« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月の16件の記事

寒中子供の大会~続篇~

 今回は、法話も、日頃、日曜礼拝で頑張ってくれている高校生にもお願いした。話を聞いたときには、心配もしていたが、複数の先生方でフォローしながら、教案をつくり、予行練習もして臨んでもらえた。緊張しながらも、なかなかどうして、自分のところや身近な方の死を通して、仏法聴聞の姿勢を示してくださる内容で、大健闘をしてくれた。

Img_3497 また今回は、分級座談会だけでなく、全体でも、創作活動として、気付きを促進するようなゲーム形式の活動をおこった。まず「人間カメラ」を大人も子供も行った。近くの公園に出かけたが、青空の中で、大人も子供も楽しかった。さらに、からだをほぐした後で、「こころの天気」も、日頃の言葉中心の分級座談会に加えて、なにかひとつ可能性が見えたかもしれない。Img_3505

 ただ、2日間で、法話も3回、ゲームやキャンプファイヤー、二つの創作活動と、たっぷりプログラムがあったので、時間的に慌ただしかったのは残念だったが、短期間でも、子供たちがいとおしく、充実した2日間となったことは、よかった。仏青Img_3502の人達も、保護者の大人たちも、それぞれに意味のある満足できる集いになったのではないだろうか。

 2日目の昼食の豪華なピザや手作りパImg_3506スタも、苦しいほどの量があって、みんな大満足。 

 一方で、事前の安全対策や対処方法を打ち合わせが不足していて、ご迷惑をおかけすることになったのは、責任者のひとりとしても、おわびと反省をしている。同時に、このことを教訓にして、より安全で、よき集いをめざしていきたいと、先生方ともかなり分かち合いができたことは、その点では、今後の反省と課題をいただいた集いとなった。

 先生方、お手伝いの皆さん、参加の皆さん、ありがとうございました。

|

寒中仏の子供大会~スタンツ篇~

 2月は、若手の企画で、初法座が2つも開催された。

 まず、10、11日の第1回行信論講座。大遠忌法要の信楽先生の講演会をきっかけになった、従来の伝統的な行信の教学理解への挑戦といってもよかった。

 そして、今週末は、寒中仏青に代わっての初企画で、寒中仏の子供大会である。

 仏青会長のM君を中核にして、高校生の世代が先生として加わるというもので、夏の子供大会に繋がるだけでなく、子供会世代の高校・大学生を仏青に繋げる意味も大きかった。

 最初の出足は普通だったが、呼びかけの成果もあって、最終的には、定員に達する参加者が集った。しかも、初参加者も多く、小1~中3年の全学年の子供たちの班だけでなく、高校生も先生役で参加、また大学生に社会人が加わった「仏青班」と、子供たちの保護者を中心にした「大人班」-こちらは壮年以上で、お孫さんに参加におばあちゃんも加わって、夏の仏の子供大会よろしく、大人も、子供も負けずに、対抗ゲームやキャンプファイヤー、どの班も、短時間にスタンツに取り組んだ。

 子供たちの班も面白かったが、やはり高校生を中心とした仏青の感覚は新しい。一方、壮年以上の大人班は、ぼくも久しぶりにスタンツに参加。シルクロードにいくので、一番大切なものを探しに行く、西遊記のお話。一番の難敵である、覆面の怪人「ジーリキー」役で、山賊ならぬ三毒のおばちゃん3名を手下に、孫悟空や三蔵法師と戦うというもの。最後は、仏様の呼び声に、「ジーリキー」(自力)に構わず、お念仏をしながら進む姿が、けっこう有り難かった。うーん、それにしても、三毒はお許しで付いていけるのに、自力はその場で退治されて、なにか寂しい気分になった。やっぱり、実際にやってみるって面白いけど、なかなか自力が捨てられない訳がわかったなー。こんな寂しいのだものね。

 キャンプファイヤーの最後は、キャンドルサービス(灯火の夕べ)で締めくくり。如来様からいただいた灯火をみんなで、静かに見つめながらの勤行と感話(法話)は、またしみじみしたもので、大人も子供感激していた様子。退屈するだろうと思った1年生までが、「火が、きれいだった」と喜んでいたのが、印象的。

|

雪の長命寺

Img_3361_2 会場を後に、追跡ハイキングのコースになるかもしれない長命寺に到着する。車なら5分ほどだが、山麓から本堂まではたいへんな階段(808段)である。幸い、つづら折りを道を進み、山頂の近くの駐車場に止めたので、ほんの少しの階段ですむ。

