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2011年4月の19件の記事

かりもんブログ休止のお知らせ(2)

かりもんブログの休止に際して、たくさんの方からメールをいただきました。ありがとうごいさます。

  休止なのに、さっそく書き込んでいますが、もう少し事情も書かないと、ご心配をおかけするだけだと思って、パート2としました。

  これは前々から考えていたことです。どうもいい加減にすることができない質で、やりだすと毎晩書かずにおれず、そのためにかなりの時間を費やす場合もあり、深夜までPCの前に座りこむことばかりです。またけっこう書きたい記事があっても書き切れない欲求不満もあったりもしました。また、コメントや反応ををいただいら、とてもうれしいのですが、たまに対応に苦慮するものがあったのも事実です。もちろん、すべて当然のことなので、そんな苦楽を楽しみながら進んでいましたが、このところ、負担に思ったり、苦と思うことの方が多くなっていたのが、現実です。

結局、どれも当たり前のことです。また、もう少し間をあけて、たとえば、法座の案内とか事務的なお知らせのもので凌ごうかとも思いましたが、あることをきっかけにして、完全に止めようと思い立ちました。それで、当面は休止として、これからのことを考え直してみようと思っています。極端なことをいうと、残された人生(どれほどあるかしれませんが)何に時間を割いていくのか、何を中心に生きていくかを考えてみたいと思っています。

希望としては、また再開の予定ではいます。ただ、どのくらいの休養期間になるかはわかりませんし、その時の形もこれから考えてみようと思います。その時にはまたよろしくお願いします。

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かりもんブログ休止のお知らせ

 長年、皆さんにご愛顧いただいていた当ブログですが、一身上の事情により、しばらく休止することといたします。

 つきましては、今後コメントやTBも受け付けません。 コメントはできないか、場合によってはコメント出来ても標示されませんので、あしからずご了解ください。

 これまで皆さんに育てられ、かわいがっていただいていたのに、こんな突然のお知らせとなり、申し訳なく思っております。

 今後、再開されることがありましたら、その時はよろしくお願いします。

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見ていても見ていない

 久しぶりの日曜礼拝。年に1度、5月の花祭りの法話を担当しているが、急に、年忌法座が入ったので、4月の法話担当になった。

 子供向きなので、何か一工夫をしている。案外、少し発展させて大人の向けしたご法話が、寺院布教など受けがよかったりするのだ。

 今回は、「仏さまはどこにいらっしゃいますか」というのがテーマ。

 紙と鉛筆を配る。

 「仏様」は目には見えない。しかし、日曜礼拝でお話を聞いてる人達は、「仏様」のことは、分かっている、知っていると思っている。でも、ほんとうにそうなのかなー。

 ということで、まったく関係ないゲームで導入。 

 いま、日本で使われている硬貨は、7種類。1円、5円、10円、50円、100円と、500円玉だ。ほとんどの人が、毎日、見ているし、触れている。日本人なら、裏だろうが、表だろうが、ちょっと見ただけで、それが何円玉かまたたく間に分かる。みんなにみせたが、みんなよく知っていると言われる。そのことを疑う人はいない。ところで、この硬貨。すべてに、日本にゆかりの植物(花や木)が描かされていますね。名前の分からないものもあるでしょうが、大人の人は、7種類すべて、子どもたちは、簡単な 5円、50円、100円に描かれている植物を書いてください。みんなから、「エー」というどよめきが起こる。

 結果は……。(皆さんも、考えてみてください)

 どこかに桜があったなーとか、麦ですか(これは稲穂ですね)という答えもあったが、まともに答えられた人はほとんどいなかった。中には、「そんな花など描かれていますか」という人までもある。

 では、答えを確かめてみましょう、と実際に硬貨をみた。1円や10円は、見ても特定するには答えずらいが、あとは、よく分かる。また、みんなびっくりされている。毎日、何度も何度も見て、すぐに識別できるのにね。柄まで見ているはずなのに、一度も、意識していないと、ぼくたちの眼はこんな程度なのだ。

 別に、これを雑学的に知っていても、知らなくても、どーでもいいことだが、結局、ぼくたちの目は、いかに意識しないと何も見ているようで見ていないかだ。でも、その目を信じて、いつも知っている、分かっていると思いこんでいるのである。

 では、仏様はどうでしょうか。仏像ではない、仏様は、この目では見えない。目に見えない、耳に聞こえないことはいらっしゃらないのでしょうか。もしおられるとしたら、どこでしょうか。書いてくださいと言って、子供たちから発表してもらった。

 これが、いろいろあって(地獄から、お浄土、世界中、こころの中、いまここに、南無阿弥陀仏の声など)、また同時に子供たちの率直さに感心させられて、とても面白かった。これこそ、いくら教義的な正解を覚えても、まったく仕方がないことだ。私について離れない、阿弥陀様に遇わせてもらえたのか、どうかがなのだ。それが、どんな形で顕れてきてくださり、私に働きかけてくださっいるのかをお聞かせに預かるのである。

 そこを、子供向きに、「聞いてござる、見てござる、知ってござる」にからめてお話して、最後には、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」という、阿弥陀様の直々の呼び声をお聞かせにあずかっることで結んだが、あとの分級座談の様子をきいても、なかなかしっかり聞いてもらっていたようだと思った。

