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2013年9月の11件の記事

ラスト

Img_7363 週末は、福岡県の福間海岸での九州支部法座。 

 高齢になられた方も多くて、最近は、少し参加者も寂しい。それでも、熊本や大分からも参加や、福山からの参加者くださった。

 初日は、輪読法座。小冊子『法蔵菩薩のご修行』を時間かけて輪読させてもらった。伊藤康善先生のImg_7358お示しの「仏法は具体的に聞け」を巡って、わが機の罪悪観や無常観、そして法蔵菩薩のご苦労について、わが身に引き寄せて考えさせてもらった。具体的に聞くことは、如来さまのお示しくださった「わが身」を聞くことあるが、ここが難しい。すぐに、わが思いや気持ちにばかり焦点を向けて、そこばかり微細(みさい)に聞いたり、語ったりしてしまい、逆、わが思いに囚われて、如来様の仰せが聞けずに難儀することもおおい。そのことを、善太郎さんの歌を通して、皆さんと味わってもらった。昼座も、夜座も、このテキストだったが、時にはテキストを離れた話し合いにもなったこともあり、時間が足らなかったが、日頃の法話とは違う角度から、聞法の要点を分かち合えたのではないだろうか。

 2日目は、「巻頭言」の記事や聖典講座でも話した、お正信偈の構造をたずねて、「正信」の意味について、お話申し上げた。概観は、最近の記事にある。
 http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-27a4.html

 ところで、長年、九州支部では、この福間の会場を使わせてもらってきたが、今回で、この会場が最後になるという。新制九州支部として、出発した時のメンバーもずいぶん代わって、その時のメンバーは、今回の参加者は、一人だけとなっていた。会場も、人の流れも、無常ということであろう。

 福間海岸に、夕日が、まさに沈もうとしていて、美しかった。
 これも、今回で見納め。
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カラス

 広島から、建物の監理をお願いしている建築士のM先生が来館。

 エレベーターやポンプの修理の関係て、業者とも打ち合わせをし、そのあと、華光会館の点検をしてくださる。目に見える部分よりも、押し入れの隅とか、天井の端などに亀裂やシミ(水漏れの跡)がないかなどを、チェックして回る。

 最後に屋上に上がって、防水関係や看板部分、塗装のチェック。屋上の水回りのドレンに、ゴミが溜まっている。しかも、木切れや歯磨き粉のキャップやボタンなどがある。不思議だなとおもっいたら、小動物のものと思われる骨まである。「ネズミの骨みたいですね」と、Mさん。いくらそうじをしていないといっても、こんなものが流れてくるはずがない。

 もうひとつのドレンをチェックしていると、犯人が分かった。

 カラスの羽根が落ちていたのだ。

Img_7339 ここは、ゴミ置き場が見渡せて、よくゴミ袋を狙っていた。ゴミが散乱するのて、ネットをするようになってから、見かける回数が激変していた。しかし、どうやら、このドレンを利用して、巣というのか、獲物の隠し場所にしていたのだろう。せっせといろいろなものを集めてきていたらしい。柵を来れないとなかなか見ない場所だけに、水詰まりになる前に掃除が出来てよかったけれど、これも都会のひとつの光景だ。

 会館は、特に大きな補修はないが、エレベーターとボンプに関しては、しばらく様子見というところ。いまは大丈夫でも、このからだと同じで、いつ、どこで、故障や不具合が起こるかはわからないけれども…。

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三河聖跡巡拝の旅(総括)

Img_7308  3日間とも、好天に恵まれた三河地方への聞法旅行。例年は、もう一週間早い連休に開催しているが、暑さを避けて、お彼岸に開催した。ところが、3日間とも30度越えで暑った。しかし、一週間前なら、台風で中止になっていたから、ラッキーといえばラッキー。(秋分の日の日の出)

 残念ながら、参加人数は少なかったが、その分、アットホームな雰囲気となって、有意義な聞法の旅となったImg_0562

  三河地方の真宗前史、つまり聖徳太子信仰に始まり、三河の浄土真宗の発祥の地でもあり、聖徳太子をご縁にして関東から帰京の途中で滞在された妙源寺。さらには、蓮如上人のご因縁の上宮寺も聖徳太子のゆかりがあり、本証寺では、徳川家康との一向一揆の歴史がある。さらには、やはり蓮如上人ゆかりの応仁寺では、いまに復刻された琵琶を奏でながらの絵解き説法、節談説教を拝聴させていただいたり、三河の妙好人の代表格お園同行の龍泉寺に拝観させていただいた。つまりは、一向一揆から、節談説教、そして妙好人と、近世になって、庶民へと浄土真宗の拡がっていたことが窺えた。さらに、西方寺では、明治期、近代真宗の祖ともいうべき清澤満之師の終焉の地で、上宮寺にも、その三羽烏の一人、佐々木月樵師のゆかりのお寺を拝観させてもらった。