   それでも階段を進むにつれて、雪が強くなImg_3374_2った。 山頂からは、琵琶湖も望めるらしいが、今日は、見事に雪が降っている。

Img_3369 西国三十三番札所の三十一番目の札所である。普段は、参詣の人も多い場所だが、さすがに、今日は静寂に包まれている。雪と、朱の建物の対比が美しい。

 Img_3380聖徳太子の開基といわれる単立の天台宗の寺院だか、廃仏毀釈を免れたのか、神仏習合も残って、ゆかりの武内宿禰を祀る神社と、観世音菩薩を祀る本堂が繋がっていた。

Img_3381 本堂や三重塔、そして公開されている鐘楼や護摩堂などが、重文に指定されている。本堂は、旧の国宝だということであるが、なかなか重厚で、上品な本堂だ。

 しかも、いまどきImg_3389、真宗や浄土宗でもないので、拝観料は無料といういさぎよさに感心した。本堂も、鐘楼も、拝観は自由というもいい。

 しばしば静寂の中での、雪の白と建物の朱のコントラストに見とれていImg_3386_2たが、さすがに寒い。

 お腹もすいてきたところで、近江八幡の市内に戻ることにした。

 ところで、左の岩は、修多羅岩と命名されていた。ふーん、「修多羅」って正信偈にもでてるのは、ご存じですか?
Img_3394

|

下見

 夏の仏の子供大会の会場の下見に出かける。

 ここ数年、若手の先生に会場探しからお世話いただいてたが、今年はどうも難しいようだ。候補はいろいろ挙がっていたが、すでに予約済になってしまって、以前に候補に挙がった近江八幡YH(ユースホステル)http://www.hachiman-yh.com/を仮予約して、下見を出かけることにした。

Img_3349 京都駅から車で1時間強の距離、JRでも最寄り駅から路線バスで15分ほどと、アクセスは便利だ。

 会場の建物も、木造で古いが、たいへん趣があると思ったら、明治期の建築として文化財に指定されてるのだImg_3348そうだ。

 入り口にも、いろいろな人形が飾ってあったが、いまは、ひな人形である。

 ただ大広間がちょっと狭かったり、風呂やトイレなども、少し問題があるが、収容人数には問題はない。

Img_3347 昨年の案内状を持参して、子供大会の趣旨や華光会の活動に、また仏参や分級(信仰座談会)について説明していると、とても好感触で話をきいてくださる。公共の宿ではないが、単なる子供会ではなく、浄土真宗の宗教的な集まりなので、その点については、事前に説明をしておかねばならない。Img_3346_2

すると、「仏壇ならここにもありますから、それを使われたら」と、2階の大広間の隣に案内され、襖が開くと、「えー、すごい」と思わず声がでた。

 なんと立派な護摩壇つきの仏間があったとは、想像もしていなかImg_3352ったのだ。

 「天台宗なのですか」と尋ねると、ご尊父が、なんと千日回峰行を達成された大阿闍梨さんだというのである。それがこの地に移らってこられるまでのおいわれをなどをお聞かせに預かって、また驚いた。

 とはいっても、厨子の御前立ちは、不動明王である。いやー、いくら同じ仏教といえども、華光の仏の子供大会の仏参で、「南無阿弥陀仏」(阿弥陀様)以外では、ちょっと無理だなー。お気持ちはうれしいが、これまでと同じように、仏壇の準備は必要だ。ピアノやホワイトボードはあるので、これは必要はないようだ。

 体操は、宿舎の前でできる。キャンプファイヤーも消防の許可をとれば、ここできるだろう。水泳場も2カ所あって、車で15分程度。長命寺も4キロほどで路線バスですぐいけるし、ハイキングの心配もなさそうだ。または、湖に珍しい有人島である沖島に船の旅にも出れそうだし、お掘りと古い町並みが残る市内へも路線バスで10分程度でいける。ロープウェーィで八幡山に登っていいかもしれない。その意味でと、野外活動に関しては、いろいろなバリエーションの富んだプログラムが組めそうである。

