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2014年7月の32件の記事

四十八願の心(5)~第十一願~

    定期的に寺報に四十八願のお心を連載している。5回目になった。一般の門徒さんが相手なので、ほんとうは易しく、もっとくだけた文章がいいのだろう。でも、ご本願のことである。あまりくだけた内容にはできないという思いが強くて、いたった真面目な文章だ。変更の要請があれば、その時に考えたらいい。ちょっと堅いけれど、ご一読くださればうれいしです、というところだ。

「たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、定聚に住し、かならず滅度に至らずは、正覚を取らじ。」(第十一願・必至滅度の願)  

 親鸞さまは、この十一願を、真実五願の一つで、衆生(私)の「証」りを誓われた願として、とても大切に頂かれています。  ここには、二つのことが誓われています。

  一つ目は、浄土の人天が、正定聚の位に住する、つまり、まさしく仏となるに定まった仲間入れをさせていただくこと。

  二つ目は、その者は、必ず滅度に至る、つまり、必ず涅槃の悟りを得ること。

 一つ目を、素直に読むと、必ず仏となる仲間入れは、お浄土でのことのように取れます。それで、それまでの高僧方は、お浄土は、修行をするには最高の場所。その浄土で正定聚の位に住して、退転せず、修行に専念できるので、その結果として、涅槃に至ることができるのだと信じてきました。

 ところが、親鸞さまは、十一願成就文(十一願が完成したぞ、というお釈迦さまの説法)などから、正定聚の住するのは、お浄土ではなくて、この世で得る最高のご利益だとご覧になりました(現生正定聚といいます)。そして、お浄土に往生したその端的に、必ず涅槃に至り、最高の仏果を得ることができるのだと、喜ばれたのです。

 つまり、「凡夫である私が、他力の信を得たと同時に、直ちにこの世で、間違いなく仏となることに定まった仲間入れをさせていただく。そして、この娑婆の命が終わって浄土に往生するその端的に、最高の涅槃の悟りを得させてやるぞと、阿弥陀さまが誓ってくださっている」と、頂かれたのです。

 凡夫の私をめがけて、とてつないお誓いをされたものですね。では、皆さんは、日頃、私が得るお悟り心を馳せながら、ご聴聞されていますか。現世利益や先祖供養のような小さなご利益を喜んでいませんか。他力の信心一つで、この私が、現生で正定聚に住して、娑婆の縁尽きて命終われば、必ず滅度に至るという広大なお徳を頂くのです。よくよくお聞かせに預かりたいものです。

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トロピカルフルーツ

Img_0657   沖縄の同人から、石垣島の完熟パイナップルか届く。

  福岡の家庭法座への手土産にする。新幹線の中で、1枚。このパイナップル、石垣島から飛行機で関西まで旅して、すぐに新幹線で福岡へ。

Img_0665 福岡から戻ると、別の沖縄同人から、完熟マンゴーが届いていた。

 けっして沖縄の同人は多くはないが、今年は、大当たりだー。

Img_0669  昨日の京都は、38.2度もあり、夜も熱帯夜で27度以上の高温多湿。

  沖縄よりも暑い1日で、南国の濃厚な甘酢パイ香りがぴったりだ。

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福岡家庭法座

   福岡Y家の家庭法座。  

    初日は、博多天神の会計事務所での法座。参加者が少ないと心配されていたが、会議室は、ほぼ満席となる。九州支部以外でも、福山からは一家4名でお参りされる方、これまで仏Img_0658法とは縁もゆかりもなかった仕事関係の方や、参加者の友人など、これまでご縁のなかった方も多くて、今後が楽しみ。

Img_0663 初日は、夜座はなくて、そのまま懇親会へ。これもまた九州支部の特色で、楽しい。天神のお店で博多の水炊をいただく。「1、2、3、ダァーッ!」としめた後、夜景の美しいホテルのラウンジで飲み直し、Aさんのお知り合いのバーへとはしごして、マスターを法座に勧誘したり、愚痴になったり、くだけやわらかい(かたい話題でしたが)になたり、いろいろありましたが、ご馳走になりました。  

  本題。出会いについてのご法話。

  法に遇うということは、師との出遇い,よき人との出遇いによって、生まれるといっていい。それは浄土真宗の場合だけではない。  たとえば、お釈迦さまと大迦葉尊者のように、お釈迦様の成道のまさにその日に、よき師を求めて放浪の旅を続けられて、丸2年目。お釈迦さまと出会われたその瞬間に、「待っていたぞ」という釈尊と、一目で探し求めていた師であることを体感した大迦葉尊者のような、磁石が引き寄せられるごとくの出遇いがある。ちなみに、釈尊のもとで、大迦葉尊者さまは、8日間でお悟りを開かれたという。求める者には、必ず、その求めに応じた出会いがあるということだ。  

 法話と、ビデオを見た後、「NHKの心の時代を通じて、初めて悟朗先生と出会った時、この先生に、もし、聴聞のために『ここで死ね』と言われたなら、ここで死んでいいとさえ思った」と言われた方があった。その彼が、同時に、継職奉告法要のDVDの悟朗先生の姿に、またショックを受けられていた。

  これもまた諸行無常のご説法。甘い幻想や美化は、どこまでも崩されていくしかない。

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プール日和、、でも過ぎるのもなー

 子供のリクエストでプールに行く。 ぼくは、海が好きだが、下の子は、プールがいいという。

 近くの伏見港プールが改築中なので、宇治にある太陽が丘のファミリープールに、初めていくことにした。

 広いし、公式プールに、波のプール、深いもの、滝がながれるものと、いろいろなプールがあって、にぎやかプールだった。第一、平時に半額になるのが、有り難い。思ったより、アクセスも、悪くない。いつもお盆参りにきいてる場所だった。  

 太陽が照りつけるプール日和だ。

 寒いと震えながら泳ぐより、夏らしくていい。それにしても日差しが突き刺さるようで、痛い。それもそのはず。京都は、7月にして早くも38度を超えたとのニュースを聞く。暑かったはずだ。

  夜になると、おでこ、頭のてっぺんと薄いところが、ヒリヒリしてきた。からだも、肩も、背中も真っ赤になってきた。上の子の、足も真っ赤になっている。半日だけと油断したようだが、これもまた夏の風物詩か。

 

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レストランテ オルテ

Img_0638 夏休み。子供大会までに、長崎旅行を計画をしていた。ところが、上の子のクラブの試合日程が変わって、旅行自体も、日程も変更せざる終えなくなった。  

  それじゃ、プールに行ったり、祇園祭を見たり、奮発してご馳走を食べようか、という話になった。たまたま父のショートスティー中だったので、Img_0639母が乗り気になって、実現する。パトロンができると、ぼくも強気になる。 

 昼間、山鉾巡行が終わった。ところが、その後も、さまざまな行列や、御神輿などの神事があちこちで続いている。雅楽の隊列や、白馬にImg_0640乗った少年の行列など、いろいろと目にする。しかし、めまぐるしく交通規制がひかれて、タクシーがなかなか進まない。たまたまネットで見つけたイタリアンのお店で、住所もよく確認しないで予約したが、氏子の町内で、夜には御神輿でにぎやかだ。

Img_0642 前菜3種と、パスタに、メーンをチョイス。鱧のパスタを選らんだが、母は、トリフが使Img_0641われている。どれも京野菜や京都の食材をふんだんに使った創作的なイタリアンで、なかなかよかった。たとえば、デザートにも、甘い中に、ピリッと山椒が入っていたり、京都の白味噌ベースだったりして、かなり工夫されている。でも、ちょっと大人過ぎImg_0643たのか、下の子の口には合わなかったようImg_0651だ。うーん、まあ仕方はない。

