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2010年6月の13件の記事

大経のこころ

 平日の東京法座。

 平日にも関わらず、有給をとって集まってくださる方もあったり、初めての方もそれなりにあったり(みな、昔の知り合いで、同窓会みたいな雰囲気。今は、それぞれのところで求道し、妙な(もとい)妙(たえ)なる喜びをされています)、母親に誘われて、広島法座に続いて、地元の女子大に通う学生さんが顔をだしてくだされたりと、

 法話は、「浄土真宗聖典」で確かめながら、親鸞さまをおして、真実の教え、浄土真宗であるといわれている『大無量寿経』の特色、構成と、そのお心について、質問を交え、問答をしながら、勧めていった。なかなか、真実の教えというところまでは出るけれど、出世本懐の経だとか、特留此経だとか、法の真実にっなってくると、ちょっとあやふやになる。そこを押さえて言って、中心は、「法蔵菩薩の発願」の因についての確認。五十三仏、讃仏偈、思惟摂取(お『正信偈』なら、覩見諸仏浄土因、国土人天之善悪、建立無上殊勝願、超発希有大弘誓、五劫思惟之摂受)、そして四十八願から、重誓偈(重誓名声聞十方)へと続きところで、そのあと、その行を選択され、その願いに満足された八地の寂静無為の境地で兆載永劫のご修行に入られるところまで、聖典で押さえていった。案外、みんな断片的には聞いていても、まとまって聞くということはないようで、珍しく机を並べ、聖典を開いて確認は、かなり新鮮に胸に届いていったようだ。それを踏まえて上で、四十八願の要旨(48願、18願、そして17願と必然的に連なり展開する)を重ねることになったご心境を窺い、そのそのおこころを味わっていった。なぜ、法蔵菩薩の兆載永劫のご修行の間、一念一刹那も、微塵の、不清浄や不真実や、疑念やためらいがおこらなかったか。その背景にあった選択と誓願について窺ってのである。聞けば聞くほど、その大悲のお心の深さにお念仏申さずにはおれない。

 広島支部法座でもそうだったが、少々重くても、しばらくは「浄土真宗聖典」(本願寺出版社)をご持参いただいて、しっかりと押さえていきたいすね。(次は、週末の高山支部法座。重誓偈は終わっているので、大経の心と、選択本願、そして兆載永劫のご修行のところを取り上げます)

 懇親会も、初参加の方が中心に残られ、ここも同窓会のよう。みな11時に引き上げられたので、パラグアイ戦は後半戦からPK負けまで観戦。こちらは残念。

 今日の午前中は、ご示談が1件。時間まで、お泊まりだった方と、散歩をしながら、ご法の勧め方、そして、昔のぼくとの10年前のわだかまりについてのお話。そこを忌憚なく、私メッーセージで、しっかりとお伝えくださっり、。ぼぐも、当時の未熟さを反省し、率直にお聞きすることができたと思える。対面し、しっかりお伝えくださったことが、ぼくにはうれしかった。もしかすると、ぼくが素直に聞けるまでには、それがけの年数が必要だったのかもしれないが、おかげて、何か次ぎの発展的な関係が始まるきっかけになったような気がした。

 そのあとのご示談(信仰相談)も(詳しくは書けないが)、なかなか充実したもので、ご法のお育ての尊さをつくづく感じさせてもらった。結局、信心は、かけがえのない、ひとり一人が、唯我獨尊とご聴聞をしていくのだなー。

 夕方の新幹線までは少し時間があったので、ちょっと寄り道して戻ったのだが、そのことはまた明日の話題に。

 明日は、華光誌の発送があり、夕方には「和讃(下)」の校正がやってくる予定だ。

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映画を2本

 途中下車の合間に、京都シネマで映画2本。簡単に触れるだけ。

Khomroy_01 まずは、『空とコムローイ』~タイ、フンティップ村の子どもたち~は、タイ最北端の貧困の山岳民族「アカ族」の子どもや女性たちと、30年にわたり彼らを支援しているイタリア人神父の施設での生活を、日本女性の目で7年間に渡って追い掛けた、日本製ドキュメンタリー。昔ながら山岳生活に迫る資本主義の波。貧困のゆえに、都会への出稼ぎ、売春の誘惑、そしてエイズの蔓延という、現実も迫る。そんな中で、貧しくても、また幼いうちに母親(エイズなどで)死に別れた子どもの悲しみ。温かい施設の中で見せる、とびきりの笑顔が美しい。

