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『カティンの森』

 最近の国際情勢で、この映画に触れないわけにはいかない。

 ソ連による、捕虜のポーランド将校の虐殺事件「カチン事件」(以下カティン)から、70年。4月7日、事実を認めた(しかし謝罪はしない)ロシア(当時はソ連)と、ポーランドの両国の首相が、70年ぶりに追悼式典をおこなった。その3日後の4月10日、現地での慰霊式典に向かった、ポーランド政府専用機の墜落事故が起きたのだ。大統領や政府首脳だけでなく、「カティンの森」事件の被害者遺族も多数が犠牲となり、新たな悲劇が生まれたという。

 70年と、一口に言っても、長い。歳月が流れ、政治体制も一新されても、長年にわたる侵攻と強権支配という背景がある、ロシアとポーランドの間での和解は、けっして平坦ではなさそうだ。

 長年にわたり、ポーランドではタブーだった歴史の暗部を、真っ正面から取り上げたのが、映画『カティンの森』である。ポーランドの世界的巨匠、アンジェイ・ワイダ監督には、初期のモノクロの名作、「地下水道」(1956)や「灰とダイヤモンド」(1958)などで知られる共に、知日派としての精力的な活動も、日本では殊に有名だ。数々の名作を世に送り出してきた彼が、82歳を過ぎて造った彼の集大成になるであろう作品だ。

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 戦争によって翻弄された市井の人々-軍人やその家族、一般市民の悲しみや痛みが、リアルに伝わって来る。彼自身が、「永遠に引き離された家族の物語である」と語るように(この言葉も重い)、彼の父親こそがその被害者であり、彼や彼の家族(特に母)こそが、当事者であるからだ。その点では、極めて個人的な意味合いをもつ映画なのだが、時代に翻弄されて生きざるえなかった生身の人間の悩みや悲しみを通して、重厚な余韻が、人類への普遍的なメッセージとして伝わってくるのだ。
 それは、単なる戦争の愚かさや恐ろしさを、ただ表面的になぞったり、単なる史実や数字的な事実を積み重ねた平凡な作品ではなく、戦争に、権力に翻弄され、残された者、待つ者、苦しみの中にうめく者、そして歪められた事実の中で自己を偽り生きねばならない者たちのリアリティある痛みが繊細に描かれ、冷え冷えとした重い映像と共に、普遍性を帯びて、観るもののこころに迫ってくるからだ。

 映画の冒頭、ナチスドイツの侵攻で逃げてきた人々が橋までやってくる。すると反対側の岸からも同じように逃げる人々と交差する。こちら側は、ソ連の侵攻から逃れた来た人々だ。まさに、前門の虎、後門の狼の絶体絶命状態だ。1939年9月1日にドイツから、同17日にはソ連からも侵攻を受ける。

 近代以降も、ポーランドは、常に他国の侵略を受け続けて、分割統治の悲劇が繰り返されてきた。第二次世界大戦では、ヒトラーのナチスドイツと、スターリンのソ連が、ポーランドを分割・占領する(18世紀以降でも、4度目)。赤と白のポーランド国旗を二つに引き裂く場面も登場するのが、象徴的だった。

 そして、ソ連の捕虜となった約2万人近くのポーランド将校が行方不明になったのは、それから間もなくのこと。行方不明者の遺体が、見つかったのは1943年だ。カティンの森で4000体以上の遺体で見つけったのは、ナチスだった。ドイツは、ソ連を糾弾するが、まもなく敗戦。ポーランドは、そのソ連の衛星国として、共産主義体制に組み込まれていくことになるのだ。

 新たな主人であるソ連は、この事件を、ナチスドイツによる劣悪な犯罪であるとでっち上げ、証拠を捏造させ、権力でウソの証言を強いて、半世紀以上に渡って平然とウソがまかり通るようになり、ポーランド国民は、真実を語れず沈黙を強いられることになる…。

 ある種の群像劇で、しかも体制が変わると立場も変わることもあって、登場人物を把握するのが、少し厄介なのが難点ということも、おまけで一言。それでも、味わうこと多々あり。深い悲しみを秘めた重厚な(特に残酷な)映像が、圧倒的に迫って来るのだ。

 

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コメント

アンジェイ・ワイダ!なつかしい!
「地下水道」「灰とダイヤモンド」も傑作ですが、
「鉄の男」の、あの女性(誰??)が本当に魅力的
だった。「大理石の男」にも出てきてたような。。
(「大理石」は難解でようわからんかったです)
そういえば「連帯」のワレサも映ってましたネ。
ほんとなつかしい!

明日、娘が東京法座に出てくれるかなぁ。。

投稿: Moz | 2010年4月17日 (土) 23:06

mozさん、どうも。確かに、名作ぞろいですね。でも、過去の人ではなく、80歳を過ぎても、まだまだ現役なのが、すばらしいなーと。この映画はけっして難解じゃないですが、家族史、ボーランド史としても、ほんとうに造りたかった作品じゃないのかなと思いました。

投稿: かりもん | 2010年4月18日 (日) 00:22

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「カティンの森 」★★★★DVDで鑑賞 マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、ヴィクトリャ・ゴンシェフスカ主演 アンジェイ・ワイダ監督、122分、 2009年12月5日公開、2007,ポーランド,アルバトロス・フィルム (原題:Katyn )                     →  ★映画のブログ★                      どんなブログが人気なのか知りたい← 「アンジェイ・ワイダ監督が80歳を超えて監督した 1万5千人のポーランド人将校捕虜の殺害の事... [続きを読む]

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