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2012年3月の12件の記事

大悲の発動

 生死勤苦(しょうじごんく)の本(もと)を抜かしめたまへ

 「法蔵比丘、この頌(讃仏偈)を説きをはりて、仏(世自在王仏)にまうしてまうさく、『やや、しかなり。世尊、われ無上正覚の心を発せり。願はくは仏、わがために広く経法を宣べたまへ。われまさに修行して仏国を摂取して、清浄に無量の妙土を荘厳すべし。われをして世においてすみやかに正覚を成りて、もろもろの生死勤苦の本を抜かしめたまへ』」と。『大無量寿経』

 真実の経である『大無量寿経』には、阿弥陀様のご本願(四十八願)が説かれています。では、そのご本願の根本になるお心は、「もろもろの衆生の生死勤苦の本を抜かしめん」というお言葉に凝縮されているのではないでしょうか。まさに、これが法蔵菩薩(阿弥陀様)の本源の願いなのです。

 「生死」(しょうじ)とは、生まれ死ぬことで、詳しくは、生、老、病、死の四苦のこと。「勤苦」(ごんく)とは、悩み苦しみのことです。この果てしない生死流転(るてん)の迷いの苦悩は、無明・愛執という迷いの心から生まれてくるというのです。つまり、私達、迷いの一切衆生が、生死流転の苦を繰り返す姿をご覧になった法蔵菩薩様は、それを哀れみ、大悲のお心から、私の生死の苦難を根本から抜きさるために、最高の仏の悟りを完成させたいと願われました。そのために、すべての生きとし生けるものを、我と同じ仏にしてみせるという広大な願いを起こされたのです。そして、その法蔵菩薩の願心が、具体的に発動して、私のためにお浄土が建立されてきました。五劫(ごこう)のご思案も、兆載永劫(ちょうさいようごう)のご修行も、すべてこの願心から発起しているのです。

 その私にかけられたこの阿弥陀様の根本の願い、お心を、よくよくお聞かせに預かるのが、真宗のご聴聞なのです。
 

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旅の終わりは、旅の始まり

 法話大会、真宗カウンセリングWSと、その準備段階からの怒濤の10日間が終わった。

 たぶん、ぼくの人生においても、こんな経験はできないであろうという貴重な日々を過ごさせてもらった気がしている。

 1月に一区切りついて、ある方から、「長い旅がおわりましたね」とコメントをいただいて、涙になったけれど、完全に終わった感はなかった。一区切りついたのは事実だけれども、前に進む感が、まだ育っていなかったのであろう。

 それからの方が、身の回りに困ったことや想定外のこと、つまりこんなことは絶対に起ってほしくないということなどが起ってきたけれども、でも、おかけで、どっしりと仏法に腹の座った同行方に支えられて、逃げることなくあの場に立たせてもらうことができた。それは、いろいろものが剥がされて凡夫の姿になっていく自分に出会わせてもらうことであり、どこで自分が聴聞していくのかを教えてもらったわけです。

 それもこれも、結局、みんな、ぼくに仏法を聞かせる為の権仮の仁の現れなんですよね。どんな対応も、どんな態度も、すべてぼくの心にあるものを教えてくださっている。

 これまでの聞法の枠を破られる「法話大会」の充実ぶり。

 そして「これがぼくのめざす真宗カウンセリングです」と言い切らせてもらった、広島カウンセリングWSでの出会い。

 辛い日もあったけれども、何かが死んだというより、何かが弾けて脱皮して、より自分に近い露な自己が現れてきたときに、いろいろなものに、出会い直してる。他の人ではなくて、自分自身に出会い直していく。

 ひとつ苦しい旅が終わった感はあるけれど、それは同時に、次ぎの旅への始まりだったようですね。

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広島真宗カウンセリンWSのお誘い

   週末(24日(土)・25日(日)に、大遠忌事業の目玉のひとつ、法話大会がやってくる。楽しみ半分、初めてのことで、多少の心配もあるが、準備はかなり前から進んでいる。法話大会を終えてから、27日(火)・28日(水)・29日(木)は、広島での真宗カウンセリングWSの予定である。広島では、3月と8月の年二回、2泊3日の真宗カウンセリングWSを開催している。昨年3月は、たまたま葬儀と、税務調査が入って、8月のWSに世話人を変更にしてもらったので、7ケ月ぶりだ。

