『ソハの地下水道』
2013年の第1作目は、京都シネマで、ポーランド映画、『ソハの地下水道』を観る。
日本からはポーランドのイメージは遠くて薄いが、旧共産圏の中でも、ボーランドは映画の名作や名監督の宝庫である。この映画も、「灰とダイヤモンド」と並ぶボーランドの巨匠アンジェイ・ワイダの代表作、『地下水道』を意識した邦題がつけられている。
英語の原題では、「In Darkness」。暗闇の中で、ということになる。確かに、劇場も、暗闇の中だ。映画が終わり、あたりが明るくなった時、ボーランドの地下水道にいたぼくは、ここが平和な日本であることが、なんとも不思議な感覚になった。
毎年、2~3本は、必ずといっていいほど、ホロコースト物を観る(昨年なら、『アンネの追憶』がそうで、『善き人』の題材もそうだった)、もうやり尽くされた感があるが、まだまだ新鮮な材料がある。ある意味で、ボーランドが舞台で、隠れるという点では、、ロマン・ポランスキーのオスカー受賞作、『戦場のピアニスト』が思い出されるが、主人公は、ユダヤ人ではなく、かくまう側の小市民であることか特徴だ。
舞台は、ナチス支配下のポーランド。下水修理工の冴えない中年男ソハは、前科者だ。今もまた、本業とは別に、妻や病弱の娘を養うために、手下と空き巣を行なっては、糊口を凌いでいる。複雑にはりめぐられた地下水道を熟知して、盗品の隠し場所にもしている。
強盗となって逃げ帰る彼の横を、素っ裸で逃げまくる女性たちを、容赦なく乱射するナチスの姿。ユダヤ人への迫害は苛烈となり、強制収容所送りに怯える日々。ある日に、ゲットーの下水修理をしていた彼は、地下水道に逃れてきたユダヤ人たちと遭遇してしまった。当局に通報したらもらえる報奨金より、彼は、いのちと引き換えにそれ以上の金銭を要求し、また協力者として、食料と引き換えに金品を受け取ることにした。
しかし、あまりにも人数が多い。生きるものを彼ら自身が選別する現実。当たり前だが、迫害されたユダヤ人にだって、いろいろな人がいるのである。しかも、ナチスの執拗なユダヤ人狩りで、彼も疑惑の目で見られ、徐々に窮地に追い込まれていく。ナチスの横暴は、何ら罪のないポーランド人にも向けられているのだ。そして、ユダヤ人の金銭も尽きる時も来る。そこで、彼の獲った行動は、もう理性や理屈を超えたものである…。
図らずも、保身、出世のためにユダヤ人の友人を裏切り、ナチスの協力者とならざるえなくなった(もしくは、その善き生活を彼自身が選んだのであるが)小心の大学教授を悲劇を描いた『善き人』とは、まったく逆の立場の男が主人公だ。いや、保身のためにたナチスの協力者となる知識人もいれば、金のためには命懸けでユダヤ人を匿う立場になるコソ泥もいたのだが、共に、自らの哲学や理念があったわけではない、ごく普通の小市民である点では、まったく共通しているし、あるとすれば、人間性の違いではなく、催してきた業縁の違い、置かれた状況の違いだけかもしれない。
実話に基づく衝撃作だが、ラストの映像のあとで、その後の彼の生涯がテロップされる。その数奇な生涯が、もっとも衝撃的だったかもしれない。
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