 父が留守の時の贅沢で、「ゴメンImg_0646ね」だけど、、。 

  下の子に、上の子との写真を撮ってもらったが、ずいぶん大人になったなと、しみじみ。

 

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花傘行列

Img_0609 巡行が目の前を過ぎたので、四条大橋まで移動して、花傘行列の最後の方だけを少し見た。こちらは、もともと前祭と後祭が合同となったの出来た新しい行列だ。

 Img_0625だから、女性があるいていた。特に、花街のきれいどころの山車に人気があったようだ。子どもたちも、喜んでいる。

Img_0617 少々疲れてきて、ほんの少しだけだったが、初めて見れたよかった。

 鷺舞の一群が通ったとき、鴨川には、ほんもの鷺。Img_0611
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山鉾巡行(後祭)

Img_0520 「動いている鉾が見たい」と、上の子がいった。毎年、宵山には連れて行くが、17日は、まだ学校があるので、午前中にある山鉾巡行を見たことがなかった。

Img_0522_3 今年は、49年ぶにりに、合同巡行から、伝統どおりに単独の後祭が復活した。夏休み期間なのでチャンスがある。いまのうちに、日本で経験できることはなるべくさせたい。

Img_0526_2 彼女は、和風のものに興味があって、来週は、いとこのRちゃんに連れられて、文楽を見に、大阪まで行くらしい。中学生にしては、かなり渋い。

 前祭で、充分堪能したぼくだけなら、まずは見に行くこImg_0533とはなかったが、おかげで、初めて、後祭を見ることができた。

 四条寺町あたりで観ることにした。後祭は、山が中心で、華やかな鉾は少ないが、曳き山も交えて、十基Img_0542_2がコンパクトに巡行するのがよかった。まずは,先頭は、牛若丸(義経)と弁慶が五条大橋の上で戦う姿をあらわし、謡曲「橋弁慶」を題材としている橋弁慶山、曳山の北観音山 Img_0545と続いた。

平家物語の宇治川の合戦を題材にした浄妙山のご神体が、ユニーク。

Img_0553_2 鈴鹿山に続いて、曳山の南観音山の御神体は、楊柳観音と善財童だが、観音像は恵心(源信) 僧都の作と伝承さImg_0558_2_2れている。へえ-、知りませなんだ。

 鯉山、中国の故事Img_0562で、登龍門をあらわしているが、鯉山を飾るタペストリーの図柄はホメロスの叙事詩 「イーリアス」の中の「トロイア戦争物語」の一場面で、16世紀のベルギー製で、すべて重文という、見事なもの。

Img_0573 それぞれの山も、引手や衣装にも、それぞれの特色があって、面白かった。絢爛華麗な飾りと、迫力に、子供たちは驚いたようで、「きれいだった」と喜んでいる。  

Img_0595 特に、蛤御門(禁門の変)の変で焼けて、150年ぶりに復活した大船鉾が大トリを勤めた。そういえば、一昨日、前を通りかかっImg_0510たら、鉾の上に登る人で長蛇の列。1時間以上の待ち時間がかかるらしいが、それでも、みんな並んでまっていた。今日も、鉾が近づくと、歓声があがる人気ぶりだった。

  後祭を堪能して、河原町に移動。
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役行者山は、役行者と一言主命の説話 Img_0575_2

 

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『収容病棟』(前・後)

 『収容病棟』は、ワン・ビンのとんでもない映画。

  唯一無二といっていいぐらい、独自の世界観をもつ監督。まだデビュー作の9時間に及ぶ超長編ドキュメンタリー『鉄西区』は見ていない。それでも、ゴビ砂漠の強制収容所の理不尽で過酷な実像に迫る長編劇映画の『無言歌』や、貧しい村に、幼い少女たち三名が身を潜めるように、けなげに生きている姿を淡々と追った『三姉妹』~雲南の子~など、急激に無謀な成長と発展をし続ける中国の、矛盾や歪みの中に、取り残され、その底に沈む人々、居ないことにして捨てられた人々を、しっかり見つめつづける、そのまなざしにブレはないようだ。

 今回の舞台は、中国の精神病院だ。  

   中国では、当局が「精神病患者1億人」!と発表したそうだが、その数は増え続けている。  今回は、貧しい地域の、精神病院の患者たちのありのままの日常を、約4時間、淡々と映し続けている。しかも、収容されて何年目かというテロップ以外には、解説やインタビューがあるわけではない。ただひたすらに、彼らの日常を、時には残酷なまでに、私達の目にさらしつづけるのである。そこにカメラがあることなど、まったく意識しないがごとく、彼らは生活を送っている。

 暴れだすものは手錠がかけられる。急に、調子がおかしなるものもいる。ベットに放尿をするもの、裸になって、奇行に走るもの。夜中には、奇声を発し、ひたすら鉄格子で囲まれた廊下を徘徊しつづける人たち。では、興味本意で、奇行が映し出されたりするのかというと、それは違う。大方が、私達がステレオタイブでもつような精神疾患の人たちとは、少し異なっている。諦めたように静かに、穏やかに生きる人達も多い。部屋のドアは開かれている。狭い所に何台ものベットが置かれた殺風景の空間に、何十年もつながれている人達の姿。ただ時折、医者の投薬が行われだけで、適切な処置がなされているとは思えない。ここでは、規則や力、暴力による支配というより、彼らが居ることを無視というか、ないことにしようとするような雰囲気さえする。結局、閉じ込められた彼らには、自由はない。
 面接にきた家族に、「ここで出来ることは考えることだけだ」といっていた患者の言葉が印象的。  

   でも、ぼくはスクリーンの中にはない。座り心地のよいイスと、快適な冷房の効いた、安全な場所に身を置きながら、人ごとのように眺めていた。  

   10数名の観客だったが、始まってしばらくすると、帰る人があった。そして、半分ぐらいのところで、また一人帰っていく。アート系の京都シネマでは珍しい。ぼくは、睡魔に襲われて、後半はかなり寝ていしまった。別に我慢して座っていたわけではないが、とにかく眠くてしかたなかった。が、西日のオレンジの温かい光と、長回しで写しだし続ける患者の後ろ姿からだけでも、感じるものがある映画だ。

 

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同人会ニュース

 7月は、支部長研修会の報告を兼ねた「同人会ニュース」を発行する。これだけは、まだ古いPCで、オアシスという昔からのソフトを使って、ぼくが作製している。研修会の報告に加えて、今回は、支部長と拡大運営委員の紹介を兼ねた一言集の第二弾である。

 巻頭法話は、伊藤康善先生の華光大会での座談会のテープ起しをしたもの。この座談会が掲載されている華光誌が、華光会館建設計画を知らせる昭和31年の貴重ものだ。ただし、古いガリ版刷りで、読みづらい。節約のために、紙の質もかなり悪い。

 法話ではないが、たいへん面白い。ちょっと長いので、前・後半に分けることにした。前半は、平生の時に、三途の黒闇を破られたものだけが語りうることができる、味わいを語っておられる。特に、先生の得意なぼた餅の譬えもでる。他力は、棚からぼたもちで、口を開けて待っていてるように誤解されるが、自分から、ぼた餅なって、阿弥陀様に食べてもらうのである。今日では、真宗者もすごく賢くなったが、この味が分かる人は少ないだろう。結局、畳の上の水練ではなくて、実地での真剣勝負。ぼくたちも、ここに立たせてもらって、斬るか斬られるかのお取り次ぎをさせていただかねばならない。でも、何かと傷ついたり、傷つけることを恐れるが、保身ばかり気にして、真剣を抜くことはないようでは、刀も、腕も錆びる。  