 次ぎに、『あの夏の子どもたち』というフランス映画を見た。予告や批評Anonatsu_01_2などで目にしていたが、つとめて内容は見ないようにしていた。まだ映画の半ばで、予想外の展開がやってきて、展開がかわる。玄人に評価の高い、映画プロデューサーとして充実した仕事を送り、妻と、3人の娘(下の二人がほぼわが家と同じ世代)、しかも、彼の年齢は47歳の設定。なんか、人ごとのようにはおもえなかった。彼の充実した仕事の裏で、経営は苦しく、資金繰りに悩んでいた…。(内容はダメでも)大作や話題作か、もしくは助成金などもある小さなインディーズ系は乱立しているが、両極端ばかりが盛んで、真ん中の中堅どころの良心的な製作がなかなか難しいのは世界共通。いえ、出版や芸術、もしくは宗教界だって、そうかもしれないなー。前半、彼が家庭を大切にしながら、特に幼い娘との触れ合いが、あまりにも自然で、温かく、画面からも幸せ感が伝わって来るだけに、一転、主役が変わり、静かな、それでいて耐えて歩むしかない悲しみの深さ、喪失感が、ジワジワと押し寄せてくる手法は、悪くなかった。傷を負いながらも、徐々にその受け入れ難い傷を受容しながら、進んでいくしかないのである。静かな秀作。 一つだけ疑問。家族での、最後のイタリア旅行。(ラヴェンナのフレスコ画によく似ていたけど)教会に描かれる神の手(ゴッド・ハンド)が、なにを示唆していたのかなー。 

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ただいま途中下車中

 現在、切符は広島発の東京行で、京都で1日の途中下車。

 先週は、金沢→蒲郡と向かったが、今週は、想定外の葬儀も引き受けたので、名古屋(24、25日)→広島(26、27日)→東京(29、30日)と続き、7月には高山(3、4日)と続く、なかなかハードの日程だ。

 名古屋での葬儀も、広島支部法座も、別れと、またな出会いがあり、予想外の展開があったりで、とにかく収穫は大きかったが、どうやら詳しくは触れられそうにもない。法座以外でも、すごく尊い話があるのだが、またの機会にボチボチ触れたい。

 今日は、ノビノビになっていた皮膚科に寄ってから、京都シネマで続きで、映画を2本。日本製のドキャメンタリー 『空とコムローイ』~タイ、フンティップ村の子どもたち~と、フランス映画の秀作、『あの夏の子どもたち』。これは久しぶりに別項で。

 帰宅すると華光誌が完成していた。

 聞法旅行のチラシを作ってから、簡単に明日の準備。華光誌は、1日に発送する。

 出張法座続きで、新幹線のポイントもすぐに溜まる。なるべく遠いときに利用したいので、明日の東京は、うまい具合にグリーン車での出張になった。これはラッキーだなー。

 でも、W杯の日本戦には嫌われいる。19日のオランダ戦は金沢、24日(25日早朝か)のデンマーク戦は名古屋、そして明日のパラグアイ戦は東京支部と、法座に重なって、ゆっくりテレビ観戦ともいかずに、こちら残念。

 メールコメントをくださっている方へのお返事も滞りがちだが、どうぞ、ご容赦ください。

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またまた、えー、またで…。

 法座の報告も、6月に入ってバッタリ止まっている。

 5月の鹿児島の家庭法座、6月5日(土)の輪読法座、6日(日)の中仏の通信教育(大阪支部)の華光会館(聖跡巡拝!!)法座、12、13日の支部長研修会に、カウンセリングの月例会。さらに、今週の金沢と蒲郡の法座…。

 そこに、本と映画のことも少しある。別に何も書いていないわけではないが、書きかけになった下書きのものが途中だったり、なんとなく出すタイミグを逸したりで、かなり溜まっているのである。

 それというのも、今は「華光誌」が終わり、「和讃」(第3校)の作業中で、そちらに専念しているからだ。これもなんとか今夜終わって、明日点検し、昼過ぎには渡すところまでこぎつけた。しかし、まだまだアカが多いので、下手をすると、もう2度あるかもしれない。それに朝のうちに、「仏の子供大会」の案内を印刷所にもっていけば、未完は「聞法旅行」の案内だけである。

 まあ、この調子なら、明日中に終わり、金曜日は余裕ができそうなので、自力整体の後で、映画を見ようと、今朝の時点では計画していた。

 でも、午前中から、そうはいかない事情が起こってきた。まったく予想もしていなかった方(なぜか、最近の「かわいい来館者」の文章にイニシャルで登場されている)の、葬儀の依頼があったのだ。法座と重なるならお断りしたが、うまい具合に合間で、導師が可能である。亡くなった同人の方が、信心のないお坊さんに依頼されるのなら、葬儀は不要だと遺言されたというのだ。実は、故人のお母様も同人で、その時も依頼があったが、報恩講か何かの行事と重なりお断りして、別の先生にお願いした。一度お断りしている経緯もあったし、先方も、葬儀をしないわけにもいかず、困惑された遺族の、恐る恐るお尋ねになったお困りの様子が、電話口でもよくわかった。ちょっと考えたすえ、お引き受けすることにした。まあね、「せひ華光の先生でお願いします」というのなら振り分けてもいいのだが、「信心のある方」に言われたら、困っちゃうんだよね。誰にもお願いできなくるよなー?と、苦笑しながら、仕方ないので、自称獲信者の、ぼくが窺うことになった。まあ、会の収益アップにもなるお話だしね…。有り難いことです。

