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『アルバート氏の人生』

130202  イギリスとの複雑な関係で、アイルランドが舞台になった映画は多い。というのも、超大国(当時)イギリスに隣接し、長年支配され、独立運動やら抵抗運動の舞台になっていることや、現在でも北アイルランド問題と絡んだIRAのテロなどが取り上げられるからだ。

 このブログでも取り上げた、ケン・ローチの名作『麦の穂をゆらす風』なんかも、アイルランド映画だが、イギリスなどの欧州諸国との合作だ。http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_024b.html 

 しかしながら、アイルランドで作製された作品となるとどうか。欧米との合作はあっても、単独のものは、日本で観る機会はめったにはないなー。

 その意味でも、この『アルバート氏の人生』は異色だが、内容もなかなかすばらしいかった。何一つとして、派手なことは起こらないし、重大な事件もないが、渋い深みがあった。

 19世紀のアイルランド。厳しい格差社会。セーフティーネットなんてものはございません。自力で生きていくしかない。大不況が重なり、しかも十分な女性の立場や人権も確立されない時代に、慎ましやかに生き抜こうとするひとりの「男性」が主人公だ。その名もなき庶民の生きざまを、静かに見つめた名作なのだ。

 市井の庶民が主役といったが、ただ「彼」の設定が普通ではなかったのだ。

 男性が女性になる、女性が男性になる。もしくは、トランスジェンダー、父親を探しに出かけたの子供がやっと出会った父親が女性(性転換)だったり、愛した彼女が男性だったりと、とかく映画の世界で珍しいことはない。しか、ここでは、性同一性障がいとか、バイセクシャルといった心理的な問題があるのでも、男装趣味があるのでもない。この時代に、下層の身の孤児が、ひとり生きていくために、性を殺し(自分を殺し)てして生きていけなかった哀れさが、あるのだ。

 ホテルのウェイターとして、周りすべてを欺いて男性として生きる(生きざるえない)女性役を、名優グレン・クローズが好演。ウェイターとして、何事も動ぜず無表情で黙々と誠実に仕事をこなし、私生活も、ひっそりと誰ともつきあわずに、倹約したチップを貯めては、ただひとつの夢の実現を夢見ている。初老を前に、その夢の実現がまもなくという時に、ひとつの出会いをきっかけに、動きだした彼に予想外の展開が起ってくるのだ。

 彼の秘密がバレそうになるシーンは、ハラハラドキドキ。さらに、異なる秘密も重なって、「エッー」とびっくりし、さらには奇妙な三角関係が生まれるが、その終焉は、なんともあっけなくも哀れなことか。(ネタバレしそうなので、この程度で)。

 感動的でありながら、なんともいえぬ悲哀が漂う映画なのだが、それでも、ラストには、新たな出会いと展開を予感させる温かいなエンディングを迎えるのが、救いだ。

 それにしても、人生って何? 彼(彼女)の人生、回りの人達の人生ってなんだろうかなと思いを馳せると、なんとも切ない思いに包まれる。しかし、けっして暗い不快な映画ではないのは、グレン・クローズや回りの名演にもよるのだろうなー。 

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