 ただ、法話大会と連続する強行日程なので、広島支部の皆さんの参加の出足は鈍い。それでも、広島の僧侶の方(法話大会に出講される方も含む)も含めて、開催人数は集まっている。

 会場は、廿日市市の山の手にある天然温泉の施設だ。

 M先生から、いつもの神田山荘が一杯で、廿日市市になったと聞いたので、昨年開催した宮島口のホテルかと尋ねた。すると、

 「いいえ、以前開催した、アルカイダです」、とのお返事。

 エー! 恐ろしい~~。すぐに言い間違いなのは理解したけれど、あんまりおかしかったので、あえて訂正するのはやめておいて、ネタにしようと心に決めた。正確には、廿日市市の アルカディア(ビレッジ)である。 

 確かに似ているけどれ、けっして、念仏テロリスト養成所ではありませので、ご安心して、お申し込みください。

 まだ、受付中である。以下を参照ください。

http://www.saikyoji.net/2012.3dpa_ws.pdf

http://dbpca.web.fc2.com/details/20120327.html

 ちなみに、温泉の名前は、極楽寺山温泉。

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あっちこっちに

Img_0010 日高支部法座。法座の前に月忌参りのために出かけると、あっちこっちに、大遠忌のポスターが張ってあった。写真は、ほんの一部だが、なにかうれしいな、照れくさいような気分だ。

 前回、50年前の700回大遠忌。華光会館が、台風の被害を受けて、2年延期されたので、正確には、48年前に行なわれことになっている。HPでは、その時の写真を見ることができるが、Img_0018_2http://homepage3.nifty.com/keko-kai/750.html#a1日高(当時は江原)の人達も多数参加されている。今夜お参りの皆さんも、お子さんをつれてお練り(お稚児さん)にも、参加されている。お参りの皆さんと、改めて写真を見ると、感慨も一入。ぼくも、2歳で、頭をやけどした後なので、包帯姿で参加している。そのImg_0016時の中心メンバーのお一人が、日高の谷本政雄氏だった。ご子息の滝雄氏は、のぼりをもって、行列を先導されている。

 彼が発案されもので、いまでも華光会で受け継がれているのが、5月の永代経法座と、夏のご旧跡巡拝の旅(聞法旅行)だ。その第1回が、越後のごImg_0013旧跡巡拝であった。昨年、大遠忌記念事業として、再訪問した。お参りにいった同人宅で、その時の遺品が目に留まった。43年前、流罪の地の浜で拾われた小石である。

 伊藤康善先生のことも話題にでたが、この地との関係も深い。前号の誌上法話のI先生もこの地で、後生の夜明けをされたのだ。しかし、誰の人にも、老、死は平等にやってくる。、皆、高齢になられたり、病に倒れられたり、または亡くなる同人も多くて、なかなか京都までお参りも難しくなっておられる。しかし、なんとか、9月の大遠忌に参加してもらいたいと、至れり尽くせりの方法が、計画中だと聞いている。なかなか、2度も大遠忌に参加できるのは稀なことなのである。

Img_0014 しかし、単なる過去を懐かしむだけではない。9月の大遠忌法要の責任者は、この日高支部長のRさんであることも、なにかのご因縁であろう。悟朗先生の名前の一字をもらわれた彼もまた、前回の大遠忌の稚児行列に参加されているそうだ。

 その悟朗先生の、50年以上前の、若いころの懐かしい写真も飾ってあった。みな念仏一筋の強信なお同行さんたちであった。

 人数はかなり減ったが、このお仏壇の前で、今夜もご法座勤まったのだ。

 右の写真の右端が、谷本政雄氏で47ある。この写真で生存者は、悟朗先生と、あともうお一人だけだ。その横の男の子も、昨年、50代半ばで、急死されている。その後ろがお母さんで、「バン、バン、バン」と撃ってもらわねばならない妙好人であるが、今回の法座から日高の町にはおられない。滝雄さん、艶子さん、そしてS代さんがいない日高法座など、ぼくには考えられないことだった。それが無常の現実なのである。

