訃報
「報恩講を楽しみにしております。どうぞ、本年もよろしくお願いいたします」
元旦、その方から届いた年賀状に、そうはっきりとした力強い書体で言葉が添えてあった。
今年の報恩講の世話役(リーダー)をお願いしていた。ところが、年が明けて、報恩講が近づいた数日前に、体調を崩して入院するので欠席するとの連絡が届いた。突然のことで困ったが、幸いピンチヒッターに立ってくださる方があった。それに娘さんもお手伝くださって、報恩講は無事に勤まった。その時に、ご家族から容体を聞いたかぎりでは、十分静養されて、元気に復帰されることを楽しみにしていた。
それから1ケ月少し。仕事部屋のぼくのもとに、その彼の訃報が届いたのだ。まだ、50代の半ばで、(無駄に?)明るく元気な方だった。すぐに、電話を受けたTさんのところに急ぐと、彼女は涙を流しながら座っておられた…。その後、皆さんに訃報のお知らせや、彼との昔の関係を思い出して連絡をするうちに、その経過や様子が伝ってくるようになった。その間、彼の懐かしい飛び切りの笑顔と共に、若い時からの彼のさまざまな想い出が去来してきた。昔から忙しくて、会館には、4年に1度くらい(あくまで印象だが)しか行事に参加されないが、その愛すべきキャラクターと賑やかな言動で、いつのまにか「オリンピック(4年に1度現れるお祭り)男」とも呼ばれるようになっていたが、またフラッと現れるような気がしてならない。
結局、迷いの私には、無常の理を体得することはできない。無常や死といっても、いつも観念的にしかとらえられないのに、それで分かった気になっている。しかし、それを感じようが感じまいが、また自分の思いや予定がどうであれ、一瞬にしてこの生が崩れさり、すべてが死に帰していくのである。それが私の迷いの命なのだ。ただ私の思いも、回りの状況などにまったく無関係に、突然やってくるという厳しい現実しかない。そのことを、彼は身をかけて示してくださった。私に無常の事実を教えるために遣わされた天使なのである。そして、「後生に油断はないか」と、今生事に惚けた私に向けて厳しくご教示下さるのである。
その彼が、以前、行事のお世話役をされた時のことだ。ご満座のぼくの法話の前に、次ぎの言葉を板書して紹介されたことが思いだされた。
聴聞の心得
『この度のこのご縁は 初事と思うべし
この度のこのご縁は 我一人の為と思うべし
この度のこのご縁は 今生最後と思うべし』
この3ヶ条、どこかで耳慣れ雀になっていないか。これを覚えて暗唱だけで満足していても意味はい。つまり、「いま、ここしかない」というだけなら、それはオウムと同じなのだ。あらためて、ひとりひとりが、一切を放下(ほうげ)して、わが身に引き受けて問うてみるところでしか、真宗のご聴聞はない。他人や同行が厳しいのではなく、仏説のまことが示す真実が、私には都合が悪いだけである。それを厳しく教えくださることほど、ほんとうは親切で、やさしいことはないのではあるが、私はどこまでも顚倒しているのである。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
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コメント
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 身をもって教えて頂いた この“稜”のすがたでした 今生での出会いは34年前あの屈託なく明るい笑顔で、いつも優しく声をかけて導いてくれました。これも南無阿弥陀仏(華光)を通じてのご縁です。この場をかりて“ありがとうございます”これからもよろしくお導き下さい。かりもん先生のこのブログを常の灯火と思ういい加減な“稜”がいます。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 なまんだぶ なまんだぶ
投稿: 稜 | 2011年2月18日 (金) 05:58
日曜学校や子供大会のこと、そして仏教青年会など、懐かしい思いが去来します。昔からのご縁の方を思い出しては手分けして連絡していると、稜さんとのご因縁もいろいろと思い出しました。しかし、結局のところは、ひとりひとり。たったひとりで出かけていかねばならないんですね。南無阿弥陀仏。
投稿: かりもん | 2011年2月18日 (金) 15:58
昨日は親しかった元同僚の方々が私の為に送別会を開いてくれた。この次、私の為に人々が集まってくれる事があるならそれは私の葬儀の時だろうと思った。しかしそれが明日、明後日とは思っていない。帰宅後この訃報を拝読した。始めは私の知らない方だと思っていたが、該当するお一人が思い浮かんだ。え!まさかあの方が?私よりずっとお若いし、華光大会でお目にかかった時は大変お元気そうであったあの方が?知っている方の訃報にはドキッとする。しかし長続きしない。死ぬぞとお示し下さっても他人事にしてしまう。「私は無明そのもの」とよくお聞かせ戴くけれど、そうだと思う。お母様は矢張りお辛かろう。
投稿: チャン | 2011年2月19日 (土) 16:15
「オリンピック男」の呼称通り、直接お会いする機会は少なかったですが、MLに某氏も書かれている通り、「一度会ったら絶対忘れられない存在」でした。私も古い会館で初めてお会いした時の印象を昨日のことのように覚えています。
最近では、数年前に万行寺様に御参りさせていただいた際に、丁寧に御世話して下さったことが想い出となっています。
まさに、顚倒し切っている私の為に、仏様が御身にかけて御示し下さった“厳しい”無常の真実です。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
投稿: 縄文ボーイ | 2011年2月20日 (日) 11:38
チャンさん、厳粛な死を前にしても、自分に近いとか、知っているというだけで、受け止め方がちがうんですよね。どこまでも自分を中心にしてしか感じられない。その私が死んでいくんですからね。
縄文ボーイさん、ぼくも数年前にお参りしたときのことは、強く印象に残っています。
それにしても、数日経っただけで、どんとん風化している自分がいます。まさに顚倒し、痺れきっていますわー。
投稿: かりもん | 2011年2月21日 (月) 23:51