   ところで、本文には、大沼法龍師(本文では、大沼法龍君と出てくる)の信一念の廃立、真仮の分際についての「熟柿信心」という言葉が出てくる。大沼師の著書『法界』にも、腑抜けた真宗界会についての、強烈な一撃が加えられている。特に、信前信後の水際の問題である。そこに、こんな面白い譬えがあった。

 (略)信前信後の水際が鮮やかに分かるのは仮時ならわかるが、開発してもいない人には、実時も仮時もあるものかい、何もわららないのだ。それでも、信前の者は人数が多い。その人たちが一念の妙味を想像して、自己の信仰弁護している。例えば
1、風邪引き安心-何時とはなしに信心いただけるのだ。
2、熟柿安心-柿が熟柿になるように何時とはなしに。
3、太陽安心-太陽でも夜が明けるように何時とはなしに。
4、米俵安心-破れから米が洩れて、何時とはなしに、軽くなるように、ご案じんをいただくのはいつとはなしだ。  ご迷答だか親善の幼稚な信者にはよく分かる。第二十願の調熟の光明の桁で、果遂の誓いの上を前進している時の譬えには上等だが、第十八願の比喩にはならない。

 七里和上の語録で、風邪引き安心-盗人安心という言葉を読んだことがあるが、譬えとしてはいろいろ表現があるようだ。  こんなご縁もあって、大沼先生の著書をこの夏は開いてみることにした。

 

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盛況だった大阪支部法座

 司会者研修会の翌日は、奈良県生駒市での大阪支部法座である。
 ぼくにとっても、久しぶりの大阪の集いである。

 諸般の事情から、一時、支部長不在状態となった大阪支部だったが、今は、新支部長のMさんを中心に、再びまとまりだした。それでも、高齢化や参加者の少なさを心配されている。
  ところが、今日は、遠近各地から予想以上のお参りがある。初めての方も多い。ネットを手かがかりにされた方、同人に案内を受けた一人で参加された方、同人の家族の方と、青年、壮年層のお参りに、また、広島、島根、愛知等の遠方からの参加者に、京都とベテランの大阪支部の方々が加わって、おもわぬ盛況でよかった。

 司会者研修会の余熱があって、ぼく自身の気持ちが開いていて、かなり自由に法話をすることができた。別に面白いことを話すわけではないけれども、自分が、感情の上でも、また事柄の上でも、開きながらお話していると、自分でも実感できる。これも、すべて法のお徳だと味わっている。今日は、お聖教のご文からではなくて、何のための人生かという人生の意義から、「出会い」について、「出会う」とは、文字取り「出」て会うことだ。家を出る、肩書や役割を出る。またはこだわりを出る。畏れることなく、遠慮することなく、私自身となって出て行くことでる。そして会うのは、また分かち合うことにも通じていく。ブーバーではないが、生きるというとは、出会うことである。人と人が出あう。もしくは、私自身に私が出会っていく。出会いがあれば、同時に別れもある。出会うことがなければ、別れることもないのである。

 では、私は、阿弥陀様とどこで、どのように出会っているのか。実は、阿弥陀様の方が、迷いの世界でもがき苦しんでいるこの孤独な魂をもった私を見つけてくださったのだ。そして仏の座を出て、虚仮不実の私に会いに来てくださっているのだ。

  阿弥陀様の方から、出会いにきてくださっているのである。ならば、私も、飾る必要も、隠す必要もない。先手の阿弥陀様が見つけてくださった、ありのままの私のそのままで、悪業のままの私で遇わせていただくしかないのである。なんと勿体ないことではないか。だって、こんなところでお待ちだったとはね、、。

 こちらは、素っ裸のまま、ただただ、びっくりして遇わせていただくしかないわね。南無阿弥陀仏

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司会者研修会(2)~質問の根に応える~

 最後の模擬座談。突然、ロールプレイ(役割演技)で関わる方が出てきた。
 戸惑いながら、しばらく場にまかせていくと、そこから派生した「枝葉」の部分にどんどん広がっていく。「お聖教にはこうある」とか、または「その答えはこうです」と正解を言うも人も出てくるし、また派生した別の質問もでてくる。ある意味、普段の法座とかわらない。こうして、話題が広がることは必要なことだ。いつもいつも、焦点(フォカース)がきっちりあたり過ぎていては、窮屈になる。その意味では、話題が広がることで、座談に潤いも生まれる。

 しかし、それだけでは、疑問解決にもならないことが大半だ。なぜなら、ただ単に知的な正解が欲しいのなら、ここで質問をしなくても、ネットで検索すれば、正解を知ることができるからだ。それが、わざわざここで尋ねにくるということは、正解だけでは満足できない、何か気になるからこそ、生きた人に会って、教科書の正解にプラスアルワァーの答えを探してきているからだ。

 だから、何か質問がでたら、すぐに正解を答えるのではく、質問した人の「根」の部分に注目する聞き方が大切になってくる。結局、グループや対人関係で、何を聴くのか。その人の質問の言葉ではなく、その言葉を通しで、その人の感情や気持ちを聞き、その人の中で動いている言葉にならない体験を聞き、そしてその人自身を聞いていくのである。

 今回は、模擬法座である。司会者の困惑が伝ってきたので、ぼくなにり動くことにした。ある意味、ひとつ技法を出したのだ。技法といっても、テクニックや方法ではない。ぼく自身が、この場でありのままの自分となって、自己開示したのである。自己開示の基本は、「あなたは~○○だ」ではなく、「私は~今、××なんです」という私メッセージを使うことと。自分の中に起っている体験に、出来る限り引き寄せて、正確に表現することが大切だ。それで、「これは講師としてではなく、ここに座る一参加者のかりもんとして発言します」と断った上で、「いま、ドキドキというのか、ちょっと戸惑って、どう関わっていけばいいのか困っています」と、自分自身の感情を開くことから話を始めた。自己開示には、事実の開示もあれば、感情の開示もある。

 というのは、ロールプレイ自体は、けっして悪いことではないが、それもあくまでも、いま、ここでの、私のところで動くのであって、あまり演技が強くなると、どこの誰に関わっていくのかが、分からなくなるからだ。あくまでも、「いま、ここでの、私と、あなた」が関わっていくのであって、話題に出てきた「彼」にかかわるのでも、演じている「彼」にかかわるのでもない。なぜなら、「彼」は、この場に居ない人なのである。目の前に居ない人のことは放っておいていい。ただ居ない人でも、その人べき思いを語れば、必ず、いまここにいる人の感情は動くのである。そこを聞いていくのである。

 ぼくが自分を開き、それを演じている(きっとそこに、その人の何か気がかりや問題があるから話題に出された)人の、枝葉よりも、根の部分に焦点(フォーカス)をあてる聞き方を示しいいった。すると、グーンとその人自身が演技から、自分自身に焦点があたり、予想外の気付きがおこり、シフトしていく瞬間を、目の当たりにすることができた。一番、驚いておられたのは、その方自身である。でも、これか聞くということのひとつの姿であるということを、ある意味で、体験できた貴重な時間となった。
 もっとも、これがどういう意味があるのかを、あの場面できちり理解されていたのは、一人か、二人か。その意味でも、いい模擬法座となって、充実した研修会となったのはないた。
 

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司会者研修会(1)~司会者の役割

 久しぶりの司会者研修会だ。法座優先で、なかなか1泊2日の日程が確保できなかったのだ。

 前回は、外部から講師を招いた研修会だったが、今回は、じっくりと、華光の座談会を想定しながら実践的な研修会を目指した。ただ、研修に臨む対象の皆さんの、温度差が気になっていた。こちらでお膳立てをし、なんとなくお客さんとして参加されても、あまり意味がないように思えたからだ。法座(座談会)を促進していく立場であるのだから、より積極的、意欲的に関わってもらいたい。それで、対象の皆さんに、何度か案内や告知はしてきたが、前回のようにチラシなどの案内状を作製しなかった。そのことで、特に要請もなかった。やはり参加者が少ない。もちろん、近々でも、宿泊法座が立て込んでいるという事情もあったが、1日だけの参加者も受付けて、どうにか形は整った。

 最初から講義形式や、またはミニカンのような聞き方の定型的なトレーニングをやるつもりはなかった。ある程度、支部や本部での司会役を行っている方々なので、模擬座談会を何度か行って、その都度分かち合いし、問題点を共有するようにと考えた。その中では、単なる技法やテクニックではなくて、法座の臨む姿勢、態度、その意識というところを共有できるようにしたかったのである。

 もちろん、模擬といても、ロール(役割)プレイやサイコドラマのような架空の役割があるのではない。ただ、その場で起こったことを材料にし、または、観察者の目を通して、問題点を語り合ったり、特に批評することもあるという意味で、模擬という形式にした。あくまでも、座談会を通した研修の場なのである。

 華光会は、グループに分かれての座談会が生命線である。講師を中心にしながら、小中人数で、車座に座った自由な話し合い法座である。それが、いろいろ経過をへて、在家の方を中心に、司会役を立てるようになり、それが複数で動くような、いまの形となってきた。そのために、特に、資格や肩書はない。それだけに、厳しいのである。実践の中で、力をつけていかねばならない。

 ぼくの中で、司会役の基本的な役割は3点あると思っている。
 まずタイムキーパーであること。皆さん、それほど重要でないと考えている。でも、これがとても大切な要素で、その座談会の枠組み、場面構成をする上でも、限られた時間を守るということが大切になる。それが、初めての人にも、発言したい人にも、ここに集まっている人にすべてに平等にあるものだからだ。いわば、冒頭の場面構成をする人としての役割といっていい。
 そして次に、自らが話題提供したり、うまい進行役になるのではなく、会話の交通整理役に徹すること。
 そのためには、時には黙っている人に配慮したり、また声を引き出したり、逆に、一人しゃべりの人の話を確認したりすることも大切な役割だと思っている。

 しかし、今回は、さらにもう一歩踏み込んだ点を、皆さんに意識してもらいたかった。いわば、カウンセリンググループ(エンカウンター)でいうところの世話人(ファシリテーター)としての役割についてである。もし、その意識が生まれてくると、どう動いて行ければいいのかが、自ずから明かになってくるからである。

 安心、安全な法座は、華光会という大きな枠組みに守られていることで、まず成立する。さらにその現場では、講師と司会役に対する安心感こそが、より活発な法座の原点となる。普通はこの二重性だけだと思うが、真宗法座においては、その一番の大枠で諸仏方による大きなお護りがあるのだ。その意味では、二重、三重の安心、安全のための枠組みが出来ているのである。こんなことを、意識している人は、誰もない。そこを話してから、集いを始めることにした。(つづく、、、かも)

 
 
 

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蝉の声

 朝、自力整体に行く。伏見稲荷のお旅所の前を通ると、ものすごい蝉の大合唱! 昨日は、まったく気にならなかったのに、たった1日で、夏を実感させられる。コンクリートだらけの中で、ここには、木々が多いのだ。でも、写真にとっても、鳴き声は収めることはできない。もっとも録画をアップすればいいのだけど、などと思っいながら、自転車を走らす。

 教室では先生から、「昨日は、伏見の教室の生徒から話題になりましたが、私も、今朝、東福寺で蝉の鳴き声を聞いてました」との冒頭の言葉がある。違った場所で、同じ時間に、同じことを考えている人がいたことが面白かった。どうやら、この地域の蝉は、今日から夏に入ったらしい。

  とにかく、耳でも、夏を感じさせられる季節。

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山鉾巡行(前祭)(2)

Img_0465 巡行も終わりに近づき、 細い新町通に移動した。

  見物客もかなり減って空いている。

Img_0467  曳山である岩戸山が下ってくる。

 「最後が登り坂になっています。みんなへばっているので、一気に登るので、あまり乗り出すと危ないですよ」との声がっかる。確かに、炎天下での巡行で、見るからにお疲れモードである。

Img_0480  それでも、目の前を巨大な鉾が通る姿は、圧巻だ。

 そしてトリをつとめる舩鉾が帰還する、最後まで観ることにができた。

Img_0435  巡行が終わったら、信号機を戻す車が走っていたのが、この作業、ちょっと面白かった。

Img_0437 このところの京都は暑い。猛暑日に、熱帯夜と続いているが、梅雨明けは、連休明けにりそうたが、間近か。山鉾巡行が終わると、夏がやってくる。 

 ただ、今年は、1週間後に、もう一度、山鉾巡行が、ある。49年ぶりに、前祭と、後祭が、本来の形で巡行されるからだ。
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山鉾巡行(前祭)(1)

Img_0334_2  『革命の子供たち』を京都シネマで見て、外に出たら、ちょうど巡行を終えた山鉾が、各町内へ戻ってくるところだ。

 新町通を下って、四条通に函谷鉾が戻ってくるところで、最初は、ちょこImg_0335とブログ用に写真を撮ったら、すぐに帰る予定だったが、結局、最Img_0337後まで観ることになったので、少し詳しくご紹介~。

  函谷鉾は、中国の戦国時代、斉の孟嘗君が、函谷関で家来に鶏の鳴声をまねさせて関門を開かせ難を逃れたとImg_0338言う有名な故事にちなんでいる。面白いのは、前懸が旧訳聖書を題材にした、16世紀のヨーロッパー製で、重要文化Img_0361財。それで、見送は弘法大師の筆という経文。神仏どころか、国の古典に、キリスト教と、国際色豊かなことだ。

Img_0377 綾傘鉾は、古い鉾の形だそうだが、子供のときにはなかった。六斎念仏との関係も深い。天女が、鮮やかで美しい。

Img_0393 菊水鉾も、復刻された比較的新しい鉾だ。屋根の形が、面白かった。

 鶏鉾も、中国の史話より取材、昔、唐堯の時代に天下がよく治Img_0426まり訴訟用Img_0440の太鼓も用がなく、苔が生え鶏が宿ったという故事に由来する。見送は、16世紀のベルギー製で、重要文化財。やはImg_0374り江戸時代に入ってきているらしが、国際色豊かだ。

 蟷螂山は、復刻された新しい山だが、からくり山で、車輪の動きで、かまきりが、羽根を動かしていた。

 いや、自分でも思ったより長くなった。ここで一休み。

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『革命の子どもたち』

  山鉾巡行の朝、四条烏丸の京都シネマで、日本赤軍の重信房子の娘(メイ)やドイツ赤軍の娘のその後を追った『革命の子どもたち 』を観る。いろいろと感じるところ大。一度、巨悪のレッテルが貼られると、マスコミの報道も、世論も徹底的に叩き潰す。特に、9、11以降は、国家による犯罪的な弾圧があろうとも、その国家権力に対する民衆の武力抵抗も、すべてテロとして指弾されることだ。ましても、子供心に、連合赤軍の爆弾テロやあさま山荘事件などの強烈な体験があるので、日本赤軍の最高幹部というだけで、鬼畜のように思ってきた。