 法話が終了したら、夕方には、さっそく同人MLと仏青MLで法話音声が聞けるようになっていて、またびっくり。

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土曜日の朝、昼、夜

Img_4493 土曜日。朝、起きてきたら連れ合いが出かけていたので、午前中は子ども連れて、近所に公園に遊び行く。曇っていて、風も強い。下の子は自転車の練習。上の子とぼくは、Jボードに乗ったり、かっこをした。毎日、駅伝の練習をしているので、もうぼくより早く走れるかもしれない。それより、ぼくが歳をとったのかもしれない。公園の桜ははほとんど散っていて、青葉がImg_4498まぶしくなってきた。写真の右下に、不思議な青い球体を発見。なんだろうか?…。

 拡大してみたら、子供が蹴っていたボールと判明。

Img_4499 公園の隣の空き地には、西本願寺の大遠忌の団体参拝用の観光バスがずらっと並んでいる。本山の駐車では足りなくて、十条通沿いにある空き地が利用されている。たまたま任天堂の本部の拡張工事などもあって、大型の空き地がたくさんあるのだ。帰りにちょっと覗いたら、滋賀県と兵庫県教区のバス。兵庫県は、お待ちうけ法要の講師でお世話になった宍粟組からのものだった。

 用意してあったお昼を食べさせて、急いで後片付けをしてから、華光誌輪読法座に臨む。すっかり顔ぶれが固定してきたが、それても少しは珍しい顔もチラホラある。しばらくはこの少人数で、車座になって進行する集いでいくのだろう。今朝は、団体席空きを教えてもらって、法要にお参りしてたきたという方もあったが、日頃はお手伝いもされているので、少しは内情もお聞きした。

 今回は、70-2号、若手の先生の巻頭言、「聞即信の教え」を読む。何を聞くのか、どう聞くのかをということを、短い文章に要点が押しこまれているので、行と行の間をかなり補足しながら、進んでいった。

 本文中の冒頭は、「仏法は聴聞にきはまる」というように、真宗は「聞即信」の教えだ、とさらっと始まるのだが、ここで質問がでた。「この聴聞と、『聞』は同じなんですか。それならなぜ『仏法は聞にきはまる』ではないんですか」と。その方のおっしゃるとおりで、普通は、ただ漫然とお寺での説教聴聞を、何度も重ねていくことが聴聞だと理解されている。そして、その聴き方など問われないで、ただ回数重ねることが大切なよさ意味で使われている。とにかく聞かないとだめだというのである。確かに、そんな一面もあろう。一方で、「聞即信」は、このあとで解説されるように、時剋の極促をあらわす、聞信の一念の端的の「聞」である。

 それでは、真宗で言う聴聞とは、どういうことなのか。聴の字は…、聞の字は…、親鸞様の左訓では…、ほかに蓮如さまはどう言われているのかなどと考えながらて、結局、何を、そしてどう聞くことなのかを詰めていった。すると、普段使っている聴聞会などの聴聞の意味合いとは違い、ただ得手に漫然と聞くよう聴き方を指すのでも、重ねて(いわゆる修得的な意味合い)聞くことでもなくて、わか身の信心決定と離れたところではなく、きっちりと角が定まったのが聴聞なのであって、それは会得即体得ともいうべきものが聴聞だということが、かなり明確になってきた。その意味では、広義では、一般での聴聞の意味もあろうが、しかし、究極のところは、聞即信の聴聞が真意であって、その信心獲得と離れたところに聴聞はないといっていいのだ。ほかにも、「二度文章に出る『聞きもの』は同じなのか」とか、ひとりで読んでいては疑問にならないようなところの質問が出てきて、面白かった。

 残り時間で、「無我についての」聖教のこころ。これは、『後生の一大事』の増補の要点をコンパクトにしたのもなので、その流れで、少し『後生の一大事』を読んできいたもらった。

 終了時間に合わせて、夕方から夜には、町内会の初会合。最初の役員会議だか、今回は、組長(班長ですね)も順番だったので、ある意味、1度ですんで助かった。2度目の役員なので、だいたいの見当がついているので、かなり余裕もある。ほかの顔ぶれも、よく知っている人が多かったので、うまくいきそうだ。ただ、ぼくは町内の3大行事(地蔵盆、バス旅行、そして学区運動会)は、すべて地方出張法座と重なって、出席できそうにない。特に、バス旅行は、震災と、知恩院の大遠忌が秋にずれこむこともあって、確保が難しく、日程が固定されてしまった。ぼくの代わりに連れ合いと子供たちに活躍してもらおう。

 夜には、仏青の人たちが、6月の仏青研修会と、仏青通信の発送のために集まってきていた。もう仏青の世代ではないが、今回は、多忙な時に通信の記事の依頼をうけたので、久しぶりに短い記事を書いている。初編集だか、とてもうまくまとめている。子供たちはバレエ教室だったので、ひとりで夕食を食べ台所を後片付けをしたら、けっこうな時間だったが、少しだけ事務仕事を片づけて…、そして、ブログやメールをして……、こんな感じで1日が終了していった。

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法然展(法然~生涯と美術~)

