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2010年11月の28件の記事

エコポイント

 11月30日だ。

 わが家でも、地デシに合わせて、液晶テレビの交換を検討していたが、とうとうこの間に買わなかった。昨日、今日と、ディープな話し合いか続いて、ちょっと機を逸した感もある。連れ合いがあまりテレビを見るのが好きではない。たまたま、DVDレコーダーも修理中だ。HDD部分は調子がいいのだが、DVD部分がダメでコピーができずに、何かとイライラの元だった。新たに購入も検討したが、まだ使用できる。部分交換で修理をすることにしたが、1カ月以上も経つのに、まだ修理から返ってこない。その間、子供たちから、不満が出るかと思ったが、そうでもなく、たまに借りたビデオやムーミンを見るぐらいで、誰もテレビすら見ずに過ごしている。すると、なかなか静かで、それに関するトラブルも起こらない。あれ、このままなら、デジタル意向に伴って、テレビも静かにフェンドアウトするかもしれないというムードになっている。いまのブラウン管のTVは、20年以上も前のもので、かなり暗くなってきている。どうせ買い換えるのなら、今月までだったのになと思うと、なんかもうどうでもいいかなという気にもなる。確かに、今日も、昨日も、誰もテレビを付けなかった。ぼくは、昔は、かなりのテレビッ子だったが、映画館通いが始まってから、ぼくもほとんど見ない。その分が、映画とネットに関わる時間になっているのかもしれない。それでも、まったく無くなるとなると、何となく不便だったり、どこかで寂しい気もしなくもない。どうせ、3階の対応もあるので、ぼくとしては購入を予定しているが、どうも先送りになっている。

 結局、エコポイントには無縁かと思っていたが、3階の寝室のエアコンが使用不可能になり、9月に個人で購入したものがあった。リサイクルもあったので、ちょっとポイントが溜まっている。会館は、あれだけ大規模なエアコンの交換をしているのだが、残念ながら、対象になる商品はほとんどなくて、小さなものが1点あっただけ。申請もノビノビになっていたのを、念のために昨晩手続きをして郵送をした。だいたいの例に漏れずに、商品券にしたが、ちょっとしたお小遣いになりそうだ。

 クーラーにしても、テレビにしても、車でもそうだが、確かに省エネになったり、若干環境に配慮されているのではあろうが、所詮、古いものを廃棄して、新しくするだけのことである。それで、かなりの税金が投入されているのだが、環境、環境といいながら、景気対策、経済の話にすり変わっている。エコというのなら、「地デジになるので、テレビはもうやめます」とか、「古いものが壊れたので、自家用車は購入しません」という人にこそ、減税などの優遇をエコポイントとすればいいのだろうけれど、景気優先の社会で、賛成がれらえるわけはないだろうなー。

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仏の子か、鬼の子か

 ここ数年、仏青メンバーの結婚ラッシュだったが、今度は、ちょっとしたベビーブームになっている。

 あっちこっちで、おめでたの話を聞くのだが、10月の仏青大会には、2月に産まれたばかりのかわいい女の赤ちゃんを連れてお参りされた夫婦もあった。
 そして、今月(11月)に入って、三人もの尊いいのちが、次々と誕生した。しかも、華光大会を挟んだ前後に誕生したのは、偶然とはいえ、なんとも不思議な気がした。

 聞法・求道も競いあい求めあった友人同士であるのだが、今度は赤ちゃんが同じ月に産まれてきたのだから、よくよくのご因縁だ。

 出産の様子は、それぞれさまざまであったようたが、たいへんな出産の様子などを聞くと、わが子の時のことが思わず蘇ってきて、こちらも力がはいった。みんな良きママ、良きパパになるのだろうが、若い夫婦だけの生活なので、実家から戻ってからが、たいへんであろう。何分、子も初めてなら、パパ・ママも初めての経験ばかりで、ひとつひとつが新鮮であると同時に、不安や悩みにもなっていく。しかし、そんなさまざまな経験を通して、子育てだけでなく、こちらが親として育てていただくのである。

 先週の土曜日には、「無事に産まれました」と、出産直後のママ本人からの報告の電話。まさか本人とは思わず、一瞬、戸惑った。それでも、母子共に元気な様子で、安堵した。特に、このご夫婦は、子供大会からのご縁で結ばれただけに、こちらも、自分の事ようにうれしかった。二人の幼少時の様子を思い出し、あの二人がパパやママになったのかと思うと、どうも不思議で、また感慨も深い。

 ただ「おめでとう、よかったね。南無阿弥陀仏」である。

 そして、今後10年後の仏の子供大会が楽しみだ。そのころには、うちのカンロが大学生で先生役になっているのだろうか。獲らぬタヌキの皮算用で、いつ化かされるかもしれないけれど、こちらもそれまでしっかりとご相続をさせてもらおうという力をいただいたようだ。

 『伊藤先生の言葉』の中に、こんな項目がある。

 子供は、しばしば、死や死後、仏様に対する、素朴だか深い問いを発するが、その問いを親は大切にせすばならない。それが、仏法を求める願心になるのだ。ところが、世間の親は、「そんなことを考えないで、外で遊べとか、勉強しなさい」とか、せっかくの問いを、はぐらかせてしまう。自分が問いをもたずに、答えられないからだろう。
 「わが子を、仏の子にするか、鬼の子にするか」。世の母親には、大きな使命があると思うと結ばれている。

 それは、何も母親の問題だけではない。父親もまったく同様だ。
 結局、親本人が、自らを常に問い、聴聞する姿でしか、子供にご法は伝わらない。

 「わが子を、仏の子にするか、鬼の子にするか」。

 親になるということは、重い使命を頂くことだと、改めて思い返させられた。

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ぽちっとのこった黒いしみ

 日曜礼拝。この前の華光大会でも、信仰体験発表してくれたYさんのご法話。

 花岡大学先生の仏教童話を朗読して、それをモチーフにした、罪業のお話。

 それが、「ぼちっと残った黒いしみ」。

 ひろい野っぱらがあった…。で始まる仏典(百譬経)を題材にした仏教童話だ。ぼくもはじめて聞くお話だったが、いろいろと味わった。少しご紹介するので、皆さんも、それぞれ味わってみてください。

 広い原野に、500の旅の商人がさしかかった。野原は果てし無く続くようだ。自分たちだけの旅ならきっと道に迷う。誰か道案内を頼もうと、長老の商人がいった。近くの村で、先導役をみつけた。しかし、その男はこういった。

 「いつ、どこから現れるが分からないが、この広野には一匹の鬼がいる。出会ったら最後、誰かひとりの命をやらなければ、みな殺しにされる。それでもいいか。私はしらないぞ」と。

 長老は言った。「みんなを助けるためなら、ひとりの命をやるぐらいはなんでもない。みんなそうだろ」。みんなも頷き、口々に、「そうとも、そうとも」と言った。

 道案内を先頭に、500人の商人は出発した。

 しばらく行くと、なま温かい風が吹いてきた。あたりが、にわかに夕暮れのようになったと思うと、ふいに恐ろしい顔した鬼が、ぬっと、あらわれてきた。

 道案内の男は震えながら、「しばらくおまちください」といって、みんな方を振り返り、「さあ、早く、ひとりの命を」。

 そう言われて、500人の商人は、真っ青になって、顔を見合わせた。たとえ、みんなを助けるためでも、自分の命を投げ出したくはない。長老が、隣の商人になにかささやいた。ささやきが次々広がった。

 「早くしろ。もう待てない」と 鬼が叫んだとき、みんなは、一斉に道案内の男を鬼の方へ突き飛ばした。「この男の命を!」。

 「なんとことするんだ。ひどすぎる」と、死に物狂いで男は叫んだか、もう遅かった。
 鬼は、その男をひっつかむと、どこかに消えていた。

 あたりは、急に明るくなった。
 「危ないところだった。みんなの命が助かったよかったな」と、商人たちはお互いに無事を喜びあった。

 だが、喜びながら、心の片隅に、ぽちっと黒いしみが残った。
 あわてて消そうとしたが、消えない。
 消えないどころか、しみはどんどん広がっていくばかりだ。
 たぶん、そのせいだったに違いない。

 それから歩いても歩いても、はてしなく広い野原ばかりの毎日だった。
 どうしても、町へ出られない。

 そのうち、ひとり倒れ、二人倒れ、しばらくする間、とうとう500人の商人が、ひとり残らず死んでしまった。

 南無阿弥陀仏

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トラットリア・ニーノ

Img_70882 永観堂から、河原町三条を二筋(姉小路)はいったイタリアンのお店、トラットリア・ニーノへ。

 母のお誕生をお祝いする。いつも華光大会前か、最中なので、終わってからになる。昔は、ほとんど忘れていた。いまも、おめでとうImg_3152より、ほんとうにありがとうございます、というだけだ。

 京都は、町家のカフェやレストランが食傷気味で増えている。ただ古い雰囲気だけのお店は長続きしない。結局、どImg_3193こで何をやろうとも、お皿の中味や、心のこもったお持てなし、オーナの人柄が大切になってくる。そんな中で、ここはなかなかの人気店のひとつ。それでも、前日に予約したのに、掘ごたつの座敷が取れた。2階のテーブル席も案外すいていた。内装は、Img_3168わざと古い感じを出している。小学校以下の子供はお断りのようだか、こちらも一年生で助かった。

 で、料理もなかなか手が込んでいてImg_3173、おいしかった。前菜が、小さなものもあわて3種類。タイのカルパッチョと、名前を聞いたがすぐに忘れた-トウモロコシをつぼしあげたものに肉のソースをかけたもの。パスタも2種類。すべて自家製麺で、バジルをまぜた日本なら素麺のようなカッベリーニと、魚介類と合わせた、こちらImg_3175_2はきしめんのような、タリアテッレか、フェットゥチーネか。

 メーンというか、セコンドは、小イノシシの肉だったが、これはやわらかくおいしかった。まあ、ブタですから。Img_3176子供たちは、ドルチェが好評で、ふんわりと口にひろがるパンナコッタだった。

