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東海支部法座in刈谷

   広島から京都で途中下車して、土曜日の輪読法座をすませて、日曜日は、東海支部法座で、刈谷に向かう。このあたりは、もう三河地方になるのだろう。雪の心配も少ししたが、久しぶりに好天となった。だが、風は強い。在来線に遅れがでるほどの強風だ。

 最近の東海にしては、参詣者は少なめ。法話は、ここでも、親鸞聖人のご生涯に添いながら、その「常の仰せ」をたずねていったが、いろいろと話題も伸びて、かなり長めの2席のご法話となったので、分級座談会の時間は少なめだった。

 聖人のご生涯は、1)幼少期から、2)9歳で無常の理から出家し、20年の比叡山でのご修行時代。そして、3)法然聖人との出会いの吉水時代、さらに、4)弾圧によるご流罪の越後時代。その後、5)ご家族で関東に移られたご布教時代。この時代には主著である『教行信証』も顕されているが、主には布教伝道時代が20年ほど続き、その後、6)京都に戻られて、著述期と晩年期を迎えられるのである。居住の地域によって、それぞれ活動がはっきりわかれているのが、特色的だ。

 その中でも、私に伝わってきた真実(浄土真宗)ということを考えたとき、やはり法然聖人との出会いと、ご流罪による「非僧非俗」の宣言の意味は深い。もちろん、それを聖人の胸に留めないで、民衆に広く布教され、それを著述してくださったおかげて、後々のものも幸せをするのではあるが、それでも、法然さまとの出会いによって、聖人自身の他力本願に目覚められ、またご流罪によってその根機を身を持って示してくださることがなければ、今日の浄土真宗はなかったといっていい。

 しかし、法然聖人との出会いにしても、平坦な道でなかったことは、恵信尼さまのお手紙からも窺える。法然聖人の主著は、『選擇本願念仏集』であるが、選擇とは、法蔵菩薩が、選び取りと、選び捨てしてくださった本願(選擇本願)であり、その本願に順じた念仏行なのことである。しかし、親鸞さまの上においても、六角堂の百日間の参籠に代表される、廃立の選び取り、選び捨ての葛藤や苦悩があったのだ。法然聖人のもとに直参された後も、また百日間も続く聴聞の日々も、これまでの、聖道・自力の行を捨てて、本願に帰する、いわば他力の念仏行一つを選ぶためのものである。法然さまのお示しは、専修念仏。つまり、聖道の行や念仏、いわゆる諸行を併用した行ならば、「専修」にはならない。それは20年にわたり真摯に打ち込んだ、仏教の正統であった行を捨てることでり、これまでの自分の行いの全否定であるのだ。しかし、聖人は一歩踏み出してくださった。この世の幸せではてい。すべて「生死出づべき道」の真の解決を求められたからである。聖人のそ踏み出しにこそ、阿弥陀さまの大悲のお働きがかかっていたのであった。

 翻って、私達は、あれもこれも欲張って取り入れ、この頭で理解しようと躍起になっている。それでは、雑行も、雑種も出来ない私は、何を捨てさせてもらうのか。この身でブラあたらせていただく関門でしる。

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