 真宗は平生業成の教え。だから、ご聴聞に熱心だった故人のために引き受けたというより、むしろ、遺族の方に、次ぎの仏縁を結びたいからで、たぶん、故人の思いも同じで、そんな遺言をされたのだろうと思っている。しかし、遺族の方のお気持ちは違う。あくまで、故人の追善供養のための儀礼でしかないのだ。だからその点を、少し強くお話してみたいと思っているし、報恩講でも、永代経でもいいので、華光会館にも、ぜひお参りいただくご縁になればと願う次第だ。

 というわけで、明日の夕方から名古屋入りして、そのまま宿泊する。式場は、姉の店にほど近いようだ。余裕があれば、久しぶりにお店にも寄りたい。翌日からは、広島支部大会、東京平日法座と続くのだが、まあこれはなんとかなるだろう。そうそう、誰かさんには、またまたご心配を掛けるけどね。

1)広島支部大会

日時:26日(土)13時(受付)13時30分~27日(日)17時
会場:神田山荘

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/hirosima2010-6.htm

2)東京支部法座

日時:29日(火)昼13時30分~17時 夜19時~21時
会場:全林野会館

 http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/tokyo2010-6.htm

 なお、華光会館でも、京都支部の集まりが続く。金曜日は、聴き方、伝え方の体験学習。日曜日は、法話会である。

3)京都支部学習会

日時:25日(金)夕17時~夜20日
会場:華光会館

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/kyoto.gaku2010-6.htm

4)京都支部法座

日時:27日(日)昼13時30分~17時
会場:華光会館

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/kyoto2010-6.htm

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金沢経由で蒲郡まで

 出かけは、かろうじて曇り空。

 予定通り、京都シネマで、『密約』~外務省秘密漏洩事件~Img_0937を観た。テレビ映像だけれもど、当初から映画化が目的で、作られた作品。映画がテレビになったり、テレビの素材が映画化されることはあっても、逆は珍しい。22年ぶりの上映なので、確かに古い雰囲気。でも、その分、当時の空気が伝わる。内容は、まさに今日の問題。鳩山内閣の岡田外相の密約事件の解明にしても、また沖縄基地問題の問題やその反応にしてもしかりだ。考えさせられた。外に出ると雨が降っていた。気分転換にランチをして戻った。

Img_0938 すぐに和讃の作業をしようと思って、3階の小部屋に入る。今日のノルマは、30頁分。いつでも動けるように、和讃の校正を並べたままにしてある。でも、部屋に入って、違いに気付いた。庭に満開に咲いてたあじさいが、マッグコップに一輪差してある。

 こんなことでも、ちょっとホッとする。最近は、お茶やコーヒーも完全セルフサービスで、ちょっと淋しいが、たまにはこんな配慮もうれしいものだと、連れ合いに御礼をいったら、まったく通じない。あれ、じゃ誰? 事務所のTさんのお気持ちでした。

 でも、連れ合いの彼女の名誉のため。日曜日の父の日のために、子供とお揃いのTシャツをプレゼントしてくれた。

 夜は、4月に続き、また止まってしまったカードが復帰したので、慌てて切符の手配。金沢までは特急券、金沢からは米原経由で、新幹線に乗り換え名古屋、そして蒲郡と少し複雑。ついでに来週の広島行きも買ったが、広島からの帰りは東京までの乗車券にして、京都は途中下車に、さらに東京はポイントが溜まってグリーン車に乗れる。ところで、途中で違って購入してしまったので、7月の広島に追加し変更したら、手数料は不要。さらには高山は新幹線、特急と乗り継ぎがあるので窓口でと、あっちこっちて計算にしまくって、割安になるように考えに、考えた。結局、往復で12件の購入。これだけで、一仕事終わった感じで、疲れた。

 北陸、東海の皆さん、よろしくお願いします。

1)新潟・北陸支部法座(金沢)

日時:19日(土)昼1時30分~20日(日)昼12時(20日は総会)

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/hokuriku2010-6.htm

2)東海支部法座(蒲郡) 

