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聖人直筆の四十八願

 朝、新聞を開くと、大谷大が、親鸞聖人の直筆の書写の発見を発表したという記事を見つけた。

 へえー。なんか、すごいな。断片とはいえ、750年前もたって、親鸞様の直筆が発見されるなんてね。ちなみに、先日、華光会館で、論文資料の整理のために、会館の倉庫にある大きな長持を15年ぶりに開いて、少し整理をされる方があった。が、せいぜい50年前の伊藤康善先生のハガキや手紙類、録音テープ程度しか出でこなかった。それでも、あたりは古い紙の酸いい匂いで一杯になってしまって、2、3日は、倉庫に入る気になれなかった。まあ、そんなことはどうでもいい。

 第一、新聞記事で、「四十八願」を見つけるだけでも、かなり新鮮な気分だ。新発見とあったが、七百五十回大遠忌記念事業のひとつとして始まった、大谷大博物館での特別展『親鸞-その人と生涯-』 にも展示中ということなので、このタイミングは宣伝のための発表でもあるのだろう。

 最初、見出しを見たときは、国宝に指定されている『観無量寿経註』や『阿弥陀経註』があるのに、発見されていない『無量寿経註』の一部なのかなと思ったが、今回のものは、まったく違った。晩年の84歳ごろのもの。ご承知のとおり、著述のほとんどは晩年で、最晩年まで手を入れ、加筆や補足をされたりしているようだ。むしろ、国宝の『観経』と『阿弥陀経』註は、若い日のもので、逆にたいへん貴重なものだ。引用の書物や書体から、法然上人の門下時代の、30歳前後(29~35歳ごろ)のものと推測されている。『恵信尼文書』同様、これらが発見されたことで、架空の人物とも疑われていた親鸞の存在が、歴史上の人物として証明されたというから、その点でも重要である。素人目でも、晩年の筆跡と異なっていることがわかる。学生時代に初めて京博の展示で見たが、紙面の上下左右、細かな文字で引用された経疏の文字がびっしりと書かれて、見るものを圧倒する。聖人の若い日の真摯な研鑽のさまが窺えるのだ。

Pk2010101302100032_size0_2 今回のものは、記事だけではよく分からなかったが、写真は、『仏説無量寿経』(大経)の、四十八願のうちの二十願と、二十二願の部分だ。やはり関心は、朱文字で書かれていた註釈や読みの部分だか、残念ながらこの写真(記事からの転用)ではハッキリしない。断片とはいえやっぱり興味が湧いてくる。大谷大博物館は狭いスペースなので、短時間でも見れる。近くに所用があれば、少し足を伸ばして、実物を見ることにしよう。

 鎌倉時代の当時で、84歳の老齢でも、この筆跡である。それだけでも、すごい生命力である。

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コメント

突然ですが、「いのちの食べ方」という映画を知りました。アンコール上映で明日、見ます。

動物の食肉加工の工場の様子などを写したドキュメンタリー映画なんですが、これは真宗に関わる者は必見だと思います。

どれだけ残酷なことをして動物の命を食らって生きているか? 「いただきます」という言葉は料理人にいう言葉ではなくて、「動物の命をいただく」ということなのですね。これは祖父江先生の話にも出てきました。

いや、本当に何という残酷なことをしているんでしょうか、人間は。まさに恥ずべし、痛むべし、ですね。

投稿: 阿波の庄松 | 2010年10月14日 (木) 14:29

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_d7c9.html

に、映画の感想を、

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/2-38d7.html

に、子供たちと見た感想を書いています。

どこかに、この邦題のもとになった、森達也著の『いのちの食べ方』の本の感想もあると思ったけれど、どこか法座の記録に紛れているようです。

投稿: かりもん | 2010年10月15日 (金) 00:29

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