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2014年4月の32件の記事

お宝

 法要の最後に回向文の代わりであげる「一々の華」(華光出佛のことですね)の音源を探す。本山にもなく、会館にも見つからない(記憶ではあるが)。代わりに、倉庫で今からちょうど50年前の700回大遠忌の法要の法話テープが見つかった! もともとオープンデッキでの高音質での録音を、ある方が、カセットテープにダビングしてくださっていたもので、50年前とは思えないほど、音がいい。ただし法要法話の全部ではなく、部分なのだが、それでも、増井悟朗師、池永文雄師、そして吾勝常晃師のご法話に加えて、伊藤康善先生のご法話と「大悲の呼び声」が収録されていた。悟朗先生や吾勝先生がまだ30代後半、池永先生は、20代後半の年齢のころである。加えて、セラピストの増井武士氏の学生時代(?)の感話も入っている貴重版だ。伊藤先生は、例のボタ餅の話である。思わず聞き入ってしまった。

 結局、肝心の音楽テープは見つからず、姉に生演奏をしてもらうことにお願いして、こちらもなんとか解決した。結局、姉にお願いできてよかったんじゃないかなと。

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丁寧に

 今日も、継職奉告法要の関連の仕事である。  

 表白文を考える。表白は、「ひょうびゃく」(もしくは「ひょうはく」)と読んで、法要の冒頭に、仏祖や三宝、さらに皆様へもこの法会の趣旨を告げるものである。華光会での法要は、1月の報恩講と5月の永代経の年2回だけだが、それぞれに悟朗先生が作られた表白文がある。だから、今回の永代経法要の初日と3日目は、その表白文をあげさせてもらう。一昨年の親鸞聖人750回忌の大遠忌は、ぼくが謹製した。ただ、参詣の皆様にはその場で、耳に聞くだけなので、勿体なかったという声も聞いた。それなら、今回は当日の冊子と共に、予め印刷して配布しはどうかと思っている。

 昼から、京都支部有志の皆さんがおみがきやお掃除をしてくださる。準備は着々とすすんでいる。ぼくは、M師と法要の打ち合わせをする。

 夕方、蝋燭屋に電話。奉告法要では、金色の和蝋燭を使うことに決めて、明日、買いにいくつもりでいた。念のために蝋燭屋さんにお尋ねしたが、大正解。金蝋燭は別注になるらしく、通常は、1週間ぐらいかかるといわれた。ダメなら朱蝋燭でもいいと思っていたが、せっかくだ。結局、最低でも中3日間は乾かすために空けたいので、今夜中に作ってくださり、永代経の初日の朝に受け取ることができるようになった。何事も、インスタントにはできないことを改めて教えられた。

 夜も、記念品の添え状やら書き物やらと、やるべき仕事は、山積みだ。結局、蝋燭ではないが、いいものは何事も丁寧にするしかないなと。

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リハーサル

 京都支部法座が終わってから、M師と音楽担当者、それにM先生も加わってもらって、法要の打ち合わせをおこなう。紙面の上ではなく、実際に道場で動きながら、導入部分のリハーサルを行う。高齢の父や母の体調や動きが心配だが、若い法中方にも援助いただきながら、なんとか無事に勤まることを願っている。正式な作法とは別のオリジナルの流れになるので、しっかり段取りをしておく必要ある。今日の支部法座でも、法要の和讃十二首を、悟朗先生考案の華光節でお勤めした。十二首は、和讃全体からまんべんなく、しかも皆さんの馴染みのあるものを中心に選んだものだ。まだ準備をせねばならないことも多いが、こうして徐々に本番が近づいて きて、楽しみになってきた。

 

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D-pca

 今年の真宗カウンセリング研究会のワークショップは、研究会出身のY先生の「仏法を根底とした人間中心のアプローチ/真宗カウンセリングが私の中にどのように生きているのか」と題した講演と、そのあと分かち合いの時間をもった。皆さんに馴染みの深いYさんということで、遠方を含めて、定員の参加があった。  

 仏法との出遇うい、PCA(パーソン・センタード・アプローチ)との出会い、さらに、D-pca(ダルマベースト-パーソン・センタード・アプローチ)つまり、仏法を基底にした人間中心のアプーロチ/真宗カウンセリングについてという3点からの講義がメーンであった。特に、前の二つは、Yさん自身の経験レベルでの出会い(出遇い)を中心にしたもので分かりやすかったが、今回のメーンは、D-pca:仏法を基底にした人間中心のアプローチ/真宗カウンセリングについてである。

 「真宗カウンセラーとしての私は、仏法と命の流れの監督という二重構造になる」という真宗カウンセリングの特色である二重構造の説明があった。

 以下は、ぼくの考えであるが、大派の譲氏は、ある論文の中で、二重構造とせずとも、一元的に説明がつくと具体的な事例をあげておられた。しかし、ぼくが読む限りだが、その事例は、厳密には通常のカウンセリング関係の中で説明がつくように思えた。話題が仏教的だからといって、何も真宗カウンセリングではなく、あくまで出世間レベルからの本願力廻向からの働きかけと、根源的な目覚めの体験をどうとらえるかである。その意味でも、超えるというトランスの中身の吟味は、厳密にしておくべき問題だと思えた。

 ロジャーズのPCAの本質は、人間関係のパワー(権力)の問題について大転換を行ったところだと指摘される。これは言うは易し、行うは難しの典型で、本来、我と汝レベルであるクライエントとカウンセラー、または生徒と先生、もしくは子と親や患者と医者との関係も同じだといえるのだが、実際は、カウンセラー(先生、医者)には、クライエントをよりよき方向に導く専門的な知識や技術があり、カウンセラーを中心に、アドバイスや助言、指導を行わねば問題は解決しないという根強い神話がある。しかし実際、どう変わっていくのかは、クライエント自身が選び、クライエント自身に解決に向かう力があるというのである。そこで大切になるのは、一人一人のもつ潜在能力を最大限に発揮できるようようにお互いのパワー(権力)を平等に認める関係を生み出すことである。  

 一方で、カウンセラー側は、知らず知らずのうちに、その背景に権威を笠に着ることが多い。一見、対等に見える関係も、実は、従属的だったり、依存的だったりするのである。その点でも真宗カウンセリングの特色である二重構造モデルでは、権威が上に広がるのではなく、世間を超えた他力という如来の本願力の働きによって、カウンセラーの根底(基底)に広がる豊かな内実の世界であって、けっして権威となって押さえつけられていくものではないように思える。その弥陀の呼び声に、クライエントもカウンセラーも呼びかけられて、呼び覚まされ、そして呼び返される世界があるのだ。そこで働くのは、すべて如来の一人働きであるのだから、共に南無阿弥陀仏のなかにあるといってもいい。表面的な関係は、通常のカウンセリング関係に見えても、その内実においては、深く出世間からの大悲の働きに目覚めさせられる関係だといっていいのだ。真宗とカウンセリングを共に学ぶという意味でも、この二重性こそが、真宗カウンセリングの第一の特色であると考えている。  もう少し皆さんとも、このあたりをじっくり分かち会いたかったが、今回は、ここまで至らなかったのは、ちょっと消化不良。