 残念ながら、蓮華さんのように料理には詳しくないので、あとは写真で補っておきましょう。

Img_3178 こうして並べてみると、お皿も盛りつけは至ってシンプル。でも、印象に残っているのは、味はよかったということだ。Img_3188
 おいしくて、リーズナブルだったと思った。
 とにかく、ごちそうさまでした。
Img_31952

    それにしても、母には、なにからなにまで、いまも世話になり放しである。

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紅葉の永観堂

Img_69892 華光大会が終わって、華光誌の作業が始まった。布教も続くので、例年、師走17日までは、せわしい日々が続く。

Img_70852 今夜は、母の誕生日祝いで、家族で外で会食することになった。

 その前に、ライトアップされた紅葉見物。春の桜、秋の紅葉と、ここ3、4年の恒例行事。

 法然上人800年大遠忌で、岡崎の金戒Img_70142光明寺が特別拝観されている。『仏敵』のご旧跡でもあるので、よく訪れいてる。隣にある少し隠れた紅葉の名所でもある真如堂と合わせて拝観しようImg_31392かと思ったが、いずれも4時頃には閉山される。

 東山の永観堂へ。京都の有名寺院である、金閣寺、銀閣寺、東寺、それに西本願寺や東本願寺もすべて通称(ご存じですか。西本願寺はやさしいけれど、東はけっこう知られていないな)で、正式(宗教法人)な名前がある。ここも、禅林寺というのが正式名で、3派に分かるImg_70182西山系の総本山のひとつの浄土宗西山禅林寺派の総本山だ。法然上人を開祖に、証空上人を派祖に頂いているのだか、もともとは真宗密教として平安時代に始まり、永観律師の時代に発展。それが、鎌倉時代になって、平清Img_70322盛の弟である頼盛を父に持つ静遍僧都が、法然上人批判のために『選択集』を開いたところ、結局、自分の間違に気づき、法然上人の浄土念仏に帰依。まさに、逆縁転じて順縁となImg_70352ったのである。法然上人の愛弟子である証空上人を迎えて、今日に至っているというのである。P_amida31_2

  ここには、有名な「永観、おそし」と振り返られたみかえりの阿弥陀様が、ご本尊がある。永観律師が、2月15日(涅槃会だ)の暁に、阿弥陀像のまわりを念仏行道。すると突然、須弥壇の阿弥陀様が先導し行道をはじめられた。永観さんは驚き、呆然と立ちつくしたという。その時、阿弥陀様は左肩越しに振り返り、「永観、おそし」と声をかけられたというImg_69962のだ。あまりにも有名な伝承。実は仏像に別の意味があるという話を、専門のK先生から聴いたこともあったが、いまはもう忘れた。

  5時30分から開場のライトアップなので、30分前には到着したが、平日というのに、すでに長蛇の列だ。チケット売り場までの列は、二重、三重になっているImg_6983。並んで待っていると、次々と観光バスが入ってくる。この人達はチケット購入がないので、門の前に並んでいる。これは、何時になることかと心配していたが、5時30分と同時に、列は効率よく動きだして、ほとんど止まImg_70792ることなく20分ほどで境内へ。観光客で喧噪としているが、満員電車ほどではない。池にかかる極楽橋(なんかおかしいなー)だけは、かなり混んでいたが、父をの手を引きながらでも、写真もそれなりには写せた。ただし、今夜は、10時から、報道ステーションというテレビ番組の生中継があImg_70582_2るので、その準備もあって、あちらこちらに機材が点在していたり、たくさんのスタッフが仕事をしていた。

 そにれしても見事な紅葉だった。真っ赤なものだけでなく、さまImg_70872ざまな種類の色合いがある。そのグラデーションが美しい。3000本もあるそうだが、やはり池にかかる景色は、水面に写る紅葉が鏡のようにうつり、映えている。きれいだったが、手持ちのカメラでは、夜間はうまく撮れないが、池の中央には鴨もいる。ライトアップも、昨年の高台寺のようなやりすぎ感もなく、自Img_70722然でよかった。

  それより、父が雑踏の階段や軽く上下する道も、元気に歩けたことがうれしかった。本堂にも上がった。今月のはじめから、ほぼ毎日、ぼくと散歩している効果が出ているようで、三井寺の時とは大違い。

  建物の写真は、上から釈迦堂、御影堂(法Img_70422然上人)、極彩色野建物が阿弥陀堂である。阿弥陀堂では、みかえりの阿弥陀様だけでなく、「当麻曼陀羅」(観経の世界観を表す浄土変相図)も拝ませてもらえた。振り返られたみかえりの阿弥陀様のお顔とは反対側なので、ほとんどの人は素通りだ。曼陀Img_70692は、証空上人ともかかわりがある。

 少しだけゆっくりしていたが、夜も7時になると、かなり参拝客が減ってくるのが、よく分かった。帰りに受付をみると、参詣者もまばらになっていた。この時間になると並ばなくても、普通にImg_70742入れるようだ。

  このあと、河原町三条のイタリアンのお店で、母のお祝いを兼ねて食事。これはまた次に書くが、帰宅して、すぐにテレビをつけたら、単なる生中継ではなく、番組自体をここから放送していた。さっき座っていた茶店の毛氈の床几に座って、古館一郎、安藤忠雄氏が放送していたのが、なんとも不思議な感じだ。
 TVの影響があって、今週末の人出は、かなり増えるだろう。
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『アヒルの子』

100803ahiru_2 長くなりそうなので、項を改めたが、もう1本は、20歳の女性監督のセルフ・ドキュメンタリー『アヒルの子』。これは、昨日まで、観る予定はなかったが、今夜、急に見ておきたくなった。面白かったが、けっして生易しいものではない。

 傷ついた自己を取り戻すために、家族の中での自分探し的な映画なのだけれど、そのプロセスが中途半端ではないのだ。20歳の彼女の家庭は、町の教育委員長で、会社経営者である厳格な父と、善人指向の新興宗教に生きる穏やかそうな母。やさしそうな祖母。それに、二人の兄と姉。帰省した娘を、温かく迎え、楽しそうな一家団欒が始まる。楽しそうな彼女、ほんとうにいい子である。
   ところが、彼女は、自分が自分でいることができぬほど、深く傷ついていた。「死にたい、辛い、苦しい。汚れ、生きる意味もない…」。そんな目を覆うほどのマイナスのオーラが画面を覆う。おそろしいほど闇い。彼女は、自分を追い詰めた家族をぶっ壊そうとする。実際、両親を殺そうとさえする。一体、こんな幸せそうな家族に何にがあったのか。そこには、現在の日本の家族間のタブーが、どんどん暴かれていく。子供の兄妹のいたずらによる性的虐待。極度の人間不信から、唯一心を許せる次兄への愛。放蕩ものの姉と、自分を殺し善い子であった妹との葛藤。そして、わずか5歳にして、両親が傾倒していたヤマギシ会(ヤマギシへの糾弾的側面があるのに、撮影を許可し、協力のクレジットが出て来たのには驚いた)幼年部での辛い1年間。それは、親元を離れた共同生活の場に送られたつらさだけで、ただ親に捨てられた、これからは「よい子」ではないと、また見捨てられるというトラウマを生んだ。5歳の時のそれ以外の記憶は、すべて欠落しているのだ。そして、彼女は、自分を殺し、親から愛される「よい子」を演じ続けてきた。 

 彼女は、カメラをもつことで、家族と命懸けで向かい合っていく。葛藤のある姉と戦う。怨みのある兄にもぶつかる。思わず売春していると口にする。愛する次兄へ関係を迫る。そして、いよいよ両親と対峙していく。そこで、トラウマになっている自己の過去を探すため、同じヤマギシで育った同級生を探す旅に出る。ロードムーヴィーだ。ヤマギシの同級生が美人ぞろいだったと感心したが、完全な余談。そのプロセスで、気づき、記憶が蘇り、癒し、癒されていく。さらには、恐怖でしかなった母親係の女性に会うためにヤマギシに向かう…。

 彼女は、終始、不安定に混乱し、啼きまくり、鼻水を垂らしまくっている。登場する人たちのなかで、彼女が、いちばん未熟で、ある意味甘えているのかもしれない。それでも、すごいエネルギーなのである。そして、そのラストに、そのエネルギーが解放され、昇華されていく。それほど登場する人々の多くが、受容的で大人なのに驚いた。だから、彼女は本気で向かい合う。すべて顔をさらけだし、家族の恥部をありのまま映し出すことに協力している。これもすごい。それぞれの責任の取り方なのかもしれない。結局、彼女の真摯さは、家族を解体させる勢いだったが、カメラの力によって、新たに家族も、自分自身をも再生させていったのかもしれない。

 彼女の涙は、簡単には感情移入できるものではなく、観る側自身が問われる。同情するのか、嫌悪するのか、はたまた困惑するのか、叱咤したくなるのか。その感情に巻き込まれていくのか、冷やかに分析的に醒めて見るのか、それとも、自分自身はと自問するのか…。特に、若い同世代の方は、必見。家族思いの親世代もいいかもね。

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『裁判長! ここは懲役4年でどうですか』

 今月の映画は、京都シネマで観ることが多かったが、今日は、京都みなみ会館で、モーニング(朝イチの映画)と、レイト(夜の最終)で、映画を2本。

100825saiban 朝は、同名小説の映画化で、裁判長! ここは懲役4年でどうですか』。200名近い座席に、客は3名だけでスタート。客入りはもうひとつでも、予想以上に面白かった。

  「愛と感動の裁判映画」の脚本の依頼を受けた三流ライターが、初めて訪れた裁判所での、傍聴マニアの目線を通しての裁判日記だ。これまで法廷劇の映画は数々あった。裁判所だけが舞台というのも珍しくない。その時の主役は、裁判官や検事、弁護士もあれば、冤罪の被告もある。もちろん、凶悪犯もあれば、被害者、被害者の家族、陪審員が主役になる映画だってある。しかし、この映画は、それとはまったく違う。主役は、第3者の傍聴人である。もちろん、裁判にかかわる記者やジャーナリストにスポットライトがあたる映画は珍しくないが、ここに登場するのは、そんな高尚な人達ではない。自分とはまったく関係ない、単なる他人の人生や不幸を覗き見して楽しんでいる裁判(傍聴)マニアだ。でも、彼らは、マスコミの報道ではなく、直接、その目で裁判を見ている傍観者だ。いろいろな信じられないような、もしくはくだらない事件も多い。ところが、まったくくだらないいざこざが殺人事件に展開することもある。そして、よくみると、被害者の家族も、原告も、それどころか判事や検事、弁護士も、それぞれの異なった背景をもった個性的な面々なのである。裁判のもつ滑稽さを、実際に起こった事実に基づき、脚色され、デフォルメされながら、ワイドショーのように、ツッコミながら垣間見ることができる。ある種、今日の裁判の真実の一部の姿を映し出しているのかもしれない。

