« 点検 | トップページ | 秋の味覚 »

東京講習会~善導独明仏正意~  

   東京講習会も、正信偈に入って4回目となる。今回は、善導讃から結語までを予定していた。つまり、今回で終了するつもりだ。  

  が、予習の段階で、かなり迷った。
 以前、悟朗先生の京都で正信偈の講習会では、道綽様から結語までを2日間で終えておられる。B4プリントを15枚分。2日間の講習会に、勤行や質疑、休憩も入れると、1枚を40分ほどのペースで飛ばさなくてはならない。ただ順番に音読して、簡単なポイントだけを押さえるのなら、それでもいいかもしれない。しかし、それではあまりにも勿体ない内容だ。

 光明名号にも、「行巻」の両重因縁釈の問題。

 「六字釈」にしても、1枚分、ビッシリと教案がある。  

  お正信偈とは直接的には関係ないが、「二種深信」や「二河譬」。加えて、「王舎城の悲劇」の説明もいるだろう。

   「与韋提等獲三忍」では、「韋提希夫人」に関しての「韋提権実」や「韋提得忍」という論題にも触れておられるのだ。

 これだけでも、相当なものだが、あんまり専門的になると、皆さんも退屈されるだろう。

 八句(四行)の善導大師の讃歌を、皆さんとの分かち合いも含めてやっていくことに決めたのは、会場に到着して、顔ぶれをみてからとなった。

 結局、この善導讃だけでも、2日間では足りなくなるほどの内容となった。

 「善導独明仏正意」のおこころが、身近に迫ってきた。善導様おひとりだけが、お釈迦様~ひいては阿弥陀様も南無阿弥陀仏のお六字を解釈し、本願文を加減できるのは、如来様をおいてはないのだ。善導様を、大心海、つまり阿弥陀様の化身であると仰がれた法然様や親鸞様の尊敬ぶりもよくわかる。

  しかもだ。その善導様の六字釈を解釈され、さらに善導様のご文までも読み替えを大胆に進められた親鸞様も、また阿弥陀様のご化導の姿と仰がずにおれない。そのおかげで、ますます我が身の虚仮不実が徹底され、阿弥陀仏の大悲のお心、他力回向の真髄が、だれをお目当てにしたものなのかを明かにしてくださったのである。それを、わが身のところで、味わい、聞かせていただける身の幸せが有り難かった。

 ただし、この集い、回を重ねる度に参加者が減少している。それでも、京都や大阪、奈良、愛知など、遠方からの参加が多かったのに、肝心の東京支部が寂しい。一日だけの方も多くて、低調だったのは残念だ。「教学はどうも…」と表現される方もあったが、そこで控えられた方も多いようだ。しかし、華光会でも、講習会と銘打っても、一度たりとも、「教学」の勉強会を名乗ったことはない。そのあたりも、以前の慣習は早く払拭してもらいたいものだ。 

 来年は、源信讃から最後まで進みたいなあ。

|

« 点検 | トップページ | 秋の味覚 »

法座と聞法」カテゴリの記事