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露店と ペアールック

Img_9244  カウンセリグWS」を終えて、学区にある伏見稲荷のお旅所に、子どもたちと遊びにいく。上の子は、母親のお茶のお稽古についていたので、着物を着ている。なかなか渋い、粋なガラで似合っている。 以前、ここでも書いたが、向いに巨大なImg_9250 ショッピング・モールが完成して、ずいぶん風景が変わった。第一、子どものころは、境内狭しと、露店が出でいたが、いま20軒にも満たない。少子化と、ドーナツ化で、地域の子どもの数が激変しているのだ。それでも、露店のおばちゃんは庶民的で明るい。「お姉ちゃん、きれ Img_9246いな着物を着てる、サービスしてくわ」と、気にいったおもちゃをゲットして、下の子は喜び。たこ焼きやクレープを食べてから、ちょっとショッピング・モールで買い物。

上の子とお揃いでの夏のパーカを見つけていたので、男物だが、親Img_9261 子の色違いで買った。思った以上に、大喜びしている。中三の女の子の欲しがる服がまだ買えて、ぼくの感性も捨てたのじゃないなと、父娘ペアーにニヤニヤ。

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D_pca の会場のこと

Img_9235  今回お世話になったのは、本山のお膝元の一念寺さんである。本山門前町の由緒あるお寺で、隣の旧・京都市立植柳小は、たぶん西光先生の母校か。ここが会場になったのはM君のおかげだが、経緯に触れるとけっこう、いろいろなご縁となる。ともかく、真宗カウンセリング研究会のために、Img_9238 会場を提供くださったのだ。

  この通には、羽栗行道師のお寺や、ぼくの同級生の自坊もある。通名は、東中筋というが、もう少しだけ北に行って五条を抜けると、天使突抜け通り(町名もある)というとんでImg_9227 もない名前に変わる。この路は、秀吉による天正の町割りによるものだろう。
  このお寺の前も、いつも通られていただく。しかし、中に入らせていただくのは初めてだ。中に入って驚いたこImg_9230 とは、外の構えは小さいのに、前にも、中にも庭(坪庭)があって、奥が広いことである。いわゆる鰻の寝床だと縦に長いが、けっこう横にも広かった。また、少し奥まっただけで、静かであるということと、緑が美しいくて、とても気持ちのいい空Img_9234_2 間で、講義をきかせてもらった。
  学林町とは、龍谷大学の前進であるImg_9232林に由来する。江戸時代元禄年間のことだ。法衣店の角には、昔懐かしい町名の看板が飾られているもしている。もちろん、ご本山はすぐ目の前だ。

 お寺のなかには、石泉僧叡師の書があった!「本願名号正定業」という師らしい書であImg_9237る。

  ゆったりした雰囲気のなかでの、みのりある集いとなった。

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対談交流会~打ち合わせ

 夕方には、対談交流会でお世話になる、Yさん、K先生と打ち合わせをする。ぼくのなかでは、その時の出たとこ勝負でも、まったく心配にない顔ぶれだが、司会役をお願いしたK先生にすると、そう無責任なことはできないようだ。でも、顔合わせができたよかった。今回の対談交流会は、法要と祝賀会に挟まれて、時間的な制約がある。講師が対等に持ち時間を分け合うと、一人15~20分ほどしかない。下手をすると、総花的になって充分なことも伝えきれないまま、未消化に終わることもあるだろう。Yさんの話を興味深く聞くうちに、今回は、ご講師をお願いしたお二人を中心にしながら、それを受けてコメンテーター的役割を担っていければいいという思いになった。いろいろと現実の悩みも含めて、飲み会もすすんで、やはり顔合わせをした意味があったとようだ。

 当日が、楽しみになってきた。 みなさんも奮ってどうぞ!

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お祝い記念品

  朝、京都支部~大阪支部の有志の皆様が、この度のお祝いでご喜捨くださった、椅子がとどく。ありがとうございました。

  高齢になるにつれて、正坐が難しくなる人が増えてくるだろう。阿弥陀様の本願は、けっして苦行を強いるものではない。正坐が苦しかったり、腰や膝の負担を考えると、少しでも楽に聴かせていただくに越したことはないのだ。肝心なことは、どんな姿勢であっても、弥陀の本願を我が身にお聞かせに預かることだ。逆にそこが抜けたら、苦も楽も、形式の問題になってしまって、聞法にならないのである。ただ「いまの、わたし」一点に焦点がしぼられるのが弥陀の本願である。  

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継職奉告法要~三点セット

  継職奉告法要でお配りする「パンフレット」(聖典やプログラムなど)、祝賀会の記念品の「栞」、そしてお返しの一つになる小冊子(『知恩・感恩・報恩』)の三点セットがやっと最終の印刷に回った。Rさんのご尽力で、彼にお尻を叩かれまる形でここまでこぎつけた。便利な世の中になって、お互いが離れたところにいても、データでやりとりしながら、最終の校正をすることができた。最後に気になる直しも多くて、かなり留まったが、1日かけて校了となった。これで5月には納入されるメドがたって、こちらも、一仕事終わって安堵感を味わった。Rさんには、750回大遠忌に続き、ご苦労いただいている。 ありがとう。

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『二郎は鮨の夢を見る』

 Img_9214久しぶりに『二郎は鮨の夢を見る』  のことを思い出した。(写真はチラシとパンフ)

 オバマ大統領と安倍総理が、銀座の「すきやばし二郎」という三つ星の寿司屋で非公式夕食会を話題が繰り返し伝えられた。もちろんぼくはお店とは無縁だが、映画を見たとき、カウンター十席ほどの小さなお店で、トイレも共同だということだった。ということは、このお店だけはなく、地下のフロアー全体を貸し切っているのかもしれない。それに、予約がとりづらくお店で、早くから予約が入っているのだから、すでに予約済の客もキャンセルしたはずで、もしそうなら、そんな保証も含めると、料理の対価以上に、ずいぶん税金の無駄遣いはしていないのだろうかということだ。もちろん、すべて想像のことばてありますが。

 なんでもオバマさんも、この映画を見たのではないかという報道もあった。ぼくには、たぶん一生ご縁のないお店かもしれないけど、昨年の2月に観たこの映画は面白かった。アメリカ青年監督の作品だか、メトロポリタン・オペラの総裁の息子で、この高級店に魅了されることになる。しかし、単なるボンボンの道楽ではなくて、ほんとうに愛情と熱意が伝わってくる映像だ。1シーンのために何度もアメリカから撮影に訪れているし、二郎氏の里帰りなどにも密着しているほどだ。