Img_4475 法然上人八百回忌を迎えて、国立京都博物館で、法然~生涯と美術~、いわゆる法然展が開かれている。

 法然上人のお心の一端に触れるようで、深い感銘を受けて、軽い興奮状態でいる。

  このところの京博や美術館の人気のImg_4476特別展は、長蛇の列(1時間、2時間は当たり前)で、待つ覚悟せねばならない。中に入っても、頭越しで観ることになる。当然、京都市美術館の親鸞展と合わせて、今回もそのつもりではいた。それで、なるべく団体客が多い午前中は避けて、夜間延長のある金曜日の夕方を狙った。

 ところがである。会場について、びっくりした。閑散としているのでImg_4479ある。チケット売れ場も入り口も人が並んでいない。といより、誰も人がいないのだ。絶対に無理だろうと止めてた博物館内の駐車場もガラガラだ。

 3月、4月に予定されていた知恩院の大遠忌が、東日本大震災の影響で延期となって、大方の団体客はキャンセルになったのだろう。そこに国内旅行も自粛ムード、外国人は激減の状況では、仕方がないことだろうが、とにかく拍子抜けした。「いらっしゃいませ」と、Img_4480声をかけた警備員に思わず、「空いてますね」と言ったら、苦笑いされていた。

 もちろん、鑑賞側としては、こんな有り難いことはない。どの部屋も、10名以下で、ゆったりと鑑賞することができたからだ。入り口で、音声ガイドを購入。竹下景子がナレーションだが、しっかりした監修・解説をついている。

 主な展示品が、ここに一部紹介されている。http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110326/tokubetsu.html

 今回は、(1)法然の生涯と思想、(2)法然の報恩と念仏の継承の、大きく2部構成に分かれ、その中が、1部なら、➀「念仏への道」、➁「浄土開宗」、➂「帰依した人々」、➃「念仏信仰の広がり」、➄「専修念仏への批判」と5分類されている。

 そしてすべての軸になるのが、法然上人の伝記絵巻の集大成ともいえる、国宝「法然上人絵伝」(京都・知恩院蔵)である。四十八巻に及ぶ壮大な絵巻で、いわゆる四十八巻伝といわれるので、どの部屋も常にこれをもとに、上人のご生涯と、専修念仏の発展のみ跡をたどる構成になっていた。

  実は、ぼくは、いまから約30年前の昭和57年に、法然上人の生誕850年を記念した、「知恩院と法然上人絵伝」展を、やはりこの京博の同じ場所で観ている。しかし、まだ二十歳前の学生で、ほんとうの価値も分かっていなかったのだろう。

 いまでも、その美術的、芸術的な価値は知らないが、いろいろと感銘を受けた。そのうちのいくつかを思いつくままの述べてみたいが、長くなったので、今夜はここまで終了して、続きは明日以降へ。

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『後生の一大事』~蓮如上人の御教化~作業完了!

 増補新版・『後生の一大事』~蓮如上人の御教化~の作業が終わった。

 今日は、改めて表紙の相談と、その後、契約を行なった。

 表紙やオビのことばは、『三帖和讃』同様、すべて出版社におまかせである。

 前回版に、増補する形で一章増えるだけなので、それほど作業は難しくないと思っていたが、かなり文字の統一に手こずった。最終校(念校)だというのに、たぶん-15ヶ所くらいの訂正がまだあった。別に、間違いではないのだが、統一をしたいというだけのことである。たとえば、「ご恩」にするのか「御恩」にするのか、わかりやすく「いわれ」としていも、お経の引文は、「いはれ」となっていたりする。そのほかに、『』と、「」の使い分け、➀と(1)などの番号のグレードの問題など、前回出版では、かなり飛ばしている部分があったのだ。

 それでも、完璧とはいえない。なにぶん、全8章だが、いちばん古いもので昭和51年、新しいものは平成7年と、実に22年の開きがあるからだ。表現も当然、異なってくる。いちばん古いものでは、「もう50歳を越えまして」と話題が出てくるのだが、それから、すでに35年経過しているのだ。

 仏教書店やネットで販売されるのは、5月半ばからになる。ただし、華光会館では、今回の「永代経法要」に販売してもらえるように、頑張って作業した。それで、永代経の前日には、会館に納入される段取りである。

 前回は、ぼくが版下も作った手作りなのだが、今回は、その点でもスッキリしている。引文も第2版で統一してたりしいるので、新しいものだと思って、ご購入のほどをよろしくお願いします。値段も手頃ですよ。

 題 名:『後生の一大事』~蓮如上人の御教化~

 著 者:増井悟朗

 出版社:白馬社

 価格(内税):1,260円
  (先に法蔵館から出版された、法話集第2集・増補『念仏の雄叫び』と、同じ値段にすることができた。

Img_4491  目 次: 
   
はじめに
 (1)吉崎での蓮如上人
 (2)後生の一大事
 (3)決定(けつじょう)のこころ
 (4)蓮如上人の御教化の根源
 (5)五重(ごじゅう)の義と信心往生
 (6)『領解文』について
 (7)無我について)
 (8)仏教の因果論
   
おわりに

 なお、この表紙は、あくまで参考用で、訂正箇所もあります。上品な静かな感じ。題字の揮毫は、悟朗先生。

 発売予定日:5月10日 (アマゾンでも購入できます)