日時:20日(日)朝10時・昼1時30分~5時

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/toukai2010-6.htm

3)日曜礼拝:20日(日)昼1時30分~4時30分

ちみなに、日曜日は、子供の学校の日曜参観だけれど、欠席。午後からは、日曜礼拝がある。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/nitirai2010-6.htm

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華光誌は終了したものの

このところ、ブログもおやすみ。別に、サッカーW杯にはまっていたからではない(やっぱりカメルーン戦はしっかりみたけれど)。 支部長研修会の前後は、いろいろと慌ただしいからだ。

今夜も、このまま終わりそうだったので、一言だけでも…。

華光誌の編集に、「聞法旅行」と、「子ども大会」の案内が加わるので、その打ち合わせも並行しておこなっている。研修会でも、久し振りに法座活動以外のテーマで講話もしたので、その準備もあった。終わると、すぐに華光誌の編集の続きをおこなったり、今日も、「聞法旅行」の打ち合わせと、夜には、真カ研の月例会があって、合間での作業。

結局、今号は、「聖教のこころ」と、「巻頭言」にかなり時間がかかった。共に、このブログのネタから、最初は、「聖教のこころ」は、自信教人信で、「巻頭言」と、選択本願を予定していたが、うまくまとまらず、逆転して、「聖教」を「選択本願は浄土真宗なり」に、「巻頭言」を「自信教人信」をかなり書きかけたが、巻頭言が気に入ったものにならず、結局、このブログの「仏様にぶつかれ」を元ネタにしたら、なんとか書けた。まあ、どうにかだいたいは完了して(マンガと訂正を残すが)、明日の午後には印刷所に渡せる。

ちょっと一息つきたいが、明日の夜には、Tさんに外注して見てもらっていた、『三帖和讃講讃』下巻(正像末和讃)の、第3校が戻って来る。

いま、これからの法座予定を見て、ちょっとゾーッとした。2週間の間に、金沢、蒲郡、広島、東京、高山と続くからだ。計画段階では、和讃は見込まず、また金沢も計画外だった。しばらくこんなことが続きそう…。まあ有り難いことです。

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かわいい来館者

 午前中は、週に一度の自力整体。教室までに、華光誌の中味をチェックにしておいて、外出中に、ムラ君に版下を作製にとりかかってもらう段取りで、大急ぎで作業していた。

 ちょうど、そのとき、かわいい訪問者があって、ほっこりと癒されたー。

 山口県のSさんご夫婦が、生まれたばかりの赤ちゃんを連れてきてくれたのだ。ああ、かわいいなー。この度、連れ合いが、さまざまにお世話になるので、その御礼で、昨日お会いする予定だったのが、用事で延期になっていた。わざわざ帰宅する前に、お土産付きで寄ってくださったのだ。ところがタイミング悪く、連れ合いは、大学の授業に出かけたところだったので、それはそれは残念だ。

 土曜日の輪読法座でも、2月に生まれたばかりの、4ケ月の赤ちゃんを連れのご夫婦が参加してくれていたので、赤ちゃんの来館が引き続く。この子は、3月生まれなので、まだ3ケ月だ。誕生日を聞くと、29日だという。ああ、うちのカンロと同じ日だ。そういえば、広島カウンセリングWsの懇親会の折りに、お誕生を教えてもらったことを思い出した。

 誕生日など、どこでも同じように思うけれど、早生まれは、幼稚園や低学年の内は、ちょっとかわいそうな面がある。4月生まれの同教生とは、ほぼ1年も違うので、人生まだ3~6年のうちの1年の差は、かなり大きくて、体力や知力に、ちょっと差がでる。でも、年齢と共に、その差は縮まっていく。3歳と4歳の差はかなり大きいが、たとえば、34歳と35歳とか、47歳と48歳では、何も差はなくなる。逆に、高年齢になればなるほど、同窓会でも、「一歳まだ若い」と言い張れるのである。とかく、なんでも自慢したいのである。

 そうそう、今年生まれは、みんな同じ「寅」年だなーと、共通項を見つけて喜んだ。

 すやすやパパの腕に抱かれて、安らかに眠っている。写真を撮ろうとすると、パアッと目をを開けてくれた。おお、お目目がパパに似ていてクリクリしていて、なかなかの美人だ。あまりパパに似ているので、おもわず「男前やな」といってしまった。いーや、失礼しました。まあ、うちのカンロも、なかなかの男前だったが、いまは美人になっている(親馬鹿)。女の子は、父親似の方がかわいいのだと、自惚れていたが、このところ、母親にも似てきたと言われる。

 そういれば、カンロが生まれたときは、だいたい6、7割ぐらいは、「ぼくに似ている」といってくれた。連れ合いの知り合いは、「母親似だ」といっていた。
 ところが、名古屋のBさんというおばあさんだけは、繁々と、子供の顔を眺め、そのあと、ぼくたら親の二人の顔を眺めて、一言。