  後半、冤罪事件で息子と、彼を信じきる母親の姿に焦点をあて、傍聴人でもかかわることのできる形で、逆転無罪のために奔走する。どこか愛の感動ものか、社会派映画の気配を醸しだしながら進んでいくが、見事な、あっけない肩すかしが…。結局、最後の最後まで、おバカなのだが、それでいて人が人を裁くとはどういうことなのかを、笑いながらも考えせられた。妙にためになったり、正義感だったりといった善指向ではなく、かなり斜めからの観察眼、シニカルナ、辛辣な視点も含めているのだが、実際の裁判にも、社会正義を振りかざさImg_3136すだけなく、ちょっと離れた斜めの視点が必要なのかもしれないなー。

 もう1本は、20歳の女性監督のセルフドキュメンタリー『アヒルの子』。長くなったので、次の項目で。

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桂離宮のにおい

  父を病院の定期検診に連れて行き、その後で、例によって週1回の上桂の歯医者での治療。

Img_31292_2 帰路、車を走らせていると、真っ赤燃える紅葉が目に留まて、思わず車を止めた。

 桂川沿いに広がる桂離宮だ。

 残念ながら、宮内庁の管轄なので、事前Img_3135の申込みに、身分証の提示などが必要なのだが、さらにこの季節は抽選もあるので、簡単には拝観できない。

 おかげで、この時期の京都の紅葉の名所が喧噪とごった返しているのに、ここはImg_31232人影もなく静かな佇まいだ。

 色鮮やかな紅葉が美しかった。

 西山を臨む川沿いに、秋空が広がっていた。 

 外塀からその滲み出る芳香の、ほんの少しをかいだだけでも、少し優雅な気分になる。

 来秋には、ぜひ訪れてみたいなー。                  

 

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法水に浸った3日間

 3日間の華光大会が終わった。

Img_3098  間に平日が入っているにもかかわらず、お参りも多かった。2日目、3日目の昼座も、道場一杯の満席状態。お当番の新潟・北陸支部の皆さんも、最初に人身事故で北陸線が2時間以上も遅れるというトラブルで、ぶっつけ本番になってしまったが、ほんとうに頑張ってくださった。法座の内容も、ご法話、信仰体験発表、そして信仰座談会と、充実した3日間だった。

 ほんとうは、充実という言葉では言い表せないのだが、とにかく有り難く、尊かった3日間だった。今回は、最初からぼく自身も経験に開いた感覚-飾ったり、大きくみせたり、構えたりする必要もなく、率直で、開いている-自分で、皆さんと関わることができた。その上、皆さんかの法水をいただき、温かで、率直な態度が、ますます深くなっていったと感じている。

 だから単に良かった(反対は悪かった)という、善いとか悪いとかの物差しではなくて、ご法の尊さに、勿体ないなー、有り難かったな、皆さん、仏説まとこを聞かさんがためにようこそお参りくださいましたと思わずにおれない。

 ご満座(最後)にご法話の担当させてもらったが、ああ、小さな器を、少し大きくして鼻高Img_3116々な自分。さらに器をもう少し大きくしては、小さな器を見下し、さらには大きな器を嫉妬したり、恐れたり、たいしたことないと虚勢をはったりと、相対的な世界で比べあっている。そして、小さなお猪口みないな器に、広大無辺の大海原の大海をすべて收めようと、いやいやその器ではだめなので、洗面器にしないと、いやバケツなら収まるのではないかと、器を大きくしては、ご本願を私が理解できた、「わかった、わからん」「これがホンモノ、あれはニセモノ」と、わが心の善し、悪しで一喜一憂している。でも、そんな姿が迷いの姿。
(左上は、どの器にしたら、大海原のご本願が入るの? の写真)

 しかも、その器には実は底がない。ズボズボ抜けていく。それではダメだ、大海の水-法悦が収まらないと、、愚かにも、ボロボロの蓋を自分でつくり、なんとか、少しでも、法悦や念仏が収まるように、説教で穴を修復し、念仏でテープを貼り、またはがれてくると、法座で強化していこうとする。でも、そんな器を大きくしたり、底を蓋で補修をする方向には、如来様の願いはない。まったく逆なのである。

 南無阿弥陀仏の一撃で、その底を抜いてもらうのだ。

 だから、如来様の大悲にも底はないことを知らせていただける。汲み尽くせない、溢れ出る法水を、小さな器なんかに收めることは出来ないのだ。底がないものは、絶対に聞けないのである。しかし、南無阿弥陀仏でそこを出会わせてもらった、底を抜いてもらったならば、流れ続ける法水をドンドンと流すことができるのだ。それが、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」の姿なのである。ドンドンとこの虚仮不実の口から、真実が溢れ出てくださるではないか。

 空っぽの底のない、私だからこそ、ご本願があったのだ。だから、言いたい。握るな、分かろうとするな、間違いないと座りこむなと。私が、握ったり、わかったりする前に、先手をかけた親が、五劫ものご思案で、底がない、つまりは絶対に聞けない私を、見抜き、理解し、受けとてめてくださっていたのである。その仰せが、この身にかかっている、その1点をただお聞かせに預かるのである。

 それは、これまでの私の聴き方、求めていた方向とは、まったく真反対。そこにこそ、如来様の大悲の願いが掛かっていたのである。

 いま、その南無阿弥陀仏に出会う。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と出会う。底のないことを喜びは、底のない(つまりは絶対に聞けない)ものをお目当てだったというご本願にお力で、下らん頭が下げさせられた姿である。

 ああ、よくぞ、底抜けの喜びの身とならせていただいたことか!

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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明日から華光大会

 明日からの3日間、華光大会だ。

 華光同人のご法のお祭り。法話あり、信仰体験発表あり、座談会やご示談もある。また、3日目の午前中を使った総会で、決算報告から事業の相談がある。

 ぼくは大会中はかなり多忙だ。なるべく打ち合わせは、事前にすませておきたいので、この1週間は、いろいな人に電話やメールをした。これだけ綿密に、事前の委員長や役員の人と打ち合わせをしたことは、初めてかもしれない。来年は、750回大遠忌を控えていること。父の体調の心配。役員の改選や新会員の増加などで、いろいろな課題が山積しているからだ。

 大会が入ると、ほとんど休憩時間はない。法話のあとは、座談会。夕食時には、役員会と運営委員会、終了すると、分級座談会の反省会。2日目は、昼休みは、仏青の相談、夕食時は、支部長会議。夜座は、信仰体験発表の司会。終了後は、また分級の反省会。翌日は、総会があり、昼座はご満座で法話を担当する。「他力というは、如来の本願力なり」というご讃題で話することしか考えていない。まず、ご讃題ありきで勝負。内容を、明日の朝に検討する。そのためにも、今日は、事務や総会の打ち合わせに費やした。

 昼は、事業計画と、来年の出張法座の予定を検討。夕方には、委員長、副委員長を交えて、運営委員会のあり方についての検討したが、なかなか有意義な話し合い。夜になってから、750回大遠忌のために、これまでの700回大遠忌(昭和39年)と、誕生800年(昭和49年)記録、さらに再建や土地購入などのこれまでの募金活動について、丹念に資料調べた。

 正直、驚いた。改めて、そのひとつひとつにかけらた、先輩同人のご法悦の深さに脱帽の一言だ。詳細は、またまたおいおいと発表していきたいが、連続無窮の働きに胸が熱くなると同時に気力も満ちてきた。

 お出かけの皆さん、どうぞ、お気をつけておいでください。

Img_6667 京都はいま、行楽シーズンで混んでいる。天候もいい。気候も温かで、初秋のようでしのぎやすい。この機会に、流れる清き法水を浴びて、しっかりご聴聞させていただきましょう。

 写真は、今年のお当番の新潟・北陸支部の聞法旅行でのパーフォマンスから借用。
そう、中日に月曜日が入るけれど、皆さん、お参りよろしくネである。

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さようならー

 事務所に、新しいPCが入った。

 交換したPCはまだ活用するのだが、古くからあったPCを廃棄することにした。

 ぼくが使っていたWindows95が搭載されたPC。ブログを始めた時は、まだこれだった。新しいPCになっても、しばらくの間は、仕事があった。PCの前に座るものはなくなったが、そのImg_3066役割を黙々と果したくれていた。

 モニターはこんなに大きなブラウン管。今朝、モニターのみを廃棄業者に渡したが、有料だった。ハードディスクは、壊してから廃棄する予定だ。

 長い間、ご苦労さまでした。

 別れを込めて、昨晩撮影した。

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湖面にかかる虹

Img_3049 月曜日に、虹のことを書いた。

 それから、3日後の木曜日。生まれて初めて、ほぼ完璧に弧を描く虹を見て、興奮し、感激もした。

 博物館を出てから、カフェでお茶を飲んで,車を走らせたら、正面にクッキリと虹が見えてきた。早くしないと消えてしまう。とてもきれいだったので、どこかにImg_3043_2止める場所はないかと探していたら、うまい具合に湖畔に公園があって、駐車場もある。

Img_3042_2

 琵琶湖の湖西から湖東へと、湖面の上空に、階(きざはし)がかかっているかのようだ。湖面にも虹が映えている。

 あまりにも大きすぎて、全体像が写せなかったし、湖西のものは、写真では少し消えかかっている。あとから、パノラマ撮影にして編集で連結させればよかったんだと気付いたが、まあ仕方ない。 