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永代経法座の〆切迫る

 4月29日から5月1日の2泊3日間、華光会館で、永代経法座が勤まります。宿泊・食事の申込みが、今週の15日(金)と、間近に迫ってます。

 遠方の方で、宿泊を希望される方は、お早めにお申し込みください。特に、当番支部の方も忘れずにお願いします。

 華光の法座は、単なる追善供養ではありません。法要も、昼座のみで、ほとんどが、法話と座談会の法座です。3日間、7座に渡って、たっぷりあります。特に今回は、7名のご講師が揃います。全日程ではなですが先生方が充実していて、ぼくも担当が1座だけ。老若のご講師が揃われます。法要の法中には、女性も、新人も登場。もっとも、この方は、本山の勤式指導所の出身なので、こちらがご指導を仰がないといけませんが…。

 また今回の法要では、東日本大震災での物故者法要も併修する予定です。同人の方々からも、義援金が寄せられいますので、小さなことしかできませんが、すこしでも同人一同、心を合わせてまいりたいと願っております。

 今回は、東京支部がお当番。東京支部といっても、関東一円。早くから参加を希望されていた岩手の同人は、残念ながらキャンセルになり、復旧支援で仕事が多忙になっておられたりと、まったく予期せぬ事態となっています。

 しかし、こんな時期だからこそ、しっかりと焦点を合わせて、ご聴聞させていただきたいものですね。全日程でなくても、1日でも、また1座でも出席いただけます。ご講師の担当場所は、いま調整中です。詳細は、華光会館にお問い合わせください。

 日時は以下の通り。

4月29日(金・祝)昼座(法要・法話・座談)
                        夜座19時~21時30分(法話・座談)

   30日(土)   朝座9時~12時(法話・座談)
                      昼座133時30分~17時(法要・法話・座談)
                      夜座19時~21時30分(法話・座談)

5月 1日(日)  朝座9時~12時(法話・座談)
                    昼座13時30分~16時30分(法要・法話・座談)

 詳しくは、以下でご確認ください。ここから、お申し込みもできます。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/event/2011/details/04/eitaikyo2011-4.htm

(HPは当番が仏青になっていますが、東京支部です。訂正しておきます)

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散る桜、残る桜も、散る桜

Img_4309_2  先週は、伝道研究会、岡山法座、福岡での九州支部法座と続いたが、出張法座の移動中は、「後生の一大事』の校正作業があった。

 今日、やっと「あとがき」を仕上げたので、あとは最終校正の提出のところまでこぎつけた。Img_4305

 ところで、今回の出版を依頼している白馬社には、今回の事故危機を予告したかのような福井での原発の危機管理の問題点を指摘する本(『生き残れない原子力防災計画』)を出版されていて、例の広瀬隆氏が推薦している。http://www.hakubasha.co.jp/products/detail.php?product_id=74&PHPSESSID=27cd4192012db00fad8fec95acfe20af  Img_4460事故後、たいへんな売れ行きだそうだが、まさに今生の一大事の代表である。売れ行き好調でも、社長の愁いは深まるばかりだ。

 お会いする度毎に、今回の原発事故の真相と、報道のあり方、そして絶望的な危機状況の詳細をお話してくださるのだか、こちらも、Img_4461気が滅入ってくるような深刻なお話ばかり。放射性物質の漏出防止の目処はまったくもって立っていない危機的状況が続いているのである。

 まあそれはともかく、今日は、好天で、初夏の陽気で、気持ちがいImg_4462い。自力整体のあとで、梅小路公園を少し散策した。

 1週間前に通ったときは、圧倒的な桜Img_4457だった。

 しかし、「散る桜、残る桜も、散る桜」で、上の写真のように、もう散っていた。同じ桜の木ですがね、1週間で、こんなになったけど、これはこれで、またきれい。
 ほかにも、ソメイヨシノや他の花もきれいに咲いていて、本来なら心がウキウキする季節。

 でもね、晴々とした空と、見事な桜を前にしても、こんなに心が弾まない春は初めてかもしれないなー。
Img_4316

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福間海岸

Img_4434 福岡の法座は、博多と北九州の中間で、博多よりにある福津市の福間海岸が会場だ。

 すぐ目の前が海岸だ。食事時が前後の休憩時間には、いつも海岸を散歩している。Img_4440

 仏青の人達と、またしても11月生れのルカ子ちゃんと夕方の海を散策。これで、昨年生まれた仏青の親たらの赤ちゃんを、すべて抱っこさせてもらうことができた。子供大会出身者の二人の赤ちゃんと思うと、まったく感無量だ。

 海岸を歩きながら、「いま、津波が来たらどこに逃げるかー。目の前のImg_4430ビルは、3階建てダメだよなー」という話題がある。まあ、三陸海岸ではないので、そのビルの屋上なら大丈夫だろうが、結局、そんな目の前の心配ばかりをしているのだ。

 今回のことで無常を感じ、目の前にせまる危機や、自分の身を守ることに関心を寄せた人は多いだろう。だImg_4465れもが、我が身がかわいいのである。しかし、「だれの人もはやく後生の一大事に心をかけて、弥陀をたのめ」という蓮如上人のお示しに、心を寄せる人は、ほんとうにいないのではないか。それは、他の人も、ぼくも同じことだ。でも、「誰の人も早く」のおことばに心を馳せさせていただきたいなー。