 おかげで、単なる鮨文化を伝えるというだけでなく、店主の小野二郎の人間性や哲学に迫り、さらには、偉大な父をもつ、息子たち(長男、次男)という、父と子の物語に昇華されている(もしかすると監督自身の投影かもしれない)ところが、断然、面白かった。ふたりの息子さんも、たんへんですわー。1年以上前に観ているので、細かな表現は忘れたが、二郎さんが、いまの親が就職した子どもに対して、「嫌なことや苦しいことがあったら、すぐに辞めて帰ってこい」などと甘い、馬鹿な親が増えている、といった苦言を呈していたのが、印象的だった。表現をする人の重みで、実感させられる言葉だった。

  お店にご縁のない庶民にもおすすめ。

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『オール・オブ・ロスト』 

  「オール・オブ・ロスト」 を予告編も、事前情報(画期的で面白い程度)も持たずに観Photo た。たぶんに実験的な要素もあるのかもしれないが、ロバート・レッドフォードの1人芝居で始まり、そして終わる。サバイバル映画の原点ともいうべき作品だけれども、冒頭のモノローグ以外、セリフらしいセリフもない。せいぜい、「クソッー」とか「オーイ」とかいった程度ものなのに、まったく飽きることはない。一人乗りヨットが、漂流物とぶつかり、通信手段もたたれたなかでの海上での絶望的状況。場面は大海原の真ん中と広大なのに、究極の密室劇である。

 今年は、同じよう状況の映画をみた。「ゼロ・グラビティ」である。無重力(重力というか)という意味が深みを見せる面白い映画だったが、こちらも、究極の広大な空間(大宇宙)の真ん中での一人芝居の密室劇ではあったが、部分的に、サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーの二人芝居となっていた。状況的には、宇宙の方が究極に広大で、また孤独も極めつけだ。

 一方こちらも絶望的状況には変わりはない。しかし万が一、他の船に出会うことが、稀の中の稀だが、助かる可能性が皆無とはいいきれないので、その可能性を信じて、やるべき手段を冷静に、あきらめないで、最後まで実行し続けていく姿がなんとも立派。

  一人芝居で、これだけ男の素性や状況もわからないまま、長時間魅せる、ロバート・レッドフォードもさすが。本来なら、この男にどんな家族があり、過去がありといった、家族や昔の回想シーンなどが挿入されることで、より感情移入ししやすいが、一切、過去のシーンもカットバックされることなく、ただただ、いま危機的な状況に身を置き、次々おこる難題にひとりで立ち向かっていくだけのストーリーなのだけれども、いつのまにか、彼が自分自身のことのように思えてきたりして、ドキドキ感が面白かった。

  何よりも海上や海中シーンが美しい。深く静かな蒼い海、美しいですね。 

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永代経法要お申込みを!

 5月3日(祝)4日(日)5日(祝)の2泊3日間。永代経法要を勤めます。

   今年は、高山支部のお当番です。例年の法要と異なる点は、中日の4日昼座に、継職奉告法要を勤めさせてもらうことです。法要の後、村上義円師、山下和夫氏と、小生との3名で、対談交流会を持ちます。テーマは、「華光出佛」~浄土真宗の可能性~と題しています。楽しみです。その後、祝賀会も別会場で予定しています。まだ、定員に余裕があります。

 その他は、例年のように、昼座のみ法要がありますが、法話と座談会です。法話は、今回も若手(20~30代)の講師が中心です。

 〆切となりましたが、また余裕があります。ご多忙の中でしょうが、奮ってご参加ください。さきほど、ネットで調べたら、3日午前の京都行きでも、新幹線が空いているものもありましたので、お早めにご予約ください。 

  詳しくは以下で。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2014/detail/05/eitaikyo2014-5.htm

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充実の真宗法座の集い

  世話人を含めて、ちょうど定員の20名となった今年の真宗法座の集い。顔ぶれは、ずいぶん変わってきたことを実感する。いまの華光の法座の常連が参加されるといっていい。ただ、(毎回のことだか)地域にはかなり偏りがあるのは残念だが、、。

  今回は、世話人の顔ぶれが変わって、第1回から続くぼくとTさんに加えて、初めて若いM君が加わり、事務のRさんと、ふたりとも20代の世話人である。おかげで、仏青からも参加もあった。  

  この法座は、特色がある。単に座談会が中心というだけでなく、当日の仕事の役割も全員が何かひとつを少しずつ分担し、グループ分けも半日かけて丁寧に考えていく。以前は、好きな人、嫌いな人を峻別してグループを考えたり、単純に○○さんのグループと表明をするだけで決めていく人もあった。でも、それでは、参加費を払って参加した意味がない。自分が参加した動機はどこにあるのか。どうすれば、聞法が促進されていくのか。そのためには、どう動いていけばいいのか。みんなに何を聞いてもらいたいのか、などを世話人と共に考えながら、自らのほんとうのこころの動きを知って、そして実際に動いてみることに意味がある。予め決められていたり、邪魔臭いからと友達と一緒に動いたり、精々、先生の名前を選択するだけなら、ほんとうに楽ではある。でも、そんな人に限って、そのグループが面白くなかったら、メンバーのせいにしたり、司会者や講師にせいにしたり、とかく他責的で、文句ばかりいっている。ほんとうは、おまかせした時点で文句を言う筋合いはない。自分で選択できないということは、要は、責任がとれない子どものようなものなである。だから、一見、無駄なようだが、時間をかけてあれこれ出し合って、グループを決めていく。そこが面白くないのは、他のメンバーのせいではなく、自分の関わりのせいだと考えていく。確かに、より自分の思いをみつめて、それを他の人にありのまま表明することは、簡単なようで難しい。しかし、そのプロセスでやっと生まれて、表明できた思いを大切にしてもらえることは、自分自身を大切にしてもらうことでもある。そんな雰囲気の中で、自分をみつめることでしか、人は真に成長していかないのである。だから、一見、無駄なようなプロセスを経て出来上がってきたグループの座談会は、たいへん密度の濃く、活発な集いとなる。どのグループも6~7名の小人数ということもあって、2日目は座談が中心でも、あっという間に、時間がなくなってしまった。それだけ濃厚な時が流れたのである。もちろん、有意義な時間の中では、大きな気付きや変化のあった人もおられ、充実した法座だった。

 また今回は、M君が加わってくれたこともあって、ぼくと二人で、30分ほどの法話を2回挟んだ。ひとつは、真宗法座は座談会のみという決めつけを破りたかったのだが、今回の充実したグループ座談を考えると座談だけで進んでもよかったのかもしれない。このあたりは、個々の思いは違うだろう。ぼく自身は、法話の中で気付かせてもらったこともあったし、ひとつ永代経での法話の話題が固まった。  