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卒業式

 週末は、日高支部法座。月忌参りのスタートを少し遅らしてもらって、長女の卒業式に出席した。

S6410005_2 小学校の卒業式。都会の学校とは一味違い、学校一丸となった卒業式だった。式自体も2時間と長いものだったが、形式的な部分少なく、ダレルことなく進んでいった。証書授与式も、ただ受け取るだけでなく、一人一人が、大きな声で感謝の一言、未来の一言、お別れの一言などを一言発してから、受け取る嗜好だった。

 そして、お別れの言葉と、贈る言葉だけでも、30分近くあった。全校生徒が、卒業生、在校生が向き合い、交合に声を揃えて受け答えをし、その合間にはお互いが歌を歌って送るというもの。その間、一人一人の写真と一言が、プロジェクターで映し出されるなど、種々に演出されていた。なによりも、児童が生徒が一丸となった、元気な姿には感心させらさた。地域と一体感も含めて、これだけでも、学校を卒業することを誇りに思うことだろう。

 改めて、わが子を眺める。体格はかなり小さめで、まだ誕生日前なので12歳にもなってはいない。しかも髪を短くボーイシュにしてるので、かなり小顔だ。それでも、ちょっと硬めのスーツを着ている姿に、大人びた表情も見え隠れしている。4月から、中学生になるんだなーと思うと、感慨も一入だ。教室内では、みんなとワイワイ、楽しそうに記念撮影している。やっと家族で1枚撮ってもらった。しかし残念ながら、ぼくはここでお別れだ。

 感慨を胸に、強い雨の中、豊岡を目指して車を走らせる。今日は、なぜか高速道路は、ひどく混雑していた。

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初仕事

 華光誌の本体作業が、やっと終わった。

 今号は、新人の事務員の初華光誌である。それで、いつもより10日ほど早く取りかかっていたの、ぼくの仕事は、多少は、余裕があった。しかし、1月から勤め出した、T氏にすれば、かなりまとまった初仕事で、悪戦苦闘ながら、よく頑張ってくれた。ムラ君も、1週間に1度は事務所にはいって、指導してくれたおかげもあって、案外スムーズで、予定どおりに、印刷所に渡せて、ほんとうにほっとした。両Tさん、ご苦労さまでした。

 でも、彼には、これからすぐに始まる、3月の「法話大会」の責任者でもあるので、引き続き、一頑張りしてせらわないといけない。

 たいへんなようだが、やりがいのある仕事で、またリズムのある生活が続くので、ずいぶん、体調はよくなっていて、ずいぶん食欲も旺盛だ。

 ぼくは、本体は終わっても、発送までに、数々の行事の案内状の作成がまっている。4月の「真宗法座の集い」は、華光誌の本体に。5月の「永代経法要」の案内、6月の「東京講習会」(第2回・正信偈)、8月の「仏の子供大会」、そして9月の「大遠忌法要」は、チラシと、案内状、米寿祝いの案内に、申込状と盛り沢山だ。

 法話大会までには仕上げないと、発送に間に合わない。

 華光誌の発送は、4月2日(月)の予定。

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一斉清掃

  朝から、自治会(南区全域ですが)の一斉清掃に、子供と参加する。

 前回が、遠足で中止になったこともあるが、小さなものでも結構なゴミである。タバコの吸殻がダントツで多い。次ぎに、タバコの空き箱だ。酷いものは、コンビニ前に街路樹に、車の灰皿から捨てられたのか、吸殻の大量の山である。ほかには、プラステックの破片や開封後のセロハンが多かった。案外、空き缶なども少なめ。子供も、競争のようにゴミを集めて、町内を一周した。大物はなくても、結構な量になった。天気もよくて、温かだったこともあるが、かなりきれいになって、気分はいい。