Img_4449 夕方は、引き潮で、ちょっとした干潟が出来ていて、きれいだった。

 魚が打ち上げられている。子供に少し貝殻を拾ったりmした。

 翌日は、海の前にあるカフェを見つけImg_4452_2て、ちょっと休憩。

 ハワイアンの音楽が流れ、ハワイのコーヒーが出されていた。

 ほんの短時間だが、しばしリゾート気分。

 天気もよくて、風も心地よかった。 Img_4453

 ネットで検索したら、ここは、西日本の湘南と言われているそうだ。うーん、その点に関してましては、なんと申しますか……。

 

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福岡での九州支部法座

 週末は、福岡での九州支部法座。

 福岡だけでなく、鹿児島、熊本、大分から参加くださる。

 法話テーマは、講習会を少し改定した「真宗の安心・得益編」。

 2日間の講習会でもかなり飛ばさねばならない内容だったのに、今回は座談会を交えた3座で行なうので、さらに1/3程度は短縮しないといけない。それでも、教義的な仏教用語や、聖教の言葉が出てくるだけでも、皆さん身構えたり、難しいと敬遠されたり、どこか「苦手です」のオーラが感じられた。講習会ならそれなりの覚悟があるが、今回は、いろいろな方が参加しておられるからだ。それで、少々迷いつつの講話となった。しかし、ただ自分の感情や体験だけで喜ぶのではなく、どれだけの広大な御利益が、誰に、どこで、どのような形でいただいこるのかを、安心上の教義として、また聖教の言葉で、しっかりと押さ確かめながら、聞いていただいた。

 きっと難しいと感じた方もあっただろうし、前列で、十分な安眠をとって鋭気を養っておられた方もあったが、やはり、ぽくとしては、難しくても聞いてもらいたいという気持ちがあった。そうでないと、ただ、「頂いた」とか「有り難い」と喜ぶだけでは、あまりにも勿体ない広大な御利益が、他力回向のご信心の内徳として、さまざまな形で、この私の上に回向されてくるのである。

 しかも、大行であるお名号のお働きが、信の一念の端的に、摂取不捨のご利益によって、他力の回向信と、私の上に実現した時が、即得往生であり、現生正定聚・不退転の位に住し、しかも、それは臨終も来迎も待つことのない平生業成の大安心お救いであって、弥勒菩薩に同じ、諸仏に等しいとまで言われるほどの広大な御利益であると同時に、この娑婆の命が尽きた端的に、浄土往生即成仏し、しかも、この凡夫が、弥陀同体の最高の極果を得て、当然その必然として、還相回向の自利利他円満した釈尊と同じ自在な活動を得させていただくというものである。

 しかもである。そのすべて往相の証も、還相の働きも、すへてが自力の私の力を微塵も交えることのない、他力のお働きにはかならないのである。それもこれも、如来の願力より発起しているのであって、それが煩悩成就の極悪のこの私の上にこそ実現するというのであるから、もう開いた口が塞がらないほどの驚きではないか。

 行から、信へ、そして証へ、しかも現世のお救いから、当世のお救いに至るまでが、すべてが抗いきれない他力の必然の流れなのである。私の上にはたった一つ。グズグズと役にたたない自力の心を捨てて、そのお葬式をすませたら、あとは、他力の心に生きさせていただくだけなのである。

 臨終でも、来迎でもなく、その一念の端的に、「南無阿弥陀仏」となって、阿弥陀様が直々に、いま、まさに目の前にお迎えになってくださっているのである。

弥陀直々のお迎えでも、何が不足なのだろうか。

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後楽園の桜

Img_4364 まだ少し時間があったので、オリエント美術館に行こうかとおもったが、せっかく日本三大庭園の一つ、岡山・後楽園まで来ているのだ。この陽気で、桜も満開に近いのに、素通りするのも惜しい気がして、少し立ち寄ることにした。

 ここは元禄年間に完成した岡山Img_4374城城主による大名庭園で、日本を代表する典型的な回遊式庭園だ。

 やはり見事な風景。歩くと汗ばむほどImg_43802で、気持ちがよかった。温かくなると、気分も晴れてくる。

 しかも、桜はいまがImg_4371_2見頃。

 広々とした庭内も緑も鮮やかで、歩くほどに景色が変わってなかなかきれいだった。

Img_4396 特に、後楽園の沿いの河川敷に広がる桜は見事な眺めで、その下では、花見が行なわれたい。ただ例年ならば、ライトアップもあって、夜桜でたいへん賑わうようだが、今年は、震災の影響で自粛されているという。Img_43672_2

 一汗かいたので、冷たいものを飲んでから、気分よく、法話会場の公民館に向かった…。Img_4405

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岡山城

Img_4333_2 1月に続いて、岡山の家庭法座に招かれた。

 お寺ではなく、在家の方が、団地の近所のおばちゃんたちを集めて、そこに協力する僧侶の方も加わったユニークな集いだ。

 前回は、初めて岡山市を訪れたが、会場Img_4336の公民館は岡山の後楽園のすぐ側。前回、近所を散策していたら、徒歩でも10分かからないことが分かった。それで、今回は、時間まで岡山城と後楽園を散策することにした。新幹線の岡山駅からも、そう遠くない距離である。バスを利用したが、140円という低料金だった。