 最後に、ぼく自身もそうだが、世話人も、ずんぶん成長してきた。できれば、参加者の中から、次の世話人が生まれ、お互いにもっともっと力をつけてもらいたいと考えている。

  まだ未経験の方は、ぜひ次の機会にどうぞ。楽しく、ほんとうの成長の場となる法座です。

 

 

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輪読法座~お仏壇のこころ~

 輪読法座~お仏壇のこころ~を、何度も声にだして、読みました。
 今回の巻頭言は、修士課程を修了されたばかりのM師に、始めてお願いしました。
「お仏壇のこころ」と題して、阿弥陀様の願心を、やさしく、温かい文章で書かれています。

 浄土真宗のお仏壇は、阿弥陀様のお浄土の表現されています。その荘厳(しょうごん)には、ひとつとひつ意味があります。お花は歓喜、蝋燭(灯火)智慧、お香は清浄を顕しています。お正信偈の十二光に「清浄・歓喜・智慧光」とありますが、それぞれが衆生の三毒の煩悩を破る働きがあります。つまり、清浄は貪欲を、歓喜は愼恚を、智慧は愚痴を破るのです。

 阿弥陀様の浄土は、「願心をもって荘厳」された世界です。本来は、衆生の妄想するような実体のある世界ではなく、「いろもなしかちてもましまさず」の、凡夫には計らうことのできないものです。しかし、真実そのものの阿弥陀様は、大慈大悲の願心から、名を垂れ形を示してくださって、南無阿弥陀仏と名乗ってくださいました。さらに、そのおこころ汲んで、この私にもわかるお浄土の荘厳相と成ってくださっているわけです。

 そして、荘厳がみな私の方に向いてるのは、仏さまからの私へのプレゼント(他力回向)を顕しているのです。そして、「お前のために、こんな国を用意したよ。ぜひとも、来ておくれ」と、仏さまがお仏壇となって私を喚んでくださっているのです。

 これを、単に知識として知って仏壇のおまつりをするだけでなく、私の身をかけて、つまり体験的に阿弥陀様の願心、他力回向に遇わせていただくことが、大切だという話がでました。

 大遠忌法要のシンポシウムのご講師だった信楽先生も仰っていますが、私達の真の生活とは、まず仏壇を中心に、阿弥陀様(南無阿弥陀仏)に合掌し、そして「南無阿弥陀仏」と称名念仏することから、信の心が育つのです。まさに「信は荘厳より生ず」です。それが、具体的な聞法の始まりだとするならば、とてもわかりやすく、いまからでも実践できることではないでしょうか。

 そのおこころにそって、M師も、「南無阿弥陀仏を中心に、仏法に関すること一つ一つを丁寧に味わわせていただくことが、ひいては自信教人信の仏道の歩みになると思っています。」と結ばされいますが、この一文が、M師自身の仏道に対する常日頃からの願いだと感じました。

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カメラマン

Img_9199   継職法要のための、カメラマンとの初顔合わせの打ち合わせである。実は、大遠忌の時とは別の方で、その時にも見積りだけはお願いしていた。http://www.blue-hiroyan.com/

 正確にいうと、カメラウーマンではあるが、当日の打ち合わせだけでなく、あれこれとお話をし、ぼくもまだ下見をしていなかった、祝賀会会場の「灯」(ともしび)も、一緒に出かけた。

 彼女のお仕事ぶりは、ホームページで。ギャラリーのほかに、ワークのところに、ミュージシャンやダンサーなど、いろいろな人がおられる。あれれ、お懐かしい御方が、法衣姿で合掌されている。実は、彼女から、カメラマンを紹介いただいたのである。
http://www.blue-hiroyan.com/works/artist-photo/

 お昼をご一緒しながら、初対面の気軽さもあって、子供のことやあれこれ話していると、初対面ではなくて、一度、会っているらしいということが分かってきた。子どもの授業参観の後の企画で、ちょっとした手違いから、ママばかりの中で、ぼくも子どものふりかけ作りをさせられたことがあったのだ。ああ、あの時ね。女性専用車両に、間違って男性が入ったような場違いの雰囲気に、戸惑うばかりだった。当然、僕は覚えてはいないが、向こうが、その時のことを思い出してくださったからである。ご縁があるということですね。よろしくお願いします。

http://www.blue-hiroyan.com/gallery/

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 祝賀会や、お祝いをくださった方にお配りする「栞」の書を書いた。

 増井自然先生を師と仰いで、励んできたが、年数だけが長く、下手だという思いが強い。実は、いつも手直しばかり受け、手本を書写するだけなので、ほとんど楽しいと思ったことがないのだ。それでも、ダラダラと続けてきたが、忙しい時やことがあると休んでいたので、熱心さにはかけている。

 しかも、先生がおられるので、何かあれば、いつも頼っていたので、一向に上手にならない。しかし、とうとうそれも通らなくなってきた。

  だいだいこのあたりでいいかなーというところで、少し母に見せた。すると「やっぱり、お父さんと似た字を書くなー」といわれた。確かに。30数年間、ずっとそれを真似てきたのだから、当然といえば、当然。でも、逆にいうと、本家には、到底、かなわないということである。しかもImg_9203、相手は、達人である。こちちは、凡人なので、まあ、それはそれでご容赦いただこう。母は続けて「やっぱり、長いことやってた意味はあるなー」ともいっている。それも確かで、長年 やってきたことの値打ちは、少しはありそうだ。

 ところで、ちょうど、あるお店の看板(ロゴ)となる書も頼まれていたので、筆をもったついでに書くことにした。「華光出佛」や「継職奉告法要記念」などと書をかきながら、気分転換に、屋号と「博多しゃぶしゃぶ」とか「すき焼き」という文字も合わせて書いていく。こちちは、オリジナルなので、ずっーと楽しい。ふと、栞の「華光出佛」の後に、「すき焼き」の文字の栞が入ってから、きっと受けるだろうなと思いながらも、実際にやる勇気はなかった。洒落が分かる人ばかりじゃないものなー。さて、栞の文字がどういものか、またどんな仕上がりは、当日のお楽しみに…。

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東京支部法座~礼讃文編~

 東京法座は4座。2日目の昼座には分級座談会も持った。人数も多くないし、新しい参加者もなかったが、座談会は活発になってきている。

   「次回は、法話を短くしてもらって、分級座談会の時間を増やしては?」と、反省会と称する打ち上げで、提案もあった。夜座を座談会だけにあてるのもよいが、法話を聞きたいという声もあろう。このあたりは、支部でよくご相談いただいて、次回(8月)の法座でやってみてもよい。  

   今回は、初日と2日目ではずいぶん顔ぶれも代わった。初日は、聖典講座の「浄土三部経」の概観について講習形式。2日目は、逆に聖教や教義的は話題ではなく、礼讃文と、ご因縁と「知恩、感恩、報恩」について。これは、継職祝賀会でお渡しする記念品の冊子を作製中なので、書き直しなどで頭に入っている。  