 ということで、聖徳太子に始まって、親鸞聖人、蓮如上人、さらには一向一揆から、近世の庶民の真宗となり、そして清澤満史師という近代の巨星まで、今日の三河地方に流れる浄土真宗の歴史を、体系的に、しかも体験的に味わう旅となった。そこまで強く意識していなかったが、私のところに真宗念仏が届くということも、これだけの時代背景と歴史があるというとが体験できたのである。

 各寺院では、丁寧な説明をいただき、また、ぼくからまとめのご法話も行ったことで、皆さんにとっても、意義深い聞法の旅になったのではないだろうか。もちろん、部屋対抗別(!)の宴会なども盛り上がり、各寺院では、遠慮なく称名念仏を申させていただくなど、華光会ならでは聞法旅行。お別れの時には、「楽しかった! 来年ももう予約しておきます」と言ってくださる方もあった。

 ただし、かなり人数が少なかった分、会計は厳しかったが、皆さんからのご援助も賜ったことを御礼申し上げます。

 今後、訪れた寺院の感想も書いていきたい。しかし、シルクロードの旅ですら滞ったままなので、例によって、ここでしり切れトンボのまま終わるかもしれないけれど、その時は、ご容赦ください。

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大雨特別警報中の出講

 京都は、台風の進路から離れていた。短時間の豪雨はないものの、夜から強い雨が続いていて、時折、雨音で目が覚めた。

 早めに起きて、ニュースを見る。いつもの黄(注意報)や赤(警報)色とは違った、紫色の見慣れない画面が…。聞き慣れない大雨特別警報が、京都や滋賀、福井に出ていた。桂川や鴨川も氾濫の恐れがあるというのである。えー、大丈夫かな。近所の川沿いの南区や伏見区にも、避難指示が出ている。当然、電車や地下鉄も止まっている。高速道路も、閉鎖されているだろう。

Img_7148 でも、K先生のお寺の出講があるので、出ないわけにはいかない。予定より早く出発した。8時には、雨も止みだしたが、名神も阪神高速も、インターは閉鎖中だった。距離優先で下道を行くにした。案外、調子よく進んでいたが、すぐに渋滞。桂川の氾濫で、下鳥羽あたりの一般道も閉鎖されて、警察が迂回をさせている。結局、第2京阪の下を行くことにした。枚方を過ぎた交野付近からは、高速にも乗れるからだ。天気は、回復しImg_7151ていてきたが、川下が増水しているようで、避難区域が増えているようだ。

 同じように考えいる車が多いのか、途中から渋滞で動かなくなったて、時間が見通せなくて、ちょんとイライラしてくる。念のため、K先生には自勤をお願いしていたので、焦っても仕方ないが、道の選択を間違ってのかもしれないと思うが、こればかりはどのルートかImg_7145よかったのか分からない。

 でも、高速に入ると、スムーズに流れだした。どうやらこれでよかったようだ。1時間ほどのところが、3時間かかって、どうにか辿りついた。ちょうど勤行が終わる前で、滑り込みセーフというところ。

 準備をして、すぐにご法話。残念Img_7149ながら、気持ちに余裕のないまま初めて、乗り切れなかったが、皆さん、熱心に聞いてくださった。つとめて、分かりやすい、身近なお話のつもりだったが、後の反響もあって、大いに助けられた。

 このあたりは、昨日が大雨でたいへんだった様子。でも、午後からは晴れてきた。台風一過で、空気が入れ替わったのか、爽やかな風である。

 もともと、広島と奈良との連続の布教だったが、新幹線も車も、台風の影響をうけて、ご迷惑をおかけした。それでも、どうにか無事に終えることができて、一安心。でも、やはり2日間、連続となると、ちょっと疲れはしましたが…。 