Img_4339 まずは、岡山城へ。岡山城も、後楽園も初めて訪れるところだ。

 岡山城は、宇喜多秀家の築城で、小早川秀秋から、池田家が城主を勤めているが、結局、第二次大戦の空襲で、惜しくも天守閣などを焼失して、昭和になってから鉄筋コンクリート造りで再建されたものだという。それでも、外観は、忠実に再Img_4344建されているらしいが、「烏城(ういじょう)」といわれるように、黒壁の3層6階建ての、立派な構造をしていた。

Img_4350 ただし、内部はそれほど広くなくて、特別展で、刀剣の展示をしていたので、800円はちょっと割高。うーん、外から観るだけでもよかったかれしれないなー。最上階の眺めも、まあまあというところか。Img_4361

  右の写真は、川岸の後楽園より見た天守閣。

 下の写真は、戦火を免れて唯一の建物で、月見櫓。

Img_4353

Img_4328  お掘りには、白鳥が優雅に泳いだいた。

(後楽園編につづく)

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3月の伝道研究会

 3月の伝道研究会。

 先月の『観経』に続き、『小経』(阿弥陀経)の概説から、三経の分斉へ。三経差別(しゃべつ)門・三経一致門についての解説。

 仏願に真仮三願ありとの卓見を示された宗祖は、それは釈尊の説法の上にも、この区別があると見られて、浄土三部経にも配当されるのが、差別門の立場である。すなわち、『大経』は第十八願で、他力念仏往生を説き、『観経』は第十九願の自力諸行往生を説き、『小経』は第二十願で、自力念仏往生(一心不乱の念仏)を説くとみられている。

 しかしながら、その隠れた真意(隠彰)の立場は、すべて第十八願こそが弥陀の真意であることを説くためのものである。その場合、三経は、『大経』は法の真実(法実)を説き、『観経』は機の真実(機実)を説き、『小経』では、第十八願の真実性を諸仏に証明(証誠)する立場、機法合説証誠の経典だと観ることが出来る。

 つまり、『観経』『小経』の説相に、顕説と穏彰の二面があるとみられたわけで、この分斉の意味と、その真意を共に学んだ。

 いろいろと味わいがあるけれど、またボチボチと。

 なお、5月伝道研究会は、4日が永代経の直後の祝日なので、第4水曜日に変更。(6月も第4水曜日)

 5月25日(水)夜7時30分~夜9時50分

 いまのところ、華光同人に向けであるが、メンバーが固定して来ているので、関心のあることは、一度お問い合わせください。

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丸1年

Img_4298 昨年の秋から、小学校の中に開かれるようになっ児童館(学童保育)に、七を迎えに行く。温かな春の日差しが、心地よい。

 京都駅の八条口。大型シッピングモールの隣、1号線に面した騒然とした場所にあるが、一歩、校内に入ると、回Img_4302りの喧噪はあまり感じない。

 もともと、弘法大師が庶民の教育のために設置した日本最古の庶民の教育機関といっていい「綜芸種智院」(今の種智院大学の元)が、この敷地あたりにあったと推測される由緒ある場所だ。(正確には、空海が著した「綜藝種智院式并序」に、天長5年(西暦828年)12月15日と記されている。今から実に1180年程以前のこと)である。儒教や仏教等あらゆる学問を総合的に教育しようというものである。詳しくはここに→http://www.s-kg.jp/main/shugei.html

Img_4322_2 5分程度だが、桜がきれいに咲いている。

 子どものことから、ここの桜は、どこか淡くやさしい感じがする。

 今日は、小学校の入学式があった。

 昨年は、暖冬で、桜が早く咲いたようで、小学校の入学式は満開を過ぎた桜の花吹雪で、新入生を迎えてくれた。

 うちの子も、6年生はお世話役で、2年生はImg_4323お迎えの言葉役で、式に出席した。昨年の七の入学式から、まるまる1年が経過したんだなー。

 同じ学童にお迎えに来ていた新1年生の保護者と立ち話。1年間違うだけで、見違えるほど、大きくて、しっかりしていると驚いておられた。1年生といっても、昨日までは幼児だったのだから、その差は、確かにある。

 子どもの成長は目まぐるしい。この1年で、子どもたちもずいぶん大きくなった。
 さまざまなことを学び、吸収し、数々の経験を重ねて、少しずつだが、確実に成長しているのである。

 さてさて、振り返って、この1年、我が身はどうであったか。

 何を成して来たのだろうか………。

 そして、何を学び、経験し、どう関わりをもってきたのだろうか……。

 もし毎日が、「忙しい、忙しい」と目まぐるしく過ぎ去り、残るは、ただ不平不満と、愚痴だけだったら、あまりにも空しい。

 その同じ口から、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」、と自利利他円満したお名前を称えさせていただくのである。

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青空の下の伝道院

 ここ数日、朝晩は冷え込んだが、今日は、すっかりポカポカと春の陽気で、気持ちがいい。2週間ぶりの自力整体のあとで、パークカフェに入ったら、全面の窓から日差しが差し込んで、サンルーム状態で暑くて、木製のブランドを降ろしてもらったほどだ。