 目にはしっかり焼きつけた。

Img_3045   虹の根元には、素敵な宝物があるという、子供たちの話が蘇ってきた。。

  Img_3065振り返ると、西の空は、見事な夕暮れ。

  頭上は、ポツボツと雨があたる。

  公園にひとり立つ人物像。ここは、坂本城跡で、主は明智光秀だったことを、初めて知った。

 虹は静かに消え、夕日も沈んで、すぐに真っ暗になった。まるで幻想のような10分足らずの時間だった。Img_3036 

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『大津 国宝への旅』展

Img_3023 昼から、大津市歴史博物館に出かけた。

 大津市歴史博物館の開館20周年記念の企画展で「大津 国宝への旅」をやっているのだ。今月の23日までなので、今日しかチャンスはなさそうだ。大会前だが、思い切って出かけたて、よかった。充実した展示で見応えがあった。

  http://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/news/1002.htmlImg_3029

大津市ゆかりの仏教美術の文化財が、国宝35点、重要文化財55点を含めて(ただし、前期・後期で展示替えがあるので、すべては見られないが)、粒揃いの名宝が展示されて、壮観だった。

Img_3027 実は、滋賀県は、(国立博物館の東京を除く)京都府や奈良県についで、国宝が多数ある歴史的文化県なのだ。特に、比叡山や三井寺を有する大津市内には、京都市や奈良市についで、多くの名品があるのだが、残念ながら、両都市ほどの知名度はない。だから、今回の展示でもゆっくりと鑑賞することができた。もし、同じ規模のものが、京都や奈良の国立博物館であったら、長蛇の列なるだろう。

 これまで、ぼくもこんなところに博物館があることすら、知らなかったImg_3070。京都からも近くて、駐車場も無料なのは有り難かった。琵琶湖を見下ろすロケーションもよかったし、紅葉も美しくなってきた。これからが見頃だ。

 仏像、仏画、高僧肖像、経典や古文書類や仏具、絵画にしても、寺院の縁起や襖絵なので、ほとんどすべてが仏教美術に関するものばかりだ。地域柄、比叡山と、三井寺のものが多く、天台系や、天台真盛宗の西教寺(昔は、ここの会館でよく仏青大会を開いた)の宝物も多かったが、鎌倉以降は、浄土教の展示が俄然増える。阿弥陀像や来迎図、中には善導様の木造もあった。

 右上の写真は、延暦寺の四天王像のひとつだか、重量感のある写実的な描写で、なかなかリアルなのに、足元に踏まれる邪気(天の邪鬼)がマンガチックで、その対比がとても面Img_3030_2白かった。これって、まさに仏法に接する私達の姿じゃないかなー。どこかで、舌をだして、茶化しているのだもんな。この対比は、人ごととは思えず拝見。

 また、今回は、秘仏開閉ということで、(後期は)三井寺の中興の祖である智証大師(円珍)座像がお出ましになっていた。御骨の像と言われるのは、像内に上人のお骨が奉納されているからだ。頭部を面長に、卵のような顔だちはかなり特色があるが、細い目は、瞑想状態におられる。ポスターの写真になっていたものは、もう一つの秘仏の大師像だが、ともに国宝に指定されている。

 さて、今回の目的のひとつは、「六道の世界」と題した後期の展示で、聖衆来迎寺にある絹本着色六道絵を拝ませてもらいたかったからだ。

0504_2 国宝の15幅の内、畜生図と、阿修羅図を除く、13幅が揃って展示される。15幅のうち12幅は、『往生要集』一章「厭離穢土」に示される六道の様相を具象化したもの。六道のうち、「地獄」は、八大地獄の内、等活、黒縄、衆合、阿鼻の四つを、「人」は、不浄・苦(四苦と八苦)・無常の姿を四幅に描かれている。あとは、餓鬼、畜生、修羅、天上である。残り3幅のうち2幅は『往生要集』七章「念仏利益」の所説に基づいて、念仏の功徳を解きあかしている。
 最初06の1幅だけが、『往生要集』にはない閻魔庁の裁きの場面だ。それでも、業鏡(浄玻璃の鏡)の前に、罪人の罪状がすべて映し出され、恐怖に引きつっている。
 「活、活」との獄卒の掛け声とともに、何度も何度も生き返ってImg_3031_2、無限に苦しみを受け続ける等活地獄や、黒縄で印を付けられ切り刻まれる黒縄地獄、そして邪淫の罪のリアルさが示される衆合地獄など、これまで子供大会のスライドで観たきた世界だ。
 阿鼻地獄では、二千年もの間、真っ暗闇の孤独な世界で、頭下足上と、真っ逆様にひたすら落ち続けていく姿が描かれていた。色調は真っ赤炎に包まれていて、前の3つの地獄のようなリアルさはない分、精神的なおそろしさが滲み出ている。三悪道の悪道の世界のあとで、人間界の四苦の苦しみを観たが、まるで楽しい穏やかな世界に見えるから不思議だった。

 まあ、これらが、ぼくらの捨て難い故郷。好きで、好きでたまらないのである。それが、顚倒の迷いの姿だ。

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相談

  朝から、事務所に、新しいPCが入った。ぼくは使用しないが、いままでの古いPCでは、新しいソフトを載せると、トラブル続出。せっかくの入力がすべてダメになったり、メールの受信にしてもそうだし、下手すると、イライラで人間関係までも悪くなりかねない状況だった。ほんとうは、昨年度の予算だったが、年度の違いで11月にやっと入れることができた。完全なセットアップまでには、まだもう少しかかりそうだ。

 午後から、初めての方の心理相談。内容には触れられないが、以前、父が、定期的にある寺院での法座活動に出ていたことを覚えてくださっていて、お母さんが、藁にもすがる気持ちで連絡してくださった。先方は、一度で、スッキリしてほしいと願っておられたが、残念ながら、そう単純ではない話。定期的な面接が必要だか、遠方なので、ここでは無理だということと、そして、父がいまはお相手ができないがそれでもよいかを承知いただいた上で、ご縁があって少し時間をとらせてもらった。おかげで、ぼくもにいい機会だった。もしかすると少しは前に歩んで行ける、ほんの小さな糸口になったかもしれないが、これから定期的なカウンセリングが必要だと思うので、近くの相談室をご紹介することにした。同時に、真宗の聞法もお勧めしてみた。

 人は、時として、事情がわからずに苦し時や迷った時は、四柱推命などの占いや呪いなどにすがりたいというのが、人情ではある。しかし、それは因果の道理に違う迷いの姿で、逆に霊感的な指摘などで、一層、苦しみがますこともあるので、要注意。

  夕方、6時前になって、父と恒例の散歩。そのまま真宗カウンセリング研究会の月例会へ。龍谷大学の深草学舎だ。一月に一度だけ、大学の空気に触れる。ロジャーズの「必要にして十分な条件」論文を読む。条件として省略されていることから、明確になってくる重要な特色が5点あるうちの、一つ目など。気付いたことなど、また少し後で触れていきたい。

  別にカウンセラーなどの専門職に付くのでも、ご法の勧める立場でなくても、もしくは援助的な人間関係に接する職業でなくても、この点が少しでも念頭にあったり、もしくは実践しようと努めることで、随分、人間関係や人生が豊かに変わると思う。ぼくには、「聞く」ことに関して、すべての人が学ぶべき、人類の共通の叡知であるようにさえ思うのだけれども、これを知っている人は稀であり、ほんとうに大切に実践している人は少ないことが、不思議であると共に、とても勿体ない気がしてならない。ちょっとしたことで、生き方が変わったり、人間関係も豊かになる可能性があるのにと思っている。華光の人も、食わず嫌いをしたり、名前で警戒したり、仏法ではないからと貶めたりしないで、自分のために、もっと気楽に学んでもらいたいものだ。

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振替休日~夕食篇~

Img_3004 今夜は、子供たち二人で、夕食を作ってくれることになった。

 買い物からスタート。メニューは、ミートソースのスパゲティーと、サラダポテトなどである。

 連れ合いが手伝ったり、アドバイスするのかと思ったら、側にもいない。二人だけでやっているのだ。

 ソースは、カンロの仕事。トマトソースをベースに、野菜や挽き肉をまぜている。ナナは、タマネギを向いたり、ニンジンを切ったりしているから、サラダ係だ。Img_3005

 途中で、今夜のお客さんでもあるナナのお友達が来たので、彼女は、ここでちょっと遊びに夢中。残りはカンロがひとりで作り出した。彼女の料理の腕はなかなかのもので、デザートなんかも作ることができる。

Img_3006 そして、ジャージャーと、ついに完成!

 おお、これはイケル。お味のほうも、なかなかのもの。一生懸命、手抜きなしだもんな。

 食後の皿洗いや片づけ、収納は、いつものぼくの仕事。

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振替休日~虹の根元編~

 ぼくのことではなく、子供たちのこと。

 土曜日の学芸会の振替休日で、子供たちは今日がおやすみだ。

 午前中は、子供たちだけで梅小路公園で遊びに行って、枯れ葉やドングリなど秋の匂いを運んできてくれた。

 午後は、父も一緒に連れて、親子三代で上桂の歯医者へ。8月の最初は週2回、今は週1回にしてもらって通っている。

  昨日までは、黄砂の影響でどんよりした日が続いたが、気温は温かかった。でも、今日は、風も強くて寒い。今夜になって一段と冷え込んでいる。

Img_2995  歯医者からの帰り、桂離宮がその前にある公園で、ちょっと途中下車。木々は、色づきはじめている。父と一緒に、公園の周りを10分ほど散歩した。医者の勧めで、1週間前から始まった習慣だ。

 その後は、子供たちと、少しだけ遊ぶ。運動会の100Img_3000M走で一番になって走りに自信がある上の子と、駆けっこの勝負。直進で50Mほどだか、けっこう走れた。2回は、ハンディ戦に、身長というか、ストライドの差で勝った。まだしばらくは大丈夫のようだ。