 「まあ、どちらにも似ておられませんねー」だって。
 そりゃ、ないなー。Bサンの目には、いったい誰に似てたんだろうかね。あのときは、リアクションに困った。

 ちなみに、ナナは、「おじいちゃん似」と言われていた。確かに。当初は、喜んでいたおじいちゃんだが、あんまり言われすぎるので、ちょっと困っていた。

 教室を終えて、自力仲間とランチをして、少しのんびりした。映画のこと、奈良や京都の古寺巡りのことなど、興味の輪が拡がった。

 午前中は、赤ちゃんのエネルギーと、身体ほぐしと、楽しい会話で、活力をもらった。おかげで、午後から、一気に華光誌の本文の中味の手直しが完成した。あとは、「聖教のこころ」と「巻頭言」だけになったが、ここで一区切り。

 夜は、明日からの支部長研修会の資料造りと、教案造りである。テーマは「自信教人信」。第1回目のテーマだった。もう30年前のことで、顔ぶれも随分かわったし、資料もなくて、ただテーマしか残っていない。まあ、皆さんの声を聞かせてもらいながら考えていこう。

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エンジン全開で

  更新が停滞していた。

 華光誌の編集作業があるからだ。

 今日も、メールや電話連絡以外は、ずっと華光誌の編集作業。あとは、簡単な家事を手伝い。皿洗いをし、風呂洗いをし、ついでに子供洗い(?)もする。お茶やコーヒーも沸かす。何かを洗ったり、沸かしたりするのが、ぼくの仕事のようだー。さいわい、いちばんたいへんな洗濯はいまのところは違う、ようだが…。

 夜7時を過ぎてから、白馬社から『和讃』(下)の第3校正が来た。こちらも、かなり進行してきて、これからがいよいよ正念場だ。しかし、まずは華光誌を優先させて作業する。こちらは、支部長研修会を挟んで、17日には印刷所に渡す予定でいる。『和讃』の作業は、その後だ。

 それにしては、少々日程がタイトだと、ちょっと焦りだした。法座も含めて、今月は、金沢、蒲郡と連続で、さらに最終週は、広島、東京と続く。支部長の資料、子供大会、聞法旅行の案内と、案内状も多い。いろいろと立て込んできうそうで、先を考えると、下腹のあたりが、キューとしまって来るのが、わかる。そして、何かがあがって来る。かなりストレスを感じているようだ。こんな時は、要注意。気持ちが荒れてしまう前触れなので、これまでの経験から、なんとかやれるだろうと構えることが、ぼくには必要なのである。この世の中で、なんともならないことはないのである。

 あまり煮詰まらないためにも、映画の日程のやりくりも考え、織りまぜていく。このあたりを交えて、うまく調整して乗り切ていこう。

 先週末の法座やその他は、たぶん日時を逆流して触れていくかもしれない。

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85歳の誕生日

Img_0922

 6月7日。

 父の満85歳の誕生日。

 皆さんにもご心配をかけているが、例の医者に変わってから、めきめき元気を取り戻して、先日の聖典講座のご示談など、かなり声に張りも、勢いも戻ってきて、参加された方も、かなり安心されたようだ。

 1日遅れで、誕生日祝いを兼ねて、外食をすることになった。5月以降、病院以外では、初の外出である。3時間以内ならば、問題はないことがわかった。残念ながら、いまの状態なら、華光会館以外での地方法座は難しいことには変わりはない。それでも、徐々に状態が戻りつつあるので、期待が持てそうで、本人も前向きにはなっている。

Img_0893 向かったのは、古来より、京都の中心だと伝承される六角堂に隣接するビルだ。

 聖徳太子の遺跡であり、親鸞聖人にもゆかりの六角堂のへそ石がある。

 このビルの、いちばん左側のエレベーターに乗ると、六角堂を真上から眺めることが出来る。確かに六Img_0920角形だけが、いろいろな形が組み合わせっているのが、よくわかる。

 境内の北面には、太子が沐浴されたという池跡もあり、そのほとりに小野妹子を始祖と伝える僧侶の住坊があり、「池坊」と呼ばれるようになったそうだ。つまり、ここは生け花の発祥の地でもある。境内地Img_0913に隣接して池坊の巨大なビルも立っているのである。

 店は、別に六角堂にも、池坊とも関係もない、福岡に本店のあるお店だ。Img_0897静かで、落ち着いた雰囲気の中で、湯葉料理のコースを頂いた。店名にちなんで、器には梅の絵が描かれている。湯葉を引き上げて食べるのだが、最後になるほど濃厚で、甘い味がした。