 そのあと映画館へ。1日に見た『ザ゙・ファイター』(アカデミー賞の助演男優、助演女優賞をW授賞した佳作。みんなうますぎるわ)に続いて寺町にあるMOVIXで1本。今日は、ソフィア・コッポラ監督の『SOMEWHERE』にした。もういい加減、「フランシス・コッポラの娘の」という親の七光は外しても良い若手の実力者だが、今回の映画の内容は、セレブのハリウッドスターの父と、思春期前の娘と関係を描いたものなので、少なからず実生活も投影されている部分もあるのだろう。最近は当たり!思う映画が多いが、好みの上では、これはまあまあの部類かな。でも、かなりの通好みの秀作で、じっくり余韻も味わえる映画。ただ静かすぎてちっーと退屈でもあろうか。ヴェネチアで金Img_4289獅子賞を授賞。

 油小路通を戻ってきたら、大遠忌に併せて長い修復工事で、きれいになった本願寺伝道院が、青空の下に映えている。いつもの見慣れた風景だが、実は、長い間(10年近いかな?)改修工事で隠れていたのだ。外観がお目見えしてかからも、まだ外側の細かな作業が続いていいて、数日前に、やっと工事が終わったところだ。
 築地本願寺と同じく、伊東忠太の設計にImg_4285よるレンガ造りの建物。彼には、東山にある祇園閣という奇抜な建築もある。これも、まるでイスラムのモスクか、インド風の赤レンガの佇まImg_4288いで、仏壇・仏具街で異彩を放っている。明治の終わりの建物で、すでに100年以上が経過しているという。回りの柵柱には、石造のさまざま怪獣(?)が、ユーモラスだ。一つ一つ見ていくだけで、楽しそう。

 もっとも、この内部は、住職Img_4286課程(本願寺派布教使も育成)の講習・研修に使われていたので、決して、楽しいところではございませんが…。

 http://daionki.hongwanji.or.jp/shumon_06_3.html

  さて、 通りを挟んだ向いには、龍谷大学の龍谷ミュージアムもオープン。今日が、一般公開初日。「釈尊と親鸞」展が、1年かけて開かれる。、Img_4292京都では、大遠忌に併せて、国立博物館では、法然展を、京都美術館では、親鸞展、ほぼ同時に開かれている。こちらは、いずれも4月・5月の短い間なので、まずは早く終わる法然展から観に行くことにしよう。

 もしかしたら、法然上人、親鸞聖人の公式フィギュアを購入してしまうかもしれんなー。ちょっとびみょうー。

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こんなところにまで

  法話集「後生の一大事」~蓮如上人の御教化~の、増補新版の作業。

  今日は、やっと第2校を渡した。第3校正があるが、4月29日の永代経までに発行するには、微妙な状況になるかもしれない。

 実は、初校は講習会までに出版社に渡していたが、東北大震災の影響を、出版社も受けていたのだ。小さな出版社なので、インク(福島県)や表紙などの特殊な紙、さらに流通が滞ることで、その対応に追われていて、こちらの作業が遅くなっていたという。それでも、どうにか確保され、この出版には直接の影響はなさそうである。ただ、10日ほどは作業がおくれたので、4月末の発行を目指するのなら、少し急がねばならない。

 そういえば、華光誌も、宅配業者から、岩手県、宮城県、福島県の同人の便は、営業店止めで、しばらく届けられないという連絡があった。

 これだけ網の目に流通経路が張りめぐらされ、専門化と分業が進んだ便利な世の中になったのに、逆に、一カ所でも壊滅的な被害を受け、たとえ小さな部品一つでも滞ることがあると、日本中に、時には世界へも影響するという世界になった。まさに、縦糸と横糸が幾重にも幾重にも結びついて布ができるように、さまざまな縁と縁とが繋がり結ばれたおかげによって、いまの、ぼくたちがいるのである。しかし、それはあまりにも、複雑で、重層的なものであるから、ほんとうの目先の一部のことしか、ぼくたちには分からなくなっているのだ。

 当分の間、小さなことでも、さまざまなところで、震災の影響は続くのであろう。

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くるみ割り人形

Img_4248 カンロのバレエの発表会。

 演目は、「くるみ割り人形」だ。

 3回目になるが、いつも出張法座と重っていたので、販売されるDVDでしか見たことはなかった。今年は、連れ合いも世話係である。楽屋入れが11時。開演は4時からで、出番は、夜の5時40分、7時ごろに終了するという、かなりの長丁場だ。Img_4279ぼくも送迎係と、一緒に観に行く友達を連れて行くことになっていた。

 会場は、京都の西にある長岡京市。京都の乙訓地方と、大阪の境にあたるところで、平安京の前に都がおかれていたところだ。

 朝晩はまだまだ寒いが、桜は3分咲きぐらいになっていた。

Img_4280 1000名収容の大ホールだか、ぎっしりと満席で、しばらくは立ち見で鑑賞。2幕の休憩で、ちょっと出入りがあって、後ろの方にまとまった席をやっと見つけた。