 これで、週末からの寒中仏の子供大会で、夏の子供大会の紹介もできそうだ。

|

狭い

 平安高校の並びにあるヘアーサロンに行く。

 上の子の幼稚園の保護者つながりでの付き合いなので、けっこう長い。

Img_3339 夫婦二人の小さな美容室だが、腕はいい。

 座席は2つしかないが、右に先客がある。左に座ると、目の前には、こんな絵と、写真が飾ってある。

 あー、これはお久しぶりでございます。 

 隣の学生風の先客が、奥さんと話している声が聞こえてくる。どうやら僧侶で、龍大の真宗学、宗育部の学生さんのようだ。日曜学校や念仏奉仕団の話題をしている。ここは、本願寺や龍大大宮学舍に近いという場所柄もあって、本派の僧侶も多いと聞いていた。思い切って尋ねてみると、父親は本山の職員で、役宅に住んで、平安高から龍大に進んだというのである。しかも和歌山というのだ。えー、どうやら、知り合いのお子さんのようだっが、まあそこまでは確認しないうちに、彼の方が終わってしまった。

 ちょっとびっくりして余韻を味っていると、次ぎに座ったお客が、「こんにちは」と言っている。お店のRちゃんに声をかけていると思っていたら、まだ「こんにちは」と、声をかけてくるのだ。えーと、横をみると、今度は、はっきり知っている人だ。
 よく出かける烏丸七条の飲み屋(じじばば)の大将。もともとは、このヘアーサロンのマスターに連れていってもらったお店なのだが、いまでは、彼よりぼくの方が常連になっている。同じところでカットしてもらっているのは知っていたが、ここで会うと、なんとも不思議な感じがする。これもまた不意打ちで、ちょっとびっくり。

 狭い世界というのか、すべては繋がっている縁というのか、ちょっぴり複雑な気分で写真を眺めながら、Rさんとアメリカ留学中の子供たちの話題へ。

 まあ格好のブログネタだと、写真を1枚。

|

継続

 朝、自力整体でからだをほぐす。

 教室でアンケートがあったが、開始年月日を考えると、ちょどう、この2月で11年目に突入したことになる。最初、まだ始まったばかりの小さな教室で、レッスンを受けた時を考えると、ここまで継続されるとは思いもよらなかった。それが、10年以上、毎月4回のレッスンは皆勤、原則、朝食抜き、牛乳抜きも、10年以上続けたことになるのだから、我ながらびっくりである。

 さすがに、昔のように毎朝、30~45分間のからだほぐしまではできないが、それでも、毎週1度のレッスンは、体を整え、心を整え、食を整えるたいせつな時間にはかわりはない。

 その間、創始者の矢上先生の指導は、変化し続けているが、その根本精神のようなものは貫かれているのは、なかなか立派である。

 今日も、ぼくの横で、M先生がに、からだを揺らしておられた。ちょっといま苦しそうなM先生ではあるが、先生にお伝えしてからも、9年以上がたっている。お互い、かなりベテランの部類に入っているというこだろうし、9割8分が女性の教室にあって、貴重な黒二点である。

|

浅野屋洋食店で寛ぐ

Img_3326  東海支部のあとは、浅野屋洋食店に向かう。

 一昨年11月の家族旅行以来なので、久しぶりである。

 今夜は、カモ肉をいただいた。Img_3327その前に、チーズのサラダもおいしかった。ただ車なので、ノン・アルコールだったことだけは、残念。でも、おいしく満腹になって、満足。

 Img_3329_2 閉店間際に、姉夫婦と少し話ができてよかった。

 ご存じの方もあるだろうが、姉が始めている「浅野屋洋食店おくさん」ブログを紹介しておこう。たまに、ぼくら姉弟(きょうだい)だからこそ分かるようなネタもあって、そんな時は、おもず微笑んでしまう。

http://asanoya.cocolog-nifty.com/blog/

 例によって、父の「無碍道」の書を撮影して、お別れする。

| | トラックバック (0)