 入り口にあったからくり時計が、ちょうど演奏していて、子供たちも喜んでいた。

Img_0924

 誕生日のプレゼントに、普段身につける腕時計を贈った。これまでのものが故障したが、修理を出しても治らず、長らく不自由していたと聞いたので、時計を贈ることにした。毎年、プレゼントが難しいのだが、高価なものではないが、いつも身につけられるのになって、よかった。

 今年ほど、誕生日を一緒にお祝いできたことが、なによりもうれしかった。

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こんな夢を見たら…

 肌寒かったのが、急に真夏になったりで、体調管理が難しい。このところ、夜更かしが続いて、ちょっと風邪気味だと思っていたら、久しぶりに寝違い。でも、まあわりとライトなもので助かった。こんな時は、どうも嫌なリアルな夢が続く。ゾォーー。

 仏像か、人形の汚れを拭いていたら、突然、その人形の顔が動きだして、ああ、やっぱり生きているんだと思ったら、突然、その人形に追い掛けられる。「ワァー」と絶叫すると、父に起こされた。夢だったんだ。それで「叫んでいなかったか」とたずねると、「いや。時間なので起しにきた」といわれた。昔のぼくの部屋。布団に横たわりながら、なんか変だなーと感じていたら、ゾクゾクするおそろしい感じに包まれる。なにか右側にいやな、おそろしいものが立っている。きっとまだ夢なんだと、早く目を覚まさなければと焦るが、なかなか目が覚めない。おそろしくて叫んで、目が覚めた(と思ったらが)、実はそれもまだ夢の中。どうやら夢の入れ子状態のようだ。そこからの記憶があいまいだが、ほんとうに目が覚めたあとも、ちょっと味わうだけで、からだがゾクゾクする感覚は残っている。首は、右側が痛い。あとも、この夢の余韻が残って、熟睡できなかった。

   朝、自力整体に行くが、首は思ったより軽症。温まると、うまく動くようになった。寝ると、同Img_0875じ姿勢がつづき固まる。特に朝方が痛くなるが、2、3日だけの我慢。そのあと、自力仲間のマダムと東本願寺まで歩いて、ランチ。客は、ぼくたちだけだった。どうか、ここもつぶれませんように…。今日は、メーンを魚にして、たっぷり紅茶を飲んだ。

 一旦帰宅して、事務作業をすませてから、今日グランド・オープンした、京都駅南側のイオンモールkyotoへ。朝も通ったが、さすがにそれなりの人出だ。自転車なら5分ほど。今日は、オープンなので、映画館(T.ジョイ京都)が1000円。ネット予約したら、パーコードをかざすだけでOK。でも、ここは会員制やポイントがないので、あまり利用しないだろう。今年2本目の小林政広監督の『春との旅』を観る。グーッとまではこなかったが、脇の隅々まで実力者ぞろいで、けっこうよかった。

 ついでに、モールの中を散策。外観もそうたが、やはり中もずいぶん広くてびっくりし、プチ興奮した。年間1000万人の集客をめざすとあったが、たくさん人が来ても大丈夫なわけだー。オープンセールのユニクロで、自力整体中に履く、ドライメッシュのジャージやショートパンツを購入。レジは長蛇の列で並んだけれどかなりお安かったので、満足。あいかわらず…。

 さてさて、今週末の法座の予定です。以下のとおり。

1)華光誌輪読法座:5日(土)昼1時30分~5時

 華光誌の誌上法話ですね。「法蔵菩薩のご修行」もいよいよ佳境へ。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/rindoku2009-6.htm

2)聖典講座:6日(日)昼1時30分~5時

 今月は、悟朗先生の予定で、「正信偈講座」のつづき。地方法座は、まだ難しいが、会館の法座は、いまのところ行なえそうだ。まさに一座、一座。皆さんも奮って、どうぞ。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/seiten2010-6.htm

3)華光の法座ではないが、中仏通信教育同窓会(大阪支部)の皆さんが、参拝の前に、ご法座の機会をもたれる。以前、あるお寺が、大型マイクロバスでの参拝はあったが、観光バスでの団体参拝は初めてだなー。正信偈の勤行のあと、法話を2席でさせてもらう。座談会はないが、同人の皆さんも、ご一緒にお聞きくださってけっこうです。

日時:6日(日)10時~12時。勤行、法話

会場:華光会館(道場)

 1年前ら、3)予定が入っていたので、残念ながら、ぼくは東京仏青に行けないが、5日・6日の2日間の日程で、4)初夏の仏青研修会in東京もある。ただし、宿泊は、すでに〆切済みである。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/06/busseisyoka2010-6.htm