 でも夕方、歩いていると、もう新たな吸殻がたくさん捨ててある。ヤレヤレだ。タバコの好き嫌い以前に、喫煙家の仕業なのだから、マナーを徹底すれば、なくせるゴミなのにね。残念。

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大阪市立科学館

Img_7327 先月のキッズブラザに続いて、今月も、大阪市立科学館に、初めて出かけた。

 大阪の中之島まで。JRではなくて、京阪を利用した。あまり乗らないので、2階建ての特急が珍しいと喜んでいた下の子だImg_7313ったが、すぐに熟睡する。初めて中之島線も利用して、1時間強で、到着した。

 入り口には、西村真琴氏の学天則(複製)。『帝都物語』でも活躍したのを覚えている。

4階、3階と展示を見ていてるが、時間になって、お目当ての、プラネタリウム劇場での、全天周映像である。HAYABUSA -Back to the Earth- が上映される。満席で、長蛇の列だ。展示はなくてImg_7248も、これだけ見に来る人もあるようだ。口コミで、迫力ある映像だと聞いていたし、上映前も、気分が悪くなった場合の注意まであったが、ちょっと大げさだと、子供たちは笑っている。ところが、実際、メガネをかけないとみれない3Dなど比べものにならないほどで、まさに体が、宇宙船と一緒に動くのImg_7260である。子供たちは、いまでもイスごと動いたと信じている。以前、サントリーホールの3Dに感銘していたので、それを尋ねると、船酔いのように気分が悪くなって、頭が痛いと言う始末であるが、それほどの大迫力。内容は、はやぶさが、まるでいのちのある生き物ように、自らの力で奇跡の帰還をするまでのもの。

Img_7239 子供たちは、ゲーム感覚で遊べる展示を喜んでいたが、上の子は、、静電気と乾電池では、自ら人間電池になって電気をつけた。そして、虹を材料にした2つのセイエンス・ショーも見て、けっこう楽しそうだった。

 発電のところで、走ったり、回したImg_7253り、漕いだりしながら、電気を起こすことが楽しかったようだが、ぼくは、何気なく並べられた原子力発電の展示に興味をもった。原発の仕組みや、ウランについての提示もある。どう考えても、福島以前の感覚。1fフロアー全体が、電気のコーナーなのである。
 そういえは、ビルの前には、国立国際美術館を挟んで、関西電力の本社ビル。なにか関係あったんだImg_7287ろうなー。美術館で、草間弥生の展示があったが、時間の都合で行けずに残念。

 ちなみに、右は、に見えない放射線を可視化したもの。金曜日にみた映画(アンダー・コントロール)の冒頭とImg_7296同じだった。

 左は、ゲーム感覚の核分裂連鎖反応のシュミレーション。ひとつが弾けると、ポッImg_7322_3プコーンのように、次々と誘発されて弾けていくので夢中になって見ていく。しかし、わけも分からず、何度もみんな楽しんでいたけど、よく考えると、怖い話だー。

 とにかく、子供たちは楽しかったようだし、ぼくもすっかり気分転換。

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真宗の教相判釈(1)

 3月の伝道研究会。

 1月から、教相判釈に入っている。
 教相判釈とは、教判(きょうはん)とも略されるが、釈尊一代仏教の相状差別を、批判し解釈するという意味だ。八万四千といわれる釈尊の教門は、対機説法で、千差万別の一代仏教の教義を組織的に統一して、自ら信奉する教義の地位を開明する「仏教統一論」ということが出来るもので、古来より、それぞれの宗派にある。同時に、これは「教門廃立論」をも意味しており、一宗の必要条件となり、これによって、自宗の優越性を示そうとするものである。

 特に、親鸞聖人は、自ら一宗開宗し、教祖たらんという思い毛は頭なく、あくまでも、恩師法然上人の真宗を明かにしようとするものである。そこには、自ら己が生死出ずべき道に身命ををかけられた求道歴といっていい。血みどろの求道の果てに、ついに三願転入の体験を経て、そこには唯一の成仏道を身証し発見しえた、法悦と仏徳讃嘆の叫びとして理解すべき性質ものである。従って、そこに貫かれている求道実践の精神を見逃しては、宗祖の教判の真意を得ることは出来ないのであろう。

