« 暑い | トップページ | 仏縁 »

袖触れ合う他生の縁

 福岡市天神にある会計事務所での法座に向かう。

 夏休みに入った最初の週末。新幹線は混んでいる。ネットで座席の予約状況が分かるが、1週間前に予約したら、窓際のE席はすでに満席。3人席の窓側に、ほんの少しだけ空席があって、慌てて押さえた。博多までなら3日前の早割が、とても安い。

 ところが、京都駅で乗車する、既にぼくの座席に男性が座っておられる。座席表の号車や座席番号を何度も確認して(たまに列車を間違れられたこともあるが)、読書中の男性に、「あのすみませんが…」と声をかけたら、「ハイ、ハイ。隣です」と、すぐに移られた。通路側にも人がいたら、真ん中を開けて座ることも、よくあることだ。

 お二人もと大きな荷物。「すみません」と立ってもらって、奥に入った。が、こんな時は、自分の座席表(チケットレスで切符ではない)を間違ってないか、ちょっと気持ち悪くて、なんとなく何度も確認してしまう。

 いつもなら、すぐに読書を始める。今日は、和讃本の校正作業と、お昼からの法話の教案の整理もある。会計事務所のセミナールームなので、職員や初参加があれば、講演的な法話も考えておく必要がある。結局、書類は広げずに、なんとなく法話のことを、あれこれと考えていた。

 しばらくたつと、隣の男性が、「博多までですか」と話しかけてこられた。「ハイ」と返事したら、ニコニコと、「いま読んでいる本がとてもおもしいろいですよ」と話し始められた。最初は、「ハアハア」と曖昧な相槌を打ったが、よほど感銘深かったのだろう。「著者は、かなりのインテリジャスで、これも、いわゆる江戸時代礼讃でも、単なるナショナリズムに陥ることなくて、幕末から明治にかけての外国人識者の日記を精査し、彼らの言葉によって、江戸時代に再照射し、エルフ(妖精)国に、西洋的な法や権利の思想を持ち込んよいのか葛藤があったようですね……」と、滔々と解説が続いた。渡辺二著の『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)。うん、管見にして、著者の名は初めて聴くが、ぼくも関心が起こって、こころの中にメモをしながら、「ハイ、ハイ」と、話を窺っていた。

 反応がよかったのか、「ご本を読むのはお好きですか」と尋ねられた。 「エー、まあ好きな方ですね」(もっといまは映画ばかりだが、今日は、河合隼雄の『生と死の接点』を読む予定だ) と答えると、「実は、私も著述がありましてね…」と、ご自身の本の説明をされた。『利他性の経済学』という題だそうだが、ちょっと、「利他」のフレーズが、、ピンときた。たって、ぼくはこれから、「自利利他円満」の極致である南無阿弥陀仏のご法縁に出かけるのでから…。

 なぜか、名刺まで頂戴したら、有名な国立大学の博士で、「ああ、ここの大学教授で、以前、華光同人だった方もおられたな」ーと、そんなことを思い出した。これから大阪で講演会だそうで、そのチラシも見せていただいたが、単なる経済、経営学のことではないことが分かった。

  で、ぼくのことも尋ねられたので、浄土真宗の僧侶だと名乗ると、「道理で、いいお声ですね」。ああ、それはちょっとどうかなー。でも、逆にそこから話題は出る。「葬儀や勤行を第一にせずに、仏教本来の、いま活きている私達に届く信仰活動をしているんです。これからも、福岡のお寺ではなく、会計事務所での講演会でしてと…」と、若干だが、華光会の活動にもお話した。残念ながら、ぼくの名刺はカバンの奥に入って取り出せなかったが、足元の紙袋に10月の東京公演会のチラシが入っていた。まあ、こんなもので悪いですが、「もし、ご因縁が整えばお出でください」と、お渡しておいた(講演無料だし)。連れ合いの絵も誉めてくださっていた。せっかくお話が弾んだが、すぐに新大阪に到着。時間にすれば、ほんの10分足らずの短時間だが、なかなか興味津々の時間となった。

  これも「他生の縁」ですよね。

  また、どこかでつながるかもしれない。

|

« 暑い | トップページ | 仏縁 »

法座と聞法」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 袖触れ合う他生の縁:

« 暑い | トップページ | 仏縁 »