『ジャック・メスリーヌ』~ノワール篇~,~ルージュ編~
今年になって、社会の敵〈パブリック・エネミー〉ナンバーワンと題する映画を、米・仏両国のものを見た。まずは、米国は、ジョニー・デップ主演で、実在のギャング、デリンジャーを描いた『パブリック・エネミーズ』。そして、フランスは、ヴァンサン・カッセルが、やはり実在の犯罪王ジャック・メスリーヌを熱演した、『ジャック・メスリーヌ』~part1・ノワール篇~・~part2・ルージュ編~で、こちちは、前・後半合わせて4時間を超える大作。副題は「フランスの社会の敵〈パブリック・エネミー〉No.1と呼ばれた男」だ。
不思議なのは、社会の敵といわれる凶悪犯ながら、当時から大衆には人気がある悪の英雄で、後世においても、こうしてドラマテックな映画や小説の主人公になることだ。ジョン・デリンジャーが世界恐慌の時代、ジャック・メスリーヌは、60年代から70年代という時代は多少異なるが、両者は、何十回も銀行強盗はする、警察官は殺す、刑務所は脱獄するといった極悪犯で、女好き。末路は路上での銃殺という哀れなものであるに、人はなぜか男を感じ、魅せられてもいく。どこかで自らの平凡な人生に比して、その破天荒な生きざまが魅力的に感じたり、ダークなもの、アウトロー的なはみ出しを恐れながらも、同時にどこかで憧れるという心理があるのだろうか。平凡な堅物の一生を淡々と描いても、ドラマテックな見せ場や盛り上がりもかけるものね。
で、この両作品。個人的には、確かにジョニー・デップも、セクシーでかっこよかったが、断然、フランス映画の『ジャック・メスリーヌ』が、面白かった。
彼が堕落する背景には、アルジェリア戦争で服役と、悲惨な経験があるようだ。近代のフランスにおいて、このアルジャリアの悲劇は、それを正面からとられたものだけでなく、当時の背景としてフランスの国民(植民地も含めて)の心に多彩な影をおとしていることが、映画の格好の材料やスパイスになっている。外国映画を見続けていると、それぞれ国や国民が抱えているアキレス腱やトラウマになった出来事が、繰り返し繰り返し登場してくるがわかる。いまの中国なら文化大革命であり、先のボーランドならカティン事件といったようなものだ。
ちょっと横道に逸れた。悲惨な経験があったとはいえ、彼には堅実な親がおり、家庭があり、それが最後まで彼を支えるにもかかわらず、結局、仕事も家も投げ出し、悪の道に染まる。その後も、大恋愛の末、結婚し、愛妻に、愛娘も生まれ、家庭をもつ。銀行強盗に失敗し、刑務所に収監後、一度は堅気になろうとするのだが、これが抑止力にはならないかった。止める妻に暴力を奮って、また裏街道へ。それでいながら、逮捕覚悟で危篤の父親と号泣の別れをし、両親に養育させている娘とは、心を通わせあうのだから、まったく人は不思議だ。
また、どこかドキュメンタリー・タッチ風な映像が、ドキドキ感があっていい。彼の結末は最初(冒頭シーン)から分かっている。それでも、破綻へと続く道が、なぜか悲劇には見えない。銀行強盗を32回、脱獄を4回も繰り返した男が、魅力的に見えるのは、その人間味ある、おかしさや複雑さにあるのだろう。一口でいうと、個性的なのである。すぐ頭に血が昇る無鉄砲さや無計画な行き当たりばったりの大胆さ(というより大雑把さ)があるかと思えば、綿密な計画や観察で、脱出不可能といわれた(人権無視の)特殊刑務所を脱獄したりする。それでいて、脱出を手助けした仲間との約束だからと、勝算のないまま刑務所の正面から命懸けの銃撃戦を行なう。そんな大胆な強盗と、へまをして収監されたかと思うと、鮮やかに脱獄し、そしていい女と恋をする。そんな繰り返しのアンチながらヒーローは、親や子供のことを愛し、目立ちたがりやで、ブライドが高く、自己顕示欲も人一倍だ。
時代が、左翼思想や革命が盛んになると、まったく政治的思想などもないに被れて、自らの悪事も、権力や体制への革命と位置づけたりもする。銀行や億万長者しか襲わないからだ。しかし、強奪した金で、贅沢三昧。愛人と、宝石に、車に、豪華なホテルで遊んでいては、結局は、金持ちや銀行に還元されていくだけだ。それでも、大衆に喝采される自分に酔い、同時に、彼にも、自己の悪事を正当化する必要があったのかもしれない。
共演も豪華。ジェラール・ドパルデュー、オリヴィエ・グルメ、マチュー・アマルリックなど、フランスの大物男優、そして魅力的な女優たちが、次々と登場しては、彼の元を去っていく。主演のヴァンサン・カッセルが、中年太りの彼を熱演。なんでも、体重を20キロも増やしたそうだが、それでいてアクションもあるので大変だ。
冒頭に字幕で出された、「一人の人間の全てを描くことは出来ない」というテーマではないが、どんな人も善悪も、性格も、行動も、人生も単純ではないということだなー。
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コメント
YouTubeに当時のニュース映像がアップされていました。クルマの外から何発も撃たれ、メスリーヌは運転席に座ったまま絶命していました。警官が担架で死体を運び出していました。お尋ね者とはいえ、取り囲んで一斉に射撃するとは……。まるでモサドがハマス幹部を屠るようなやり方。私が小学生の時、こんなことがフランスでは起こっていたんですね。
投稿: はらほろひれはれ | 2010年4月20日 (火) 23:22
はらほろひれはれさん、どうも。あまり考えてなかったけどれ、銃殺されたのが、79年のことなので、ぼくはそろそろ大学生になる前ですね。そう考えると、身近になった。このニュース映像をもとに、ラストのシーンが造られているので、ドキュメンタリーみたいでした。あと、脱獄不可能といわれたカナダの凶悪犯専用の特殊刑務所の虐待もすごかった。70年代に、G8の先進国でも、凶悪犯の人権無視はOKだったんですね。その後、閉鎖されたそうですが。
投稿: かりもん | 2010年4月21日 (水) 01:04
すみません。アバウトで。79年、私は高校一年生でした。
投稿: はらほろひれはれ | 2010年4月21日 (水) 15:23