 その宗祖の教判には、(1)二双四重判(二権二実の立場)から、(2)真・仮・偽判(三権一実の立場で、真宗の絶対性を示す)、そして(3)一乗海釈等である。

 そのうち、2月に(1)二双四重判を窺い、今月は、(2)真・仮・偽判に入った。

内道(仏道)  真=横超・十八願(浄土真宗)          一実
        仮=竪超・竪出(聖道の諸機)・横出(定散二善)三権

外道     偽=六十二見・九十五種の邪道

 特に、仏道を目指すが、あくまでも、「真」にいたる為の方便として、暫用還廃の立場とをとる「仮」と、そして、宗教を名乗りながらも、迷信・俗信の類で、仏道とはことなる「偽」の立場を明確にされている特色がある。つまり、絶対判ありながら、単になる「真」と「偽」の二項対立ではなく、「真」に至る「仮」の立場を示されたところにも意味があるのだ。逆にいうと、「偽」はどこまで真摯であっても、「偽」の立場を離れられない、捨てものだといっていい。

 文章にすると、たいへん難しく感じられる方もあろうが、具体例やこれまて学んだことの投げかけ、復習をしながら、丁寧に進行している。4月は、真・仮・偽判の続きからである。

 ◎4月4日(水)夜7時30分~9時50分。ただし、華光同人が対象です。

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免許更新

 5年ぶりに免許の更新に行く。

 視力検査があるのでコンタクトをしようと洗っていたら、割れてしまった。ああ、こんな時でショックだよね。別に、乱暴に扱ったわけではないが、かなり使用しているので仕方ないけどね。もっとも、手許が、どんどん見辛くなってきている。もしかして、遠近両用になるのかなー。
 仕方がないので、ワン・ディーに切れ替えたが、ちょっと不安定だが、別に問題はない。

 今回,変わっていたのは、ICが導入されていることだ。8桁の暗証番号がいる。この手のものは、四十八願の中で、行、信、証の成就文の三願とか、三願的証でいくとか、三願転入を組み合わせるなどを考えると、結構覚えやすい。もっとも、あっちこっち暗証番号だらけで、どこで、どれとどれを組み合わせたのかとなると、ややこしいですが。ただ、番号を書かなくても、「三願的証」と書いておければ、他人には分からないのが便利。でも、泥棒が、念仏者だとマヅいでしょうが…。

 更新は、ずっと5年事だった。40、45、50、55、60…とちょうどキリがいい年齢になるなと、勝手に思っていたが、残念、そうはいかなくなった。まあ、それより、ちょっとゾッとしたのは、「70歳以上は高齢者の教習があります」という話。遠い話のように聞いていたが、なんのことはない。もう3回更新したら4回目には、高齢者である。

 もっとも、それまで生きているつもりでいるのだから、ほんとうは、そっちの方がゾッとせねばならいなけどね。

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阿弥陀様からのお手紙

 高山のご法話は3席。

 まず、称名破満では、名を称する、一切の衆生の無明を破り、志願を満たしてくださるご利益について、いま、私に即して破られる無明とは何か、また満たされる志願とは何かを、お取り次ぎした。とくに、志願については、得難い人身を得て、聞き難い仏法を聞かせていたいだところで語らないと、単なる人間の欲望に終わってしまう。逆にいうと、衆生の志願が満ちることは、如来様の願いが成就することと合わせ鏡であるのだ。

 では、如来様の願いとは何か。
 どう私を願ってくださっているのか。
 それは、私のどこに願いがかかっているのか。

 それを、今回は、法蔵菩薩の発願について(讃仏偈以下の世自在王仏と法蔵比丘との問答)の選択のおこころについて、「大無量寿経」にあたりながら1座。そして同じく、そこを親鸞様が「正信偈」で歌われた「法蔵菩薩因位時~重誓名声聞十方」の六句で、1座話した。次回の法座では、そこを踏まえて四十八願の内容に展開していきたい。