 すぐに娘の登場。天使役で、かわいく踊っていた。少しの出番だったが、練習も、準備もたいへんだったが、緊張もせImg_4265_2ずに頑張っていた。残念ながら、舞台の撮影禁止なので、散らかった楽屋で1枚。

 それにしても、セットも、舞台も本格的で驚いた。クライマックスのお菓子の国のシーンはきれいだったが、なかでもプロのダンサーの姿はやはり素敵。一度は、ホンモノのバレエも見たいものだ。

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法供養法座

 F家の祥月命日を兼ねた、法供養法座。昨年、7回忌はすんだので、別に年忌にあたるわけではないが、法座をもってくださって、身内の方にもご縁を結んでもらいたいということで、実現した。まさに、法供養である。

 故人のご姉妹と、限られた華光同人の方、そしてご家族と、ほんとうに少数で勤める。

 ゆっくりと一緒に勤行して、少しお茶を飲みながら雑談。それから、ご法話と、そのあとで信仰座談会も持ったので、結局、普通の法座と同じ配分の法座となった。うーん、一般の方には、もっと短時間でないと、次は敬遠されるかもしれないとも思ったが、このあたりは成り行き。

 法話は、これまでの年忌でも聞いてもらっているので、初めてではないが、まとまった時間のご法話は、1、2度あった程度。「浄土真宗」の基礎の基礎、そして「南無阿弥陀仏」のおいわれについてお話したが、門徒さんといっても、ほとんど何もご存じないような反応だ。

 いろいろな意味で、真宗のおみのりは、言葉、たとえば、仏、往生、浄土、他力、回向、悪人、念仏などなど、どれ一つでもそうだが、世間の常識とはまったく正反対、もしくは常識を超えた教えだと言っていい。

  たとえば、この法要。亡くなった方が「仏さま」なのである。そこから出発して、親族の方は、故人の冥福を祈るためであり、追悼供養のためであり、あくまで故人のために営まれている。当然、そこで、「南無阿弥陀仏」と、お念仏してもらっても、それは亡くなった人の供養に称えておられる。普通はそうであろう。当然、亡くなった方をご縁として、自分の聴聞の場だと意識された上で、聞いておられる方は、ほんとうに少ない。それが、自分のためのご聴聞だというところにまで出させていただくには、どれだけのお育てがあったことだろうか。そのうえ、それは今生の生活のためではなくて、後生の一大事に心をかけて聞かせていただくのだと、お育てをいただいてきたのである。しかもだ。自分のためだといっても、そこで称える「南無阿弥陀仏」は、決して自分の力ではなくて、如来様から回向された頂きものであり、み親の私への呼び声が先手がかかっているというところに、心を寄せて喜べるとしたら、それはほんとうに稀の中の稀だといっていい。

 外にしか向かない矢印が、自分の方に向いてくる。そしてさらに、その自分と離れないで、如来様の願いへと心が寄っていく。

 常は当たり前のように簡単にお話しているけれど、そこまでのご養育をいただくだけでも、実はとんでもなく果てしないほどの如来様のお働きがあったのだろう。それは、一座、一座のご縁の、小さな積み重ね、積み重ね、積み重ねのたまものにほかない。それでいて、そのためにどれだけの仏さまのご苦労があったのかを、邪見、驕慢で、うぬぼれの塊の凡夫には、微塵も分からないのである。だから、自分の聴聞の苦労やたいへんさを感じ、不満はいくらでもいえるのである。

 無量寿の仏様、無量光の仏さまになられなければ、つまり「南無阿弥陀仏」でなければ、無慈悲で、無知なこの私は、絶対に救われなかったということであるなー。

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華光誌発送しました

 4月1日。すっかり春だ。数日前には雪が降っていたとは思えぬほどのボカボカ陽気。桜の開花も早まりそうだ。

 華光誌の発送。

 今回は、4月末からの「永代経法要」のチラシと、早く案内がほしいという要望があった8月の「仏の子供大会」の案内(人によってはもう1枚加わる)、それに、同人に向けたお願いの3枚が同封されている。

  華光誌の編集が進んで、印刷所に渡す直前に、関東・東北の大震災が発生した。

 ほとんど仕事が終わっていたのが、かろうじて「後記」の最後の1文だけを差し替えられて、簡単に触れただけで終わっていた。

 いまのところ大遠忌に向けた取り組みを変更する予定はないが、未曽有の大震災と、復興に向けた自発的な支援が始まったところである。数名ではあるが、岩手や福島に華光同人もおられる(無事との連絡はある)。

 実は、今回の華光誌には、「親鸞聖人750回大遠忌」に向けての特集記事が掲載されている。そこに、折り込みとして「募金のお願いを、専用の振替用紙と同封して、透明の封筒で送る予定でいた。しかし、役員の間で検討した結果、募金のお願いだけは、しばらく延期することにした。

 加えて、4月29日~5月1日の、「永代経法要」では、大震災の物故者追悼法要を併修し、収益の一部を寄付し、支援のための義援金を募ることとしたのである。簡単なものだが、そのことに関してのお断りとお願いのチラシも同封している。

 皆様のご理解と、そしてご支援をぜひにお願いしたいのである。

 華光誌は、明日以降。ただし、関東方面の荷物は少し遅れ気味なので、ご注意ください。

 

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