 礼讃文を頂く。 親の介護を通して、「人身受け難し、今已に受く」のお心が、身にしてみくる。この三年あまり、こんなに親のことを考えるようになるとは思わなかった。たいへんなことや、困ったことも連続して興るのだが、その一つ一つが経験できないことをさせてもらっているという実感もある。子育てとはまた違った面で、親のご恩徳を味わい、阿弥陀様のご恩徳を味わう機会をいただいているのである。しかし、これも「仏法聞き難し、今已に聞く」がなければ、ただ人間に生まれたことだけを喜んでいても、空しいものだ。「この身、今生において度せずんば、いずれに生においてか、この身を度せん」。迷いを離れていくのは、まさに、人間の生をうけ、仏法に出会っている、この今、しかないのである。その意味でも、自分勝手な古き信を捨てて、歩ませていただくしかないのである。

 聞き習ったご文であるが、味わえば味わうほど滋味深く、ここが出発、原点であると共に、ここにしか帰って聴かせていただくしかないところである。

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東京支部法座~余談編~

Img_9190  春の陽気で温かい。会場の林野会館の前には、八重桜が満開である。もう桜は散っていると思っていたので、ちょっぴり得した気分。今年は、ずいぶんいろいろなところで、桜を見せていただいたが、たぶん、これが見納めになるだろう。

Img_9184_2  2日目の昼食。いつものディリバリーのお店が潰れて、外食となった。地下鉄の駅で、インド人がチラシを配っていたので、みんなでインド料理を食べにいくことにした。インド旅行をご一 緒したAさんもおられる。お店に入ると5~6名いる店員さんが、みんなインImg_9194ド人である。以前、茗荷谷でインド料理を食べたが、このお店とは方向が違ったし、あそこは、ネパール人がやっていた。定番のダル(豆)カレーに、大きなナンが出てきた。窯で焼くところもよくImg_9195見える。以前、知り合いの ネパール人の料理人から聞いたが、適切な温度にするのが難しいそうである。ナンはプレーンだったけど、おいしかった。カレー、中辛にしておいたが、まったく辛くなかった。ぼくは辛いものが、そう強くないが、このお店なら、大辛のほうがいい。飲み物は、ラッシーも考えたがやはりチャイにした。マサラが効いてる。飛び込みではいたけどれ、本格的だったし、滋味深い香り で、みんな満足したんじゃないかなー。中には、巨大なナンをお代わりしImg_9193_2て、昼の法座は、眠気と格闘するようになった方もあったけど、、。ご馳走さまでした。

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お祝い

Img_9180   5月4日の継職奉告法要。準備が、急ピッチである。

  広報がうまくないのか、なかなか浸透していないという心配もある。せわしなく動いているのは、2名だけという現実もあるが、期日は、待ったなしで迫っている。記念法話小冊子、配布プログラム、さらに記念品の栞の書と、ぼくの手はだいだい離れだした。これから、校正をしたり最終確認が待っているが、書や原稿書きの段階は過ぎたので、ちょっと気分的には余裕が出ている。

 東京法座の前日、興正派のご住職から、継職法要のお祝いをいただいた。まったく予想していなかったので、うれしかった。茶色の水晶の二輪の念珠である。
  さっそく、東京支部法座で使わせてもらうことにした。ありがとうございます。

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家庭法座

 4月は、F家の祥月命日の法要を兼ねた、家庭法座である。

  日高では、古い同人の50回忌と、元支部長や運営委員だったSさんのお悔やみに窺ったばかりで、いろいろな思いが去来している。

 雑談の時、桜の話題がでた。今年は、満開はすぎたが、まだ散り際もきれいである。当家のご主人が亡くなったのは、春爛漫、桜の季節なのである。ご自宅の向いの敷地には、立派な桜並木が見えている。しかし、故人を偲ぶだけでなく、奥様には、最後に一緒に桜を見に行くという約束が果たせぬままお別れとなってしまい、桜には悲しい思い出があって、いまだに桜を楽しむことができないというのである。

 そう思っていただけるご主人は、果報ものである。いや、それは今生のことではあるが、毎年、こうして丁寧に祥月命日を勤められるだけでなく、この法縁を通じて、ご親戚の方にも聴聞の機会をもうけられているのが、ほんとうに尊い。

 「散る桜、残る桜も、散る桜」

を改めて味わわせてもらった。

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まだいけます!

 4月19日(土)・20日(日)の「真宗法座の集い」。

 定員20名厳守ですが、キャンセルもあって、欠員(3名分)あります。いまからでも、大丈夫です。今年は、世話人が少し変わり、短い法話もの時間も、2回ほど設ける予定もあります。いまからでも、大丈夫す。どうぞ、早く申し込みください。

 詳しくは、以下で。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2014/detail/04/shinshuhoza2014-4.htm

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日高支部法座~十重二十重のお護り~

Img_9153_2 土曜日に聖典講座を開いて、日曜、月曜日は、日高支部法座である。日高は、全国各地にある地名だが、ここは兵庫県豊岡市に併合された町である。

  道中、高速沿いの桜が見事だ。万博公園もそうたが、特に、北部の加古川沿いは、一面の桜並木である。車中からの眺めだたけだImg_9158 が、これはわざわざ訪れる価値があるだろう。北部ということで、この週末が見ごろ。休憩した道沿いもこのとおりである。ただし、今朝はかなり寒かった。山沿いは、雪が降っている。

 今回の日高支部法座は、感慨深い。華光会の運営委員として活躍されたSさんが、3日前にお亡くなりになった。実は、4~5日前に、急に入院されたとの連絡を受けて、法座が終わってから、お見舞いに窺う段取りをしていた。久しぶりにお会いすることを楽しみにしていたのに、お見舞いがお悔やみになってしまった。法座には出られなくても、Sさんは、すでにご法礼まて包んでいてくださっていたのだ。この世で、お会いし御礼申すことができなかったのは、たいへん残念だが、南無阿弥陀仏として働いてくださっているのと思うと、有り難いことである。

 Sさんのお宅に窺う前に、日曜日は支部法座、月曜日は月忌参りに当てている。月忌は、すべて亡くなった同人のお宅で、奥様の方が存命の方々である。単なる月忌ではなく、ぼくもお育ていただいて先輩同人との対話の時間のようなものである。