 といっても、堅い聖教の話だけでは、みんな退屈される。

 本願寺から出ていた子供向け教材にあった、42歳にで亡くなった僧侶(父親)の、『子らへ』という手紙(詩)を音読した。
 そこには、世間の出世や成功はどうでもいい。ただ、お念仏の教え聞き、仏様のためにいのちを投げ出す人になってほしいという親の願いが伝わってくる。しかし、これは、あくまでも人間の親の願いである。だから、その願いは子供たちの成長への願望に近い。

 では、人間の親ではない、阿弥陀様は、どう私に呼びかけ、願いをかけてくださっているのか。どんな人間に成れと言われているか。どうして来いと呼びかけられているのか。それぞれが、自分の言葉で、実際に書いてもらった。

 「○○(自分の名)へ。 
 ………………………………………………
 ………………………………………………
 ………………………………………………
 ………………………………………………
 これが弥陀の願いです」

 みんな、真剣に取り組まれた。
 そして、ひとつとして同じ手紙はなかった。しかも、阿弥陀様の本願が信じられない、頷けないと嘆き、悩み苦しんでおられる求道者のほど、阿弥陀様からのお手紙は、熱く、そして有り難かった。

 ただ書くだけでなく、声に出して読んでもらった。時に、何度も読んでもらった。時に、ぼくが読み聞かせしたりもした。

 ご自分の悩みに即した願いが、かかっているんだなー。まさに、何の条件も、見返りもないでのある。直ちに来れ、そのまま来れ、早く帰ってお出での呼び声が、それぞれの人の具体的な苦しみに即して響いてきた。一同、その阿弥陀様のお名前を呼ばせていただくしかなかった。

 自分の口から出た言葉を、そのまま、ただ聞くだけで満ちる世界があったのだ。

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

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高山法座~B級グルメ編~

  高山支部法座。

Img_7208 3月になって、関西は温かい日が続いてる。車中も、日差しがさしてかなり暖かい。3月上旬の高山の寒さは、まだまだ侮れないか、さすがに今日は大丈夫だろう。下呂までは、まったく雪もない。ところが、下呂を過ぎると、急に景色が一変した。3000M級の山に囲まれた高地の盆地である。といてっも、寒冷地Img_7219のわりに、雪はけっして多くはないそうだか、京都からみるとこの雪景色は珍しい。駅に、降りたった瞬間、冷気を感じる。空気の張り具合が違うのである。

 夜からの法座を前に、腹ごしらえをする。会場近くのB級グルメで有名な国八食堂へ。お店には京都からバスできた仏青の子が待ってImg_7213いた。真夏には、灼熱地獄(←不適切な表現か)のようだが、この時期は快適だ。いつものように、豆腐定食を注文し、ホルモンとイカ焼きも食べた。これは3人前。丼飯にのせて食べる。おいしいのだが、少々味が濃い。食べ進むと最後にはノドが乾くが、豆腐自体はあっさりしているので、それほどは気にならない。ただ、ビールが欲しくなるのが、難点だ。Img_7214

ところで、夜の懇親会では、必ず、中華そばが出る。作てくれる人を称して、サミ・ラーメンといっているが、高山で、ラーメンといえば、中華そばが有名である。それが、今日は、ラーメンの前に、餃子が出た。しっかりした生地で、おいしかった。高山の中華そばに続いて、餃子を売り出すのかと聞いたら、これはまた別のものだとのこと。

  帰路には、海の幸をいただいた。「高山で、なぜ魚なんですか」と尋ねに、「富山から近くて新鮮な魚がはいるので、都会よりずっとうまいですよ」との答え。なーるほど。

  そして、肴がうまいと、日本酒も美味い。水がいいからで、有名な造り酒屋も多くあって、いつもおいしくいただく。参加者のなかで、ワインを持参くださる方もあるので、いつも食べ過ぎ、飲みすぎに注意である。今回は、ぼくは時間厳守で、12時30分には切り上げた。このところいろいろあって、お疲れぎみなので、これは正解だったなー。あいらかず、3時すぎまで続いていたらしいが、きっと最後はグダグダだっことだろうなー(推測だけど)。

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