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選択本願

 伝道研究会。今年になって、低調気味だったので、今回からは、メンバーを固定せず、同人会員ならばどなたでも参加してもらえるスタイルに変更した、第1回目。これまでのメンバーも、心機一転、時間厳守で、ちょっと緊張ぎみでのスタート。他に参加があるのかどうか、ぼくにも不明だったが、研究会というイメージや講師クラスの顔ぶれが中心とあって、皆さんも様子見という感があるのか、初参加者は3名だけ。これは、だいたい(少なめの)予想どおり。平日の夜、しかも2時間半だけなので、京都や大阪の方ばかりだが、中には日高支部(豊岡市)からの参加があった。

 教材は、悟朗先生の講習会の「真宗の基礎」の輪読。まずは、「真宗基礎講座」で使われた、第1編「教義編」を取り上げることになった。これは、まだ昭和の時代、半日版の講習会のようなものて、しばらく続いていたものだ。その後、同じ箇所を、華光会館再建の折りに、興正会館を会場に、3日間の行程で「真宗基礎講座」と題して講義されている。手書きのテキストをもとに、ぼくが大急ぎで入力して、コピーして、会場に走ったことが思い出される。

 教義編は、6章に分類されるが、まずは、その第1章の「弥陀の発願」第1項。そう長い文章ではないので、輪読した箇所の全文を記そう。

(1)法蔵の発願

「選択本願は浄土真宗なり」(末灯鈔)とあるが、浄土真宗の根源をたずねれば、弥陀の発願よりはじまる。

(五十三仏の出世)久遠の昔、錠光如来をはじめとして、次々に、五十三仏が出世され、無量の衆生を教化し、ついに成仏させられた。

(世王仏と法蔵)五十四番目の世自在王仏が出世なされたとき、その説法に感激した国王は、出家して法蔵比丘と名乗り、

(法蔵の選択)一切衆生を済度せんとの大誓願をおこされ、師仏の指導を仰ぐことにより、ついに五劫のあいだ思惟し、かっての諸仏のなしえなかった大誓願をおこれた。そして、

(四十八願)これを師仏の前にのべられたのが、四十八願といわれるものである。

 というところだけ。五十三仏と諸仏との関係、さらには、大誓願が二度あるのは、どう異なるのか、中にはチン問(仏様って男性?など)や断線もしたが、それもまた楽しい。いろいろと活発に質疑がなされた。

 ここは、お正信偈でいえば、

「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所
 覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪
 建立無上殊勝願 超発希有大弘誓
 五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方」

 弥陀の発願の、まさに、浄土真宗における「一丁目一番地」のど真ん中にあたる。

 ところで、冒頭の「選択本願は浄土真宗なり」について、一言だけ。

 これは、選択と書いて「せんたく」ではなく、「せんじゃく」と読むのだが、もともと、この「選択本願」とは、法然上人が、その著書を『選択本願念仏集』と題され、さらに、「本願章」には、 「選択とはすなはち、これ取捨の義なり。いはく二百一十億の諸仏の浄土のなかにおいて、人天の悪を捨て、人天の善を取り、国土の醜を捨て国土の好を取るなり」と顕しておられる。それを受けた、親鸞聖人も、第十八願名について、「この心すなはちこれ念仏往生の願(第十八願)より出でたり。この大願を選択本願と名づく」と示されているように、まさに、「浄土真宗は選択本願なのだ」ということになる。この場合の浄土真宗は、小さなセクトとしての宗派名ではない。

 法蔵菩薩の願い、ご本願は単なる願いではなく、「選択摂取されたご本願」ということになる。

 世自在王仏のみもとにあって、そのご指導をもとに、二百一十億の諸仏の刹土を覩見された後、「二百一十億の諸仏の妙土の清浄の行を摂取す」と示されているが、法然さまは、選択と摂取は、言葉は異っても同じ意味であるとみられている。つまり、選択には、「選取」「選捨」の両義があり、それに対して、摂取には、「選取」の義のみがあるように見えるが、その選取はそのまま他の「選捨」であるので、選択と摂取とは同じ意味である。もちろん、ここでの摂取は、「摂取不捨」とは別義である。

 では、なぜ、選び取り、選び捨てをしてくださったのか。そのおこころは、「出離の縁有ること無し」、諸仏方のお力では絶対に救われる縁のない私くし、なんとか救いたいの一点にかかっている。つまり、仏願の生起-そのお心が起こってきた背景が,ここにあるのだ。だから、誰のためのご本願なのか。なんの為の選択であり、五劫のご思案であるのか。そこに、自分が抜けると、単なるおとぎ話か神話であって、いつまでも、自分の問題にはなってこないのである。