東海支部法座~如来如実の言~

 2月の東海支部は、岐阜が会場。

 このところ厳しい寒い日が続くが、幸い雪にはならなかったので、珍しく車で出発する。京都から会場までは、正味、1時間50分で到着した。

 広島に引き続いて、お正信偈の

 如来所以興出世 唯説弥陀本願海 
 五濁悪世群生海 応信如来如実言

の四句を頂く。

ここでの如来とは、どなたをさすのか。なぜ、「仏」(ブツ)ではなく、「如来」なのか。また、弥陀、釈迦、そして諸仏の働きの違いはどこにあるのか。そして、釈尊(諸仏)の出世の本懐が、弥陀の本願を説くためだといいきれるのは、なぜなのか。同時に、私自身が人間界に生まれてきた出世の本懐はどこにあるのかなどを、皆さんに問いながらお話を進めたいった。

 ご承知のとおり、お正信偈は、まず「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」という聖人の信仰告白と一偈の要点といっていい、帰敬表宗で始まる。それが、大経に基づく(依経段)の弥陀の救済(ぐさい)の因果と、本段からの釈尊の教説へと展開し、そこから依釈段に入って、七高僧の教示が示されて、最後は、「唯可信斯高僧説」と結ばれる。

 浄土真宗は、「弥陀の本願」を信じる教えだと漠然と決めて分かったつもりでいるが、それをどのような形でお聞かせに預かるのかを、お正信偈に示されている。

 ここでは、五濁悪世に群れて生きる迷いの私は、唯、海のように広大で深い弥陀の本願を説くために、出世された釈尊(始めとして諸仏方)=如来の如実の言を信じなさいと、釈尊の教説が示されている。しかも、偈の最後にも、「唯、この七高僧方の教えを信じなさい」と結ばれていくのである。

 つまりは、「弥陀の本願」を信じるとは、本願にかなった釈尊の金口の説法を通し、さらには、その釈尊の教えから展開した七高僧の教えを通じてお聞かせに預かることを、親鸞様によってお示しいたたき、さらにそのことを蓮如様を始めとする善知識方、そしていま先達の先生や同行の生きた言葉としてお聞かせに預かっているのである。

 もう少し詳しく述べよう。如来如実の言を端的に伝えるならば、唯弥陀の本願を説くために出生された釈尊によって説かれた大無量寿経であり、つづめるならば本願成就文である。成就文は、阿弥陀樣が誓われた第十八願(本願)を、釈尊が開示解釈されたものである。これは、正覚の悟りを開かれた釈尊でなくては説くことができず、その経意を知るのは菩薩でなくてはならない。それで天親菩薩の『浄土論』の指南によりて解釈され、浄土論は、(お正信偈では「鸞菩薩」と見なされる)曇鸞大師の『論註』によって明かにされていくのである。かくて、釈尊の教説から七高僧の論釈を受けて、親鸞聖人の『教行信証』に大成されていくというのであるか、それを、いま私達は伊藤康善先生のご指南によって、お聞かせに預かっているである。

 如来所以興出世 唯説弥陀本願海 
 五濁悪世群生海 応信如来如実言

南無阿弥陀仏

|

2月の輪読法座

 2月の輪読法座。

 華光誌の悟朗先生の「ほんとうに大丈夫か」を輪読する。

 とてもシンプルな言葉だが、何度も味わいたいフレーズに出会った。

仏様は、「早よう来い、お前は六道を迷いに迷うてきた人間だ。いま人間界に生まれさせてもろうたのが最期と思え。そして命が終われば、早く私のふるさと、私の居場所へ帰ってきてくれ。我と同じ仏の仕事をしてくれ」と、おっしゃってくださっとる。これを聞かせていただいた。すると、もう他のことはどうでもよいことになった。もちろん、美味しいもの食べて、そして夫婦は仲よく、子供にも背かれないようにという思いはありますよ、いっぱい。それこそが、生活や。だけれど、思うどおりにはならない。いま過去を振り返ってみたら、当てが外れたことばーっかり。そのことを教えてくださっておったのが、仏様の教え。ますます仏様の言われるとおりになってきた。

 もう少し整理すならば、悟朗先生は、阿弥陀樣の「早く来い。お前を浄土に生まれさせ、我と同じ仏にしてみせるぞ」と教えにを聞かせていただいて、「もう他のことはどうでもよいこと」になられた。もちろん、煩悩生活(黒い心)は残るが、人間の思いなどは末通らない虚仮だと。