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新幹線

   台風が接近している。ニュースでは、盛んに注意を促していたが、最接近は、明日の敬老の日。雨は降っていたが、まだ強くはない。

 ところが、台風からはるか離れた関東が大雨。新幹線も、小田原あたりで運休しているとの情報。詳しくは駅に行ってみないと分からない。念のため、「遅れそうだ」と、お迎えの方に電話をいれたが、相手の反応が鈍い。広島は晴れていて、どうも実感がない様子だ。

Img_7140 早めに家を出たが、京都駅の下り線は、静かだ。少し前に再開されたというが、80分以上の遅れ。ホームが空いているのは、新大阪まで在来線で行き、そこからはダイヤどおりに動いている山陽新幹線に乗るように、アナウンスされているからだ。同時に、名古屋の手前まで新幹線が来ていて、だいたいの到着時刻がアナウンスされだした。

 どうする? 京都駅に留まるから、在来線で新大阪駅までいくのが、早いのか。ここは微妙な時間帯だった。動くか、留まるかを悩み。

 たとえ、新大阪駅に行っても、決まった時間にしか列車は動かない。いまからの移動だと、京都で待っている列車に乗ることになるかもしれない。それなら、まだ後で座れる確立が高いのは、京都から乗ることだ。

 どちらが、どのくらい早いのか。そして、精神的にイライラしないのはどちらか、さらに体が楽なのはどちらかと、いろいろと頭をめぐらす。こんなこと、一生懸命に計算する。で、結局、留まることを選択した。そうなると、焦っても仕方ないので、気分は楽になる。再開後の列車は、混雑していて、当然ギュウギュウだった。しかし、やはり新大阪で座ることができた。しかも、あとは時間どおりに動くので、計算ができる。結局、その列車は80分の遅れで、会場には1時間遅れで、到着することができそうだ。

 昨年の9月の終わりも、帰路に台風の影響で、新幹線の遅れで困った。1年に1度ぐらいは、こんなことがあるが、ても、だいたいが帰路で、法座に遅れることは、案外少ない。

Img_7142  広島は曇が多いが晴れている。それだけでも妙な感じである。大勢のカープのユニホームを来た観衆と一緒に、マツダスタジアムの前を通って、会場に向かう。巨人戦で、満員札止めで、球場もいつも以上ににぎやかだ。後で知ったが、前田健太が投げて、カープが大勝していたのだ。

 法座には、1時間ほど遅れたが、今日はすぐに法話には移れない。シルクロードのスライドショーの準備に時間がかかる。改めて玄奘三蔵さんや、鳩摩羅什三蔵さんのご苦労のあとを偲ぶ。いや、新幹線が少し遅れぐらいで、ギュウギュウで立ちん坊になっただけで、ドーッと疲れている自分が恥ずかしくなるなー。

 でも、また帰りが心配だ。明日は、早朝から孤杉先生のお寺の布教があるからだ。明日の方が、台風が接近する時間帯で、いまからまた心配。

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編集作業完了! 

 華光誌第72巻4号の編集作業が終わって、今夜、やっと印刷所に渡すことができた。

 9月に入って、事務所は、華光誌作業一色。今号は、名古屋からRちゃんが、編集作業のために、来館。10日間、会館に缶詰状態で、頑張ってくれたが、深夜0時を過ぎても、まだ作業する日もあった。

 これまで、うまく操作できなかったり、印刷所との互換性がなかった編集ソフトに代わって、イラストレイターで対応。そのために、名古屋からPCを持参して(別に担いできたわけじゃゅいけど)くれた。おかげで、写真などを入れる作業は、たいへんスムーズに進んだが、縦書きのルビなどで、苦戦したもようだ。マニュアルもなく、いきなり48頁の雑誌を作るのだから、けっこう無理をお願いしたものだ。

 でも、おかけで、予定どおりに完成(印刷所に渡し)することができた。今号は、シルクロード聖跡巡拝記の特集が、けっこう写真も多くて、その点でも有り難かった。

 10月2日には発送予定。

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聖典講座~正信とは~

 今月から、聖典講座も担当することになった。

 開始前に、雷鳴が轟き、かなり強い雨が降った。皆さんの出足を挫いたかたちになったが、それでも、東海や北陸なとの遠方からのご参加もある。

 7月で『正信偈講座』のプリントが終了したので、今回はその総まとめ。これまでの4年間、40回近い講義のなかで、悟朗先生の微に入った解説がなされている。それで今回は、もう一度、全体の構成をみることで、この4年間、お聞かせに預かってきたお正信偈を改めて味わっていこうというものだ。

