『約束』~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~
50年以上に渡る獄中生活。しかも、88歳の高齢者が、毎朝、いつ執行されるか分からない死刑執行の恐怖にさらされ続けている。これは肉体的、精神的な拷問なのであって、明らかに憲法に禁止されている残虐刑にほかならない。
しかし、刑の執行は停止されないどころか、繰り返しておこなわれている再審請求と棄却。その中では、裁判所による再審決定があったにも関わらず、同じ裁判所によって棄却決定されるケースもあった。
無実を叫び続けた半世紀の彼の壮絶な生き方を、実際の映像を交えながらの再現ドラマの形式で描かれているのが、『約束』~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯だ。
この事件を取り上げることで、この国の歪んだ司法制度や裁判制度のあり方、自供中心の取り調べの不当さを、真っ向から告発する映画だといっていい。
名優たち(仲代達矢や樹木希林など)による再現ドラマの手法をとっているのは、彼が、いまも死刑執行を待つ、死刑囚とだからである。しかも、いまは体調を崩し、医療刑務所に収監されている。88歳の無実を訴えるの老人のやせ細った手は、手錠でベットにつながれているのだそうだ。
事件は、いまから50年以上前の昭和36年、三重県名張の小さな田舎の懇親会で起こった。ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した、「名張毒ぶどう酒事件」だ。外部の犯行は不可能と判断した警察は、犯人を数名に絞られる中で、奥西が自白させられる。その後は、彼を犯人に仕立てるために、さまざまな証人の証言が都合よく変更され、都合のよい証拠が作り出されていく。
しかも、今日では、再審の請求のために、当日科学的だった物的証拠が、次々と覆させられていく。有罪の証拠として採用された権威ある学者の鑑定までは、意図的に作られたものであることも判明していくる。さまざまな証人の証拠も、奥西を犯人にしたてるために、後日に辻褄合わせをしたこともあきらかになる。要は、逮捕の後の過酷な取り調べの中での自白だけが、彼を犯人だとする唯一の証拠なのである。しかも、その後の彼は無実を訴えつづけている。一審でも無罪であったのに、戦後の裁判史上唯一覆って、死刑確定したそうである。これだけの新事実が生まれながら、再審の壁をこじ開けることは、あまりにも難しいのである。
監督の斉藤潤一は、「オウム真理教事件」の麻原彰晃や「和歌山毒カレー事件」の林眞須美などの多くの死刑事件を請け負ってきた弁護士・安田好弘を追った映画『死刑弁護人』、 戸塚ヨットスクールの今をとらえて、現代社会が抱えるジレンマに迫る『平成ジレンマ』などのドキュメンタリー映画を生んでいる。本作も含めて、すべて東海テレビのドキュメンタリー番組が劇場公開の映画版として再編集されているものである。しかもこの3作品とも、京都シネマで上映されていた。3作品とも、良質のドキュメンタリーというだけでなく、テレビ番組がベースということもあって、とてもわかりやすい造りで、好感の持てる作品ばかりだった。 ただ面白いとか、好感が持てるだけではない。
彼らを、悪役にしたり、犯人にしたてる片棒を担いだのは、マスコミの過剰な報道にあったのた。しかし、そのマスコミが、また一方で、自分の目で見、自分の頭で考え、立ち止まって物事の本質を見つめるべく、このよう司法という国家権力に真っ向から立ち向かう作品を、世に問うている点にも、意義があるように思えた。
さまざまな見どころかある作品だけれども、母親役の樹木希林がすごいと思った。ところが、終盤に、実際の彼の母親が、息子の無実を信じて拘置所の塀を進む映像が映し出されたが、彼女の顔をみた瞬間に、込み上げてくるものがあった。やっぱりホンモノはすごいなーと。それは、権威的な学者や不当判決を繰り返す裁判官の顔のアップだけでも、感じるものがあるのが、また不思議。なんやろうね、これは。
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