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東京支部法座~疑心有ること無し~

 日曜日の東京支部法座は、参加者の1/3が初めてお会いする方だった。全体の参加者が多くなって、座談会も二重の輪となる。おかげで、常連だけの法座にはない緊張感が生まれ、活気もあった。皆さん、新鮮に、聞法されているで、法話も自然と力が入った。

 初めてのご縁といっても、まったく初ご聴聞ではない。別の集いで、「後生の一大事」を教えていただき、獲信のためにご聴聞に精進されてきた方々である。それが、さまざまなご因縁があって、いま、ここで、共に仏法聴聞の縁を結ばせていただいた。もしかすると、今生で、2度とお会いすることの方もおられるのかもしれないが、ここでは、「仏願の生起本末」をお聞かせ預かるだけである。それを、機無、円成、廻施(回向)のお心としていただいた。あずかる。それを疑問や疑いをもたずに聴くのではなく、〈『「疑心」有る』こと〉無しとなるまで、お聞かせにあずかるのである。それは、疑心そのものが問題でなくなるまで聴くのである。

 阿弥陀様を遠くにおかないで、獲信を特別なことにしないで、または自分ではダメだと自己否定しないで、いま、私にかけられている阿弥陀様の願いを、ここでお聞かせに預かるだけである。それは、「早く、帰った来いよ」との阿弥陀様の呼ぶ声を聞くことである。
  その御声を聞いたなら、聞いたまま「南無阿弥陀仏」とお応えするだけなのだ。  

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