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『裁判長! ここは懲役4年でどうですか』

 今月の映画は、京都シネマで観ることが多かったが、今日は、京都みなみ会館で、モーニング(朝イチの映画)と、レイト(夜の最終)で、映画を2本。

100825saiban 朝は、同名小説の映画化で、裁判長! ここは懲役4年でどうですか』。200名近い座席に、客は3名だけでスタート。客入りはもうひとつでも、予想以上に面白かった。

  「愛と感動の裁判映画」の脚本の依頼を受けた三流ライターが、初めて訪れた裁判所での、傍聴マニアの目線を通しての裁判日記だ。これまで法廷劇の映画は数々あった。裁判所だけが舞台というのも珍しくない。その時の主役は、裁判官や検事、弁護士もあれば、冤罪の被告もある。もちろん、凶悪犯もあれば、被害者、被害者の家族、陪審員が主役になる映画だってある。しかし、この映画は、それとはまったく違う。主役は、第3者の傍聴人である。もちろん、裁判にかかわる記者やジャーナリストにスポットライトがあたる映画は珍しくないが、ここに登場するのは、そんな高尚な人達ではない。自分とはまったく関係ない、単なる他人の人生や不幸を覗き見して楽しんでいる裁判(傍聴)マニアだ。でも、彼らは、マスコミの報道ではなく、直接、その目で裁判を見ている傍観者だ。いろいろな信じられないような、もしくはくだらない事件も多い。ところが、まったくくだらないいざこざが殺人事件に展開することもある。そして、よくみると、被害者の家族も、原告も、それどころか判事や検事、弁護士も、それぞれの異なった背景をもった個性的な面々なのである。裁判のもつ滑稽さを、実際に起こった事実に基づき、脚色され、デフォルメされながら、ワイドショーのように、ツッコミながら垣間見ることができる。ある種、今日の裁判の真実の一部の姿を映し出しているのかもしれない。

  後半、冤罪事件で息子と、彼を信じきる母親の姿に焦点をあて、傍聴人でもかかわることのできる形で、逆転無罪のために奔走する。どこか愛の感動ものか、社会派映画の気配を醸しだしながら進んでいくが、見事な、あっけない肩すかしが…。結局、最後の最後まで、おバカなのだが、それでいて人が人を裁くとはどういうことなのかを、笑いながらも考えせられた。妙にためになったり、正義感だったりといった善指向ではなく、かなり斜めからの観察眼、シニカルナ、辛辣な視点も含めているのだが、実際の裁判にも、社会正義を振りかざさImg_3136すだけなく、ちょっと離れた斜めの視点が必要なのかもしれないなー。

 もう1本は、20歳の女性監督のセルフドキュメンタリー『アヒルの子』。長くなったので、次の項目で。

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