 最後に、ある同人から、お母様のMさんの50回忌の依頼があった。ぼくの2歳の時に亡くなったので、40歳の若さでなくなったその方は存じあげない。しかし、その声をぼくの耳に残っている。『仏教詩歌集』の「大悲の呼び声」で美声を披露されているのである。だから、その呼び声に、ぼくも、華光同人も皆、お育てを受けているのだ。不思議じゃないですか、大悲の呼び声ですよ。その呼び声の主の50回忌の法要。平日の日中だったが、集まられる同人は、だいたい集まって、みんなで『お正信偈』をお勤めしたした。表白をあげ、「帰命無量寿如来」と独唱して、みんなが「南無不可思議光」と唱えだしたその瞬間、不思議な感覚が、ぼく包んだ。ぼくを可愛がってくれたTさん、片腕だったKさん、強信のWさん、若くして急逝されたSさんも…、あげるときりがないが、大学生の時から30数年間、この地で出会った先輩念仏者の多くが、いまや故人となられて、お浄土に帰っていかれた。瞬間、その先輩同人と、一緒に正信偈をあけ、お念仏しているように思えたのだ。いや、それだけではない。ぼくは、直接、存じあげないが、Mさんを始め、先代の鎌田先生のお育てで、父とご縁にあって先輩同人は、もっともっとたくさんおられる方々が、十重二十重に、お念仏されているのである。きっと、私の前にも、私が知る前にも、もっとその前にも、無数の念仏者が、真実信心を相続し、ご法を讃嘆し、お念仏を喜んでおられのである。その方々が、時も、所も超えて、いまここに一同に会して、お念仏申されているのある。私が、称える「南無阿弥陀仏」は、先輩同人の「南無阿弥陀仏」であり、親鸞様の「南無阿弥陀仏」と寸分も違いがないのである。

 その体験は、ほんの一瞬だったが、それでもう充分、気付をいただいた。ご恩徳のご法話をして、みんなで会食してから、Sさん宅にお悔やみに窺った。南無阿弥陀仏
 

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新シリーズ始まりました!~聖典講座~

 4月から新年度を迎える、華光会の聖典講座。 これまでの料金体系も見直して、仕切りなおして、新シリーズを迎える。今回は、もともと(40年以上前)の原点に戻って、『浄土三部経』を輪読することにした。

 本願寺出版社の現代語版『浄土三部経』をテキトスに、お聖教に親しんでいただき、浄土のおこころを味わっていきたい。経典というと、漢文で、訳がわからないもので、難解だと敬遠されがちだが、現代語を通じて味わえば、決して、私と無関係な、遠いおとぎ話ではないのだと、少しでも興味を持つてもらいたいし、さらに気楽に、書き下し文や原典へとあたってもらえるようになればと願っている。

 今回は、初回なので、まず全体、三部経の概観を述べた。

 この『浄土三部経』を明確に選んでくださったのは、法然聖人である。もちろん、七高僧方も、浄土の三部経を重要視されてはおられたが、このような形で、はっきりと選定くださるのは、法然さまを待たねばならない。しかも、この「三経一論」は、寓宗だった浄土の教えを、「浄土宗」として一宗を起こされるための、いわば独立宣言に必要だっただ。

「初めに正しく往生浄土を明かす教というは、いわく三経一論これなり。「三経」とは、一には『無量寿経』、二には『観無量寿経』、三には『阿弥陀経』なり。「一論」とは、天親の『往生論』(浄土論)これなり。あるいは、この三経を指して浄土三部経と号すなり。〈中略〉 今はただこれ弥陀の三部なり。故に浄土三部経と名づくなり。弥陀の三部はこれ浄土の正依経なり。」 (法然聖人『選擇集』)

 なお、浄土真宗で正依とされるのは、以下のとおりである。

⑴仏説無量寿経 (大経)……二巻(一七四七六字) ・霊鷲山(耆闍崛山)
 正依の訳者-曹魏の天竺三蔵・康僧鎧訳 (二五二年)-サマルカンド(ウズベキスタン)     

⑵仏説観無量寿経(観経)……一巻 ( 七二五四字) ・王舎城・霊鷲山
 正依の訳者-劉宋の畺良耶舍訳・元嘉年間(四四二年)-西域の人

⑶仏説阿弥陀経 (小経)……一巻 ( 一八八二字) ・祇園精舎
 正依の訳者-姚秦の三蔵法師・鳩摩羅什訳(四一三年)-亀磁国の人 

 この三経について、親鸞聖人は、隠顕=「顕彰隠密」(聖典三八一頁)
(1)顕説(三経差別門)の立場
   大経-十八願の真実(他力念仏往生)
  観経-十九願の方便(自力諸行往生)
  小経-二〇願の方便(自力念仏往生)

(2)隠彰(三経一致門)の立場には、2つあって

 ①一意門-三経とも、最終的には他力念仏を勧めていると観る(いずれも真実)。

 ➁相成門-それぞれ真実であるが、それぞれに役割(特色)があると観る。
  大経-法の真実を顕す
  観経-機の真実を顕す
  小経-機法合説正誠

を示されている。それらを踏まえた上で、三経の構造や特色についての概観を述べていったが、具体的に本文に入ったわけではないので、皆さん、退屈されたかもしれない。しかし、これから、単なる一方的な講義ではなく、前日の講習会のように、何度も声に出して味わったり、5~6人の小グループで話し合うので、皆さんの興味がつきないような工夫も考えているので、お近くの方は、ぜひ、ご参加してみてください。

 なお、遠方の方には、通信講座(有料)も用意している。CDやmp3でのデ゙ータ受信もできるので、ぜひ、ご活用ください。現在、支部によって、多少バラツキがあるのだか、通信を活用されている方も多い。遠く、カリフオルニアでも、通信をしてくださっている方もあるのだ。新年度を機会に、ぜひ、ご一緒に、浄土三部経のお心をお聞かせにあずかりましょう。詳細は、華光会までお問い合わせください。

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八坂神社と、枝垂れ桜

Img_1167_2 祇園白川から八坂神社は、すぐそこである。

 八坂さんも、ライトアップされてきれいだ。丸山公園のライトアップは、23時まである。Img_1187_2とうに10時を過ぎているので、夜店は片づけだしてはいたが、ここでも、「花」派と、「団子」派が見事に分かれた。ご馳走を食べたあとだというのに、まだ食べたいといImg_1174_2うのだから、お見事だ。

 八坂神社では、昼間、市川海老蔵の奉納の舞があったようだた。夜は、かがり火も炊かれて風情もあり、花見客で遅くまでにぎやかだ。

 八坂神社を抜けると、丸山公園である。この枝垂れ桜が有名である。京都でも染井吉野が多くなったが、やっはりここの桜は見事だ。正式名称は「一重白彼岸枝垂桜」というそうだ。
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祇園の夜桜と町並み

Img_1107_2 家族での食事のあとも、天気はもちそうだったので、子どもたちだけをつれて、白川通り沿いの夜桜を見に行くことにした。夜10時までImg_1130_2のライトアップされていることを、運転手さんが教えてくれた。
 時間も遅かったこともあって、込み具Img_1160_2合もそれほどでもなかったし、とにかく情緒がある。
  桜だけでなく、柳も揺れている。吉井勇の句碑もあれば、白川には、水鳥もとまっていた。

