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訃報

 朝、「だいだいお察しかと思いますが、」とのFさんの第一声。Fさんかの電話は珍しいが、それでも、すぐに想像がつかないでいた。東京同人のMさんの訃報を耳に、「エッ」と驚くばかりだ。  

    8年以上、ガンの闘病生活をされながら、小康状態になられては、東京法座に顔をだしてくださっていた。その間にも具合が悪くなって苦しい治療されたりを繰り返しながら、看病されていたご主人を逆にお見送りになった。それが、回復に向かわれて、昨年の5月には、8年ぶりに華光会館の行事にも参加された。その様子が、今年の新年号の華光誌を飾ったばかりだった。

 ところが、その後、収まってはずのガンが再発。入退院を繰り返すようになられていた。それでも、7月の壮年の集いの前には、会館へもメールもたいだき、今回は、お会いできなくても、またの機会にお見舞いに窺いたいも思っていた。1週間前の東京法座の時には、「このところ連絡がないんです」との法友の話に、ひっかかりはしたいが、何度も苦しい闘病を乗り越えられたMさんのことだから、また今度も乗り越えられるだろうと楽観視していた。  

  上品で、静かな印象もありながら、一筋芯の通った念仏者だった。同人の皆様の信頼も厚い、いわば東京支部の長老格といってもいい。念仏に篤い母親に育てられ、東京でもさまざまなご法縁を求めてご聴聞されていたが、悟朗先生に出会われてから、不審を不審とせずに、真実を求められたという。

 昨年のSさんのご逝去といい、東京のお世話役の相次ぐ訃報。若い時から、お育てをいただた、思い出深いお方のご逝去に、凡夫の情としては、悲しく、だだただ無念でならない。しかし、どれだけ亡くなった方を慕っても、時間が戻ることはない。  ただ、お念仏を喜び、ご相続させていただくことが、大きなご恩徳の一旦に触れることになるのだろう。

   南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏  

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