 まずは、改めて、「正信念仏偈」の題名について。相違釈として「正信と念仏を明らかにする偈」とも、また依主釈として「念仏を正信する偈」とも見ることができる。いずれにせよ、正しい信について述べられたものである。

 逆に言うと、正しくない信もあるのだ。まず「迷信」であるが、これは仏教の因果の道理に背く信だ。それ以外にも、「傍信」(聖道門の信)、「邪信」(十九願の信)、さらに、「雑信」(二〇願の信)の自力の信心に対し、「正信」は、第十八願の他力信心のことである。

 他力信心とは、冒頭の「帰命無量寿如来、南無不可思議光」なのであるが、これは親鸞様の体験告白(自督)であると共に、一偈の要点でお正信偈全体が、この1行に収まるといってもいい。

 そこから、「法蔵菩薩因位時~」という真実の示現があり、弥陀の救済の因果が説かれていくのであるが、それを教えてくださったのが、釈尊である。その弥陀の救済の因果、本願をと説かんがために、ご出世になったのである(如来所以興出世 唯説弥陀本願海)が、われわわれ五濁の衆生は、ただその釈尊の真実のお言葉(成就文)を信じさせていただくのである(五濁悪時群生海 応信如来如実言)。

 がしかし、それは自力では絶対に信じがたい、難信(信楽受持甚以難、難中之難無過斯)なのだ。

 そこで、釈尊の真意を体得されたインド、中国、日本の七高僧方のご出現があって、釈尊の本意、弥陀の本願が誰のためなのかが、明らかにしてくださった(顕大聖興世正意、明如来本誓応機)。七高僧それそれが発揮をなして、釈尊から次々とバトンを受けて、そのお心をくみ、弥陀の本願の目当てを明らかにしてくださった。つまり、無辺の極濁悪を救うために、釈尊(大経)を通して弥陀の本願を弘通してくださったのであるから(弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪)、いかなる人たちも、共に、どうかこの高僧の説を唯信じさせてもらいましょう(道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説)と結ばれるのである。

 正信偈は、南無阿弥陀仏に始まり南無阿弥陀仏に収まるのだが、その南無阿弥陀仏は、「重誓名声聞十方」であって、釈尊の説法として、またその正意を受け継いだ七高僧の教えとして、親鸞様が喜ぶ身となられたのである。それで、私達は、さらに親鸞様の正信偈を通して、そのことをお教えいただき、それを善知識の直々の声を通して、懇ろにお聞かせに預かったいるのである。それで、末法の泥凡夫なれども、南無阿弥陀仏を聞信することができるのである。釈尊の真実の言葉として、七高僧の説を通して、さらに親鸞様の教えを通して信じさせていただく。それが正信することなのである。南無阿弥陀仏。

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祝500000

 パソコンが1週間ほど調子が悪くて、ノートパソコンを使っていたが、なにかと不自由。修理屋に相談に行ったら、月曜日にも修理に出す段取りになっていた。それがいろいろあって、今日になって、なぜか1週間ぶりに復旧した。

 あれれ。ふとみたら、アクセス数が、500,000を超えていた。

 みなさん、ありがとうごさいます。

 そろそろと思っていたのに、その時を気付かずに、ちょっと拍子抜け。

 ブログを初めて、最初は、1年、続いて3年、そして10万台と、当面の目標をもうけてやってきた。実は、50万もぼくの中では続ける目標のひとつだった。

 今度はどうですか。100万はちょっと遠い目標だし、当面は、10年をめざしますか。

 それとも、もうそろそろ役割を終わってもいいかなーと。

 まあ、ちょっと葛藤もしています。

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三河聞法旅行に行こう!

 9月に入って、恒例の聞法旅行が迫ってきた。

 今年は、三河地方のご旧跡巡拝である。親鸞聖人のご旧跡は、京都、越後、関東の3箇所が中心だが、実は、三河にも聖人のご旧跡地はある。関東から京都への帰路に、三河に逗留されたのである。

 その他、蓮如上人のご旧跡や一向一揆の関係のご旧跡もある。

 今回は、それに加えて、妙好人お園同行のみ跡を慕ったり、清沢満之師ゆかりの西方寺にも参詣する予定だ。ここでの拝観は、たっぶり時間を取って、丁寧にご法話をいたたく予定だ。華光会ではご縁が薄い方だが、現状の真宗界(特にお東)を考えたときに、最重要の御方で、伊藤康善先生の『安心調べ』でも、そのトップでとあえげておられる。

