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『ビルマVJ』~消された革命~

 本願寺の聞法会館で、「仏教国ビルマ」の写真展を観た。それに関連して、前にも、総評で『ビルマVJ』~消された革命~に触れているが(http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-e197.html)、もう少しだけ詳しく書きたい。

Burmavj_01 10月の始めに、京都シネマで『ビルマVJ』~消された革命~が上映(たぶん1週間限定で、1日1回だけ)された。映画の中で、権力の僧侶に対する暴行に端を発して、僧侶のデモの中心的指導者で、来日中のアシン・ターワラ師の舞台挨拶もあった。

  まず、その圧倒的な臨場感に驚き、真実の姿に涙した。

  題名の「VJ」=とは、ビデオ・ジャーナリストの略。軍事政権下の圧政、激しい言論、表現の弾圧の中で、文字通り、生死をかけた命懸けのビデオ映像。それが、唯一、ビルマの生の庶民の姿や、現状を世界に発信することのできる手段だからだ。ビデオ所持しているという理由だけで、逮捕や拷問、時には命の危険もあるギリギリの状況での隠し撮りなので、けっして鮮明な映像ではなし、時にブレたり、地面の映もあるが、それでも圧倒的な臨場感、緊迫感があるのだ。

 冒頭のシーンからしてそうだ。周りを窺って、突然、抗議文を頭上に広げたひとりの男性。どこからともなく私服の秘密警察が現れたかと思うと、隠密裡に彼を連行していく。その様子が、隠し撮りされているのだが、画面のこちら側にいるぼくまでが、までるその場に居合わせて、秘密警察や軍隊に摘発される危機を共有するかのような気分になる。しかし、実際は違う。ぼくがいるスクリーンの手前の世界は、まったく平和で安全な場所なのである。最近、その日本でも「物が言いづらい世の中になった」という声が多くなってきた。しかし、しっかりとそう発言できること自体が、言論や報道の自由があり、思想や信条の自由が保証されている国だということだ。では、そんな国に住んでいるぼくたちは、何を発して、何を表現しているのだろうか。そんなことが問われてくる。

 アカデミー賞の長編ドキャメンタリーの有力候補だったが、例の、『ザ・コープ』にさらわれた。隠し撮りの手法で、何かを主張するという点では共通するのだが、両者には、埋められない本質的な違いがある。にもかかわらず、栄光が『ザ・コープ』に輝いて、この映画の日本での上映機会が少なくなったのは、とても残念だ。

 本来、政治的中立を保ち、国中の人達の尊敬を一心に受けてきた僧侶が、ついに無言の、それでも圧倒的な存在感でデモに立ち上がったシーンに、ぼくもこころを奪われ、なぜか涙が溢れてきた。民衆のデモ隊の発するスロガーンは、「軍事政権打倒」といった過激なものではない。あくまで抑圧された者が、自由や平和、そして対話を訴える、最低限の基本的人権にかかわるものなのだ。しかし、彼らの声は、残念ながら銃の前に屈してしまう。その結果は、すでに報道されて分かっている現実なのだ。しかし、結末に目を覆うような惨事が待っていると分かっていながら、無数の非暴力の民衆の力で、軟禁されているアウンサン・スーチー女史が、自宅前で合掌する姿が微かに映し出された時には、大きな希望の光を感じたりもした。何かが間違いなく変わる!と。

 皆が口をつぐまざる得ない絶望状態から、かすかな希望が生まれ、それが徐々に大きなうねりとなって、希望が現実になりかけた時に、一気に悲劇がもたらされる。銃の暴力によって、自由を求めた民主化の声は、闇へと葬り去られていく。この軍事政権には、どれほど世界中が非難しようとも、評判もまったく関係ないのだ。
 軍隊による暴力は、非暴力で行進する無抵抗の市民への無差別の発砲となり、中心的な僧院での僧侶への暴行と拉致となり、多くの犠牲、川に浮かぶ無残な僧侶の死体が後に残った。

 取材中の日本人ジャーナリストの長井健司氏が銃弾に倒れるシーンも、何度も再現される。暴徒鎮圧中に流れ弾による不慮の事故で亡くなったという軍事政権の言い分は、デタラメだということが、よく分かる。狙いは、ビデオを回している者すべてなのだ。たまたまそれが外国人(日本人)だったというのである。

 このデモを記録したデンマーク人のアンダース・オステルガルド監督作品だが、映画は、実際の映像と、命を狙われタイに亡命さぜる得なかったVJとの再現ドラマを交えている。

 ちょうど、スーチー女史の軟禁状態からの解放というニュースが入ってきた矢先だ。この機会に、チャンスがあればぜひご覧いただきたい。

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コメント

こんばんわ。 かりもん先生。

読ませていただいて、以前読んだアマルティア・セン博士(アジア初のノーベル経済学賞受賞者です。)の本に「言論の自由と民主的な議会制度がある国には飢饉は発生しない。(しにくいだったかもしれません。)」と書いてあったのを思い出しました。

地方に住んでいるのでチャンスは少ないと思いますが、メモしといて機会があればぜひみてみたいと思います。

投稿: 梵天丸 | 2010年11月14日 (日) 22:48

 既にどの地方でも、ロードショー上映は終了しているようですが、単発の上映があったり、お寺での上映会もあるようです。
 リンクしている公式HPでは、予告編が見れます。
 ところで、インド仏跡の旅(ナーランダ大学跡だったと思うけれども)、公式HPにリンクされる、いとうせいこう氏着用の応援Tシャツを着ていたメンバーに、ビルマ人巡礼者が熱心に話しかけてきたことを思い出しました。立場は違っても、同じ仏教徒して、関心をもっていきたいと思います。

投稿: かりもん | 2010年11月15日 (月) 00:36

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