 つまり、阿弥陀様の勅命をお聞かせに預かったならば、もう他のことはどうでもよくなられた人格に、私達は出会わせていただいたのである。
 最近しばしば感じることだが、教義も大事、根拠も大事なのであるが、下手をすると頭でっかちの血の通わない理屈で終わることもあろう。それより、まず第一に、弥陀の本願に出会って貫かれてしまった人との、生きた出会いこそが、最肝要ではないのか。

 仏様の「早よう来い」を聞かせていただいた。すると、もう他のことはどうでもよいことになった。

 このほかに何があるのだろうか。

|

同人会ニュース作製

 昨年の総会と、1月の責任役員・運営委員合同会議(同人会本部会議)報告をのために、同人会ニュースを作製し、印刷所に版下を提出する。

 今回は、責任役員のTさん、運営委員長のRさんの記事を、役員で推敲した。ここまで緊密に、責任役員、事務局、運営委員の三者で、相談しながら作業できたことは収穫だ。確かに、従来のように自分でほとんどの原稿を書いていたときよりも、編集時間はかかる。しかし、何度も確認をするプロセスで、役員や委員と共に、いまやるべきこと、その問題点を共有できるのが、大きい。

 まだ作業の緒についたところだが、これから発揮されていくことに、大いに期待している。そのための次ぎの動きも、徐々にだが始まっている。もちろん、この程度の組織なので、それほど大したことはできない。しかし、運営面、財政面、法座の進行、そして華光誌などで、徐々にであっても、また小さなことであっても、具体的な成果が上がっている。

 もちろん、それに中核になって行っていく人も必要なことで、専属で給与をもらっている事務局以外は、完全に自己負担だし、あくまで家庭や本業も大切にしてもらわねばいけないが、そのあたりのパランスをみながらも、協力的な体制ができていけそうなのは、一歩も二歩も前身だ。これは、いまの運営委員会の意欲だけなく、そこにはこれまで尽力くだされた役員や運営委員の実績の上へに積み重ねていくものだといえる。その意味では、これからの体制もまた一過程にすぎないのだが、いまのプロセスの中で、ひとりひとりができることをしっかりとやらせてもらうしかないのかしれない。

 最終確認のために来館されたRさんと、1月の決定した「運営確認事項」の細かな文言を調整して、決定校とする。これも同人会ニュースに同封することになっている。

 Rさんは、法話小冊子のサンプル版が持参された。こうしてもらうと、ぼくも仕事にも意欲が沸く。他にも、法話CDのセット販売、本部行事の講師依頼のルールや、華光誌の責任編集制なども話題にのぼる。

 あとは、近所の串カツのお店で杯を挙げる。今夜は、二人で麦焼酎だ。ちょっと飲みすぎて、ぼくが先に饒舌になっていたが、いろいろと話すうちにモヤモヤもスッキリして、ちょっと気力が湧いてきた。

|

『イラン式料理本』

 早めにお昼を食べて京都シネマへ。今日はイラン映画。

 イランといえば、何かとアメリカからは悪の枢軸国と批判もされておりましたが、映画の世界では、かなりの優等生。さまざまな規制のある中でも、次々と名監督、名作が生まれております。イスラム圏内では例外的に、庶民の生活が映し出されています。

たとえば、昨年のアカデミー賞外国語最優秀作品を受賞した『別離』は、夫婦の別離と、介護問題、そして家族の諸問題をとりあげながら、家政婦とのトラブルを巡るさらなる混乱から、普遍的な人間の心の闇、虚構と真実に迫る名作だった。

130203 で、今日は、異色のドキュメンターといっていい『イラン式料理本』。何かイラン料理のレシピ本みたいな題名ですが、実際、監督の母親、妻、妹、義母に、友人の妻、そしていまは料理はしない100歳の老婆と、さまざまな年齢の女性が、その台所にたって家庭料理を紹介するというもの。といっても、実際は、ただ作るだけでなく、家族や友人が、御馳走を囲む会話するシーンまで捉えられている。