  風が強く、父も疲れてきたので、30分ほど帰宅の途へ。

 黒い雨雲が、強い風に乗ってどんどん流れ、青空が広がっている。

 車窓から、子供が、「ああ、虹が出ているよ」と、北の空を指した。虹は、くっきりしているが、途中でもう消えている。

 「あの根元には宝物があるんだよね」と、ナナ。

 「そうそう」、とカンロ。

 そうなんだな。二人と教えてもらうと、何事にも変え難いすばらしい宝物が埋まっている気がしてきた。

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『ビルマVJ』~消された革命~

 本願寺の聞法会館で、「仏教国ビルマ」の写真展を観た。それに関連して、前にも、総評で『ビルマVJ』~消された革命~に触れているが(http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-e197.html)、もう少しだけ詳しく書きたい。

Burmavj_01 10月の始めに、京都シネマで『ビルマVJ』~消された革命~が上映(たぶん1週間限定で、1日1回だけ)された。映画の中で、権力の僧侶に対する暴行に端を発して、僧侶のデモの中心的指導者で、来日中のアシン・ターワラ師の舞台挨拶もあった。

  まず、その圧倒的な臨場感に驚き、真実の姿に涙した。

  題名の「VJ」=とは、ビデオ・ジャーナリストの略。軍事政権下の圧政、激しい言論、表現の弾圧の中で、文字通り、生死をかけた命懸けのビデオ映像。それが、唯一、ビルマの生の庶民の姿や、現状を世界に発信することのできる手段だからだ。ビデオ所持しているという理由だけで、逮捕や拷問、時には命の危険もあるギリギリの状況での隠し撮りなので、けっして鮮明な映像ではなし、時にブレたり、地面の映もあるが、それでも圧倒的な臨場感、緊迫感があるのだ。

 冒頭のシーンからしてそうだ。周りを窺って、突然、抗議文を頭上に広げたひとりの男性。どこからともなく私服の秘密警察が現れたかと思うと、隠密裡に彼を連行していく。その様子が、隠し撮りされているのだが、画面のこちら側にいるぼくまでが、までるその場に居合わせて、秘密警察や軍隊に摘発される危機を共有するかのような気分になる。しかし、実際は違う。ぼくがいるスクリーンの手前の世界は、まったく平和で安全な場所なのである。最近、その日本でも「物が言いづらい世の中になった」という声が多くなってきた。しかし、しっかりとそう発言できること自体が、言論や報道の自由があり、思想や信条の自由が保証されている国だということだ。では、そんな国に住んでいるぼくたちは、何を発して、何を表現しているのだろうか。そんなことが問われてくる。

 アカデミー賞の長編ドキャメンタリーの有力候補だったが、例の、『ザ・コープ』にさらわれた。隠し撮りの手法で、何かを主張するという点では共通するのだが、両者には、埋められない本質的な違いがある。にもかかわらず、栄光が『ザ・コープ』に輝いて、この映画の日本での上映機会が少なくなったのは、とても残念だ。

 本来、政治的中立を保ち、国中の人達の尊敬を一心に受けてきた僧侶が、ついに無言の、それでも圧倒的な存在感でデモに立ち上がったシーンに、ぼくもこころを奪われ、なぜか涙が溢れてきた。民衆のデモ隊の発するスロガーンは、「軍事政権打倒」といった過激なものではない。あくまで抑圧された者が、自由や平和、そして対話を訴える、最低限の基本的人権にかかわるものなのだ。しかし、彼らの声は、残念ながら銃の前に屈してしまう。その結果は、すでに報道されて分かっている現実なのだ。しかし、結末に目を覆うような惨事が待っていると分かっていながら、無数の非暴力の民衆の力で、軟禁されているアウンサン・スーチー女史が、自宅前で合掌する姿が微かに映し出された時には、大きな希望の光を感じたりもした。何かが間違いなく変わる!と。

 皆が口をつぐまざる得ない絶望状態から、かすかな希望が生まれ、それが徐々に大きなうねりとなって、希望が現実になりかけた時に、一気に悲劇がもたらされる。銃の暴力によって、自由を求めた民主化の声は、闇へと葬り去られていく。この軍事政権には、どれほど世界中が非難しようとも、評判もまったく関係ないのだ。
 軍隊による暴力は、非暴力で行進する無抵抗の市民への無差別の発砲となり、中心的な僧院での僧侶への暴行と拉致となり、多くの犠牲、川に浮かぶ無残な僧侶の死体が後に残った。

 取材中の日本人ジャーナリストの長井健司氏が銃弾に倒れるシーンも、何度も再現される。暴徒鎮圧中に流れ弾による不慮の事故で亡くなったという軍事政権の言い分は、デタラメだということが、よく分かる。狙いは、ビデオを回している者すべてなのだ。たまたまそれが外国人(日本人)だったというのである。

 このデモを記録したデンマーク人のアンダース・オステルガルド監督作品だが、映画は、実際の映像と、命を狙われタイに亡命さぜる得なかったVJとの再現ドラマを交えている。

 ちょうど、スーチー女史の軟禁状態からの解放というニュースが入ってきた矢先だ。この機会に、チャンスがあればぜひご覧いただきたい。

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学芸会の合間に、「アウンサン・スーチー写真展」

 朝から、子ども(一部連れ合い)の学芸会で、小学校へ。今年から、運動会も、学芸会も、1度で済むから、大助かりだ。

 朝いちばんで、一年生の劇。やっぱりみんな、かわいいくて、初々しい。セリフを言う時、手を前から上に、体操のようにあげるのは、なぜなんだろうかな。

 ビデオに收めたら、すぐに帰る。次は、午前の部の最後なので、1時間半ほどしてから、再出発。

 さすがに、5年生になると、うたも、ダンスもうまくなる。ラブレターをめぐるドタバタ劇。なぜか、男の子同士がデートする。途中、嵐の歌でダンスあり。いま旬の、戦場カメラマンの渡部陽一のモノマネなんかも中に入る。ぼくらの子供の時とは随分、劇の内容も違うなー。たしかに、5年生の時は、野口英世の幼年期を演じた記憶があるけれど、いつも、至って真面目なものばかりだった。

 お昼までに終わったが、午後のいちばんで、連れ合いが出演するPTAのコーラス。学級委員の役割で、6年間に一度はやらねばならない。

 次の間まで40分ほどだったので、自宅に戻らずに、西本願寺の聞法会館に直行。小学校からは、自転車なら5分で行ける。

Img_2992 自力のお友達に教えてもらったビルマ関連の写真展が、ロビーで開催されている。

 『仏教国 ビルマ』~アウアンサン・スーチーと、彼女を支えた家族の写真展~だ。↓

 http://www.biruma-oen.net/

 ノーベル平和賞に輝くアウンサン・スーチー女史は、ほんとうにImg_2993美しい。それは単なる外面的な問題でなく、内面から醸しだされる品格や知性といった気品で、輝いているといっていい。しかも、民主化の指導者としての毅然とした顔だけではなく、よき2児の母として、また仲睦まじい夫婦の姿を捉えたプライベート写真のやわらかい表情も、またいいのだ。ほかにも、上座部仏教国であるビルマ僧侶の姿や、ビルマの日常生活の写真が展示されていた。

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 ここで、ミャンマーという軍事政権の英語表記ではなく、旧来のまま「ビルマ」表記というのも、ミソだなー。

 関連の記事が次へと続く。

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思いもよらないこと

ひとつ目の話

 自力整体のお仲間から声をかけられる。

 「一昨日の12時すぎに、高辻烏丸の京都銀行の駐車場に車を止めていたら、かりもんさんが、歩いてこられたんですよ。例のカフェに行かれるのかと思って、『かりもんさん、かりもんさん』と声かけたら、周りの人ばかり振り向くんですがね。真っ赤なジーンズ履いて、若い人のようでしたよ。その後、車をだしたら、また自転車で出て来られたのに、バッタリあって、クラクションを鳴らしたらビックリされるからやめたけど、しばらく並走してましたよ」。

 ああ、スイマセン。それはぼくです。ベトナム戦争のドキュメンタリー映画の後で、自転車を取りに行ったのだ。でも、ぜーん、ぜーん、知りませんでした。

 見てこざる、知ってござるで、知らぬは自分だけと思うと、ちょっと薄気味悪くもある。
こりゃ、こそこそ悪いことはできんなーと。

ふたつ目の話

 やはり、今日の自力整体にて。

 例によって体重(体組成)計に乗っていると、

「かりもんさん、聞いてますか? 〇〇さんが、先週の金曜日にお亡くなりになったんですよ」

「エー! 〇〇さんって、7月の10周年のお祝いに時にも、あんなに元気だったじゃないですか?」

「えー。その後も、私はランチしてるんです。お祝いの時の写真が、葬儀の思い出の写真で、トップで上映されていましたよ」

 ああ、先生のブログにあったお悔やみとは、彼女のことだったのか。

 まだ、58歳。数年前から癌の闘病生活をされていたとはいえ、先日まで、あんなにお元気だったのになー。

「延命処置を断られて、最後まで彼女らしい、しっかりした逝き方でしたよ」

 改めて、撮影した写真を見た。歌うように、彼女がお祝いの言葉と、いまの気持ちを発言されているところが収まっている。いきいきと楽しそうだ。

 それにしても、そんなに悪かったのも初めて聞いた。ここ数年は教室で会うこともなく、親しくしていたわけではないので、あいさつする程度だ。もちろん仏法の話などしたこともない。

 それでも「袖すり合うも他生の縁」だ。彼女とは、過去世でどんなご縁のあった方だったのだろうか。残念ながら、神通力のないぼくには分からない。では、ぼくは、この今生だけでも、どれだけの人と袖をすり合わせていくことになるのだろう。別れては出会い、また出会っては別れていく。その繰り返しで、袖をすり合わせた方のほとんどが、ぼくの預かり知らないところで、静かに往かれていくのだ。もちろん、ぼく自身も、またそんな身なのだ。