 祇園白川のこのあたりは、景観が保全されているし、もっとも京都らしいイメージがするのか、Img_1123_2ドラマや映画の舞台になるところなので、皆さんも、よく見ておられるImg_1120_2だろう。

 変身の偽物ではない、ほんもの舞妓さんも歩いていたが、写真撮影があって、人盛りが出来たとこで、ぼくも1枚。残念ながら、ご縁があることないでしょうが…。でも、さっきのお店の絵のような風情だ。

 このまま八坂神社に向かってゆっくりと歩くことにした。Img_1146_2 Img_1143_2
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花より団子

Img_9099 母は、岡崎の十石舟に乗りたかったようだが、でも、花より団子である。Img_9100

 予約していたお店の変更ができないといわれたので、もどることにしたが、平日なのに、観光地の道はかなりの渋滞している。どうにか、お店に入れたが、家族の中でも、「花」派と、「団子」派とに分かれる。Img_9104父は、昔から花見などどうでもいい。姉妹でも、姉は断然「花」派だが、妹は、強烈なImg_9108_2「団子」派と、うまく分かれているところが、面白かった。

 といっても、みんな、少し歩いてお腹がすいたのには間違いはないので、腹ごしらえだ。東本願寺前で、最近、開拓した創作フImg_9102レンチのお店。ご夫婦だけで、こじんまりとやっておられるが、リーズナブルでおいしい。でも、4月1日から、ちょんぴり値上げされてたけどなー。

 店には、こんな絵が掛かっていた。

 まだ10時前だったので、急いで祇園白川に向かって、夜桜を観ることにした。
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疎水沿いの桜

Img_1044_2 とにかく三月は忙しかった。法座に、華光誌と続いたが、継職法要の準備もあって、当分この忙しさは続きそうだ。それでも、子どもたちと春休みのうちに、桜を見に行くことにした。 
父や母、そして子どもたちと揃って、桜を見に行くことは、たぶん今回が最後になるかもしれないだろとうと、急に決まった。Img_1033_2

 母が、岡崎公園の疎水沿いで運行している十石船のニュースを教えてくれた。船着場まで車で行けば、ほImg_9085とんど歩かなくていいのだ。ネットで調べると、もう当日券しかないが、大丈夫な時間帯もありそうなので、午後からみんな連れて岡崎に向かった。次々と運行されているので、大丈夫だと思っていたが、やはり甘かった。いまからだと、Img_1057_2夜間運行は大丈夫だといわれた。ライトアップもあるので、母は観たがったが、残念ながら、食事の予約が変更できなかった。天気は、今一つだが、京都の桜も、今日が満開宣言で、平日でも人出はとても多い。

 舟ははだめだったが、疎水沿いやインクラインImg_1020_2沿いの桜は、満開だった。車で走った、賀茂川の桜も、見ごろだった。父は、昨日も、ディーサービスで桜を見に行ったそうだ。「そうだ」というのは、本人は言わないが、施設の人が教えてくれた。

Img_1077_2_2  インクライン沿いの桜並木のトンネルには、やたらと外国の観光客が多かったが、写真をたのまれた。今回は、子どもたちが通訳してくれたが、さほど難しい言葉ではなかったが、、。

  短い時間だっが、いまが盛りで、けっこう堪能できた。
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龍谷大学付属平安高校 

 久しぶりに手に汗握って、応援した。

 伝道研究会があったので、リアルでみたのは、1時間ほど。平安がリードしていたところで、途中経過も録画しておいて、あとで観ることにした。

 うまい具合に、結果がわからないまま、8回の攻防と9回のみをみたが、8回裏のピンチや、9回の追加のホームランなど、けっこうハラハラしたり、力が入った。

 今年は秋の近畿大会に優勝して、そこそこ下馬評も高かった平安高校。
 母校ではないが、もともと本願寺の宗門校で、龍大付属となって、「龍谷大学付属」と加わったこともあって、より身近になっている。やっぱり、どんなにPLや天理、智辨なんかが強くても、どうも応援する気持ちにもなれんわんね。

 昨今の京都の高校野球は、何度か決勝まではいくことはあったが、なかなか勝ちきれずに、優勝は久々のことだ。ましてや平安の優勝は、ぼくが生まれる前のことだし、春は初優勝というのも、けっこう意外な感じもした。

 ニュースでは、西本願寺のお坊さんの応援風景が写っていたが、法衣と輪袈裟姿での応援が、なんとも面白かった。

 さっそく、知り合いの平安の先生にお祝いメールを送った。毎年、甲子園出場となる、教員や裏方も、たいへんなようで、夏なら、勝ち進むと、応援の先生方も真っ黒に日焼けされていた。優勝となると、またいろいろとあるようだが、また裏話を聴かせてもらうよにう、お願いしておいた。

Img_9144 ほとんど野球を知らない子どもたちも、京都ということもあって、少しだけ一緒にみていた。優勝が決まって、帽子とって整列した選手を見て、下の子が言った。
 「ヘえー、みんな丸坊主なんや。髪の毛短い」と言ったあと、しげしげと、ぼくを見ていた。「お父ちゃんも、野球やってたやなー」。
 いえいえ、ぼくは丸坊主じゃありませんが…。

 優勝の翌日、学校の前を通りかかったら、桜も祝福。

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修士論文の発表会

 4月の伝道研究会は嗜好をかえて、3月に龍谷大学大学院修課程を終了者の論文発表の場とした。実は、ぼくも、卒論や修士論文を仏青の場などで、発表したことがあるが、これまでも、卒業や修了生を中心に、チョクチョク企画していた。しかし、伝道研究会の場では今回が初めてだ。今年は、華光同人の方で修士論文を提出された方が、2名あったが、共に、「聞名」をテーマにされていたのが、面白い。ただし、今回は、1名だけの発表。

 どんなものになるのか楽しみでいたが、かなり趣旨に工夫を凝らしておられた。論文発表の検討会というより、先生からのご講義を聴かせてもらうようであった。というのも、論文の要旨をまとめた発表というより、各章ごとに、中心となる出拠のご文を書き下してだされて、それを、みんなで声に出して読み味わい、解説をお聞きするという形式であった。

 それでも、大行出体や、「聞名」の浄土教理史での位置づけ、また真宗では曖昧になっている(もしくは否定的な)求道の位置づけなど、興味深い話しもあった。個人的には、大行が、諸仏の称名か、衆生の称名か、その衆生のあり様を巡る点などを聴かせてもえらて、面白かった。