 結局は、社会や文化の変化、夫婦の役割の変化を撮られてもので、年代によって、女性の地位、男性との役割が異なったり、イラン社会の生活様式、その変化がリアルに伝わって面白い。伝統的な料理だけでなく、会食の仕方も、現代的な西洋スタイルになったりもするし、モダンなjazzが食事BGMだったりもする。男性社会には代わりはなくて、深夜に友人を大勢連れてきても、黙って妻は料理をしないといけないらしい。と、もう一つ、気付いたことは、ワイワイいいながら、大勢で食卓を囲んでいても、アルコールは一切出て来ないこと。ラマダーン明けの食事の様子なんかも映し出されるように、宗教が生活にそのものとなっている。

 結局は、これは食をとおした、家族の物語であって、すべてが終わった最後のナレーションで、若い夫婦と、監督の夫婦のその後に、とてもシビアーな現実が待っているのだが、本編の奥さんの様子を見ていると、けっこうシュールな終わり方になるので、これはちょっと苦笑。

 映像が、デジタルで、プロジェクター映像だったのか、フィルム的な重厚さにかけて軽かったのが、残念だけどね。

 映画館をあとに、少しだけ買い物。青色の花柄のシャツと、ピンク縞のパーカー、そして桃色のカラージーンズなど購入した。このところ、明るい色目を選ぶ傾向あり。まあ、誕生日前に、ちょうどいいけどね。 

|

『アルバート氏の人生』

130202  イギリスとの複雑な関係で、アイルランドが舞台になった映画は多い。というのも、超大国(当時)イギリスに隣接し、長年支配され、独立運動やら抵抗運動の舞台になっていることや、現在でも北アイルランド問題と絡んだIRAのテロなどが取り上げられるからだ。

 このブログでも取り上げた、ケン・ローチの名作『麦の穂をゆらす風』なんかも、アイルランド映画だが、イギリスなどの欧州諸国との合作だ。http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_024b.html 

 しかしながら、アイルランドで作製された作品となるとどうか。欧米との合作はあっても、単独のものは、日本で観る機会はめったにはないなー。

 その意味でも、この『アルバート氏の人生』は異色だが、内容もなかなかすばらしいかった。何一つとして、派手なことは起こらないし、重大な事件もないが、渋い深みがあった。

 19世紀のアイルランド。厳しい格差社会。セーフティーネットなんてものはございません。自力で生きていくしかない。大不況が重なり、しかも十分な女性の立場や人権も確立されない時代に、慎ましやかに生き抜こうとするひとりの「男性」が主人公だ。その名もなき庶民の生きざまを、静かに見つめた名作なのだ。

 市井の庶民が主役といったが、ただ「彼」の設定が普通ではなかったのだ。

 男性が女性になる、女性が男性になる。もしくは、トランスジェンダー、父親を探しに出かけたの子供がやっと出会った父親が女性(性転換)だったり、愛した彼女が男性だったりと、とかく映画の世界で珍しいことはない。しか、ここでは、性同一性障がいとか、バイセクシャルといった心理的な問題があるのでも、男装趣味があるのでもない。この時代に、下層の身の孤児が、ひとり生きていくために、性を殺し(自分を殺し)てして生きていけなかった哀れさが、あるのだ。

 ホテルのウェイターとして、周りすべてを欺いて男性として生きる(生きざるえない)女性役を、名優グレン・クローズが好演。ウェイターとして、何事も動ぜず無表情で黙々と誠実に仕事をこなし、私生活も、ひっそりと誰ともつきあわずに、倹約したチップを貯めては、ただひとつの夢の実現を夢見ている。初老を前に、その夢の実現がまもなくという時に、ひとつの出会いをきっかけに、動きだした彼に予想外の展開が起ってくるのだ。

 彼の秘密がバレそうになるシーンは、ハラハラドキドキ。さらに、異なる秘密も重なって、「エッー」とびっくりし、さらには奇妙な三角関係が生まれるが、その終焉は、なんともあっけなくも哀れなことか。(ネタバレしそうなので、この程度で)。

 感動的でありながら、なんともいえぬ悲哀が漂う映画なのだが、それでも、ラストには、新たな出会いと展開を予感させる温かいなエンディングを迎えるのが、救いだ。

 それにしても、人生って何? 彼(彼女)の人生、回りの人達の人生ってなんだろうかなと思いを馳せると、なんとも切ない思いに包まれる。しかし、けっして暗い不快な映画ではないのは、グレン・クローズや回りの名演にもよるのだろうなー。 

|

2月の伝道研究会~欲生心・願生心って?