 では、その間に、どれだけの人と、ほんとうに心を通わせあい、分かり合い、語り合うことができるのだろうか。そして、仏法を喜び合えるのだろうか。

  今日のレッスンの間、そんなことがぼんやりと去来していた。 

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聖典

 先日の日高支部のお参りの時、「先生、イセちゃんからです」と、一冊の古い聖典を頂いた。

 表の見返しの部分には、

 「蓮如上人仰せられ候
 本尊は掛けやぶれ、聖教は読みやぶれと、対句にて仰せられ候」

Img_2974 最後の見返しに、

 「平生の時、善知識の言葉のもとに帰命の一念を発得せば、そのときを以て娑婆の終わり、臨終と思うべし」との揮毫があり、

 箱には、「釋顕昭」とある。 

 日高同人の先代からの知識である鎌田顕昭師が、(たぶん当地にこられた)10周年記念に同行に贈れたものだという。母親から娘(といっても80歳以上の高齢)へと受け継がれたが、「この先、きっと粗末になりますから」と、ぼくに託されたのである。

Img_2970 昭和4年に発行された本願寺派の「昭和新編・真宗聖典」だ。

  80年以上前のものなので、聖教部分はともかく、法語や掲載の消息が、今日とは違う。 戦時中ほどではないにしろ、皇国史観が前面に押し出されている。特に、明治以降のご門主の消息は、かなり勇ましい。

 第3編の法語は、その見開きから『破邪顕正鈔』(存覚上人)の「仏法・王法は一雙の法なり。鳥の二つの翼のごとし、車の二つの輪の如し」として、俗諦としての皇恩を前面に出した、真俗二諦論が展開されている。しかし、これは今日の教団では、完全に影を潜めている。しかしである。「朝家の御ため、国民のために」(御消息25通)のスローガンが、「世の中安穏なれ、仏法ひろまれ」(同)(数行進んだか)に代わっただけのことではないか。スローガンが変わっても、結局、世の中(世俗)に迎合していく姿は同じで、ほんとうに信心の内実を問題にしているのだろうか。もし、根本的な反省もなく、その構造や機能はそのまま引き継がれたとしたら、スローガンがソフトになった分、見えづらくなって厄介かもしれない。

 横道に逸れた。

 この聖典の編集の意図が面白い。別に理に適った話なのだが、今日の状況を考えると、面白いということである。

 「最近、吾が国の青年男女が寺院に遠ざかり行く傾向は、誠に心ある人々の憂慮するところである。これには、適当な聖典を編集して、これらの青年男女をして常に聖語に親しましめるという事が、もっとも緊要なことである。」

 へえー、昭和4年段階で、既に青年のお寺離れが深刻になっているというとこだ。いつの時代もそうなのだろうな。でも、いま真宗の寺院にお参りされる世代は、この年代ごろに生まれた方が中心だといってもいい。ということは、常に聖語に親しましめるという成果が現れたということなのか? ともにかく、いわんや、今後は…をやである。深刻度は増すばかり。

 さて、聖典は、とてもコンパクトで持やすいのだが、残念ながら、ご本典や御文章もその一部だけの抜粋なので、普段のご法座では使えない。

 それでも、この地の先代の知識である鎌田先生から、その法灯も一緒に引き継がせていただくという思いも湧いてきた、有難く頂戴することにした。

 長らくお仏壇に入っていたのだろうか。芳しいお香の匂いが染みついてる。

 まさに、法が薫習(くんじゅう)されているだ。

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 今夜は、子供の「虱」で、ひと騒動。学校の検査で、子供の頭に虱が…。

 「エー? 虱(しらみ)?」と、思わず聞き返した。いま学校で流行っていて、どうやらご近所のお友達から移ったらしい…。上の子が、髪がかゆいと頻繁に掻いていたので、調べてもらった。

 おかげで、夕食前からたいへん。慌てて、お風呂で、二人の髪の毛を切る。長い髪の毛がばっさりして別人のようで、ちょっとふっくら。同じ髪形になると、案外、二人は似てたりする。3日に1回、虱を殺菌するシャンプータイプの薬を使う。毎日、シーツを洗う。もちろん下着も、毎日着替える。まめに洗髪。布団も毎日干す。タオルだけでなく、ブラシや頭につけるものも、まめに熱湯殺菌…。確かに、日頃から気になっていたところが清潔になるんだから、これはこれでけっこうなことだが、毎日、毎回となると、しばらくはたいへんかも。

 それにしても、虱とかノミなんか、はるか昔の日本のことか、外国のことかと思っていたけれど、今の日本でも、けっこう普通に流行っているらしい。感染力も強くて、小学校や、特に保育園などの集団生活では、すぐに広がるらしい。でも、強めの殺菌力るあるスミスリンを使って、完全に卵まで除去。2、3回を使って清潔にしていると、すぐに収まるらしい。

 ほぼ同じ布団に寝てる女性陣は、みなアウトらしいが、別室で、唯一のMY布団のぼくは大丈夫なはずだ。でも、「虱が、虱が」「痒い、痒い」と、そんな話題ばかりしていると、なんとなく、ぼくの頭も痒くなってくるのは、なぜだ?

 あー、バスタオルは共有やった。使って干してまた使うで、区別なく共有していた。

 なんか、また痒くなってきた…。

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松葉の解禁日

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 週末の日高法座法座。11月6日が、ちょうど松葉ガニの解禁日と重なって、ラッキーだった!

 松葉ガニ(まつばがに) は、ズワイガニのことで、地域によって(たとえば福井なら越前ガニになる)呼び名が違うが、日本海の冬の名産だ。これからの週末は、城崎方面にはカニを目当てしたツアーも多くなる。秋、冬以外の季節(聞法旅行のものは)、当然、冷凍のものだ。

 いつもお宿をしてくださるSさんがお土産にくださった。ぼくが子供のころから、冬の法座のあとでご馳走になってきた。昔に比べると、いまは水揚げも落ちて、ずっと高値な貴重なものになっている。特に、解禁日直後だったので、なおさらだっただろう。

 コッペガニ(メス)で、おいしい但馬の日本酒も頂いたので、おいしくいただきました。

 あさましいことだが、殺生はうまいなー。

ごちそうさまでした。

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『アイスバーグ!』と『ルンバ!』

 京都シネマで、新作なのに2本立てで映画を見た。ベルギー・フランス合作の『アイス・バーク!』と『ルンバ!』だ。2本立てなんて、久しぶりだ。1本の値段で2本も見れるんだもんなー。1本450円也。安くても、面白くないものはいやだが、これは内容がなかなか新鮮で、奇妙な驚きがあった。ある意味、拾い物かもしれない。決して、大作ではないが、オリジナリティーに溢れている。最近のヒット作は、焼き直しやリメイクばかりで、そうでなくても、なんてなく結末やネタが分かっているものばかり。その意味では、本作のストーリーは予想不可能。ある意味、荒唐無稽といれば、そうなんだけれども、「どうして」「なぜ?」なんか思っちゃいけない(というより、そんなことは問題にならない)。ある種、不条理は不条理として画面を楽しむ。第一、細かなストーリーなんか関係ないよう(セリフも説明もない)で、実は、けっこうそこに引き戻されたりする。その身体的なパーフーマンスを味わうべし。

Rumba_01 映画の前の予告編は、ウディ・アレンの新作(人生万歳!)コメディ。あいからず、知的なセリフや言葉が溢れるように出ている。見るからに面白そう。しかし一方で、こんな映画もあるんだなー。セリフは極端に少ない。笑いもズレている。斜に構えて見たなら、きっと面白くないだろう。しかしセリフが少ない分、パンタマイムや道化師のように、身体を使って笑わせる。これがなんともすごいのだ。単なるドタバタでもなくて、むしろ笑えないことも多いが、この不思議な世界に嵌まると、そのズレ具合が無性におかしくなる。まさにオフビートの笑いだ。そして、背景や小物もすごくオシャレ。服装の色使いもシンプルなデザインながら、原色が多様されて、組み合わせも鮮やかで、美しい。

 まずは、『アイスバーグ!』。アイスバーグとは、氷山のこと。
 冒頭、地球上で最後にイヌイット語を話すという女性が登場して、「どうようにして夫と出会ったかをこれから話します」というシーンから始まる。ところが、一転して、フォミレスの店長の女性が主役になる。旦那と子供二人と、郊外に住宅街に住んでいる。その彼女が、店の冷凍室に閉じ込められたことから、家族と旦那との間に溝に気付く。いや、冷凍室から戻ると、強く氷山に魅せられていく。冷蔵庫の冷凍庫の氷で氷山を造る。寢室のベットでは、あまりにも寝相が悪くて、旦那を落とし、シーツでパフォーマンスでは、シーツとからだ、無意識に氷山の形になっている。このシーンなど、前衛的なダンスだ。不法移民や港町の老人。集団の動きも奇妙でいい味。ついに、氷山を目指し、鄙びた港町へ。そこで、寡黙な(実はあまりの衝撃的な不幸で、口と耳の機能を失った)船長に出会う。船長といっても、小さなヨット。その名も「タイタニック」号。執念で追いかける旦那。三人の海上での、奇妙なドタバタ喜劇と、ダンスというか身体パフォーマンスの連続。そして、ついに船は氷山にぶつかり、知らぬ間に、冒頭の話へと戻っている。結局、収まるところに収まったようだ。

 5分の休憩を挟んで、『ルンバ!』。前作の、監督も主演も、同じコンビで、こちらも夫婦役。主な出演者も同じで、ふたりの間に入って、外からふたりの運命を引き裂く男も同じ。二人は、ベルギーのカップルで、フランスとベルギー合作映画だ。フランスでも、ドイツでもないところに、この映画の妙があるのかもしれない。フィンランド(アキ・カウリスマキぼかったりする。まあタチ風だったりもするが)やノルウェーとの大国に挟まれた国で、この手の映画が造られるのは、ある種、必然かもしれないなー

 ここでの二人は小学校の教師。男性は、体育、女性は、英語。ふたり趣味は、ラテン・ダンス。ルンバを睦まじく踊る。しかも、地区の大会で優勝する実力者だ。ダンスシーンが、とにかくいい。バックもおしゃれ。と、ここまでは、まったく楽しくて、美しくて、素敵な映画だ。ところが、二人の幸せなが、突然、音を立てて崩れていく。「なぜはない」。ある大会で優勝した二人。楽しげに、帰宅につく車。突然、自殺願望の男(前作の船長)が立っている。彼を避けようとした車は大破し、二人は大怪我を追う。そこからは、ただただ転落の一途。