 しかし、実際は、さまざまな海外でのテロ事件が、公正な報道がなされていないことや、「厳罰の結果ありき」の裁判など、違う背景や一面を知らされることが多かった。
 中でも、新鮮だったのは、人間としての重信房子やその家族のありようだ。重信房子の父親が、彼女と正面から向き合い、信頼していたこと。さらにその彼女が、さまざまな制約の中で、娘メイを立派に育てたことだ。重信メイが、聡明で、堂々としたところに、一番こころひかれたかもしれない。いやいや、彼女がすごい美人だったところに、こころひかれたのかもしれんけど。
 とにかく、考えさせられました。

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生きるとは出会いである

 『カール・ロジャーズ』の月例輪読会。今月は、『我と汝』で有名な、哲学者マルティン・ブーバーなどの、カール・ロジャーズへの臨床実践に対する批判部分を読む。

 ブーバーは、「生きるとは出会いであり、救済は、個を讃えることの中にあるのでもなければ、集団を讃えることの中にあるのでもない。それは関係性という開かれた対話の中にある」という命題を提示しているという。

 ロジャーズにとっては、もっとも親近感のある格好の相手のように思える。ところが、ロジャーズが、カウンセリングの最中に、「我と汝の出会い」が可能になる瞬間があるんだというのに対して、ブーバーは、カウンセラーとクライエントという役割がある以上、両者の対等ではありえないのだという治療関係のところでの指摘で批判していて、せっかくの対話がかみ合わなかったという。

 つまり、ブーバーは、一つは、「治療的な関係における力関係の土台」について疑問なをなげかけ、さらに、「真の相互性」にしっかりと根づいていない個人の生成の過程について深刻な疑念を表明していると指摘される。そして、ロジャーズへの臨床実践への批判の多くは、どちからの原因にあると、その具体例が挙げられていく。

 ぼくには、それらの批判は、案外、的を得たものにも思えた。それだからこそ、逆に、ロジャーズの治療の核心が、批判を通して明かになるようにも思えて、面白かった。

 おかげで、久しぶりに、「我と汝の出会い」という言葉を噛みしめている。特に、「生きるとは出会い」というのところ、しびれるな~。
  で、ほんとうにぼくは、人間として出会っているのだろうか。いろいろな場面を振り返りながら、さまざまな味わいをさせてもらった。同時に、阿弥陀様とはどこで、どう出会わせてもらったのかも、深く味わわせていただいている。法話が一つ出来上がったな。

 ところで、今では、マルティン・ブーバーとカール・ロジャーズとの対談は、『ブーバー-ロジャーズ-対話』として、詳細な註釈と解説が入った新版が日本語訳として出ている。「真のコミニケーションとは何か」とオビのキャッチにある。普通、この手の対談は読み物として編集がほどこされるが、これはミニカンの逐語録のように、「あー」「えー、えー」(沈黙10秒)などと、うなづきや言いよどみ、相槌や沈黙も含めた完全な逐語録で、下段には、不明な訳語にも詳細な註釈がつき、これまでの版の違いまで詳細に示されていて、本文よりも下段の註釈の方が詳しくて、かつ勉強になる。お互いの出会いから対談の中での、変化やプロセスを知るという点で、これだけの詳細さも意味はあって、興味を引かれる。
 ただし、正直、専門的すぎるというか、あまりにも細かすぎ、繁雑すぎて、読む気になれないという難点がある。個人的にば実際に手にとって、読む気になるようなら、購入されればと思いますね。
        

 

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宵々々山

Img_0200 京都シネマの帰りに、山鉾を様子を何度か観たてきた。11日の鉾建てがはじまった。
 今夜は、駒形提灯に灯がともり、コンチキチンのお囃子も賑やかで、風情がある。 

Img_0253 しかも今年から、祇園祭の様子が少し変わった。49年ぶりに前祭と後祭という元の形式に戻って、2度、山鉾巡行があるのだ。宵山も、前後で2度行われることになる。前祭の方が、山鉾の数も多いし、鉾も集中するので賑やかだろうが、逆に、後祭の方が、風情を楽しめるImg_0296とになるのかもしれない。  

  宵山の形式も、例年と少し変わった。宵々山と宵山の2日だけが、烏丸通や四条通がホコ天になって、露店(夜店)も出る。宵々々山は、露店も出ず、大通りもホコ天にはならない。少しは静かに、風情を楽しみながImg_0270ら、そぞろ歩きをという嗜好だという。確かに、いつもは両側の露店でImg_0269_2ギュウギュウ詰の室町や新町通が、少しゆったりとしている。第一、人出がかなり少ないようで、押し合いながImg_0263らということはなかった。

 祇園祭といっても、京都の町衆のお祭りとして、また観光資源としての世俗化で、宗教色は薄くなっているが、あくまでも八坂神社のお祭り(神事)だ。厄払いなどのご利益があるチマキも売られていImg_0320る。山伏山では、無病息災という萱くぐりも、並ぶ人が少なかったので、体験させてもらった。もちろん、神様には遥拝しなかったので、厄払いの御利益はいただけないだろう。必要ないし、、。 

Img_0323 もっとも このあたりは、神仏習合で、山伏山や、聖徳太子の故事がある太子山などは、仏教との関連の深い山も多い。

Img_0326  もともと、八坂神社は、比叡山の支配下にあった。祇園精舎の守護神を祀っているのだ。つまり仏法を守護する善神ということである。それが、明治期の廃仏毀釈で、仏教色が排除されたということだ。

 ところで、親鸞聖人は、祇園祭をご覧になったのだろうか。

   869年(貞観11年)に起源を持つ祇園祭だが、山鉾巡行は室町時代からのようだから、可能性は低いけど、、。
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GO-GO-GO

Img_0219 広島への新幹線。

 5号5号車5番と、5のゾロ目だ。 

 先月の福岡行きは、偶然、9-9-9と、スリーナインだったが、今回は、のぞみ5号と言うことで、狙った。もっとも、覚えやすいので5号車5番、6号車6番を指定することが多いが、、。 

 とにかく、広島に向けて、5-5-5-GO-GO-GOだ。

 それとも、地獄へGO-GO-GOか、浄土へGO-GO-GOか?
 み親と一緒ならどこなりとも。有難いね。

 

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広島支部法座in安芸高田

 さて、7月は、恒例の安芸高田市での家庭法座だ。

Img_0239 朝は大雨だったらしいが、法座が始まる前には、雨は上がっている。
 それで、いつもの清流も、今日は茶色濁っている。

Img_0246 庭の蓮は、今年はまだ蕾だったが、雨に打たれて、美しい。

 子ツバメが並んでいる。親ツバメは、子育Img_0232てに奮闘中だ。

 ジメジメはしているが、田んぼを吹き抜ける風は、都会にはない爽やかさである。

 満席で、お昼にはナバをいただく。「これが楽しみで、2~3名は増えますよね」と誰かがいっていたが、お漬け物やお茶も自家製である。ナバとは、キノコ類の総称らしい。

Img_0226 食後には、皆さんにメロンがでた。さすがに、これは自家製ではないだろう。例年の変わらぬ光景が、ちょっと豪華になった。

                    
Img_0248 最近、参詣者が増えている。今回も、広島市内だけでなく、島根や福山、さらに加えて、山口や京都からのお参りもあって、大盛況だ。広島駅から70分程度はかかるが、それでも、皆さん精勤である。ジャンボータクシーだけでなく、ワゴンや車にも分散する。ぼくは、Mさんの車に乗せてもらう。横には、広島支部の長老で、92歳になられたMさんのお母様が同乗されていた。広島支部は、K一族の女性5名を中心にして、細々と始まったのであるが、その後、草の根的に、増加や減少を繰り返しながら、今の拡がりが起ってきのだあるから、それを思うと感無量である。