 2月の伝道研究会。悟朗先生の「真宗の基礎、安心編」をテキストにしながら、輪読法座である。いつものことだが、単なる一方通行の講義ではなく、皆さんから質問や疑問に、ただ応えるだけでなく、逆にぼくから問いをだして、一緒に考えてもらう形式で進行している。

 総説が終わって、いよいよ本論に入っていくが、まずは、本願(十八願)について、成就文との関係から始まる。いきなり核心の最重要のテーマである。

 テキストの流れではないが、参加者から、成就文の「願生彼国」について、これは衆生(私)が願うこころなのか、という質問がでた。十八願文にも、「欲生我国」とある。本願文は、法蔵菩薩の誓願なので、「我が国」、成就文は、釈尊の仏説なので、「彼の国」となっている違いはあるが、浄土を願うという点では同じある。

 実は「欲生我国」には、十九願や二十願のよう自力の欲生心もあるが、ここは他力の欲生心を顕している。それは、成就文では、「至心廻向・願生彼国」と成就されるもので、この欲生心は、如来の廻向心であり、口業に上がる時、本願招喚の勅命なのだと、親鸞様はお示してくださった。それで、「至心に廻向せしめたまり」なのである。しかも、覚如樣は、この「至心廻向の四字は成上起下とならふなり」(願願鈔)とご指南くださっているが、そにれよるお、阿弥陀様の衆生を救わんとの「真実心」(至心)が、衆生して「信心歓喜・乃至一念」せしめ、さらに下の「即得往生・住不退転」たらしめるというのである。

 ちなみに、衆生の「欲生や願生」は、他力の信心決定の上では、決定要期の義といって、必ず浄土往生が決定し、その当来の浄土を要望期待するものだというのである。

 そのことを踏まえたうえでも、浄土には単に物見遊山にも、癒しで参るのでもなく、弥陀同体の悟りを得て、則に還相廻向の働きをさせていただくのであるだから、その浄土参りに決定した、そのことを要望期待する以上は、もっと積極的な働きや展開を語っていいのではないかと、常々思っている。

 他にも、なぜ、釈尊の出世があったのか、なぜ、仏説として釈尊の金言がないと、仏法が聞けないのかなどが本題であったが、じっくり味わうだけの時間がなかったのか、ザンネン。

 3月は、参加者の都合で第1ではなく、第4水曜日の夜になった。

 ◎3月27日(水)夜7時30分~夜9時50分

 

|

第1回行信論講座のご案内

 今週末は、広島支部法座に出講するが、その夜から華光会館でも、初企画の法座が催される。
(広島法座は、http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2013/details/02/hirosima2013-2.htm参照)

 提案者のK師から、次ぎのような案内が送られてきたので、転記しよう。

 日曜日からの行信論講座で、平成の華光信行両座もやってみたいと思います(笑)
日頃の華光での立場や役職は横に置いて、一念仏者として主体的に動いてみてほしいです。華光での“当たり前”に縛られず、自分の領解を自由に表現してみてください。華光としても一念仏者としても、今後答えていけるようになりたい課題を、信楽先生のDVDから提出してみますのでグループに分かれて発表してもらいたいと思います。
 正解はありません。どのように自分自身がお念仏と向き合っているのか、どのようにお念仏を通して人と関わろうとしているのかを先生任せではなく、一人一人が自分で確認していける力をつけていくのが目的です。 
 初日の夜は真宗の行信についての基礎講義を予定しています。
 浄土真宗といえば、本願の救いとしか知らない人に、本願の力用(はたらき)について少しだけ解説します。私と本願がどのように出あうのかということについてです。信楽先生のDVDを観るにあたって、これらを確認していれば より先生の発揮がわかると思います。
 ① 三法(教・行・証)と四法(教・行・信・証)について
 ② 仏身論 十七願と諸仏出世本懐
 ③ 諸仏称名と本願成就文
 ➃ 真宗の信心とは何か? 信一念と相続の心相

 といっても、ぼくは、あまり難しいことは考えなくてもいいと思っている。発表なんていわれたらみんなビビるんじゃないかなー。ただ関心のある方でもいいし、少し学んでみたいとおもう方でもいい。もちろん、一言発言もしてみたいという方も、ただ一から教えてもらいたいという方でも大歓迎である。

