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願文と成就文

 4月の伝道研究会。

 安心編の総論に入って、願文と成就文に関係について。
 成就文といえば、大経下巻の冒頭、十一、十七、十八願の成就文は、よくご法話でもお聞きする。中でも、本願成就文である第十八願成就文は、機受の極要といわれるが、法蔵菩薩(阿弥陀さま)の直説である本願を、応身仏である釈尊によって開示解釈されたことで、私共凡夫にも届けられたものである。

 しかし、成就文は、何も「行、信、証」のこの三願だけではない。やはり釈尊のご教示がなければ、十二、十三願の光明無量、寿命無量の願のお心もわからないのだ。それを、十二願と、十二願成就文を比較しながら尋ねていった。皆さんも、「十二願成就文はどこにあるのですか。聞いたことがない。何故、上巻にあるんですか」という程度で、ほとんどがご存じない。確かに、日頃のご法座では、わざわざは聞かない。しかし、実は、いつもよく目にされている有名なご文があるのだ。

 『正信偈』の十二光である。

 つまり、お『正信偈』は、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」の帰敬表宗で始まったあと、阿弥陀仏の救済の因果について、つまり、南無阿弥陀仏の救いの因果でなのであるが、まず法蔵菩薩の発願の因ついて述べられたあと、その結果が示される。それが、十二願成就文にある十二光と、そして十七願、十八願、十一願成就文のお心で、阿弥陀様の救済(くさい)の示されているのである。これもまた、五願(12、13、17、18、11願)開示のおこころである。

 しかも、本願文だけでは阿弥陀仏のみ仏身のお徳を誓われたように見えるのが、十二、十三願の成就文によって、無量寿仏のみならず、その往生人もまた、光明無量、寿命無量の弥陀同体となることが、釈尊によってご教示くだされたのである。

 皆さんは、ポカッーと口を開けながら聞いておられたが、『大経』と『正信偈』の関係、さらには、『教・行・信・証・真仏真土』との関係などと体系的に聞かせていただけた。

 今月は、欲張って、「六字釋」の序説にも入った(詳しくは、次回から)。
 その冒頭、弥陀の本願は、釈尊の成就文によって、どのように開示解釈されたかということを、

 「名号を信心として授けられた」

 の一言であらわされていて、またしても学ばせてもらった。実に、今回は教えていただくことが多かった。直後の法座でのご法話にも、反映されていくだろう。

  次回は、5月8日(水)夜7時30分~9時50分です。

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