 さらには、琵琶を奏でての絵解き説法なども、日頃聞くことの出来ない貴重な機会も設けている。

 いずれも単なる旧跡を巡りではなく、華光の同人と共に、現地にたって、説明やご法話をいただくことになっている。かなりバラエティーに富んだ旅を計画している。

 近場だし、高山や関東からも参加しやすい。東海支部からの参加が多いだろうと、予想していたが、参加者の集まり具合が低調だ。観光バスの旅なので、ひとりでも多くの方が参加くだされば、有り難い。もしお迷いの方や、「無理」とあきらめていた方があったならば、もう一度検討いただいて、ぜひご参加ください。

 1日だけや、1泊だけでの参加も考慮できますので、華光会までお問い合わせください。

 詳しくは、以下のホームページから。締め切りを過ぎているが、1週間前(9月13日)ごろまでは受け付けられます。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2013/details/09/monpou.ryoko2013-9.htm

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菅原道真(菅公)生誕の謎

Img_7127 さて、鰻の寝床になっていた木乃婦で通された2階の部屋からは、神社が見える。
 紋から天満宮だというのは分かるが、町の真ん中に、こんな大きな神社があったことに驚いた。狭い廊下を上がってきて、方向が分かりづらくなっているが、入り口のImg_7131鳥居(高辻通)はいつも眺めていたるのではないかと思った。その間口はとても狭くて、小さな祠程度のと思っていたが、上から見るとずいぶん大きいので、なかなか結びつかなかった。雨の中、散策すると、さらには、西洞院通にある鳥居も、北の仏光寺通にある鳥居も、同じ神社のものということが判明した。日頃は、関心がなくて、前だけ通っていたので、何もおもわなかった。

Img_7132 しかも、その入口の鳥居のところには、「天満宮降誕之地」という石塔が…。

 えっー? 菅原道真(菅公)生誕の地とは、はて? 十条通の吉祥院天満宮に、臍の緒が納めらImg_7134れた胞衣塚があって、生誕の地とあったが…。

  ネットで調べてると、京都だけで3ケ所、他にも奈良にも、吉野にも、島根にも、また余呉湖にも伝説があって、ほんとうのところは定かではなく、生誕の謎をひもとく著述まであるようだ。

 これまでずっと吉祥院だと思っていたので、ちょっと妙な感じだ。別に深く関心があるわけではないので、別にいいのだけけれど。 

 それにしても、歴史上の有名には、誕生や終焉が複数ある方が多い。親鸞聖人にしても、終焉の地は、東西本願寺で異なる。このブログでも、このあたりには、道元禅師と親鸞聖人の終焉の地があることを触れたが、同時に、菅原道真(菅公)生誕の地でもあることにもあるんだなー。お二人とは、全く時代はちがうので、ただそれだけのことだけど、歴史の宝庫ということだ。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_594e.html

 

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木乃婦

Img_7137 法要を終えて、新町高辻をあがった岩戸山町にある木乃婦へ。ミシュランでも星がついているお店だ。京都シネマに行く時に、必ずこの前を通るが、中に入ったことなどない。Img_7120_2

 玄関は狭くて、いわゆる鰻の寝床といわれる京都の町家風の造りで、狭い廊下を通ると、けっこう奥行きのあるビルになっている。祇園祭には、ここに岩戸山が出る。

Img_7122 衣の値打ちで、今回もご馳走になり、いろいろと談笑する。なかなか仏法の話題にはなりづらいが、それぞれの立場から、故人を偲ぶ言葉が聞けた。故人を通したレベルだが、諸仏と阿弥陀様の関係についてImg_7123の問いもあった。悟りの世界、如来の世界を、凡情で計らっても、ほんとうは分らないことではある。

 二階の窓から神社が見える。紋から天満宮だというのは分かるが、町の真ん中に、大きな神社があったことに驚いたが、このImg_7124_3ことは次の話題で。

 一仕事終えて、昼間からビールを飲み、フカヒレや松茸などの日頃食べないような高級食材をつかった料理に舌鼓をうつ。皆さんには、うらやましく思っImg_7126ていただくために、ご馳走の写真を並べておこう。

 いろいろとお話が聞けたこともよかったが、ただお腹がびっくりしたのか、単なる疲れなのか、しっかり夕食も食べたあと、こちらImg_7130_2もしっかり下痢となったけれど…。ご馳走さまでした。 

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