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『夢は牛のお医者さん』~5月に観たドキュメンタりー(2) ~

 同じテレビ番組からの劇場版だが、『夢は牛のお医者さん』は、まったく地味で、素朴な素材だ。でも、ここには市井の人間の確かな営みがある。

 新潟県松代町(現十日町市)の過疎の小学校。クラスも低学年と高学年の2クラスのみ。今年も、新入生はない。そこで、子牛を3頭買って、新入生として迎えて、入学式を行うことになった。世話も、子どもたちがする。しかし、あくまで経済動物の家畜であることは、きっちり教えている。だから、体重が400キロを超えたところで、売却するという約束だ。子どもたちが、毎日、愛情をこめて世話をする。校庭を自由に運動させ、のびのびと育った子牛たちが目標体重に達したとき、涙の卒業式が行われた。その入学式や卒業式の模様が、放映されて話題となった。普通なら、これでおしまいなのであるが、その時、ひとりの少女が、このことをきっかけに、家畜の獣医さんになることを夢みる。当日、小学3年生の少女が、立派な獣医になるまでの26年間にわたる記録だ。時には、中越大震災のような大災害もおこるが、基本的には、ごく普通の一家の家族の絆が映し出されるだけである。節目節目ではあっても、これだけの継続して長期取材ができるのも、またテレビの可能性だ。

 高校は、単身で進学校に進み、夢の獣医になるまでは、テレビも持たずに、勉強に励み、一発勝負の国立大学の志望校への受験。もし不合格なら、浪人もせず、私学にも進まず、夢は諦めて、家計を支える覚悟。その彼女が、念願の大学に合格する。そして、ついに獣医の国家試験に合格する。その度々に、家族のそれぞれが、「よかった、ほんとによかった。おめでとう」と涙ぐむ。この時は、まるで、わが子の合格のように胸が熱くなってくる。

 その後、獣医として地元に戻り、結婚し、子育てをしながら、生産者に頼られる獣医へと成長する様子が、丹念に描かれている。獣医といっても、犬猫のようなペットではなく、豚や牛などの経済動物の獣医なので、治療に対する対価と、その動物が生み出す価値が、常に天秤にかけられる。もし、治療費の方が高くなることが分かると、治療は打ち切られてと屠畜されていく。子牛と、子豚の対する扱いもまったく違う。
 そんな現実を前にしても、生産者や獣医さんが、いのちをみつめる目は、常に温かい。
 それは、このドキュメンタリーの作り手のまなざしでもあろう。
                                                                                

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