 これからのますますの研鑚と、飛躍を期待しています。

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熊本の桜とジェーンズ邸

Img_8993 法座が終わって、熊本市内観光が予定されていた。飛行機の時間までは、少しご一緒することにした。

 昨年は熊本城http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-b188.htmlImg_8982仏青の時は水前寺公園だったhttp://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-b6f0.html
 昨晩の大雨で、満開の桜は散りだしたが、Img_8988それもまた風情があので水前寺公園でもいいなと思っていたが、K姉妹の入ったことがない水前寺公園に隣接にする熊本ジェーンズ邸に決まった。はあ? グラバー邸なら聞いたことがあるけばど、まったく聞いたこともない。昨年の大河ドラマ、八重の桜にも関係しているらしいが、ぼくは見てない。お仕事柄、県勢にも詳しいHさんから説明があって、だいたい分Img_8967_2かったが、それども、かなり?である。しかも、皆さん、参加されずに、結局、K姉妹と、ぼくという顔ぶれになった。聞法第一なんでしょうね。

 同じ敷地には、熊本時代の3回目のImg_8984夏目漱石の旧居もあったが、彼は、そうとうの引っ越し魔だったらしくて、4年間の間に、6回も転居している。この地では、、「我輩は猫である」のモデルにもなる書生が住んでいたという。

Img_9008 しかし、日曜日でも、訪れる人はなく、どうも暇なようすで、閉館の少し前なのに戸締りの最中だった。ユニークな館長さんが、わざわざご案内をくださったが、どことなくHさんに雰囲気が似ておられたなー。ありがとう。ここは、熊本初の洋館で、男女共学の最初の地と共に、西南戦争のときに、赤十字活動が認可された場所で、日本赤十字発祥の部屋も残っていた。(右の写真)。詳しくは、HPから引用して。Img_9011

 県指定の重要文化財でもあり、熊本洋学校に外国人教師・ジェーンズ氏を迎えるために、明治4年(1871年)に建てられた、熊本で最初の西洋建築です。5年間ここで生活をしたジェーンズ氏は、明治9年(1876年)の廃校まで教鞭をとり、自由・自主独立の気風や男女平等思想を教え、日本で初めての男女共学を実施したとされています。
 また日本赤十字発祥の地としても有名で、洋学校関係の資料Img_9014のほか、日本赤十字関係の資料も展示されています。

 空港での途中、自衛隊道路で桜を眺めた。

  昨晩の大雨で、かなり散っていたが、それもまた風情があって美しかった。

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熊本ラーメン

Img_8938 1月の博多での家庭法座は、博多しゃぶしゃぶや長浜ラーメンなどのグルメも充実していたので、熊本も負けてられないと、いろいろと企画を考えられた。

 まずは、お寺では、おいしいおぜんざいをいただいた。昔は、華光会館でも、報恩講Img_8941の夜はぜんざいだったが、親鸞聖人が小豆がお好きなということで、お寺で、ぜんざいや赤飯をいただくことが多い。

 夜は、昼座、夕方と法座あって、早めに切り上げて、夕食を兼ねて、近所のお洒落な居酒屋での懇親会。会食。初めての方もあっImg_8951たが、けっこう盛り上がった。熊本の馬刺しなどもいただいた。スーパーでも感じたが、京都に比べると、食料品や食べるものは、安いなと思った。

 そして、お昼は、熊本ラーメンである。しかも、この選擇が面白かった。S子ちゃんの解説で、好きなラーメン屋に、グループ組んで出かけるという企画。皆さん、仏法のことは大様だが、昼食の説明は法話よりもしっかり聞き、質問までいろいろと出で、法話のあとの質疑よりも活発だっImg_8957たのは、皆さんも認めておられた。ラーメン一杯でも、自分で選擇せねばならないとなると、けっこうたいへんである。

  ぼくも、思惟の結果、「「支那そば 北熊 浜線店」を選んだ。これで、「ほくゆう」と読むめそうで、全国展開のチェーン店だそうだ。とりがらベースのこんとりしたスープだが、京都のラーメンに比べると、あっさりしていると思った。ラーメンではなく、中華ソバをうたっているが、昔ながらの、支那そばをいまだに使っている。昨年、熊本空港で食べた熊本ラーメンとはまた違っていたが、一緒に食べた皆さんの反応は、まずまずおいしかったというようだ。

 わざわさ熊本まて来てもらうのだからと、限られた時間の中で、ホスト側もあの手この手の企画をしてもらう気持ちが、うれしかった。ご馳走さまでした。

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九州支部法座~In熊本

Img_8958 一年ぶりに、熊本での九州支部法座。

 九州支部法座は、福岡での法縁が多かったが、昨年に続いて、熊本で開催れさた。遠方ということもあって、九州同人の参加者は多くはなかったが、福山から参加者や、20代の若いお寺の子弟も数名Img_8959お参りくださった。法話だけだが、ご門徒さんや、S子やK子姉妹のお友達、職場の知り合いなどの参加もあって、バラエティー豊かな法座となった。外部からの参加者が交じると、いろいろな意味で刺激にもなる。

Img_8944_2 座談の話題が「縁」ということだったので、初めての方向けに、植物のタネからの因縁生起の話と、さまざまに受けているご恩徳の深さを知ることについて話した。この話題では、だいたい子育てを通した例話が多かったが、いまでは、父の認知が進み、排泄のことなどでけっこう悩まされている。最近、外でおこった困った問題を通して聞いていただいた。話すうちに、感情が押さえられなくなったが、結局、そのことを通しImg_8961_2て、ぼく自身が尊いご縁をいただいているのてある。

 また、今回は、同人の3名の方に、信仰体験発表をお願いした。それも、なとなく定番の方ではなく、まだ求道中に方も含めて、いまの心境や聞法の経緯などをお聞かせいただいた。三者三様で尊く、面白かったし、発表者にもこれまでの歩みの整理になるように思った。
Img_8949 同時に、「超世の悲願」を聴くとこは、難中此難だとも感じさせられた。聞法は、自分の感じや体験を確固たるものにするのではなく、自分には実感や理解出来なくても、まずは「仰せ」を聴くことであるのだか、実は、ここに尽きるのに、これが一番難しい。

 それを、「弥陀の本願」まことに出会われた「よき人」や「よき仲間」の懇ろなご教示があって、その「仰せ」を被る身にならせていただくのである。信不具足の例えではないが、「道」がることだけを喜びのでは不十分で、その「道」を歩み達した「得道」の人に出会い、その「仰せ」を被るからこそ、開けてくる世界があるのだ。もし、こ縁を喜びのであれば、今生の身の幸せではなく、後生の一大事の解決を教授くださった明師との出会いを喜びである。

 後世、生死出べき道に苦悩しておられた親鸞さまに、「源空(法然聖人のこと)があらんところへゆかんとおもはるべし」と仰った法然さまと、「たとえ法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候」と、その「仰せ」を頷かれるところまで聞き抜かれた親鸞さまとの、出会いがまさにそうではないか。

 それは、時代がへても、いま私達も同じである。

 まさに「源空・親鸞が、あらんところへゆかんとおもはるべし」の仰せである。

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