『ライブ・テープ』と前野健太
ビートルズのアビーロドを聴く前は、前野健太の「ライブ・テープ」のサントラばかり繰り返して聞いていた。最近は、耳にこびりついた歌詞が、よく口につく。この映画を見るまで、マエケンこと彼の存在はまったく知らなかった。実は、いまもほとんど知らない。映画は、ワンカット、ワンテイクの74分の一発撮りで、ライブ性のあるワクワク感が秀逸だった。気分よすぎて、ウトウトもした。喜んでCDを買った。でも、最初は、映画でみた時ほど感心しなかった。私小説という言葉あるが、彼の唄は、いわば私音楽である。しかも、若い。それゆえの行き場のない苛立ちや、四畳半的な矮小化された性の表現、かっこの悪い歌詞に、どうもひとりのところで私化されすぎ感が強くて、中年のぼくの感性には、ちょっとフィットしずらいものがあったのだろう。でも、いまは少し違う。繰り返して聴くというプロセスの中で、ぼくの中にも、彼の異質な世界が立ち上がってきたのかもしれない。
2月のはじめに、京都みなみ会館で、先行ロードショーの『ライブ・テープ』を観た。整理番号は3番。おかげで、前列のいい場所にすわれた。映画の前後は、監督松江哲明の舞台あいさつと、前野健太のミニライブもある。映画と74分、舞台挨拶やミニライブが70分。こんなに饒舌な映画監督は初めてだった。
2009年1月1日の午後、初詣で賑わう武蔵野八幡宮、15時、着物姿の女優の長澤つぐみが初詣を終えるシーンからギターの音が流れる。バトンをうこて前野健太がギターをかき鳴らしながら元旦の吉祥寺の街を、井の頭公園での野外舞台に向かって歩く。彼の自作曲を歌いながら歩く、一発撮りの音楽ライブドキュメントだ。
ただ、それだけなのに滅茶苦茶にかっこいいのだ。吉祥寺の街が計算されつくされたステージになっていく。もちろん、行き当たりばったりの企画ではない。監督の綿密な段取りがある。雰囲気抜群の路地のスタンドの前では、二胡をもったメンバーが待っている。ビルの角にはサックス奏者。でも、計算外のことも起こる。カメラの前を平気で人が歩くし、車も横切る。時に、アドリブでのちょっとしたからみもある。監督が、前野に注文をつける。「もうすこしかっこ悪く」とか、「そこで、sad song」とか。最後には、この企画の意図の会話が収録され、彼の父親の死という非日常の世界を、日常的なたわいのない出来事のように歌う「天気予報」の背景も語られていく。
最後は、井の頭公園の舞台へ。彼のバンドが待っている。そこで「天気予報」と「東京の空」の2曲が歌われて、2009年1月1日16時15分の東京の空が映し出される。この場面もは、演奏許可がおりずに、黙認されたゲリラライブだったそうだが、なんとなく流れる緊迫感は、一発撮りのライブのせいだけではないのだ。このラスト2曲も特によかったなー。
映画の後で、監督のトークがあり、マエケンが、京都にちなんで「鴨川」という唄を歌う。ちょうど前野の誕生日で、会場みんなとバースディーケーキで祝った。プレゼントの風船が割れると、中にもまたバルーン。その風船が、会場を、ぼくの上をフワフワと漂うなかで、リクエストにあった「Love」の生演奏。アルベール・ラモリス監督の「赤い風船」じゃないけどれ、まるで風船が生きているようだった。
終了後、ロビーで前野のサインをもらって、少しだけ感想を話すことができた。
これがこの劇場の面白いところだ。
youtuboに「鴨川」のプロモーションがあったので、関心のある方はどうぞ。踊っているが長澤つぐみ?
| 固定リンク
« 白馬社のHP | トップページ | うれしいひな祭り »
「音楽」カテゴリの記事
- 『サマー・オブ・ソウル』~あるいは革命がテレビで放送されなかった時~(2021.10.01)
- 『ソング・オブ・ラホール』(2016.12.15)
- 『ミスター・ダイナマイト』~ファンクの帝王ジェームス・ブラウン(2016.10.21)
- 「わたしの7+7」(2016.08.15)
- 清志郎ばかり聞いていた夏(2015.09.01)
「映画(アジア・日本)」カテゴリの記事
- 映画「千夜、一夜」を新潟で見る(2022.10.24)
- 映画『名付けようのない踊り』(2022.02.09)
- 濱口竜介監督『ハッピー・アワー』(2022.01.06)
- 今年211本目は『CHAINチェイン』(2021.12.30)
- 終い弘法(2021.12.22)
コメント