 重複する方もあったが、参詣されていない方も多かったので、継職奉告法要のDVDを勤行 代わりに勤めさてもらった。

 法話は、人生の目的について。お念仏のなかに、生活も、人生もあるということ。皆さんに、子供のころの夢を尋ねたこともあって、座談は1周回ったら、終了。

余談ながら、いつもは、男性が少ないのに、今回は、男性が1/3以上あって、変化の予感。変わったところでは、臨済宗の僧がネットで。華光会は、曹洞宗の方とのご縁があるが、臨済の方は、珍しい。いろいろな意味で、いいご縁でした。
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7月の聖典講座(3)出世本懐

  しかも、それが、釈尊(諸仏方)の出世本懐なのだというのだ。

「如来、無蓋の大悲をもつて三界を矜哀したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡して群朋を拯ひ、恵むに真実の利をもつてせんと欲してなり。」(『大経』9頁)

とあることから、窺うことができる。
 

 ここでの「真実の利」とは、真実の他力のご利益ということになる。親鸞さまは、弥陀の本願だとお示しになった。『大経』流通分の、「大利」を得、とあるのは、本願、他力によって得られる大きなご利益ということになる。

「仏、弥勒に語りたまはく、「それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ無上の功徳を具足するなりと。」 (『大経』流通分81頁)

  以上のことを、親鸞様のお言葉で確かめておこう。

『大無量寿経 真実の教 浄土真宗」 (『教巻』135頁)

「それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。  この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯ひ恵むに真実の利をもつてせんと欲すなり。ここをもつて如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。」(『教巻』135頁)

「なにをもつてか出世の大事なりと知ることを得るとならば、」 (同)

「しかればすなはち、これ真実の教を顕す明証なり。まことにこれ、如来興世の正説、奇特最勝の妙典、一乗究竟の極説、速疾円融の金言、十方称讃の誠言、時機純熟の真教なりと、知るべしと。」(『教巻』138頁)  

「如来、世に興出したまふゆえは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。 五濁悪世の群生海、如来如実の言を信ずべし。」(『行巻』正信偈・203頁)

「しかれば『大経』には、「如来所以 興出於世 欲拯群萌 恵以真実之利」とのたまへり。この文のこころは、「如来」と申すは、諸仏を申すなり。「所以」は、ゆゑといふことばなり。「興出於世」といふは、仏の世に出でたまふと申すなり。「欲」は、おぼしめすと申すなり。「拯」は、すくふといふ。「群萌」は、よろづの衆生といふ。「恵」は,めぐむと申す。「真実之利」と申すは、弥陀の誓願を申すなり。しかれば諸仏の世々に出でたまふゆゑは、弥陀の願力を説きて、よろづの衆生を恵み拯はんと欲しめすを、本懐とせんとしたまふがゆゑに、真実之利とは申すなり。しかればこれを諸仏出世の直説と申すなり。」 (『一念多念証文』689頁)

「尊者阿難座よりたち   世尊の威光を瞻仰し
生希有心とおどろかし  未曾見とぞあやしみし」(浄土和讃・大経讃五一首)

「如来の光瑞希有にして  阿難はなはだこころよく
如是之義ととへりしに  出世の本意あらはせり」(浄土和讃・大経讃五二首)

「大寂定にいりたまひ   如来の光顔たへにして
 阿難の慧見をみそなはし 問斯慧義とほめたまふ」(浄土和讃・大経讃五三首)

「如来興世の本意には   本願真実ひらきてぞ
 難値難見とときたまひ  猶霊瑞華としめしける」(浄土和讃・大経讃五四首)                              (565~566頁)

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7月の聖典講座(2)五徳瑞現

   釈尊を五つの尊称で褒め讃えておられる。

  1、世尊(せそん)─世を超えて、もっとも尊いお方。
 2、世雄(せおう)─煩悩という悪の心の働きを制した雄者。
  3、世眼(せげん)─肉眼・天眼・法眼・慧眼・仏眼が、円かに備わって、迷いの世界、黒闇を
照らす眼を持ったお方。
 4、世英(せよう)─世に秀でた、菩提の智慧すぐれたお方。
 5、天尊(てんそん)-天人にも尊ばれ高く仰がれるお方。 の五つである。4

     そして、その様子は、
 1、奇特の法─身の表面に現れたすぐれたお徳、奇瑞。(身徳)に住したてまつり、
 2、仏の所住─心が安定し静かな境地。普等三昧。(心徳)に住したてまつり、
 3、導師の行─衆生を真実の世界へ導く師としての働き。(利他の徳)に住したてまつり、
 4、最勝の道─最も勝れた智慧を備えている。(自利の徳)に住したてまつり、
 5、如来の徳─すべての働きが、自利利他の円満した仏徳。(自利利他円満の徳)を行じたてまつっておられたのである。  

 『大経』の異本である『如来会』との関係では、古来から種々の分類されている。分け方はそれぞれあっても、結局、『如来会』の二徳に収まる点では一致している。たとえば、柏原祐義師によると、

 1、住「奇特法」-身徳- 相      (『如来会』の二徳)
 2、住「仏所住」-心徳- 体         入大寂定
 3、住「導師行」-利他徳-     別 
 4、住「最勝道」-自利徳-用        行如来行
 5、行「如来徳」-自利利他円満徳 総
 (体…本質、本体。相…すがた。用…はたらき(本徳から出た三つの働き) となる。

  悦びに満ち、清らかで、光輝くお姿を示されていたのは、「住仏所住」=「大寂定に入」っておられた。つまり、この時の釈尊は、過去・未来・現在の諸仏と「仏仏想念」=互いに相念じる定の世界にある(普等三昧)。そして、その諸仏方の根本は、阿弥陀如来であるので、弥陀三昧の境地-釈尊は弥陀如来を念じ、同時に弥陀如来も釈尊を念じて、二尊が分かつことができない境地(お姿も)での『大経』のご説法と窺えるのである。つまりは、『大経』は、お釈迦様の口をかりた、阿弥陀様の直説法だというのである。  

 

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7月の聖典講座(1)発起序

    6月が月末の開催だったので、すぐに聖典講座である。

    先月は、序分のうち、証信序(通序)を窺ったので、今回は、発起序(別序)=各経の特殊な事情述べる部分【三】に入った。要は、この『大経』が、どのような事情で説かれたのかが示されているの部分であるが、親鸞様は、ことのほか、ここを大切にされていて、『教巻』は、ほぼこの部分の引用だといっていい。釈尊が、五種の瑞相を現わし(五徳瑞現・ごとくずいげん)て、この経が釈尊出世の本懐であることが語られる(出世本懐経)。つまり、釈尊も諸仏方も、この世に出現されたのは、弥陀の本願を説くためなのであると、親鸞様は頂かれたおられる。  