 妻は、片足を失い、夫は、記憶を失う。過去の記憶だけでなく、短期記憶が破壊されて、すぐ前のことが記憶できなくなってしまう。妻のことも分からないし、すぐに忘れる。もうここから、いくら面白いシーンがあっても、笑えなくなる。片足のからだや脳の障がいの失敗をネタにしていくからだ。これはある意味、残酷なのだ。しかも、そのからだではお互いに失敗ばかりで学校もクビになる。妻は、過去の栄光のトロフィーや写真を焼き捨てようと、二人でお別れのたき火をするが、それが義足に引火して、家まで全焼してしまう。しかも、パンを買って戻ろうとした夫は、道に迷って、海辺の町へとさすらい強盗に襲われる。そこで、彼を助けるのは…。なんとも切ない哀愁を帯びた色に染まり、残酷ながらも、どこか温かだ。

 それにしても、海がきれいだ。これは、前作も同様だか、この映画なら、狭い部屋から窓越しに見える、海がなんともよかった。その海を舞台に、妻の回想的なダンスシーン…。うーん、哀れだけど、美しい、純愛もの。

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底抜けの喜び

 秋晴れの中での日高支部法座。

 9月聞法旅行の余熱で、まだ燃えていた。

 その余韻もあって、外からのお参りがあって、大きな刺激をお互いに受けた。広島からお二人、福井からもお一人の3名の方もご一緒だ。年齢からいれば、お子さんの世代よりもまだ若い人たちだが、その大きな法悦に浸らせてもらって、ぼくも大きなお得をもらった。迎える側も、訪れる側も、そして招かれたぼくも、そこに如来様も含めたら、まさに「四方すべて善し」の相乗効果だ。

 聞法旅行の分級座談会の時のように、我が身の喜びを語りながら、遠方からの求道者に、ご示談をしてくださった古老の男性。けっして流暢なしゃべりではない。むしろ、年齢からか羅列が回らず、言葉が聞きづらいときもある。それでも、その篤い篤い仏法の喜びのぶこころが、その迫力ある姿が、こちらの堅い堅い、理屈だらけで、言い訳だらけで、いつも自己保全しかないつまらないものにも、しっかりと届いてくるのだ。

 老苦、病苦の身を抱えながら、そのからだ全体からの圧倒的な喜びだ。

 そうだ、皆さん、底抜けで仏法を喜んでおられるのだ。

 子供の報恩講がすんでからの会食。全盛期の1/4程度の人数になっている。それでも、ご法の話になると、みんなイキイキとしだす。「80過ぎのおばあさんも、20の娘も、同じ親のお念仏を喜んでるのなら、一味やな」と、誰かがいうと、「そうや、私らいまだに18歳やー」と言っては、こころから大笑をされる。そして、笑ったと思ったら、今度はわが身の粗末さを懺悔され、仏法に出会った喜びに語り、変わらぬ善知識への報謝の念をこころから涙し、その身一杯で表現されている。どこを切っても、南無阿弥陀仏、まさに自然な常念仏が響く。ああ、この喜びは底がないのだ。何の条件も、ためらいも、周りの空気もお構いなし、キョロキョロと誰かと比較することもなく、まったく自分事として、泥凡夫のからだ全体からほとばしる喜びを表現されている。それが、こちらにもパンパン伝わってくるのだ。

今朝、お参りに出かける前、ほんの短い時間、Hさんと掘ごたつでお茶を飲む。9月の聞法旅行で、感動的な、しかも爆笑の感話をしてくださったHさんが、こうおっしゃった。 
「不法・懈怠の私に、これでもまだ疑うのか、これでもまだわからんかと、この私に目にものみせるために、諸仏・諸菩薩が、わざわさ大挙して、次々とこの地にまでお出でくださったんやな。もったいないなあー。南無阿弥陀仏」と喜んでおらる。どこどこまでも、自分に法を味わっていかれるのである。

 仏法は、理屈や根拠なんかじゃない。今頃は、ネットで検索して、ご文・法語を知って、すぐに「分かった、分からん」「これが正しい、あれは間違ってる」と、いちばん大問題を自分を抜かしてやっているが、そんな薄っぺらい、小さな仏法じゃないんだ。そんなところに留まっていると、妙な喜びや体験を握っては、わが心を隠したり、誤魔化したり、ギクシャクと構えたりして、すぐに善しになって、仕上がっていくかしないのだ。そんな時は真実信の同行や知識がどこかでおそろしく、煙たいので、ますます独善的になる。でも、如来様の大悲には底がない。だから、そんな私の浅はかな、ちっぽけな底など作って、分かる必要などないんだ。むしろ、私が空っぽのままだからこそ、そのままに虚空の如くに際のない「南無阿弥陀仏」が自由に往来してくださるのではないか。聞いても、聞かなくても、こちちは、虚仮の空っぽなのだ。ちょっと念仏が出た、ちょっと分かった、何かご文で気付いたら、すぐにしたり顔になって、つまらん自己流の念仏を握りにかかって、賢こぶって念仏者になっていくが、その私の中味はなんだろうか。そこを聞くのである。

 ここの人達は、一文不知の尼入道でありながら、まさに泥凡夫そのままの姿ながら、後世を知り、一念のいわれを知った智者ではないか。煩悩も、感情も、泥凡夫の姿も、すべてそのまま、まるまる、まるまる如来様にまる投げされている。

 ああ、こんな尊い念仏者に、ぼくはこれまでお育てをいただいてきたんだなー。なんと勿体なくも、尊いことではないか。でも、これまでは、この無上の真の価値がわらかならいたわけものだったのだなーと思うと、涙と共に南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 

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明日から日高(豊岡市)支部法座

 秋晴れ。気持ちがいい。伝道研究会のことを書いていたら、真仮願や方便についての話題で、長々と書き出して収拾がつかなくなった。明日の準備もあるので、今回は残念ながらパスした。

 明日から日高支部法座。大人の法話より、「子供の報恩講」の準備がある。子供向きの法話(二河白道の予定)はもちろんだが、オルガンの譜面や、ゲーム教案や紙芝居、ちょっとして記念品の買い出しなど、短い時間でも、大人の法座よりも手間がかかる。最近は、華光会館の日曜礼拝や子供大会でも、オルガンは引かないし、ゲームもしないので、腕が落ちている。

 大人の皆さんは、9月の聞法旅行のこともあったので、楽しみだ。久しぶりに遠方からの参加者も数名ある。だいたいぼくのご縁の時は、初日と、二日目の昼間は、個別訪問の法座(月忌参り)があり、二日目の午前は、子供会があるので、大人の法座は、夜の1座だけになる。それで、子供会のお手伝いをお願いする以外は、なかなか遠方の方にはお進めしずらいのだが、日高の生きたお念仏に触れてもらうことでも、大きな意味はある。そのことは、先月の聞法旅行では、実証済だ。理屈ではなく、先代、先々代から脈々と生きるお念仏の土徳の地で、念仏讃嘆させていただく。

 ご参加の皆さん、よろしくお願いします。遠方からの方は、お気をつけて! 

1)日高支部法座(子供報恩講を含む)

日時:6日(土)夜7時(大人の法座)~7日(日)朝10時(子供報恩講)

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/11/hidaka2010-11.htm

日曜日は、華光会館で法座。昼は、聖典講座、夜は、仏青例会である。

2)聖典講座(悟朗先生の正信偈講座)

日時:7日(日)昼1時30分~5時

内容:「釈尊の教化」もいよいよ今回で終了、依経段の最終回。「弥陀仏本願念仏 邪見驕慢悪衆生 信楽受持甚以難 難中之難無過斯」の「極難信の法」の解説と講話。
確かにー、いろいろな意味で難しと思いますね。極難信。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/11/seiten2010-11.htm

3)仏青例会

日時:7日(日)夜6時~8時(いつもと時間異なります。夜です)

内容:夜は仏青例会。ハガキの法座案内とは日程が変更になってます。こちらも正信偈。勤行の練習を行なって、声に出してみることの勧めです。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/11/bussei2010-11.htm

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「正信偈の大意」の輪読(1)

 昼の部、夜の部での1日法座。

 昼の部は、華光誌輪読法座。祝日なので、和歌山や愛知からの参加者もあって、いつもより賑やかだ。

 今回から『正信偈』なので、本派の勤式指導所を卒業された僧侶の調声をお願いして、みんなで声に出して勤行した。やはり本格的な人は、美しさと荘厳さがある。こちらまで、背筋がシャッキンと伸びる思いがした。

 今回の誌上法話は、「法話」ではなく、『正信偈の大意』という誌上「講話」。聖教や教義的な問題点が扱われている。そこで、いつも輪読形式から、華光誌だけでなく、講義時のプリントをと、浄土真宗の聖典をもとにしながら、補足や解説も交えて読んでいくことになった。

 まず今月は、その前半。「正信偈」の中味には触れられず、ほんとうに入り口の入り口。

 著述の時と所、著述の目的、読誦の心得、そして「正信念仏偈」という題名について詳細に触れたところで、3時間30分が終了。些細な質問や、奇抜な質問にも応えたり、それぞれが味わいを語ったりするので、すぐに時間はなくなる。

 お正信偈は、浄土真宗のご門徒にとって、もっとも慣れ親しんできた偈文である。しかし、それも、蓮如さまのおかげである(蓮如さま以前は、善導大師の『六時礼讃』(往生礼讃)が勤まっていた。今回は、本山の報恩講などで勤まる『六時礼讃』の経文を見せてもらったが、美しくても難しそうだった)。当時の一般庶民(今日の我々にもそうだが)にとっては、『本典』(顕浄土真実教行証文類)は、漢文で書かれた高尚で、難解な書物である。その中から、真宗入門でもありながら、聖人の領解が余すところな述べられ、讃仰された「正信念仏偈」を抜き出し、さらに仮名交じりで讃歌として誦唱しやすい「三帖和讃」と合わせて開版され、日常の勤行として定めてくだされた蓮如上人のご功績は大きい。

