罪される文化大革命という中国の失われた20年間で、右派分子として糾弾された知識人たちのその後。生き残った家族の大きな傷と、それを凌駕する家族の絆が描かれる。これには、文革の時代に辛酸をなめた監督自身の実体験もこめられているので、時代背景、何気ないセリフやしぐさにもリアリティがある。

 夫(父)が知識人の右派分子として糾弾され、地方の極貧地帯(西域の砂漠地帯で、非道な扱いをうけていることが、後の手紙で分かる)に連行され、数年間。まったく音信も、安否も不通状態。妻は、高校教師。調度品からも、明かに裕福な家庭だったことがわかる。一人娘は、優秀なバレリナー。しかし、父親が危険分子ということで、その子もまた、実力以下の冷たい評価に甘んじなければならない。

 その父親が命懸けで、逃げ出して、妻に会うとするシーンから始まるが、両者の緊迫したやりとりから、引き込まれる。

 ところが、幼き日に父親と分かれ、文革の中で洗脳教育を受けてきた彼女には、危険分子としての父親の存在が許せず、実の父親を密告するという形で顕れて、父親はまた逮捕されて、音信不通になってしまう。しかも妻と夫を切り裂いただけでなく、母と娘の間にも亀裂を生んでしまう。

 3年後、文革は終焉を迎え、夫は名誉を回復して、待望の帰宅を果たす。

 ところが、その間、心因性記憶喪失(その原因をいろいろと匂わしながらも、はっきりしたところを明確にしないところもいい)になってしまった妻には、目の前にいる男が、待ち焦がれた自分の夫だと分からなくなっているのである。

 その間に、娘と和解を果たした彼は、なんとか妻の記憶を呼び戻そうと、さまざまに工夫を始まる。ああ、こんな形で記憶が蘇るのか思わせてピアノの演奏場面。そのままでも充分に感動的な再会をシーンなのに(ハリウッド映画なら、ここを山場にするかもしれないが)陳腐な結末としないで、そこからも、夫を焦がれ続ける妻と、その前で苦悩する夫の演技がすばらしい。

 監督の初代ミューズ、コン・リーが、心因性記憶喪失になってまで、夫を待ち続ける妻を圧倒的に演じ、旦那役のチェン・ダオミンも、負けずに劣らず渋い演技だ。両名人に挟まれた娘役のチャン・ホゥイウエンが、初々しく、キリーッとした顔つきで人民バレエを没頭し、また複雑に葛藤する姿がうまかった。

 端々にでる豊かな生活ぶりや、博識ぶり。さらに、同じ運命の友人の妻から、彼が自殺したという一言だけでも、どれだけ過酷な生活だったのか。実際にみせなくても、想像させるのがいい。20年間、妻への手紙を、暗闇のなかで、雑紙に綴ることしかつながりがなかったけれども、結局、一通も出せないまま手許に残った手紙の山。男を支えたのは、家族・妻との再会の一念であり、また妻を支えたのも、夫への思いだけだったのだろう。にもかかわらず、歳月は、目の前の夫を、夫の手紙を読み聞かせてくれる親切な他人としか、妻に映らないのだ。その手紙に涙する妻は、「5日に戻る」という彼からの伝言だけを信じて、毎月5日、雨の日も、雪の日も、夫の名前を大書したプラカードを持って、駅に立ち、夫を待ち続けるのである。

 そして、あのラストの名場面である。ここがグーンと感動的だった。

 雪の朝、自分を帰りを待ち焦がれる妻と共に、自分の名前を書いたプラカードを持って(自分の帰りを待つ)夫。二人を少し距離を置いて見守る娘。
 いろいろ思いが去来し、涙が自然に溢れでた。

 久しぶりに、チャン・イーモウにやられました。

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