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平安神宮にて

Img_7571_2 3ケ月ぶりに、アメリカから子どもたちが帰って来た。

 明日から学校に復帰するが、長旅の疲れを癒し、少しだけ近場で秋を楽しむことにした。Img_0771_2

 岡崎界隈に遊びに行く。連休は、紅葉の観光客で溢れていただろうが、もう少し落ち着いていた。

Img_7580 天気が心配だったが、雨は夜半には止んだ。でも、急に冬がやってきたようで、風も強く寒い。 

 朱塗りの大鳥居をみて、Img_7582上の子が平安神宮に興味示す。4月、春爛漫の時、見事なしだれ桜を見に行ったことがあったが、覚えていないという。そういえば、まだ幼稚園のころで、下の子は、ベビーカーに乗っていたことを思い出す。このブログも、まだ始まっていなかったようで、記事はない。

Img_7633 以前、大鳥居の写真を乗せただけで、「無碍の一道とはいえ、限度がある」というお叱りのメールをいただいたことがある。その方は、鳥居を観るたびに、目を瞑り、見ないで生きてきたのだろうか。Img_0760_2

 鳥居の前で写真をといったら、米国人に声をかけられた。おお、さっそく1年3Img_0733_2ケ月の米国留学の成果を試すときが来たぞ! と思ったら、ふたりは後ずさりして、ぼくの後ろに隠れてしまった。「平安神宮はこのまま真っ直ぐいくのか」と、尋ねられたとぼくには思えた。そう、このまま真っ直ぐで、そこに応天門が見えているで、簡単に応えることができた。ところが、上の子は、Img_0765_2_2「平安神宮の「平安」の意味を尋ねられたと思った」というのである。まあ、状況からみても、それは考えにくくないか。バス停のところで、地図をもって道を探している人が、いきなり見ず知らずの人に、そんな質問はないように思えるけど…。別に話せなくても、1年以上、外人(妙な言葉だけど)に囲まれて学校をいっていたのImg_0723_2だから、臆せずに、対応ぐらいできるのかと思ったけれど、自分の意志で留学したのではないので、身につくところでまは難しいようだ。

  さてさて、肝心の平安神宮である。京都には古来より由緒正しき神社が多いなかで、明治期に創Img_7606建されている歴史の浅い神社である。東京遷都でセイトで平安遷都1100年を記念した博覧会のなかで、平安京の大内裏の建物を縮小し再現しようとしてものだそうだ。それでも、京都三大祭の一つの時代祭(学区や町内に、行列の割り当てがあったりする)もあったりもして、京都市民には馴染みの神社である。ところか、ぼくが子供のころ、ほとんどの建物Img_7639か火災(放火)で消失したニュースを覚えている。学校でも、文化財の保護に関する問題が取り上げられたことを覚えている。その後、すぐに再び蘇った建物が大方である。

 最初の写真が「應天門」、2番目が「大極殿」、3番目が「蒼龍楼」だが、いずImg_7631れも朱が鮮やかだった。大極殿の前に、右近の桜、左近の橘があるが、桜は赤く色づき、橘には覆いで囲まれていた(4番目)。

 ここまできたので、拝観料をはらってお庭(神苑)も観ることにした。ここは、桜の名所であるが、紅葉はまあまあということろ。そのせいか、観光客はほとんどなく静かな佇まいがよかった。泰平Img_7636閣(橋殿) (写真6枚目)は、京都御所から移築されて池にかかっていた。

 紅葉だけでなく、けっこう小さな花々も目を楽しませてくれた。

Img_7637_2 平安神宮をでたら、目の前にド派手な車とまって、ド派手な格好をした運転手が降りてきた。ああー、永吉タクシーですか。噂には聞いていたけれど、ほんとうに走ってるんだー。

  車はクライスラーですか。運転手さんも気合が入った出で立ちで、実際に走っているのをみられて、思わず写真を1枚。
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