    その発起序は、細かく六段に分かれるが、大方は、釈尊と阿難の問答形式である。

1)釈尊が、悦びに満ち、清らかで、光輝くお姿を示される。

2)その姿に感激した阿難尊者が五徳瑞現を讃え、「何故なのか」と質問される。

  3)その問いは天人に教えられたものか、阿難自らの問いなのかと、釈尊は反問され、

  4)それに対して、阿難尊者は、あまりの尊さに自ら問うたと、お答えになると、

  5)喜ばれた釈尊は、この世に出興した本懐を説くので、よく聞くようにと述べられる。仏に値遇することは稀で、この問いかけは一切衆生の済度につながる尊いものだった。

 6)阿難尊者は、「喜んで拝聴します」と答えられて、『大経』の説教が、本格的に始まるのである。

 中でも、五徳瑞現は、親鸞様にとっては、出世本懐の根拠となる部分である。釈尊の威厳に打たれた阿難尊者の問いから始まるが、単なる外見の威厳という話でないので、その中味を見てみよう。

 

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京都らしい場所で、、

Img_0162_2 遅い誕生日祝いで、京都らしいお店を選んで会食した。

 祇園の石塀小路Img_0159_2。細い石畳路の路地を抜けると、敷居の高そうなお店が並ぶ。でも、リーズナブルなお店を開拓したのだ。混み合っている人気店らしいが、うまく予約が取れた。

 いつもは賑や界隈も、今日は、空模様の影Img_0186_2響もあって、かなり静かだ。昼間、父は、ディーサービスで、祇園祭の鉾の組み立てを見学に行ったらしいが、この時間帯も、八坂神社で神事があるのも関係しているのだろう。  

 Img_0171 こんな路地が、京都らしいといえば京都らしい。典型的な雰囲気。テレビドラマの舞台にも」しばしば使われいる旅館の並びだ。Img_0172反対に、こんなところは滅多に足を踏み入れない。八坂の塔(法観寺)も、中に入ったことはなく、たまに外から眺めるだけだなので、ぼくもおのぼりさんの気分で、散策した。

Img_0179_2 おばんざいの玉手箱から始まり、ふわふわ食感の卵料理は、おだしがきいImg_0180ている。メレンゲ状になったたまごに穴子が入っていた。刺身や天ぷら、野菜などが出て、ごぼう、もやし、かぼちゃのとりすきは、最後に親子丼になった。デザートが出て、おしまいかとおもったら、お品書きにない抹茶で締めのおもてなしがあった。

 どれも一工夫されていていた。場所柄を考えるかなりお得感がある。ただし、わざと暗くされて、町家の急な階段もあるので、お年寄りには不便なようだけど、、。

  満足でした。
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親子の集い

Img_0146 台風の影響で、朝から強い雨が降っている。

  比良山系から、雲が沸き立っていた。

Img_0088 朝から、小学校での親子の集い(ミニ運動会?)がある。以前、上の子の時には、かなり大がかりだったので、今日は室内靴を用意し、短パンに履き替えて用意万端てImg_0093_3臨んだ。

 ところが、どうも様子が違う。5年生だけのPTAの地味な企画で、先生は関わらない。パパは、もう一人だけで、みんなママのみ。しかもパパとママが仲良く(??)揃ってImg_0106いるのは、ぼくのところだけだった。もちろん、同じ班になって、協力して頑張った。

 何となくダラダラ始まり、モタモタ説明があって、結局、5つの予定されたゲームのうち、2つやったところで時間切れ。40分ほどの企画は盛り上がりこともなく、あっという間に終わった。あとで子供に感想Img_0130を聞いても、「つまらなかった~」の一言。まあ仕方なしである。

Img_0124 外に出ると、雨は止んでいた。

 誰もいない琵琶湖を少しだけ散策した。

 風の影響もなく、湖は静かだが、少しImg_0135濁ってはいる。でも、魚がよく見える。

 カメラの試し撮りを兼ねて、夏の花を撮っImg_0133た。

 梅雨が終われば、本格的な夏はもう間もなく。

Img_0144  でも今日は、静寂の湖畔だった。

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紫陽花

 紫陽花も、もう終わりに近づいている。

 それでも、雨にあたると美しい。

  青と紫のコントラスが好きだ。

 駐車場の片隅。華光会館のものは、2種類あるのだろう。Img_0148Img_0108_2_2

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「壮年」の集い

 東京での「壮年の集い」が終わった。

  東京開催は、2度目になるが、前回とは東京支部のメンバーも、壮年のメンバーもずいぶん変わった。核となるお世話役の7~8割は新しい人だ。合同法座なので年齢を問わないことにしたら、参加者は多くなった。東京支部員以外にも、福岡、広島、新潟、高山や愛知、それに豊岡、奈良や大阪、京都の関西組と、全支部から参加があった。それに加えて、アメリカから来日中の方も加わって、なかなか多彩な顔ぶれとなる。

 初日に、S先生のご法話。2日目は、築地組と、居残り座談組とに分かれる。法話は、午後の予定だったが、急遽、朝座に、もう一席する。

 皆さんに、子供の時の将来の夢を尋ねた。その夢のために、その後の進路を選び、実現されている方もある。一方で、子供の時の夢は夢、現実はまったく異なる道を歩いている方もある。いずれにせよ、壮年世代になってみて、若い時に、こうなると予想していた方があっただろうか。それぞれに夢を実現した人もあれば、挫折した人もあろうが、大半はままならぬ人生に、汲々しながら、生きることに精一杯で、追われるようにただ歩んでいるだけではないか

 とくに壮年世代は大変だ。子どもでも、青年でもない、高齢者でもない。仕事も、生活も、家庭にも、責任が重い。それでいて、その生活も、家にも、お金も、体も、いろいろとままならず、諦めるにまだ頑張る必要がある曲がり角の年齢だ。だからこそ、あらためて「念仏申す」人生について味わわされる。

 念仏は、人生を生きていくための手段ではない。念仏をして人生を切り開いていく現世祈祷ではないのだ。また、念仏を対象として理解するものでもない。私の業は、私の業だ。縁に触れれば何でも起ってくる。ままならぬ人生、絶対に起ってもらいたくないということも起こるにつけて、ますます仏説まことと知らされ、念仏を喜ぶ、申すための人生であるを悦ばせてもらうのである。生活があり、人生があり、その中に念仏があるのではなく、お念仏の中に、私の人生があり、生活がある。この世を超えた教えをお聞かせに預かっているのだ。

 

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7月の伝道研究会~三つの機

   7月の伝道研究会。先月、休会したら、見事に誰も覚えていない。機法一体の詳細に入っていた。

 久しぶりに「三つの機」の詳細を学ぶ。
 悟朗先生がお元気なころは、華光の伝統の一つとして、常々お聞かせに預かってきたところだ。伊藤康善先生の『真宗安心一夕談』の中に出てくるのだが、最近は少しお話をする機会が減ってきている。これからは、ぼくが受け継いでいかねばならない。

三つの機とは、
機相-「性得の機」(衆生本分の機)煩悩-所赦(お許しの機、お目当ての機)黒い心
機情-「疑情の機」(自力計度の機)信罪福心-所廃(捨てもの機)暗い心-宿善の機
機受-「南無の機・廻向の機」(法体成就の機)他力信心-能立(ひろいもの)白い心

 であるが、『真宗要論』では、機情をいわずに、所被の機を立て、教えを被るらしめられる人間、これには善悪賢愚がある世間的な立場での機を述べていくので、主には、黒い心と白い心だけが問題とって、いわば二種深信の立場が強調されるので、捨てもの・拾いもの廃立の切れ味はなくなるようだ。機情-「疑情の機」を、なぜ宿善の機というのかにも、関連してくるところだ。自力を嫌うけれど、そこまで問題にするところまで、お育ていただけたものである。よくよくの宿善のおかげである。

