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無明の酒に酔う

 今夜は、飮酒(おんじゅ)の罪を作る話である。

 日頃は、晩酌に、小カンのビールか、またはワインを飲み、少し足らずは、焼酎をロックで飲むのが、ぼくのいまの定番である。でも、若いころ~20代、30代初め~は、日本酒が一番好きだった。ビールを飲みとしても、それは夏のことで、秋・冬は、専ら、熱燗の日本酒を好んだ。それが、いつのまにか、冬でもビールになり、昔はほとんど飲まれなかった焼酎を飲むようになっていた。日本酒は、甘い口当たりや、後々に悪酔いする気がして、苦手になってきたのである。もちろん、お酒全般が苦手になってくれればいいのだが、残念ながら、酒量は増えていくようだ。

 ところが、父の好みは違う。50年以上、毎日、晩酌はせずに、夜食に寝酒していた。しかも、若い時から、ずっと日本酒が好きで、ぬる燗で飲み、あとはウィスキーを少し飲んでいる。

 しかも華光の皆さんは、けっこう親子のお酒の趣向をご存じで、父は皆さんから日本酒をいただき、ぼくは、ワインや焼酎をいただくことが多い。

 しかし、ご承知のとおり、休肝日もなく、毎晩、毎晩、寝酒をうれしそうに飲んでいた父が、3月に検査入院をしたのをきっかけに、ぴったりとお酒をやめたのだ。医者は、今程度の酒量なら、別にやめなくてもいいと言っていた。それが、「もう一生分を飲んだわ」といって、まったく見向きもしない。隣で飲んでいようが、懇親会でもお茶である(甘味ジュースは禁物)。ノン・アルコールも欲しがるそぶりもない。別に、強い決意があったわけでもないのに、米寿の祝いのときですから、勧められても、「もうやめましたから」と、自然体で断っていた。

Img_3079 いくら「止めた」といっても、まあ、たまには飲まれるのだろうと皆さんは、思っておられるのだろうか。当然、お中元やお歳暮でいただいた日本酒が、飲み屋が開けるぐらいたんまり溜まっていることを、正月前に発見した。しかも、八海山、久保田、Img_3109越乃寒梅に、賀茂鶴の大吟醸…と、銘酒揃いである。なかでも、高山の方から、ノンラベルで、「一般人が絶対に飲めことのない、最高級の極秘酒」と命名された、精米歩合35%!のお酒があって、今年のお屠蘇となった。

 というわけで、テンションのあがったぼくは、「さすがにお正月は、日本酒」だということで、以降は、日本酒とワイン三昧。

 お酒の酔いで、人生の苦をごまかしたとしても、結局、醒めれば迷いの闇が深くなるばかりだ。が、これだけは親鸞聖人の教えとはいえ、なかなか止められない。おゆるしくだされ。

 もとは無明の酒に酔ひて、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒をのみ好みめしあうて候ひつるに、仏の誓ひを聞きはじめしより、無明の酔ひもやうやう少しづつさめ、三毒をも少しつつ好まずして、阿弥陀仏の薬を常に好みめす身となりておはしましあうて候ふぞかし。(御消息集第二通)

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