三が日
正月三カ日。この5年間は同じパターンで過ごしている。修正会のあと、夜は、名古屋組と一緒に10名で会食して、新年を祝う。
2日は、1、2組、年始の来客を迎える以外は、子どもたちとのんびりし、3日には、ぼくが二人の子ども連れて、京都駅周辺をブラブラするというパターンだ。
でも、今年は少し様子はちがう。ぼくが和讃の仕事を抱え、連れ合いに至っては、修士論文の〆切間近で、年末年始もなく必死に書いている。原稿用紙すると、100枚。しかも形式や引用もしっかり書かねばならないので、慣れない者にはたいへんな作業。目処は立っている(この時期に立っていなければ、困る)ようたが、最後の最後まで手直しはつづくようだ。
それでも、行動パターンは同じ。昼から、ひとりで、子供二人をつれて、京都駅方面に遊びに出かけた。
お年玉代わりに、一つずつおもちゃと、本を買った。長女は、ゲームソフトをうらやましそうに眺めていたが、うちにはその手のゲームがない。携帯やPCもあまりさわらせない。もちろん、絶対に反対というわけではないが、まだ低学年の間からは必要ないと考えているからだ。いまのうちに身につけることや、学ぶことが多い時期に、遊ぶことでも、みんなや個人の工夫次第で無限にあるのだから、まず、その力をつけることが先決だと思っているからた。別に、大きくなってからやりたいのなら、それはそれでいい。このあたりは、夫婦一致。なにかと生活では対照的だか、けっこう、意見が一致することもある。
ともかく、ほかにも彼女にはほしいものがあって、今回はめでたく、それを手に入って、大満足。「人生ゲーム」である。ずいぶん、ぼくが子どものころからは、DXになっていて、第2ステージまで制覇するのには、120分くらいかかわる。まあ、おかげで、家族も友達も、この正月は よくおつきあいさせてもらったが、ふたりは、まだ喜んでいる。ナナの方は、スプレー状に描ける絵描きセットと、粘土でつくるお弁当という芸術系になった。しかも、楽々予算内という、家計にもとてもやさしい組みあわせとなって、親はいちばんそれを喜んでいる。
本屋にも寄って、ムーミン辞典と、絵本を購入。すると、あと5分で、アンパンマンが来るという。写真撮影用の整理券がもらえた。ラッキー! カンロはもう馬鹿らしくてダメらしいが、ナナは喜ぶと思って、すぐ横の会場へ移動。すると、まだアンパンマンも出てきていないのに、ナナが本棚後ろに隠れて、怖じ気づいている。昨年も、京都タワーのゆるキャラ、たわわちゃんが、たまたま登場したときも、びっくりしただろうと言っている。覚えているが、もう1年もたっている。きっとどこかで照れくさいのもあるだろうと、無理強いはやめて、ほかの買い物をすませて、ちょっと遠くから眺めると、まだ撮影は続いている。なんかなー、せっかくだしなーと、もう一度、尋ねてみた。すると、「お父ちゃん! ひとりで行ってきたらいいー」と、強く、半泣きの顔である。ああー、まじですか。照れ くさいのではなく、まだ人間大のものが怖いようだ。せっかくのシャンターチャンスが残念。「お父ちゃんひとり」といわれても、これはお子さま用。いくらなんでも大人ひとりではなー。といっても、ここはブログ用に、アンパンマンとのツーショットのネタも捨て難いと思いつつ、ひとりで子どもたちをかき分けて行く勇気もありませずで……、まあナナのことも笑えませんなー。そんなバカなやりとりを、カンロは、遠くで覚めた目でみておりました。
幼心に、等身大着ぐるみのトラウマになってもいけないので、撮影はあきらめて、駅ビルを散策。今年は、手塚治虫ワールドへ。といっても、売店がある以外は、ちょこっとアニメの上映がある程度。せっかくなので、ミニ映画版の鉄腕アトムを観ることにした。施設は、かぎりなくしょぼいが、内容はなかなか感動作で、ナナがちょっと泣いていた。別に、これは怖かったわけではなく、かわいそうだったのだ。なぜか、動かないアトムやレオとは、たとえ大きくても、喜んで写真を撮っていた。
帰りに、チェント・チェントというカフェに寄って、お茶を飲んだ。三が日の日曜日ということで、どこも人込みで大混雑していたが、ここは、伊勢丹の反対側にあるので、ちょっと穴場になっていて、すぐに座れた。毎秋には、この右手に京都駅ビルシネマという臨時の映画館 ができるが、いまは広場になっている。
大人のようにメニューを眺めては、キャラメルケーキと、抹茶ケーキをそれぞれ選び、大人ぽく木いちごの紅茶などをオーダーしたふたりは、幸せそうにケーキを食べては、買ってきたものを眺めていた。でも、すぐに食べ終えると、外の広場に出て、キャー、キャーと、鬼ごっこを始めた。お店に残ったぼくは、その姿をなんとなく眺めながら、手に入れた本をパラバラとめくっていた。
外は、夕闇になってた。
右手には、京都タワーが白く浮かんでいる。京都駅は、すっかり変わったが、この奇妙な景色だけは、不思議と変わってはいない。それでいて、妙に郷愁もそそるのはなぜなのか?
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