京都御苑の九条家跡
総会を受けて、役員改選の手続きのために、裁判所にほど近い司法書士の事務所へ。大遠忌法要での講演会場となったハートピアからすぐの場所にある。自転車を漕いで25分というところだ。http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-72a7.html
待ち時間を利用して、目の前にある京都御苑を散策する。大遠忌にハートピアに来た人は、ちょっと覗いていかれればよかっただろうが、ほとんどの人が、会場と会館の直行だったのかもしれない。
寒い。時雨てはいないが、怪しい空模様。数日後には、御所の主がお出ましになる予定だが、まだ静寂にある。この時期、京都の観光寺院の人の多さには、ゲッソリするが、夕方ということもあって、ここは至って静かである。普段は通り道として利用されるだけでほとんど観光客の姿はない。そうか、これならわざわざ人込みの多い有名寺院にいかなくても、近場で、しかも無料で、紅葉が楽しめるのである。
今日は、御所ではなく、堺町御門にある旧九条家の跡地の庭を散策する。ご承知のとおり九条家といえば、法然聖人の庇護者であり、伝説では親鸞聖人の玉日姫の父ともいわれる九条兼実(かねざね)公が有名だが、五摂家の一つ九条家の邸宅が立っていた場所である。もともとは、現在の烏丸九条に九条家が長らくあって、『陶化御殿』と称されていたという。それが、明治維新の際,九条家は東京に移され,その邸宅は庶民の教育のため、寺子屋として整備され、これが陶化小学校の前進となったのである。なぜ、そんな事を話題にするかというと、その九条家跡地にたった陶化小学校の古い木造小学校が取り壊されてその古木材を買いつけて、旧華光会館の校舎のような建物が生まれたからである。その意味では、遠く華光会とも関連しているのである。そしてその九条家邸宅も、陶化小学校も、そして木造の華光会館もいまはもうないのである。
ただ、旧茶室と、平清盛が召喚したといわれ厳島神社と、少し変わった鳥居が残っていた。
鳥居の上に、一匹の鳥がいる。最初、置物がと思ったが、よく見ると生きている。鷺である。池の獲物でも狙っているのだろうか。
都会の中で、ここだは至って静寂の世界が広がっていた。
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