 まあ、そんなことが、十四項目に分かれて書かれている、その一つ目を読んだだけである。

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還相のお働き

 高山に到着するなり受けた同人の訃報に驚いたが、その娘さんより、「母の遺影と一緒に、会館にお参りしたい」と連絡があった。亡くなられたAさんのお子さん全員と、お孫さんを代表して子供大会に参加してくれていたMちゃんもお参り。遺影を飾り、偈文をあげて、短いご法話では、故人の思い出に触れながら、無常の身ということと、還相の働きに促されて、ぜひご聴聞くださいとのお勧め。皆さん、日曜学校や子供大会でのご縁があるので、勤行やお念仏の声がはっきりと聞こえて来るのがうれしかった。ご法話の間も、孫のMさんは、ずっと泣いていた。

 そのあと、亡くなられた前後の様子を窺ったり、お子さんたちの思い出を窺った。亡くなる1ケ月ぐらい前、まだ意識のあるうちにと、飛行機に乗せて、ご法を伝えてくれた姉に会にいくと、高齢のお姉さんがずーとご法の話だったこと。その1週間後には、(娘さんが)ぜひとも今回の永代経にお参りして、母を連れて亡くなった父の法名軸の記載したいと、お参りしてくださったこと。さらに、急変で、意識がなくり、病院に向かう救急車の中で、ずっと手を握り、お念仏をすることができたこと。さらには、家族葬のつもりが、多くの方がお参りくださり、華光の同行方も参列くださったこともうれしく、さらには、高齢で参列されなかたったお姉さんからは、「お浄土に還れてよかったね」と、お祝いのお花が届いたこと。そして、会館だけには、兄弟(子供)が揃ってお参りにいくようにと、亡き母に押し出されるように、今日のお参りがあったことなどを、口々に仰ってくださった。

 お話を聞いていると、最後は、認知症で、わかりづらくなっているのに、なぜか家族が動いて、この世でなすことをやりとげて、そして静かにお浄土に還っていかれた。さらに、さっそく、還相回向の身となって、家族を動かし、今日の仏縁を結んだくださっていることを痛感させられて、こちらも有り難かった。華光誌講読も継続くださることとで、無常を逆縁として、仏法聴聞のご縁が深まることであろう。

 遺影も笑顔ならば、遺族の皆さんの顔にも、悲しみだけでなく、どこかしら母の往生に安心し、誇らしく慕う様子が窺えた。まだ亡くなってまだ4日目だったが、遺影と共に、皆さんと笑顔で記念撮影をしてお別れした。

 

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高山支部法座・余談編

  高山支部法座の会場。

 毎回、お世話くださるF家。ぼくだけでなく、仏青の若い人や、東海や富山、ときには関東からと、遠方の同行の宿泊を受け入れてくださっている。今回は5名と、宿泊少な目だったが、多いときには10名を超える宿泊者がある。受入れ側は、同じ華光同人、仏法を求める法友として、温かく向かえて下さり、懇親会では、夜遅くまで、おいしい地元のお酒に、山の幸、そして高山ラーメンまでだして歓待して下さるのである。

 世間的な意味では、なんの縁のない人達を、毎回、毎回、お世話くださり、宿泊させ、ご法座の会所を提供くださる。

 これだけでも、ほんとうは有り難いことなのだが、自分のこととしか考えらなれいものには、当たり前のように振る舞っているだけで、ご恩を感じることもないのが、恥ずかしいなー。

 仏法は、理屈や原理でなはい。縁の下のさまざまなご縁に支えれて、静かに拡がっていくのである。

Img_8319

 だから、私の上に届いてきた南無阿弥陀仏が、十重二十重の輝きが増すのだか、自分中心で、ご恩のかけらのない身には、その尊さ、豊かさが味わえない。まさに「貧苦」なのである。その「貧苦」の私に普く救おうと、大施主となってくださるのが、阿弥陀様である。功徳の塊である南無阿弥陀仏をいただくということである。Img_0866

 さてさて、ぼくの高山のご縁は、12月か3月の冬場ばかりだ。だから、雪景色も風情を味わうことが多いが、今回のように新緑がまぶしい季節も美しかった。

 泊めていただく部屋から対岸を臨む。写真のように3月には雪が降ってきたが、今日は、初夏の風が窓から入ってきた。布団に転がりながImg_0850ら、1枚。

 昼休みに少し散歩した。皆さん、ベランダに出て談笑されている。話し声は聞こえないが、対岸にまで、笑い声は響いて来る。

 このあたりは、国府町の三川Img_0860。アルプスからの冷たい水が、宮川に流れ込んでいるようだ。

 おやつにはこんなかわいいものが…。カエルのまんじゅうは、子供たちが好きな絵本、「バムとケロ」、ケロちゃんにそっくり。お隣の方から、もうひとつもらったので、子供の土Img_0862産になった。

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