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釋聞名師の七回忌法要

Img_2505 午前中は法事。華光同人の大先輩、釋聞名師の七回忌法要だった。

 三回忌の法要は、法供養として、ゆかりの同人がお参りされている。拙ブログが始まって間もないころのことだ。↓

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_7ece.html

  この年は、春のお彼岸ごろに、大切な善知識が往生され、そして、聞法旅行が済んだ翌日、秋のお彼岸の間に、同行の代表者といっていい同人を亡くしたのだ。聞法旅行といえば、宴会の最後は、きまって師のあいせつで締めくくられるのが、恒例だった。今年が、日高への旅行だったことを思うと、とても感慨深い。

 京都競馬場を横を通り、競馬場のすぐ近くの淀のご自宅まで。昨日は36度を示していた道路の温度標示が、今は22度。10度以上も涼しい。朝の雷雨で、一気に空気が入れ替わった。法衣姿に、この涼しさはずいぶん助かる。

 華光同人の中でも、ずばぬけた存在だった。

 それでも、けっして威張ることもなく、柔らかな物腰と、まったく外見も気にされない飾らない人柄で、多くの同人を育てられた。しかし、ご法のことでは妥協せず、廃立の厳しさをもっておられたお方だった。ある意味、頑固者だったのかもしれない。ぼく自身も、長い期間にわたって、ずいぶんとお育てをいただいた。その意味では、今回の聞法旅行でも家庭法座でお世話になった故瀧雄氏とは、柔と剛と両極端のタイプのお二人だったが、ぼくも育てられ、華光同人に多くの影響を与えられた。

 そうだ。先輩方は、仏法が大好きだった。ご法座が大好きで、華光が大好きの人だったのである。奥様が、よく愚痴られていたが、台風が来たといえば、自宅を留守にして、華光会館にお出でになって、華光のことを心配されている。自宅や家族は二の次である。そのことで口論になると、「仏様のお家を護るのことが一番じゃないか」と、平然と仰ったというのである。

 華光のすばらしさは、こういうお同行さんが育つところにある。なにも、僧侶や学識のある先生だけが善知識ではない。タイプが違っても、それぞれが、私の上に届いたご法を、この身一杯で喜び、顕してくださっている。実は、ご法とは、そこでしか聞けないし、生きていないのである。どんなに立派な教学を覚え、聖教を並べて、またはいくら念仏しようとも、泥凡夫の代表者であるこの私が抜けていると、なんとも虚しいかぎりである。

 こういう同人に育てられた身を幸せに思う。

 聞法旅行のご法話(連続無窮のお働き)の中でも触れたが、こんな法の仲間に出会えた、その仲間入りをさせてもらえたことが、一番の幸せなのである。凡夫の仏道は、これに尽きるといっていい。善導さまを受けて、親鸞さまや蓮如さまも仰っているが、いくら口に念仏を称えることがあったとしても、善知識や善友をもたず、近づくことがないのなら、それもImg_2504また雑修の失なのだと。その意味では、私の上になんの努力も、才能も関係なかった。謝しても謝しきれない大恩の上に、今日の私があるのだ。

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

 余談ながら、この小さなお仏壇が、師と華光とのご縁のすべての始まりなのである。詳しくは、上の3回忌の記事に触れているので、いまは省略する。そう考えると不思議だ。もう50年以上ものお念仏のお付きあいである。

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コメント

昨日なにげなく黒川さんのお名前を思い出しながら、もうひとりの恩人の名前がでてこないなぁと苦しんでいた。そしたら今日のこの記事に故谷本瀧雄さんとありました。
 このお二人にほんとうに私はお育てをいただきました。
 
 念仏をも捨てさせられて死んでいくぞ、という黒川さんの身説法が忘れられません。

投稿: saisho | 2010年9月24日 (金) 11:33

saishoさん、まったくそうですね。お二人に代表されるけれど、多くの方のお育てをいただきました。そして、身をかけた臨終説法も見事でした。
「念仏も、体験や、喜びも、すべて捨ててお前は出て行くんだぞ」と。ここで、お聞かせに預かれるのも、こんな先達のお導きのおかげです。

投稿: かりもん | 2010年9月24日 (金) 23:19

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