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『千年の祈り』

 『千年の祈り』は、アメリカ=日本製作の映画だが、静かで地味な作品だ。うるさい説明がない分、多少想像力で補う必要はあるが、父-娘の愛情と葛藤という複雑な心の襞を、丁寧にとられた滋味深い一本。

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 アメリカで暮らす一人娘の元へ、はるばる中国・北京から老いた父がやってくる。遠く離れた異国で、離婚してひとりで暮らしている娘の身を案じる年老いた父。父は、中国では科学者としてロケット開発をしていたエリートだった。

 娘は、すっかりアメリカ生活になじみ、中華なべさえ持たず、中国風の暮らしはどこにない。おもわず、中国風の飾りをつける父。勤務中の娘を持つ間、彼女の部屋を何気なく探索したりもする。

 何歳になっても子どもは子どもだ。父は、心配でならない。なぜ、娘は離婚したのか。娘には、幸せになってもらいた。そんな願いの父親だが、うまくそれを話せないままでいる。頼りの母親はすでに他界していて、どうも、娘と二人では、過干渉になったり、横柄な物言いになったり、ぶっきらぼうだったりと、お互い気まずさばかりがおこってしまう。父親が作る中華料理を囲んでも、会話は途切れがちだ。

 父が家族に不器用なら、娘もまたそうなである。

 母国語(中国語)では感情は出せないが、英語でなら話せるという娘は、すっかりアメリカの自由の中に生きている。

 ところが、この父は、不器用な一面、とても人懐っこい面もある。娘の住む場所をよく知ろうと、片言の英語しか話せないのに、積極的に近所の人達とは、コミニュケーションをとっていく。なんとも憎めないチャーミングさで、いろいろ人が話しかけてくる。そんな人々の小さな日常が中国から来た父親の目線で語られている。訪問してきたモルモン教の宣教師と、中国共産党とのやりとりは、英語が出来ないことが幸いして、まったくトンチンカンでかみ合わなさが面白かったりもするが、しかし何も大きな事件はおこらない。公園のベンチでは、お互いよそ者同志、身振り手振りで、イラン女性(マダム)と気持ちを通わせあう友達になったりもする。それぞれが、それぞれ人知れない悩みや寂しさを抱えているのである。

 冒頭の入国のシーンで、スーツケースに結ばれた赤いスカーフ。それを見つめけた娘が「よく入国できたわね」と皮肉る。それは、父親がかつて文化大革命の紅衛兵だったということである。紅衛兵は、過激に傾いたいわば加害者側だといってもいい。ところが、その父親にも、時代に翻弄され、家族にも言えないつらい過去があった。そんな父親の言動に不審を感じながら、長年尋ねられなかった娘。父親も、家族にも言えず、人知れず苦しみを抱いていたのである。そして、娘もまた深い葛藤の中にいることを、父は知ってしまうことから、静かな物語は展開していく。

 父が、初めて娘に胸を開いて、こころの傷を語るシーンがなんとも深い。わだかまりを抱えた両者の位置関係が絶妙だ。 

 全編、小津安二郎の映画を連想させ、監督自身もそれを意識しているのだが、父親が、小津映画の笠智衆の雰囲気を感じさせなくもない。過剰な感情の表出も、過激な事件も起こらないが、なんともいえない温かさのある作品だ。

 最後、アメリカを知るために彼は、娘の用意した旅に出ることにする。しかし、飛行機のスピードでは、娘の住む国を知ることは出来ない。彼が選んだ手段は鉄道の旅であった。

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コメント

「さち」より、改名しました。よろしくお願いします。

この映画良さそうですね。私は人物像を丁寧に描く作品が好みみたいです。微妙な心の動きとか。表情とか。観てみようと思いました。

投稿: きつね窓 | 2010年1月29日 (金) 20:38

きつね窓さん>改名というより統一かなー。ようこそ。
 そうですね。これは、誰でも彼でもいいとは思わないでしょう。だいたいは、ハリウッド娯楽作のジェットコースター型の大事件連発(最後は地球破滅)の刺激あるものに興味がわく人には、限りなく退屈で、つまらない映画に写るでしょう。そこは、これを読んで、「へたな映画評論よりう-んと思ってしまいます」っておほめのメールまでもらったけれど、浜村純状態(きつね窓さん談)のぼくの解説がうまいので、実際は、かなり退屈かも。この微妙な感じがつかめんかったらな。でもね、そんなぼくでも、昨日観た、ソクーロフの「ポヴァリー夫人」には、久々に参りました。130分、絵画を観る気分で、タッチだけを味わいました。まだまだ奥が深い世界です。

投稿: かりもん | 2010年1月29日 (金) 21:09

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