 まあここまではよかったのだか、このあと、
 「能被と所被」-能被を法、所被を機として、機法深信でいう「法・機」の関係。これは信に対して、機も法も共に「所信」に属する場合
 「能信と所信」-信じられる対象を「法」、これを能く信じる側を「機」として、二字四字に分かちて、南無を能信の機とし、阿弥陀仏を所信の法として機法一体の六字名号とする。という二つの機法の関係や
  機法の拠勝為論(こしょういろん=それぞれの特長的な点に拠って論じられる)、機法の尅実通論(こくじつつうろん=すべての点を尅(きわ)めて極論する)などの説明にはいると、ますます専門的な宗学の話となってきて、段々付いてこれなくなって、皆さん、シュンと大人しくなってしまうのでした。

 申し訳ありませんが、次回もしばらくお付き合い願います。                                        

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二代目?登場

 ネットで価格が下がったところで購入。  

 コンパクトのデジカメとしては、二代目(台目?)。

 フイルム時代から、canonなので、今回も観音さまで。

Img_1373 ボディーは、黒か、赤か迷ったけれど、予想外の赤で。 

 そのかわり、カメラケースは、黒にした。

 WI-FIに対応していたり、便利な機能があったり、逆に不便だと感じたり、慣れるには少し時間がかかりそう。

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夏休みのご予定は

 7月にはいった。子どもとの夏休みの旅行計画をあれこれ考える。

 今年は、何かと忙しい。週末毎の法座に加えて、平日法座もほぼ週1回である。8月は、3泊4日の子供大会に、お盆参り(家庭法座も同じ)の依頼も増えたし、2泊3日広島でのカウンセリグWSもある。なかなかまとまった休みは取りずらい。

 でも、せっかくの夏休みなので、やはりどこかには行きたい。

 華光誌もひと段落するので、8月末はどうかと思っていたら、学校が始まることが判明。じゃ、7月の宿泊法座の合間に計画したら、今度はクラブの試合とかさなる。

 北やら南やら考え、近場の安い海外も考えたが、僕がよくても、上の子がダメだったり、子どもはいいのに、僕がダメだったりと、とかく日程が合わない。どうやら2泊3日が限度のようで、そのなかで飛行機や列車を調べ、宿を調べ、またお得なプランを探し、名所を調べ、子供たちとも相談し、頭を悩ます。日程だけでなく、予算というものもある。特に夏休みは変動しやすいし、同じ飛行機なら少しでも損はしたくない。あれこれ、浮かんではあきらめ、また探すを繰り返し、疲れてきた。もう楽に1泊で、去年と同じ計画に落ち着きかけたりもしたが、結局、北や南はあきらめたが、それでも、僕も初めてのところで、子供たちも喜ぶ、それなりのいい計画が組めた。まあ、悩みがいもありましたわ。 

  それにしても、お浄土に行くのには鷹揚なのに、今生の娯楽には微細(みさい)に、心を砕くのは、欲がかかっているからだろう。これくらい真剣な気持ちで、仏法に取り組めばいいのにね。

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華光誌の発送

 華光誌の発送作業だ。朝にF君、昼から、京都のKさんとMさんが作業くださる。
 作業は順調で、ぼくは途中から、継職奉告法要の追加での記念品の発送作業を行った。 作業も終わり、華光誌を業者に引き取ってもらう前に、品物と、データを確認する。ところが、なぜか数が合わないことか発覚した。受付時間が迫っている。大慌てで、もう一度、手作業で照会し直すと、ラベル側の抜けを発見された。原因は分からないが、こんなこともあるんだー。最初は順調だったのに、最後は、バタバタしながらも、どうにか無事に、予定の時刻にギリギリに発送することができた。

 今回は、8月の「仏の子供大会」の案内状と、9月の「聞法旅行」の案内状が入っている。ご確認の上、ぜひお申し込みください。「子供大会」は、もし該当者がない場合は、お知り合いなどにお勧めくださるのうれしいです。他に、荘厳な継職奉告法要の様子と、祝賀会で上映された抱腹絶倒の貴重なダンスを収めたDVDの販売チラシも同封した。話のネタに、ぜひご購入を!

 なお、次号は、継職奉告法要の特集号としたい。これまた都合で、例年より原稿締め切りが早い(8月1日)が、ご協力をお願いします。

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6月の聖典講座(3)菩薩衆

  続いて、六事成就の衆成就のうち菩薩衆へ。ここが詳しいのが、大乗経典のゆえんだ。
 普賢菩薩・文殊菩薩・弥勒菩薩のビッグ3に続いて、賢劫の菩薩が紹介される。賢劫の、時代というか、宇宙感が壮大。悟朗先生のお好きなところである。
 賢劫とは、人寿八万四千の時から百年毎に一歳ずつ減じて人寿十歳に至り、さらに百年毎に一歳ずつ増して人寿八万四千の時至る。この一減一増の間を一小劫とし、二十小劫を一中劫とす。さらに四中劫(八十小劫)のうちに、世界が成立(成劫)、定住し(住劫)、破壊し(壊劫)、空虚となる(空劫)。これを一大劫と名付ける。「賢劫」は現在の一大劫の名で、過去が「荘厳劫」、未来が「星宿劫」と呼ばれるという。目先のことしか分からない凡夫には、ただただ口をあけて聞くしかない。

 その菩薩について、褒め讃えられる。菩薩方が、「普賢大士の徳に遵へり」。つまり、普は普遍の徳をあまねきこと。賢は賢善で順和なことだが、ここでは、行普賢のことで、普賢菩薩が行われるのと同じ大悲の行を行じておられることを指す。(「普賢の徳を修習せん」の還相回向(二十二願)参照)。

 八相成道は、釈尊ご一代のお徳によせて、諸菩薩の徳を讃えられるものだ。もちろんそれぞれの菩薩には、それぞれのご一代もあろうが、ここでは、ご説法の釈尊と同じく弥陀の本願を弘めんためのご活躍とみることができる。

1)受胎相(この世に出る前と母胎に宿る時)、2)降生相(お誕生)、3)処宮相(王子時代の宮殿生活)、4)出家相、5)降魔相(悪魔の誘惑と悪魔を破る)、6)成道相、7)転法輪相(伝道)
8)入涅槃相であるが、法蔵菩薩のご苦労の前に、あらためて、釈尊ご一代をお聞かせに明日のが、有難い。」

  続いて、還相回向での大悲の行を行じるお姿が詳しい。ここを、何度か声に出して読んだ。現代語訳だと親しみやすい。法味溢れる言葉が多いが、特に

「もろもろの劇難と、もろもろの閑と不閑とを済ひて、真実の際を分別し顕示す。」
「一切の万物において、しかも随意自在なり。」
「もろもろの庶類のために不請の友となる。群生を荷負してこれを重担とす。」
「もろもろの衆生において視そなはすこと、自己のごとし。」

などのお心を味わう。

 そして、「このようなすぐれた菩薩たちが、数限りなく集まり、この経を説かれる集いに臨んだわけである」と結ばれている。

 まだ正宗分(本文)にも入っていなければ、序分の序分といってもいい、証信序(通序)だが、ここだけでも十分圧倒されるお慈悲が溢れていた。
 これだけの如来方が菩薩となって、束になって、法蔵菩薩さまものご本願をおすすめくださらなければならなかったのは、誰のためなのか。南無阿弥陀仏

 ◎次回=7月12日(土)1時30分から。出世本懐の示される発起序です。

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