 たとえ、一文不通のものであっても、日常での拝読で繰り返し繰り返し聴くことで、ご文がからだに染みついてくる。幼き日から、お正信偈やご和讃、さらにはご文章の拝聴を通して、知らず知らずのうちに仏縁が育まれてきたのであろう。今日のように、屁理屈や根拠などと頭でっかちになる以前に、その身に染みついてきたのであった。「あった」というのは、称名も含めて日常勤行の機会が、だんだんと減ってきているからだ。

 さて、正信偈は、その偈前の文から窺っても、如来様の深い深い、ご恩徳に触れ、その徳に報いる、つまり知恩報徳のために顕されたものである。御恩報謝のために顕されたのであるから、それを頂くものにとっても、それは同じではないか。けっして、儀式や儀礼のために頂くのでも、我が身の功徳や回向のために、つまりは宿善を積む目的で勤行するのではないことは、すでに蓮如上人のご指摘もある(御一代記聞書・第11条・第32条など)。どれだけ清浄な美しい清水であっても、たった一滴でも我が毒のこころが混じわるならば、雑毒の善となってしまうのである。

 ならば、脇道に寄らずに、御恩報謝の身にならせてもらうことが、肝要なのだ。お正信偈の心とぴったりとわが身が喜べる、信心獲得の身とならせていただくのである。いくら上手に勤行できても、またその意味が流暢に説明できたとしても、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と喜び身になっていなければ、こんな虚しいことはない。

 ところが、未信の間は、私が理解する対象としてしか捉えられない。だから、聖教の方を、自分に合うようと解説したり、覚えたり、また理解のためにいじくったりしてしまう。それを「はからい」というのである。
 お聖教をいじるのがダメなら、今度は、自分の胸の方を触って、なんとか合わそう、合わそうに腐心していく。わが心がありのまま聞けないのである。
 そうではなく、そのおこころがそのまま頂けるまで、お聞かせに預かるのである。そのまま頂けるということが、信心獲得の身になることだ。そうならないから、聖教をいじくるか、わが胸を触るか、分からないからと遠い宿善に励むなどして、余計なところに力が入っていく。それが自力なのである。

 だから「知恩報徳」のお心とは、まったく方向が違う。わが身の「善し・悪し」ばかりを問題にして、如来のご恩の高いことを聞いていないのだ。それで、そのご恩を知りなさいと仰っている。知るとは、ほかのことではない。釈尊や七高僧、宗祖、歴代の知識方のお導きによって、如来様のご恩徳の高いことを聞くことにほかならない。知る=聞くのが真宗のお法りである。結局、それかお正信偈の製作の契機であり、拝読の心得だといっていい。

 今回は、そんなところから、「正信念仏偈」の題名について、

➀「正信」(信心正因)=目とし、「念仏」(称名報恩)=足として浄土往生させてせらう、信-行の関係と、

➁「念仏」(第十七願の名号)を、「正信」(第十八願の他力信)する。行-信の関係から、「行-信-行」の大切なポイントを触れたところで、時間切れとなった。来月に続く。

 もっとも、今日の法座は、夜の部「伝道研究会」へと続いていった。

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手紙

 短いものだが、久しぶりに自筆で手紙を3通書いた。

 最近は、すっかりメールですんでしまう。あとは、ハガキか、電話で御礼を言うのが、普通で、ますます筆不精になってくる。法座案内の隅に一言書くことはあっても、わざわざ封書で、何かを書くという機会は少ない。手紙をもらう機会だって、めっきり減ってきて、大方は法座のあとで年輩の方からのお礼状が多い。

 でも、今回は、品物があったり、先方のメールを知らなかったので手紙になった。

 ひつとは、過去帳の記入を頼まれたので、それに添えて法座のお誘い。

 もうひとつは、贈呈を受けた図書のお礼状。これは年長の先生に当たるので、気をつかった。

 最後は、先日のお通夜に遅れたお詫びと投稿された新聞記事を送ってくれた姉に当てたもの。こちらは、子供たちがすでに書いていたものに便乗させてもらったのだが、投函したと思ったら、ちょうど姉から電話がかかってきた。

 走り書きで申し訳なかったが、用件以外にも、近況や感想も添えた。

 でも、気付くと、横書きをしている。

 日本語の性格から、絶対に縦書きでなくてはならい。それが横書きの多用が、日本人の精神を破壊し、ダメにしているという書物(『縦に書け! 横書きが日本人を壊している)が、書家の石川九楊にある。そこには、義務教育年代のパソコンやケイタイの有害性を訴えて、即刻禁止まで提案して、書家としての深い哲学から横書の弊害を強調されていた。そう考えると、ぼくは、日記も記録も、ほとんどが、みんな横書で書いている。よく考えると、学生時代は、縦書きで板書されたものまで、横書のノートに写していた。パソコンの影響は大きいが、それだけではないのだろう。それでいて、読書は縦書の方が読みやすいし、ハガキならまだ縦書にしている。

 それに、ただ横書、縦書の問題だけでてく、クリックひとつで簡単に送信できるメールと違って、手紙は、かなり億劫になるのも事実だ。間違えば書き直しもせねばならないし、宛て先を書き、裏に署名もし、糊で封をして、切手を貼る。そのあとで、ポストにまで投函に行かねばならない。キーボードのタッチひとつ、指先だけで済む作業に比べると何手もかかるうえに、送料も高い、しかも字の上手い、下手も現れてくるのて、ますます敬遠されていくのであろう。
 結局、ここでも、より便利で、効率のよいことが優先しているのだが、文章の隙間にある、字体や震え、余白といった個性は、みごとに消されている。

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比良への家族旅行(3)三井寺(園城寺)編

Img_6922 翌日は、近江舞子の内湖に立ち寄ってから、三井寺(園城寺)へ。

 小雨から、少し天気が回復してきた。 Img_6925

 ここも2、3度、訪れているはずだが、子供心に、見事に何も覚えていない。ただ行ったと言われた記憶だけがあるのだ。

 三井寺は、天台宗でも天台寺門宗の総本山。天台宗といえImg_6935ば、比叡山延暦寺が総本山なのだが、同じ最澄(伝教大師)を開祖としながらも、智証大師を中興として、東大寺・興福寺・延暦寺と共に「本朝四箇大寺」の一つに数えられる大寺院だった。歎異抄2章の「南都北嶺」にもあたるそうだ。北嶺は、比叡山だと思っていたが、三井寺も含まれるわけですね。Img_6936

 その後、勢力爭いで、延暦寺と袂を分かって以降、強大な権力と武力を持っていた比叡山が「山門」と呼ばれたのに対して、三井寺は「寺門」と呼ばれて、常に比叡山の対抗勢力として、隆盛を窮めた。強大な比叡山を抑えるために、権力者の庇護も受Img_6940けたのだ。当然、両者の勢力爭いも絶えず(ヤクザの縄張り抗争と同じだ)、比叡山の僧兵による焼き討ちで壊滅的な被害も受けたり、時の権力者との関係で、複雑な栄枯盛衰を繰り返し、今日に至っているようだ。

 残念ながら、パンフレットには一行も触れられImg_6949ていないが、浄土真宗の中興の祖、蓮如上人と、三井寺(園城寺)との関係が深かったことは、三井寺のHPでも紹介されていた。(蓮如上人と、三井寺との出会い)

http://www.shiga-miidera.or.jp/about/walk/119.htm

 『後生の一大事』(吉崎までの蓮如上人)を参照にしながら、簡単に触れておくと…。

Img_6951 比叡山延暦寺の西塔の衆徒による、寛正の法難(大谷破却)、敗走した蓮如上人は、各地を転々としながら、近江堅田の本福寺住職の法住のもとへ。そのころ、湖上交通の拠点として発展した豊かな経済力を背景に力を蓄えてい堅田門徒だったが(余談ながら、ぼくは大学院の時代、このあたりの背景を千葉乗隆先生の講義を聴講していたが、作家の五木寛Img_6944之氏も聴講生で、このあと「蓮如」を発表された)、比叡山のお膝元での布教活動は、利害の衝突を招き、「堅田の大責」として武力弾圧で、大敗して過分な礼金を納入して収まるとい事態が続いた。ここに至って、比叡山(山門)に対抗する勢力として、三井寺(寺門)に保護を受けて、親鸞聖人の祖像を守るべく、三井寺の南別所の近松にあるImg_6961満徳院内に、顕証寺を建立されたが、両者にとっては利害が一致したのであろう。

 ところが、10年後に、山科本願寺が再建され、祖像を引きとろうとしたときに、三井寺側と事件が勃発。参詣者増えたこともあって、生首二つと引き換えという条件がだされた。いわゆる堅田の源右衛門、源兵衛(げんべい)親子の生首の伝説がある。いまも、堅田浮御堂の側の光徳寺に、その頭蓋骨が安置されているのを観ることができるので、何度か聞法旅行で参詣している。とにかく、山門、寺門の対立は、当時の新興勢力であった本願寺も関係するところであったのだ。

 もっとも、この生首の話は、あくまで真宗側のこと。三井寺側の話は少し違っていて、その時の本願寺側からの御礼で、いまも三井寺の観音堂内にまつられる親鸞、蓮如上人の祖師像が贈られたことになっている。まあ、それはそうでしょう。自ら無理難題を吹っ掛けたとは名乗れないだろうし、あくまで生首は伝説的な話。

 上から写真順に、➀仁王門→➁釈迦堂(清涼寺式釈迦像が安置されていた)→➂国宝の金堂(背後には、雑多な諸神、諸菩薩、そして如来がおまつれされている。ほんとうになんでもありである)→➃三井の晩鐘(近江八景)と、⑤弁慶(ここは伝説)の引き摺り鐘(本Img_2921は重文で、これは有名)→三井の霊泉(三井寺のおいわれの泉)→⑥三重の塔→➆唐院(ここは静かで荘厳な雰囲気)までお参りしたのだが、少し離れた石段のある観音堂までは参拝できなかった。肝心の祖師像にお会いできなかった。残念だったが、今回は仕方がない。➁のところで、すでにリタイヤして休んでいた人がいたので、またの機会に…。

 紅葉はこれからだが、紅葉がすばらしい。晩秋は見事だろう。

 最後は、境内にあった芭蕉の句碑。

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