 ただし、月々の伝道研究会もそうだが、日頃の法座とは毛色が異なる点では、ご了解いただきい。でも、単なるお勉強の集まりにはしたくない。、聖教量に加えて、それぞれの現量、そてし比量もイキイキした雰囲気の中で、何か新しいものが生まれればと期待している。

◎内容、案内状は以下を参照。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2013/details/02/gyosin.pdf

◎また申し込みの詳細は以下にをご覧くくたさい。7日(木)を過ぎても、受け付けます。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2013/details/02/gyosin2013-2.htm

 皆さんも参加してみませんか。

|

川越の五百羅漢

Img_3296

 東京法座の後、所用で埼玉の川越に向かった。

 これまでご縁のなかったところなので、Img_3300土地勘はないが、翌朝、少しだけ川越の江戸情緒が残ると町並みを、散策した。帰路の列車の都合で、駆け足だったせいもあるけれど、メーンの道は、ずいぶん交通量の多い車道で、ゴミゴミしいてちょっとがっかりした。でも何も予習してこなかったので、知らないImg_3254ことばかりで新鮮ではあったけどね。

 暦は立春。2月とはいえ、青空で、しかも暖かくて気持ちはいい。

 川越大師の称される喜多院へも足を伸ばImg_3269した。

 昨日は、節分の豆まきで賑わっていたようで、境内は、その後片付けの最中だ。

Img_3271 江戸期に造営された、五百羅漢の石像がある。日本各地にあるし、もちろん京都にも五百羅漢のお寺はあるのだが、なかなか観る機会はなかった。ご承知のとおり、阿羅漢とは、釈尊のお弟子で、阿羅漢Img_3277果という(声聞の)最高の悟りを開いた聖者方のこと。十六羅漢(または十八羅漢)が有名だが、他にも、 釈尊滅後、第1回の仏典結集(けつじゅう)にImg_3270集まった500人の弟子(諸説があるようだが)五百羅漢と称して、各地で石仏等が多く作られて、敬愛されている。

 結集の由来があるからか、(特に、禅宗の系Img_3279統では)、釈尊の正法の伝承者として摩訶迦葉を崇拝しているので、ここでも、正面の釈迦三尊の両脇に十六羅漢が並んでいたが、首座は大迦葉尊者、そしてその向いは阿難尊者だった。共に、第一結集に尽力した尊者である。

Img_3284 ところで、五百羅漢とは他に、この町にはさまざまな石像があったが、石像に混じって、アートというのか、妙なオブジョが点在していた。古いのもと、新しいものとの混在ではあるが、蛇足という感じかなー。Img_3305

 短い時間だったけれど、会館と法座会場の往復に、ちょっとしたアクセントで、ずいぶん、リフレッシッした。

Img_3302

|

温かい法座

 週末の東京支部法座。節分を前に、ずいぶん暖かくて、最高気温は20度になっていた。

 四座のご法話と、信仰座談会。最後の座談会では、お念仏を喜ぶ諸菩薩方が輪になって、静かに称名念仏を申す時間をもった。まさにお念仏の声が百重千重囲繞して響きが届いてくるかのようだ。そして、お念仏のあとで、おひとりおひとりをしっかり見て、
「お隣も阿弥陀様に願われているお方、そのお隣も阿弥陀様に願われているとお方、苦手なあの方も、嫌いなあの方も、みな阿弥陀様に願われているお方、そしてこの私もまた阿弥陀様に願われている」 と、心を馳せながら、またひとりひとりと出会ってもらった。
そう十方の衆生は、みな、阿弥陀様に願われている仏の子なのである。

 駅まで帰路。東京支部の長老Mさんとご一緒する。

「今回は、とても温かいご法座になりましたね」の、彼女のさらりとした一言が、有り難かった。

 けっして、気温のことではない。

 ご恩の世界、内省の世界に出会う、下へ下への視野の先にある温かさも、親が子に頭を垂れて拝み、たのむ世界の温かさも、みな冷たい冷たい無慚無愧、孤独な業魂のこの私を常に照らし、温め、包んでくださる大慈悲心のいのちの温もりから起こる、如来様の温かさに他ならないのである。南無阿弥陀仏

|

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »