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2010年1月の21件の記事

日曜日の輪読法座

 日曜日の輪読法座。

 いつもとちょっと顔ぶれが異なる。不参加の方もあったが、久しぶりや珍しい方もあって、24名の参加。遠方組が多くて、福岡からも布教所に出講中の先生、広島組、福井組に、今回は東海支部からの参加が多くて、主に東海の人が中心になって展開していった。

 華光誌巻頭言「仏様に向き合え」を読む。ほんとうは、もっと進んでもよかったが、このテーマだけで話し合う。ここを基に、それぞれの味わいや心境を聞きあった。

 要は、仏様の前に立って聞けということなのだか、実は、私ではなく、先手をかけた仏様が、私の前に立ちつくして聞いてくださっていただけのことである。

 その仏様、尽十方無碍光如来なのである。

 私は、障害や碍りだらけで、尽十方の碍りなきお光りを、そのボロボロの自分の中におさめようとやっきになっている。でも、そのボロボロの私の隙間のあちこちから、光明が漏れ始めている。その無碍光のお光りは、ついに、私自身の自力の闇を木っ端みじんにブチ破って飛び出してくださるのだ。

 そんなイメージがアリアリと浮かんできた。

 詳しく書きたいが、今夜はまだ「和讃」校正の仕事がある。

 急いでいるのである。

 今日の分に課したノルマだけは達成しておくと、明日以降が楽だ。

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和讃三昧?和讃地獄?

  出版社もたいへんなのか、夕方から、3、4回も時間変更の電話があって、「和讃」第五校がやってきたのは、木曜日の夜8時を回っていた。さっそくその夜から作業をはじめて、また和讃の作業に集中している。今回は、最初から最後までの完成したものだ。なんとか、これで校了となると願っているが、やっぱり、観れば観るほど、アカがある。もしかすると、もう1回は簡単なチェックが必要かもしれないな。ついでに、表紙の候補も、2種類きた。正直、エーッと思うほど、派手なもの。「なぜ、この絵柄なんですか」と尋ねたら、「中味が地味(悪いという意味でなく、堅実という意味)なので、せめて目に停まるように考えた」とのことだった。このあたりは、出版社におまかせである。写真のアップも考えたが、まあもう少しのお楽しみということである。

 3Fの救護室に籠もっての作業が続く。

 おもわず、「『和讃三昧』というより『和讃地獄』だなー」と、食事のときにもらすと、「地獄って言わんといて!!」と、ナナが涙目で叫んだ。先日、ボロボロになった往生要集のスライドの劣化を防ぐために、manu.さんやムラ君たちが、デジタルで保存する作業を行なってもらった際に、一緒にスライドを観て、こわくてこわてく仕方がなくなったのである。その夜も、父や連れ合いにご示談してもらって、号泣念仏で激しくお念仏をしたそうだが、それから連日、夜になるこわくなって、「仏様の話」を聞きたがってくる。どうも、単に、お化けが怖いという類ではなく、多少は、自分の行いも内省ができるようになっているようで、食べ物や日頃の生活での罪悪と結びつけて考えているようて、そこは有り難かった。とはいっても、まだまだ人ごとの節もあるので急ぐ気はないが、親としては、これを契機にぜひ聴聞のきっかけになればと願っている。

 結局、大人でも、子どもでも同じなのだが、これは外に有る無しの問題ではなくて、いまの私自身の行い(業)の問題とならなければ、意味はない。人間世界の知恵ではなくて、仏様の仏智に照らされた、深い内省の世界での厳然たる、私の事実なのだから。

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『牛の鈴音』

 「その老いぼれた牛は、お爺さんと一緒に30年も働き続けた」というキャッチがつけられた 『牛の鈴音』

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 郷愁を誘う風景と、現実の厳しさと、消えていくものへの哀愁と切なさ、そこにユーモアも加わり、最後には深い感銘を残す、韓国発の異色ドキュメンタリーだ。

 主人公は、 田舎で、時代の流れに取り残されたように暮らす老いた農夫と、その妻、そして一頭の超高齢の農耕牛だ。固定キャメラが多用されて、老夫婦と牛の姿がじっくりと捉えている。しかも、こんな地味なテーマなのに、ドキュメンタリー風のナレーションやインタビュー映像もなく、BGMもあまり使用されない。それでいて、まるで家族の一員として、ぼくもそこにいるかのような、一匹と牛と、老夫婦の間で自然体のドラマが展開していく。脚本があるんじゃないかと疑うほどの(もしそうなら、こんな名演はない)、ほんもの劇のように仕上げているのだ。

 なんとていっも、夫婦のやりとりがすごい。まるで機関銃のように朝から晩まで、自分よりも牛を大切にする(不器用な)夫をけなし、貧困を嘆き、不満を愚痴り続ける妻。

 にもかかわらず、馬耳東風(いや牛耳東風かな)で、飄々としながら、牛を愛し続ける夫。老いぼれやせ細った体は、日常生活もままならほど痛んでいるが、それでも頑固にも昔ながらの手間隙かかた方法で、老いぼれた牛の世話をし続ける。まさに人・牛一体となって、小さな畑を耕し、やっと日々の糧を稼いでいる。

 60年近くを添い遂げた二人の当意即妙のやりとりが、なんとも面白可笑しい。

 そして、大切なもう一人(いやもう一頭)の主役が、老いた農耕馬だ。なんでも、牛の平均寿命は約15年だそうだが、この牛はなんと40年も生きているという。飼い主同様、もうガタガタなのであるが、なんともいえない存在感を示している。

 つまりは、みんな強烈なキャラクターの持ち主がそろったのが、この映画の面白さであり、魅力である。しかし、ただ、郷愁を誘う美しい田舎の風景や、ユーモラスなやりとの面白さだけが、この映画の魅力ではないことに気付かされる。

 こんなシーンがある。牛のために、妻の世話はせずとも、手抜きせずに飼料の草を刈りにくでる。老いた不自由な体へのたいへんな作業に、妻が「市販の飼料を買えばいい」と愚痴ると、「なんでも楽にすることばかり考えるな」と、夫が一蹴する。そのおかげ、牛を長寿でいるのだ。彼は、効率とか、楽ではなく、ひたすらこれまでの(一見)不自由なやり方を頑固にもやり通しているのである。文句を言い続け、ひたすら不幸を愚痴り続ける妻も、結局、それにしたがって生活しているのだ。
 ところが、田舎を離れて、都会で暮らす子どもたちが、それぞれの家族連れで老夫婦の元にもどって来る。食事をしながら、便利さや効率という視点からだけで、一方的に手間ばかりかかって、役立たない牛を売却することに、さっさと話が決まっていく。しかも、それを親切げに、年老いて親の幸せだと説得するのである。その様子を、ひとり離れたところから、寂しげに見ている老父。休暇が終わり、また都会へ帰っていく子どもたち。

 この50年近く、利便性や効率、利潤ばかりを追い掛け、それが得られることが幸せだと信じて邁進しているぼくたちが、忘れてしまって大切なものを静かに教えてくれているように思える。しかし、それはもうすでにぼく達の生活からは消えてしまっているという、現実の切なさにも直面させられるのである。

 まったく地味な映画が韓国では異例の大ヒットで、社会現象になった。日本でも、ぼくが観た回は、年配者を中心に立ち見になっていた。ユーモラスなやりとりや映像に大笑い、そしてまた切なさに涙し、そして彼らの愚直な生き方に共感されている。これは、若い人にも観てもらいたい作品だなー。

 

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『千年の祈り』

 『千年の祈り』は、アメリカ=日本製作の映画だが、静かで地味な作品だ。うるさい説明がない分、多少想像力で補う必要はあるが、父-娘の愛情と葛藤という複雑な心の襞を、丁寧にとられた滋味深い一本。

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 アメリカで暮らす一人娘の元へ、はるばる中国・北京から老いた父がやってくる。遠く離れた異国で、離婚してひとりで暮らしている娘の身を案じる年老いた父。父は、中国では科学者としてロケット開発をしていたエリートだった。

 娘は、すっかりアメリカ生活になじみ、中華なべさえ持たず、中国風の暮らしはどこにない。おもわず、中国風の飾りをつける父。勤務中の娘を持つ間、彼女の部屋を何気なく探索したりもする。

 何歳になっても子どもは子どもだ。父は、心配でならない。なぜ、娘は離婚したのか。娘には、幸せになってもらいた。そんな願いの父親だが、うまくそれを話せないままでいる。頼りの母親はすでに他界していて、どうも、娘と二人では、過干渉になったり、横柄な物言いになったり、ぶっきらぼうだったりと、お互い気まずさばかりがおこってしまう。父親が作る中華料理を囲んでも、会話は途切れがちだ。

 父が家族に不器用なら、娘もまたそうなである。

 母国語(中国語)では感情は出せないが、英語でなら話せるという娘は、すっかりアメリカの自由の中に生きている。

 ところが、この父は、不器用な一面、とても人懐っこい面もある。娘の住む場所をよく知ろうと、片言の英語しか話せないのに、積極的に近所の人達とは、コミニュケーションをとっていく。なんとも憎めないチャーミングさで、いろいろ人が話しかけてくる。そんな人々の小さな日常が中国から来た父親の目線で語られている。訪問してきたモルモン教の宣教師と、中国共産党とのやりとりは、英語が出来ないことが幸いして、まったくトンチンカンでかみ合わなさが面白かったりもするが、しかし何も大きな事件はおこらない。公園のベンチでは、お互いよそ者同志、身振り手振りで、イラン女性(マダム)と気持ちを通わせあう友達になったりもする。それぞれが、それぞれ人知れない悩みや寂しさを抱えているのである。

 冒頭の入国のシーンで、スーツケースに結ばれた赤いスカーフ。それを見つめけた娘が「よく入国できたわね」と皮肉る。それは、父親がかつて文化大革命の紅衛兵だったということである。紅衛兵は、過激に傾いたいわば加害者側だといってもいい。ところが、その父親にも、時代に翻弄され、家族にも言えないつらい過去があった。そんな父親の言動に不審を感じながら、長年尋ねられなかった娘。父親も、家族にも言えず、人知れず苦しみを抱いていたのである。そして、娘もまた深い葛藤の中にいることを、父は知ってしまうことから、静かな物語は展開していく。

 父が、初めて娘に胸を開いて、こころの傷を語るシーンがなんとも深い。わだかまりを抱えた両者の位置関係が絶妙だ。 

 全編、小津安二郎の映画を連想させ、監督自身もそれを意識しているのだが、父親が、小津映画の笠智衆の雰囲気を感じさせなくもない。過剰な感情の表出も、過激な事件も起こらないが、なんともいえない温かさのある作品だ。

 最後、アメリカを知るために彼は、娘の用意した旅に出ることにする。しかし、飛行機のスピードでは、娘の住む国を知ることは出来ない。彼が選んだ手段は鉄道の旅であった。

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制服姿

 予定していた「和讃」の第5校はまだ来ない。今週は、作業のために予定を明けていたので事務仕事をこなしていく。

 1月は、何かと公式な書類の作成が多い。所轄官庁(京都府)や税務署に提出するものだ。決算期が9月で、総会が11月にあり、その3ケ月以内という規定があるからだ。

 だいたい終えたところで、昨日、印刷所に届けた「真宗カウンセリング研究会」の会報のデータが、念の為に渡した見本用のブリントアウトと、違う箇所あるという電話。あれこれ話を聞くが、実物を見ないとちらがあかない。すぐに印刷所に向かうことにした。

 さいわい大した問題ではなく、フォントの関係で、見出しの部分の数字だけが、縮小文字になってしまいレイアウトがそこだけ変わってしまうようだ。難しい問題でもないので、プリントアウトしたものに会わせて修正してもらうことにした。

 印刷所を出で、自転車を走らせていると、青色のダウンコートを来た中年の男性が、「あ」と、通りすぎざまに「こんにちは」とあいさつされた。あわてて、こちらも振り返ると、「あああ、こんにちは」と小声で会釈し、そのまま自転車は進んだ。うーん「誰だ?」。絶対に、知っている顔だ。でも名前は出で来ない。どこであった人かな。近所の人、違うー。もちろん、華光の人でもない。ぼくも、そろそろ年を意識する年齢になったなと思ったが、すぐに閃いて、納得もした。ああ、なるほどね。すぐに思い出せないわけだ。

 たまに行くこの近くのフレンチのオーナーシェフなのだ。彼に会うときは、いつも白い高いコック帽を被り、白いシェフのユニフォーム(やっぱり白衣というのかな)を着て、カウンターの向こうで料理している姿しか知らない。もうこの人は、この格好と完全にインプットされている人と、まったく素(私服)であったのだから、これは出会い頭では思い出させないわー。逆に、もしコック姿だったら、すぐにわかっただろう。

 結局、人ではなく、シチュエーションだったり、場所だったり、ユニフォームだったり、そんなことを頼りに記憶されているんだなー。定番の制服の姿、つまり役割や仕事として出会う人だって、それなりにおられるということだ。

 そういえば、ぼくだって、月忌に参りところはいつも法衣。華光の法座で会う方は、ほとんどが背広で、上に布衣。でも、映画館で会う人、自力整体に会う人、やっぱり違う格好をしているし、それぞれ少し違う。

 人に会うときは重なるもので、このあとすぐに、自力整体でご一緒の男性に出会った。いつもの格好と違ったが、彼はすぐにわかる。現代の難病である筋ジストロフィーの不自由なからだで頑張っているからだ。彼とも仏法のご縁がついたらと願っているが…。

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何ができたのかなー

 ついこの前のこと。図書館で料理の本を借りてきて、子どもだけで料理を作るというのだ。まずは、お金をもらって、スーパーで食材を買うところから始まった。そして、二人でワイワイいいながらスタート。「お父さん、ゴーグル知らん?」、「ゴーグルって、泳ぐとき使うゴーグル?」「そう」。

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 何をするのかと覗くと、なーるほど、タマネギを切るわけてすか。おおおお、ナナが包丁を使っている。もちろん、基本的な使い方や危険の対処は教えている。母親いわく、「見ないのがいちばん、安心」。こんなとき、口出しするのがいちばん危ないそうだ。でも、タマネギは目に染みるので、たまらずゴーグルを着用するこImg_7948とになった。カンロは、ニンジンやタマネギをすっている。選手交代。ゴーグルだけではだめなので、今度はマスクまで着用したが、どうやら役には立たないようだ。下ごしらえが終わったら、タマネギや肉を炒めたり、何かを茹でだしたりした。

 うーん、何が出来るのか楽しみだ。

 待つこと数十分。「いいよー」

Img_7950 ミートソースのペンネですか。ほんとうはスープ風になっているが、ぼくが写真をとるときは、煮詰まってソース風になっている。

 お味はもちろんサイコウー。彼女は、少しずつレパートリーを広げているなー。保育園の妹も見よう見まねで作っている。研究熱心のところもいいなー。最近は、料理の後片付けも、率先し手伝うとときもあって、大助かりだ。

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こころの中に言葉を置いておく

 先日の座談会。

 ある方が、自分の身の上に興った問題を話してくださった。詳細は省くが、最近、お店のお客さんが、自殺(自死)されたのある。少し前、お客としてお店で話を聞いて、「つらかったら一緒に仏教を聞きにいこう」と誘っていたという。それが、自死される前にもお店に寄られたが、その時は、特にゆっくりと話せず、そのことがとても心に残っていた。と同時に、他のお客から「店に未練があるから、きっと化けてでるぞ」と脅されて、なんとも怖いというのである。

 そんなことを聞きながら、ほくは、どうすればいいのでしょうかという質問だろうかと想像していた。しかし、そうではなかった。彼女の話は、そんな人ごとでも、今生の問題ではなかったのだ。

 「その人の死を通じて、では、私の後生はどうかと問うてみたら、行き先がわからず不安です」と、泣きながら訴えられたのである。

 その言葉に、正直驚き、うれしかった。「後生が不安だ」と言われいるのに、うれしいというのはおかしな話だが、彼女の聞法の焦点が自ずと定まってきたことにである。

 彼女自身は、仏法とは無縁に育っている。ごく普通のお嬢さんで、一般の寺院ではみかけるタイプではない。もし姉の誘いがなければ、けっして仏法とご縁がなかっただろう。聴聞をするようになったといっても、何年もあいだ、チンプンカンプンだった。もちろん、言葉も難しい。でも、それ以上に、自分に焦点を当てて聞法をするということが(言葉では易いが)、ほんとうに知れるには時間がかかる。だから、一時は姉さんとの関係だけの参加に見えていた。それが、ある時から、集中して、支部法座にも、京都の宿泊行事にもすべて参加されるようになった。それでも、まだ人ごとのご聴聞だったり、せいぜいご縁を喜んでいる程度の聞き方だった。それが、支部や華光の同人方が根気よりかかわり、育ててくたさった、養育のおかけで、誰からも指摘されずとも、今生の人ごとの問題を転じて、自身の後生の問題へと目を向けて聞かれる身になっておられるのである。

 誰もが、ご聴聞の初めは、新鮮だったり、驚きだったり、ときには言葉や専門用語に戸惑ったりすることもあろう。だから、もっと知りたい、分かりたいという思いで聞き始めることが多い。でも、そんな楽しい時期は、最初のしばらくだけ。すぐに、壁にぶつかる。ひとつは、言葉の問題。いや、それが仏教用語の問題なら、辞書を引いて調べればいい。何度も聞いているうちに、覚えられることもあるだろう。でも、それを知って知識ばかり増えても、「阿弥陀様」も「念仏」も「極楽」も、「信心」も、「後生」も、肝心なとこは、まったく理解できない。研究者や論文を書くのなら、言語的な探求も必要だ。しかし、生きた信仰を求めているのである。もっと我が身のところで、実感的に味わいたい、もっとありがたい、はっきりした念仏に出会いたいとなるのである。しかし、どう聞いても、そうならないので、「とにかく聴聞に極まる」などと言葉に縋って、ご聴聞を重ねるが、いつまでもキーワードは不可解なまま、わが身のところで実感されてこいない。

 『愚の力』(大谷光真著)の中に、こんな言葉があった。

お経の言葉を人のこころに置いていく。理解するのではなく、こころの中に言葉を置くことが大事なのではないかと思います。

 そうだ。私達の聞き方は、説教や経典を、理解しよう、解釈しよう、分かろうという聞き方を繰り返すばかりで、まったく自分がお留守になる。教、経は、わが身を照らす「鏡」なのであるから、それを理解しようとしても、解釈してわが身に当てはめようとしても、まったく意味はない。

 それなら、一度、その言葉そのものを、我が身のこころに置いてご聴聞してみてはどうか。それは、「分かるとか、分からん」でもないし、「そう思うとか、思わない」でもないはずだ。たとえば、「後生とは何か」とか、「いますぐどう行くのか」と、頭の中で堂々巡りになるのなら、一度、そんなわが身の雑念は無視して、「後生に一大事があるぞ。いま、すぐに来い」という呼び声があることを聞いて、それを我がこころの中に、(「後生に一大事があるぞ。いま、すぐに来い」)と置いておいて、ご聴聞してみればいのである。

 先の彼女の言葉が有り難いと思ったのは、彼女が普段生活のなかでも、人の姿を通して、「では、私の後生は」と、自分の問題として聞けるように育ってこられたことである。

 ほんとうに自分の問題になれば、かならず聞けひらけるお法りなのである。

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ひとりでも、共にでも

(総説)「現世をすぐべき様は、念仏の申されん様にすぐべし。念仏のさまたげなりぬべくば、なになりともよろづをいとひすてて、これをとどむべし。

(結婚)いはく、ひじりで申されずば、め(妻)をまうけて申すべし。
妻(め)をまうけて申されずば、ひじりにて申すべし。

(在家・出家)住所にて申されずば、流行(るぎょう)して申すべし。
流行して申されずば、家にいて申すべし。

(経済)自力の衣食(えじき)にて申されずば、他人にたすけられて申すべし。
他人にたすけられて申されずば、自力の衣食にて申すべし。

(法縁)一人して申されずば、同朋とともに申すべし。
共行(ぐぎょう)して申されずば、一人籠居(ろうこ)して申すべし。

(衣食住は念仏の助業) 衣食住の三は念仏の助業(じょごう)也。
 これすなわち自身安穏にして念仏往生をとげんがためには、何事もみな念仏の助業也。三途へ返るべき事をする身をだにもすてがたければ、かへり見はぐくむぞかし。まして往生程の大事をはげみて、念仏申す身をば、いかにもいかにもはぐくみたすくべし。もし念仏の助業とおもはずして、身を貪求するは三悪道の業となる。往生極楽の念仏申さんがために、自身を貪求するは、往生の助業となるべきなり。万事かくのごとしと」
          法然上人『和語燈録』巻五(真全集四巻六八三)

  年末から、法然さまのこの言葉を味わっています。報恩講の法話でも、冒頭で少し触れたら、最後のご法話で悟朗先生からもお聞かせに預かりました。

 ほんとうの一大事は何かですよね。

 後生に一大事があると聞いても、まあ、生活のなかの大事のひとつに仏法(念仏)がある程度にしか聞こえない。よくて、並列的なものか、下手をすると、まったく生活や実感(いまの私)と、切り離された高尚というか、かなり荒唐無稽な遠い世界に追いやられていく場合もあるわけです。

 そうではなく、まさにこのいまの私のところはまったく離れず、それでいて、私の相対的な泣き笑いの人生を軽々と超えたところに、お念仏は輝いてるわけです。

 それは、生活をしながらの、人生を送りながらの、もしくはそのための念仏ではなく、生活すべてが、この人生のすべてが、お念仏を申すための助業であると。そう切り換えていただいたわけです。

 一人で念仏が申せない方は、皆さんと共に申せばいい。もしそれが苦手な方は、一人でお念仏を申せばいい。大事なことは、お念仏を申すためにこそ、この私がいるのだと。。ひとりで懈怠になる私を、お念仏の仲間が助けてくださいます。そして、ひとりになった時にこそ、またお念仏をしみじみと味わる。何が一大事なのかと、心を寄せさてももらえる身になった幸せを感じますね。

 明日の広島法座は、こんなあたりを味わっていくつもりです。

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ストレス

  自力整体。週末の教室は少し雰囲気が違う。いつも黒一点だが、夫婦ずれや男性もおられる。でも、どんなところで、勤苦八年のご修行の成果があって、もう声をだして、ため息をつき、息を掃けるようになってきた。そんな時、さりげない先生の言葉。実技に集中していたので、聞き逃したが、ぼくなりに翻訳すると、ストレスがからだに現れて、いろいろと不定愁訴(ふていしゅうそ)となる。たとえば、胃にくる人もあれば、腰にくるひともある。肩甲骨や背中が凝って、胸が縮んで呼吸も浅くなる。そんな中で、「けっこう歯にストレスを受ける人がいるんですね」というところが、耳に入ってきた。ああ、なるほどね。これは実感した。グーと力が入って噛みしめますからね。弱いところに、負担がかかっているわけですね。

Img_7972  夜は、昼間の学習会に参加するために上洛した美女とデート。年末にM先生といった七条裏手の飲み屋に。縦の幅は、畳1畳ほどのスペースに、横長にカウンター10席ほど。人気があって Img_7969_3、すぐに満席になる。でも、マスターひとりで仕切って、テキパキと、凝った料理をだしていく。「ひとりでたいへんですね」と声をかけると、「まあひとりの方が楽ですね」。「混んできたら私だったらパニックになるわ」と彼女がいうと、「結局、待ってもらえばいいわけです。それに人を雇うとストレスになるでしょう。ストレスって人間関係ですものね」。いやいや、まったくの御名答。思わず、「そうやね。たとえ夫婦二人になると、しんどんもんね」というと、「夫婦こそ最大のストレスですよ」とズバット直球。ハハハ、まったくね。マスターに教えられます。この世のなかにImg_7977 は、嫁に、姑、小姑、大姑。このごろは、女が古くなてくも、男が古い場合もありまして、まさに世のなかストレスだらけ。こりゃ、歯も痛くなるわけだわ。でも、今夜だけは、いろいと楽しく飲んで、少し酔った勢いで、ブログにゃ書けない本音トークもして、京Img_7968 都駅ビルのお洒落なカフェでお茶してきたというわけです。

 さてさて、この美女の正体は? 

 

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己が量を思量せよ

  久しぶりの更新。

 今週は、和讃に集中。今日の午前中で、やっと今回の作業が終了。午後1000yamakosi_01 からは、京都シネマに映画を一本見た。『1000年の山古志』~中越大震災と闘った小さな村の物語~。これはおもわぬ拾い物。新潟中越大震災で壊滅した山古志村の復興の人間ドラマ(ドキュメンタリー)。まったく無力な虚脱感や絶望的状況のなかで、助けあい、励まし合いながら、復興していく人達の姿と、郷里への誇り、そして、その最後にみせるそれそれの涙が、その苦労の過程をすべてをものがたり、なかなか感動的だった。現代の日本人にいちばん大切なものはなにか。震災という苦悩を通じて、この古くて、新しい地域共同体の世界には残っていたのだという実感した。

 劇場をあとに、すぐに小学校の授業参観へ。わが子もいろいろあるけれど、悩んだり、苦しんだりしながら、成長しているなー。

 夕方に、白馬社の社長と合って、和讃の第4校を渡した。「はじめに」の言葉や、「凡例や注意」の部分も作成し、今回でだいたいの形は整った。ぼくの「おわりに」は、下巻に載せることにして、今回は見送ることになったので、あとは、来週はじめにやってくる完成形、第5校を校正し、表紙などの打ち合わせをすれば、あとは印刷に回ることなる。もうあと1回だけは校正が必要だ。1週間集中すれば出来るのだが、なんとか頑張りたい。

 夜には、急な個人面談(カウンセリング)がたっぷりとあった。うーん、ほんとうに生きていくことも辛くて、厳しくし、傷つくこともある。でも、辛くても、それが、わたしを育て下さる糧にもなるんやね。どうか頑張ってー。

 今週は、和讃作業が中心だったのて、出版関係で人とよく会ったが、ほかには歯医者と、水道関係の人にもよくあった。

 水道は、月、火と、修理とメーカーの調整もあって、調子はよくなった。水曜日には、広島から設計士のM先生が来館されて、一緒に関係個所を点検して、修理の完了が確認した。ほっと一息。今期は、新しい寺院布教3ケ所と、葬式もあって、収入面も好調だったが、結局、稼いだ新規収入分が、まるまるボンプ代に代わった。うまく金が溜まらないように出来ているなーと、妙に感心。金あるとろくなことないものね。まあ、まだまだ頑張れということでしょう。今日も、寺院の「組」の出講依頼が入ってきた。

 歯も、名医のおかけで、随分普通どうりに戻ってきた。その上、ブログ読者が心配下さって、わさわざ、スペシャルな歯ブラシまで送ってくださった。ありがとう。これはかなりいいです。この場を借りて、御礼申します。

 ほかにも、真宗カウンセリング研究会の「パンフレット」作成作業もあったし、火曜日に、Img_7963 伝道・事務方の新年会が、京都の先斗町の料理屋で開かれた。M先生が、盛んに「こんな場所とは一生縁がないと思っていた」と喜んでおられたが、先斗町歌舞練場近く、鴨川を背に、なかなか雰囲気がある場所。もちろん、それでいて庶民的な値段なので、皆さん大満足。でもね、こんな時は、あいかわらずの貧乏性が顔だししまう。というのは、お得になるだろうと考えて、飲み放題(2時間15Img_7962 00円)のプランを付けたのだ。なんとか、定価ベース分でも元を取りたいなーと。だから、ビールを飲み、ワインを飲み、焼酎を飲み、日本酒を飲み、梅酒を飲み、ソフトドリンクと、どんとん飲んだ。それは、みんなもおなじようで、日頃よりかなり飲んでいたようだ。でも、女性もいれば、老人も下戸もいる。それほどの酒豪がいるわけではないので、結局はそんな大したことはないのではないか。さて、損したのか、お得だったのか。「損しないぞ」という欲だけは募らせた。あとは、帰宅して、まだ和讃の仕事をするつもりだったが、子どもを寝かせていたら、そのまま一緒に寝てしまって、仕事にならなかったということかな。まあ、ホテルのバイキングといい、飲み放題といい、すぐに貧乏性の地金がでる。でもね、結局は、「己が量」を知れということでしょうね。

 

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和讃三昧と近況

  木曜日に、「浄土・高僧」和讃の4校目が来た。これで確認の上、校了になるということだったが、とんでもない。2時間かけて出版社と、こまかな点を詰めだしたが、きりがないほど、未統一の問題がでてきた。第5校がでるが、ほんとうにそれで済むのかというほどの訂正である。もう嫌になって来る。どうせなら、自分ひとりの眼だけでなく、第3者にも、確認の校正をしてもらうことになって、校正の仕事もしていたT(大阪凡夫)さんに依頼したら、喜んで引き受けてくだった。でも、とてもたいへんな作業に、簡単にはいかないことも判明した。でも、ここまできたら、徹底的にやるしかない。番号の統一、表記の統一、記号の統一と、仕事は山積みだ。小部屋に籠もって、和讃三昧。〆切の約束は、20日渡しだったが、2日間、延ばしてもらうことにした。とりあえずベストを尽くしていいものにしたい。
 おかげで、ブログに報恩講の第2弾や映画のことを書きかけていたが、ふっとんだ。

 その間に、稜さんとは9月の聞法旅行の打ち合わせをした。日高支部との交流会。ご尽力で、いい会場がとれたし、強信な日高の古老たちとの交流や、支部内のこ旧跡めぐりなどの企画も計画中で、これは楽しみだ。しかも宿泊料金や交通費も、従来の聞法旅行に比べると割安になる。詳しくは、また報告する。

 また報恩講以降も、あいわからず水道(ポンプ)は不調。昨日も、行事のない、日中の使用で、3回も停まった。今朝も業者の点検。火曜日はメーカーがきて調整する。そして、水曜日には、設計監理のM先生が、わざわざ広島からお出ましくださることになった。

 ついでにいえば、ぼくの歯も痛む。嵌まったところとは別の箇所だ。疲労や肩を凝る仕事のせいだと言われたが、思い当たる点もあり、あり。

 今日は日曜礼拝で、悟朗先生のご法話を拝聴。30分の予定が、15分くらいは延長。六道の話の予定が、無常や、食べ物の話にうつり、いつのまにか「南無阿弥陀仏」の南無のこころへ。大人の方が喜んでいた。和讃の仕事を挟んで、夕方からは、百ケ日の法要へ向かう。みんなで一緒に丁寧に勤行してもらい、ご法話を20分ほど。当たり前は有り難いという身近なテーマで。南無阿弥陀仏こそ、当たり前にして粗末にしているなー。なかなか深いご縁は難しくても、好意的にはとられてもらっている。勤行は、声が大きい。今日も、意図的に何度かお念仏の機会をもった。だんだんとお念仏の声が大きくなたことに手応えを感じている。

 帰宅したら、法座の出講の変更(ぼくの勘違い。すみません)に、Kさん宅の法事依頼。そのほか、真宗カウンセリング関係の出講計画も入ってきそう。日程のやりくりがついてホッとする。この不況のご時世に、布教の機会は増えていく。それにしても、やりがいのあることばかりさせてもらって、ほんとうに勿体ない。有り難いことを喜ばないで、愚痴ばかりいっていたら、御罰を蒙りますなー。

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ブルーな気分だったり、うれしかったり、たんへんだったり…

 報恩講が終わって、いちばんに、歯医者に出かけた。「ごめんな。FAXみたの今朝なんや。困っていたなら、休日でも来たらいいんやで。競馬にいってなったら、だいだいいるから」とのこと。もちろん、他の客はいないので、治療自体はすぐに終了。でも、状況を聞いて、かなりショック 状況、状態がよくなくて、今度ダメなら入れ歯になるそうだ。「まだ若いのになー」と言われ、医者と助手から、前の医者がいかにひどい治療をされたのかを、延々、サンザン聞かされ、矯正のため1本のために、大丈夫だった歯まで3本もクチャグチにされ、それが年齢と共にダメになってきたわけ。ぼくも被害者なのに、その医者を選んだ(いろいろと縁がなって、ほかの人にも相談したのに)、どこまでもぼくが悪い気がしてきて、しかも、当時はそのために(保険外の治療)で、何十万もかけてきれいにしたのが、結局は、ひどい処置で、金もとられ、さんざんにされ、いまダメになってきたが、これからは手のほどこしようがなくと…。うーん、話を聞けば聞くほど、どんどんブルーに。でも、過去を悔やんでも戻らないよなー。当日は、いまの先生をまったく知らなかった。このボロボロの施設。今日だって客も誰もいないか。ところが、良心的で腕がいい先生。絶対にネットでも評判になるひとじゃりいけど、なんか不思議な人もいるもんやね。

 昨日も、今日も、報恩講の法座が終わったこともあって、電話や相談が続く。忘れ物あり、法座感想があり、今生の相談があり、相談予約があり、御礼も数軒あった。その間に、水道の最後の工事があり、請求書にびっくりし、お寺の出講依頼もあった。それは少し疎遠になりかけたいたお寺で、何年かぶりかの依頼。率直にうれしかったが、残念ながら、その日は結婚式がある。それも仲人なので、たいへん申し訳ないがお断りしたが、またご縁が深くなると思うと有り難い。電話を切ると、すぐに週末の百ケ日法要の相談、さらに出版社から和讃打合わせの相談があったが、これは明日に決めた。夕方には、初めての方の華光誌購読と疑問点や質問を受けた。インターネットをご縁の方だか、率直に、しかも初めてにしては、なかなか核心をついた発言される方で、これからのご縁が楽しみだ。どこに、どんなご縁があるかわからない。

 そして、昨日と、今日とで 仏法以外の相談(カウンセリング)が3件も続いた。こんなことはまた珍しい。20代の女性から80代の老婆までと、年齢層も幅広い。当然、内容もさまざまだった。おもわず、時間を延長して、結婚相談室にもなったりもしたが、詳しくは触れるわけにはいかいな。要は、いくつになっても、悩みはつきないのだということを実感。まさに、禍福はあざなえる縄のごとしで、うまくいったと笑った次ぎの瞬間には、そのことを縁にして泣いていかねばならないようだ。それが臨終の一念まで絶えることはないというのだが、仏法の上ではら、さらに最後の最後に責任をとらねばならない世界があるというのだから、ほんとうにおそろしいことで…。

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質問の根をたどる

 信仰座談会では、質問のことばをとらえるだけでなく、その質問者の発した問いの根を聞いて、その質問の奥にあるその人自身の問題や、その人を聞いていくのが、より重要なことになる。もちろん、単純に質問に答えたほうがいい場合もあるのは当然だが、これは、そのときの相手のことばや姿勢を見れば、だいだい分かるようになる。

 一般でもそうだ。極端な例だが、「トイレはどこですか」と尋ねられて、「あなたトイレにいきたいだね。うーん、それはどんな気持ちで尋ねてるの」なんて、聴くようなバカなことはしない。でも、真っ青な顔おして、尋常な様子でなっかたら、「どうしたのか」と尋ねるだろう。また、「浄土真宗のお寺を探しているのだけれど、知らないか」と聞かれたら、簡単に答える時もあるが、「どうしたの、もう少し詳しく教えてくれる?」と尋ね返すのではないか。当然、「法事をしてもらえるお寺を探しているのだ」という答えかもしれないし、(浄土真宗では原則は行なわない)「水子供養をしてもらいたいのだ」というのかしれない。それなら、そのことを通じ、いろいろと話題が深まって来る。もしかすると、「後生の一大事の解決のために聞法したい」(稀だが)というのかもしれない。詳しく、その質問、問題にしている根に近づくほど、その答えを手がかりに、さらにその人自身に迫っていける可能性が高くなってくる。

 つまり、単なる情報提供や知識が必要な場合も当然あるが、信仰座談会においては、だいたいは何かを語りたいことのきっかけ、表面的な、みせかけの問いだったりすることが多いと考えておいてほうがいい。これは、座談会に慣れていない人や、自分を気持ちを話す機会がない人に顕著で、法座なのだがら、教義や聖教のことを尋ねなければいけないのだと勘違いしていることが多いだけでなく、安心して、自分を打ち出すには、それなりの信頼関係も必要だからで、質問を受ける側は、質問者のことばと、そのひと自身の距離や、場の流れに敏感でなくてはならない。

 それで、直接、質問に答えず、もう少し詳しくその意図や気持ちを尋ねいくときもあるし、取りあえず、簡単に答えられるものなら、質問に答えた上で、「どうして、そこが聞きたかったか」、「なぜ、疑問に思われたの」などと、さらにその質問した気持ちを具体的に尋ねていくことで、相手も自分のいまの正直な気持ちが出し易くなるのだ。

 先日も、遠く外国から法座に参加するためだけに来日された方あった。その方が、「阿弥陀様とはなんですか? 原始経典を読んでみると云々」という問いがでた。

 だから、その場の司会者は、当然、その事柄としての質問に、直接答えるのではなく、そのひとの質問された源泉を尋ねていこうと努力されていた。

 すると、それでは「質問に答えていない」と、初参加の方が、朗々と、阿弥陀様の定義を語ってくださった。もちろん、それは、正解ではあった。間違った答えではない。しかし、それを聞いても、質問者は首をかしげている。答えた方は、質問のことばそのものだけを問題にされていたが、まさに、月を指す指で、「指」のレベルで仏法と取り組んでおられるのだ。でも、そんな正解をおぽえても、ほんとうに阿弥陀様に出会えたとはいえない。第一、ほんとうに定義や原始経典の起源が知りたいのなら、学術的な本を紹介することもできる。インターネットで検索したら、それですむ。ぼくにも、司会者も、彼が、そんな正解を聞くために、わさわざ14ケ国以上離れた外国から参詣されたとは、到底思えなかったのだ。私が、活きた仏様に会うためにきたのだ。

 実は、その前のぼくの法話で、おばけ屋敷の見取り図をみて分かったつもりになっても、お化け屋敷の怖さは克服できない。いくら正解を覚え、わかったとしても、私の後生が助かっていく道が、分かったことにはならない。たとえば、「ご聴聞はかどを聞け」と、ご一代記聞書にもあるが、ではその「かど」とは何か。何年も聞いているひとなら、すぐに「後生の一大事をこころにかけること、そして自力・他力の水際を聞くことだ」と、正解をいえるだろう。では、「後生の一大事にこころをかけると」はどういことか。また、私はそれを心をかけてほんとうに聞いているのか、と突っ込まれると、ほとんどの方が「沈黙」せざるおえない。ただ正解を覚えるだけの聴聞だったり、それで、では「どうしたら後生に一大事がかりますか」という方法論を尋ねるか、「まったく後生に一大事かかっていないので、これからももっと真剣に、命懸けで聴聞します」といった決意表明をするのがオチなのだ。

 つまりは、「私」がスッポリと抜けている。

 人生だって、年齢の変化と共に次々とおこる問題や悩みに苦しめられる。しかし、その目先の悩みを問題にするのではなく、その問題を抱えて苦悩している「私」自身を聞いていかなければ、死ぬまで問題や悩みは果てることはなく、ただ、火の粉に振り回されているだけだ。その火の粉をふりまく、「私」自身を問題と何者を聞かないと、畳の上の水練だ。では、その「私」とは何者か。それは自分では分からないので、ご法座にきて、仏様に位置づけてもらう。案内図で大切なことは、まず現在地を探す。どこに私が、どんな形で立っているのか。普通は、それを手がかりに、ゴールをめざしている。歩くならどのコース、車ならどういくか、というわけである。でも、真宗は、現在地の自分を位置づけてもらうことが、ゴールになる教えだ。そこで、決定、はっきりピリオドがうてる。その自分を問題にせずに、仏さまや教えを外に眺めて、その外の対象(仏さまや念仏)を信じる、信じないと、真剣にやっても、いつまでも安心も、決定もない。仏様は、ハッキリと、私の値打ち、物柄をご覧くださっている。この私が地獄で泣いているのを、あまりにも不憫と思われたのが苦労の始まりである。だから、仏様の目でご覧になった私を、先を歩く知識や同行のことばを手がかりにしてを聞かせてもらうことだ。

 しかも、その私にこそ、如来さまの大悲の呼び声がかかっている。「そのままこいよ、出て来いよ。愚痴あるままそのまんま、一文不知のそのまんま、十悪五逆のそのまま」」なのである。その私をお目当てに、待って、待って、待って、十劫もの間、立ち詰め、呼び詰め、招き詰めで、「こいよ、こいよ、出て来いよ」と叫び続けてくださっいる。その、私ひとりにかけられた、呼び声を聞かせていただくしかないのだと。

 その自分を聞かずに、自分のもっている正解を強化したり、役立つことを取り込んだり、喜ぶや念仏を握ったりすることこそが、自力のはからいそのものである。実は、その逆で、真実に出会えば出会うほど、値打ちのない、仏法(真実)から遠い自分が明らかになっていくものだ。聴くのもいやなら、求めるのもおそろしくて、そして愛想がつきてくるはずだ。ほんとうに腹底から、「どうか聞かせてください」と頭を垂れて聞いみてたことがあったか。本気になって、いまここで聞こうとしたことがあっただろうか。たった一度いい。いま、ここで、聞く。これは、命懸けになれるとか、なれんとか、真剣だとか違うとか、そんなレベルのお話ではない。

 いま、まさに、仏とも、法ともない、まったくトンチンカンな私の上に、阿弥陀様の大悲の呼び声がかかっている。

 その念仏の雄叫びは、響流十方。いま、私に聞こえているではないか。その活きた阿弥陀様に出会わせていただいた、摂取不捨していただいた。それかぼくの口から出、ぼくの耳に届き、そしてまた口を借りて「南無阿弥陀仏」と出でくださる。ひとりひとり、私の阿弥陀様に会わせていただくしか、この答えはないでのある。

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祥月命日のお参り

 華光会館には、世間のお寺のような檀家制度はない。

 ただ1軒だけ、年1度だけ祥月命日にお参りするお家がある。そう、今日は、年に一度、たった一度の月忌参りだ。でも、なかなか次ぎの一歩のご縁が結べない。子供の時は、ここに書道も習いにこられていた。『親指のふし』や『仏敵』を勧めてみても、難しいようだ。やはり、亡くなった方(仏さん)の供養のためでしかないのだ。

 それでも、今年は、一緒に声に出して読経してもらえた。特に、子どもさんは大きな声でついてきてくれるので、少しゆっくりとあげた。最後に、「足が痛い、痛い。お母さんは、何ページ目で足がしびれた?」と、かわいく言っていた。「一緒に、お念仏申しましょう」と、声にだしての称名も勧めるが、こちらは、どういうわけか声が小さくなる。

 お断りしてしまうのは簡単だが、せっかくご因縁がついたのだから、何かが伝えられないかと考えているが、世間話をし、ちょっとお味わいを語り、明日の報恩講をお勧めるぐらいだ。1年に、1、2度の短時間では無理なのもわかる。でも、世間のお寺さんでは当たり前のことでも、聞法の焦点が定まった(実は定まってない人も多いが)、ある種の聞法エリート集団(皮肉ではない)の華光にあって、このようなごく普通の儀礼中心、供養中心の信仰をされている人と接する機会は、ぼくには貴重でもある。いろいろと教えられるからだ。

 明日は、いよいろ報恩講法要だ。

 正直、歯がないので、少し話づらくて不自由ではあるが、まあ、おおむね楽しみかなー。今日は、昼、夜と、掃除に、準備。すでに、前泊者もある。月忌参り以外は、会議や提出用の書類づくりと、会議と進行の打ち合わせに時間を費やしたが、まだ少し残った。でも、いまから、本格的に法話の検討に入る。テーマはぼんやりとはある。

 ではお気をつけておでかけください。

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1月8日にあったこと~一区切り~

 朝から、水道の工事。原因が特定できたので、大工事にならずに、午前中かかって、地下室にあるパルブ弁の交換をして、だいだい完了した。おかげで、昼からは、約1ケ月ぶりに水量が保てるようになった。こんな勢いよい水量だったんやね。当たり前のことが、ほんとう有り難いなー。というのも、たぶん、明日ぐらいまで。すぐに、当たり前になる。

 そして、なにより、なにより有り難かったのが、新年にあった追加の点検や工事の費用が、想像以上に安かったこと。専門家の先生に以来して、業者を通さず、直に下請けを業者と契約したこともあったが、当初の見積もりに若干の上乗せがあった程度。まあ、ほっと安心。でも、予算外のポンプ交換は、やはり高くついているで、喜んでばかりはいられない。でも、これで一区切りついた。

 今日は、初自力教室。このネーミングがおもろいね。いつも自力だし、いやいや振り捨てたのに? まあ、ややこしい。自力整体の教室ですね。おお、最初に、簡単な耳の体操ありました。ちょっとお疲れ、気分もいま一つなので、よく声にだし、息にして、悪気を吐いておきました。どうせ、悪い気だらけ。鬼は外ですよ。今年も、よろしくお願いしますと、耳たぶや足の小指にもごあいさつ。そのまま、昼は食べずに(朝も食べてないが)、京都シネマへ急行。

Janeausten_01_2 三度(二度だが)飯より映画の好きの日。本日限りのイギリス映画で、『ジャイン・オースティン 秘められた恋』 を観る。『レイチャルの結婚』もよかった、アン・ハサウェイが 好演。いい女優さんになってきました。イギリスでも、もっとも重要な女流作家、ジェイン・オースティンの、若き日の激しくも切ない恋を描く。ぼくは、途中でよく寝た。悪くなっかったが、お疲れモードで、退屈な進行の時は、すぐコックリ。法話並みに効果あり。19世紀初頭、時代の制約がまだまた強烈。それでいて、この時代にあって自立した強い女性だ。願いどおりにならないことは、また切なく、美しいのか。まあ、彼女が悲惨な結末を向かえるのではなく、大作家として名声を得るのが分かっているので、安心できるのかもしれないなー。美しいイギリスの田舎の風景とあいまって、いわゆる美男、美女の叶わぬ恋。こんなラブ・ストーリーは、女性向きなのかなー。隣の女性は、よく泣いていた。

 すぐに帰宅して、昨晩、校正を終えた『浄土・高僧和讃』の第3校を出版社に渡す。ここまでやっときました。でも、まだ未確定の部分もあり、口頭で確認や打ち合わせ。来週、早々に、第4校がくる。でも、それで校了になるだろう。あとは、「はじめに、あとがき、凡例」を書くことと、表紙の打ち合わせなどもあるが、どうにか今月には、ぼくの手を離れそう。まだ一山あるが、ここまでくるとゴールが見えてきた。とりあえず、水道も、和讃も、報恩講までに一区切りついて、動きだしたようだ。

 気分よく、事務作業。運営委員会でのHP見直しの検討や、司会者研修会の案内文。ここでも新しいものに挑戦。

 ところが、そののち、華光大会ころからずっと不調だった、差し歯が外れる。若い時に、歯並びが悪くてすぐ腫れたので、矯正したもの。痩せてきたせいもあって、ガタガタしていて、早く外れてほしかった。だから、外れてよかったのだが、あらら。報恩講の前で、この時期だけは最悪。昨日でも、3日後でもよかったし、いやもう1時間早くても、歯医者に間に合った。これが外れると、前歯が4本もなくなって、かなり見苦しい。法話もあるので、マスクをするわけにもいかない。すぐに行きつけの歯医者に連絡したが、診察時間外で、ダメ。しかも、これからの3日間は休みになる。うーん、別の歯医者を探すか、それとも、3日間は不自由だけれど我慢するか。悩みどころ。でも、外れたので樂になって、一息。

 夕方、子どもを迎えて帰ってきると、連れ合いも帰宅していた。修士論文の最終提出日。義母に助けてもらえい、ムラに助けてもっらっ、やっと修士論文が終了。やれ、やれ、やれ、やれ、やれ、やれ…ホッとしました。お疲れさま。まだ、もうすこしいろいろありそうだけなどな……。

 今日のテーマは、報恩講を前に、何事も一区切りの一日。

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トラブル

  正月2日。子どもたちとのんびりしながらも、高僧和讃の3校目を開始した。浄土和讃は、31日の日に終えたので、なんとか1週間で作業して報恩講までには渡したいと頑張っている。

 ところが、お昼を過ぎたころ、「水が出ないけれど、どうなってるの」との声。ほんとうだ、まったく水が出ない。断水状態では、食事の準備も、トイレもままならない。正月2日だけれども、業者連絡しようとするが、緊急の連絡先が分からず、設計士の先生を経由して、連絡をつけてもらった。ポンプを見に行くと、故障のランプが点滅して停まっている。応急で、電話で指示されるままに操作し、リセットボタンを押してみると、簡単に動きだした。

 昨日は修正会があった。名古屋からも泊まりに来ていて、確かに人数は増えているが、大きな宿泊行事ほどのことはない。こんな程度でダメになるのなら、報恩講の時はまったく困ることになる。

 ほどなく、業者が点検にきてくれた。正月そうそうご苦労さまです。要は、2系列で交互運転しているポンプの1系統が、根元の配管のところで機能しなくなっている。それは、年末には分かっていたが、こんなに早くトラブルとは思ってもみなかった。いまは、調査が必要だという。すでに建物が立ち、コンクリートに覆われているので、一気に原因を究明することはできImg_7938 ない。それには、全部を剥がして、地中に埋まっているポンブと地下室の貯水槽を掘り起こす必要があるからだ。それで、5日、6日、7日と3日間かけて、地上にある部分、地下の浅いところにある部分と、圧をかけて順番に調べていくことになった。5日のところでもダメ。それで、6日は、掘り起こして配管を調べたがここでもちがう。でも、掘り返してみると、土が濡れていて水が漏れているのが分かる。明らかにおかしいという。それで、今日は、さImg_7939らに深いところに圧をかけて弁の部分を調査したところ、やはり地下部分の弁に何らかの故障があることが判明した。調査だけでも、年末に2日、年始の3日の合計5日間もかかったが、これは仕方ない。また、明日は断水して、地下部分の工事になる。でも、これで治れば、なんとか報恩講までには善処できる。正直、工事が大がかりになればなるほど、経費もかかるので、浅いところで直ってくれよと、願うばかりだったが…。どうか、今度は、ここで直ってよね。

 それにしても、根本の問題は、目に見えている部分じゃないですね。奥に、奥に、奥にと掘り下げていくと、ドンドン問題が深くなってくる。

 あれれ、ぼくたちの罪業そのものやね、これは…。表面のシステムだけの変化をみているけれど、日頃は見えないところに根があるんです。そこを放置しておいて、最後の最後、請求書を突きつけられた、びっくりするところまで、同じかなー。

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三が日

 正月三カ日。この5年間は同じパターンで過ごしている。修正会のあと、夜は、名古屋組と一緒に10名で会食して、新年を祝う。
 2日は、1、2組、年始の来客を迎える以外は、子どもたちとのんびりし、3日には、ぼくが二人の子ども連れて、京都駅周辺をブラブラするというパターンだ。
 でも、今年は少し様子はちがう。ぼくが和讃の仕事を抱え、連れ合いに至っては、修士論文の〆切間近で、年末年始もなく必死に書いている。原稿用紙すると、100枚。しかも形式や引用もしっかり書かねばならないので、慣れない者にはたいへんな作業。目処は立っている(この時期に立っていなければ、困る)ようたが、最後の最後まで手直しはつづくようだ。

 それでも、行動パターンは同じ。昼から、ひとりで、子供二人をつれて、京都駅方面に遊びに出かけた。

 お年玉代わりに、一つずつおもちゃと、本を買った。長女は、ゲームソフトをうらやましそうに眺めていたが、うちにはその手のゲームがない。携帯やPCもあまりさわらせない。もちろん、絶対に反対というわけではないが、まだ低学年の間からは必要ないと考えているからだ。いまのうちに身につけることや、学ぶことが多い時期にImg_7928、遊ぶことでも、みんなや個人の工夫次第で無限にあるのだから、まず、その力をつけることが先決だと思っているからた。別に、大きくなってからやりたいのなら、それはそれでいい。このあたりは、夫婦一致。なにかと生活では対照的だか、けっこう、意見が一致することもある。

51504qmj84l__ss400__3    ともかく、ほかにも彼女にはほしいものがあって、今回はめでたく、それを手に入って、大満足。「人生ゲーム」である。ずいぶん、ぼくが子どものころからは、DXになっていて、第2ステージまで制覇するのには、120分くらいかかわる。まあ、おかげで、家族も友達も、この正月は よくおつきあいさせてもらったが、ふたりは、まだ喜んでいる。ナナの方は、スプレー状に描ける絵描きセットと、粘土でつくるお弁当という芸術系になった。しかも、楽々予算内という、家計にもとてもやさしい組みあわせとなって、親はいちばんそれを喜んでいる。

 本屋にも寄って、ムーミン辞典と、絵本を購入。すると、あと5分で、アンパンマンが来るという。写真撮影用の整理券がもらえた。ラッキー! カンロはもう馬鹿らしくてダメらしいが、ナナは喜ぶと思って、すぐ横の会場へ移動。すると、まだアンパンマンも出てきていないのに、ナナが本棚後ろに隠れて、怖じ気づいている。昨年も、京都タワーのゆるキャラ、たわわちゃんが、たまたま登場したときも、びっくりしただろうと言っている。覚えているが、もう1年もたっている。きっとどこかで照れくさいのもあるだろうと、無理強いはやめて、ほかの買い物をすませて、ちょっと遠くから眺めると、まだ撮影は続いている。なんかなー、せっかくだしなーと、もう一度、尋ねてみた。すると、「お父ちゃん! ひとりで行ってきたらいいー」と、強く、半泣きの顔である。ああー、まじですか。照れ くさいのではなく、まだ人間大のものが怖いようだ。せっかくのシャンターチャンスが残念。「お父ちゃんひとり」といわれても、これはお子さま用。いくらなんでも大人ひとりではなー。といっても、ここはブログ用に、アンパンマンとのツーショットのネタも捨て難いと思いつつ、ひとりで子どもたちをかき分けて行く勇気もありませずで……、まあナナのことも笑えませんなー。そんなバカなやりとりを、カンロは、遠くで覚めた目でみておりました。

Img_7886_2  幼心に、等身大着ぐるみのトラウマになってもいけないので、撮影はあきらめて、駅ビルを散策。今年は、手塚治虫ワールドへ。といっても、売店がある以外は、ちょこっとアニメの上映がある程度。せっかくなので、ミニ映画版の鉄腕アトムを観ることにした。施設は、かぎりなくしょぼいが、内容はなかなか感動作で、ナナがちょっと泣いていた。別に、これは怖かったわけではなく、かわいそうだったのだ。なぜか、動かないアトムやレオとは、たとえ大きくても、喜んで写真を撮っていた。Img_7914

 帰りに、チェント・チェントというカフェに寄って、お茶を飲んだ。三が日の日曜日ということで、どこも人込みで大混雑していたが、ここは、伊勢丹の反対側にあるので、ちょっと穴場になっていて、すぐに座れた。毎秋には、この右手に京都駅ビルシネマという臨時の映画館Img_7908 ができるが、いまは広場になっている。

 大人のようにメニューを眺めては、Img_7915キャラメルケーキと、抹茶ケーキをそれぞれ選び、大人ぽく木いちごの紅茶などをオーダーしたふたりは、幸せそうにケーキを食べては、買ってきたものを眺めていた。でも、すぐに食べ終えると、外の広場に出て、キャー、キャーと、鬼ごっこを始めた。お店に残ったぼくは、その姿をなんとなく眺めながら、手に入れた本をパラバラとめくっていた。

 外は、夕闇になってた。

 右手には、京都タワーが白く浮かんでいる。京都駅は、すっかり変わったが、この奇妙な景色だけは、不思議と変わってはいない。それでいて、妙に郷愁もそそるのはなぜなのか?

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報恩講の申込み

 今日はかなり寒い1日だった。日中、二条まで自転車で走る。北に向かうときは風も強くて、寒さも増していた。それでも、富山から戻ってきたT穣も、山陰島根から寄ってくれたB穣も、そして、手伝いのために来てくれた義母も、みな「京都はまだ暖かい」とのことだ。山陰や北陸は大雪で、風も強いそうだが、天気予報では、今夜も日本海側は大荒れの天気になりそうだ。週末の報恩講さん、大丈夫でしょうか。この方面Img_7921 からのお参りの方も多くて、数年前には、大雪で交通機関が麻痺してキャンセル続出ということもあったが、毎年、報恩講が天候の影響と、風邪引きなの体調不良などでの、直前のキャンセルをいちばん受けるようだ。皆さん、どうぞ、お気をつけておでかけください。

   そうそう、玄関の鉢植えだけは、一足早く春。

 新春を飾って、祖師、親鸞聖人のご恩徳を讃え、共に聞法・聴聞する集いである、報恩講のご法座。講師陣も、久しぶりに4名の先生方が揃いますし、若手の先生も勤行や特別な企画(内緒、お楽しみに)でも活躍してくれるようです。

◆1月10日(日)昼1時30分~5時(法要・法話・分級座談会)
           夜7時~9時30分(法話・分級座談会・他)

◆  11日(祝)朝9時~12時(法話・分級座談会)
                     昼1時30分~4時30分(法要・法話・分級座談会)

  宿泊や食事の申込みは、本日5日(火)で締め切りましたが、宿泊や食事が不要な方でも、お参りの予定の場合は、事前の申込みをお願いします。華光会館まで。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2010/details/01/hoonkou2010-1.htm

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み仏はどこに消えた?

  本願寺派では、今年の1月1日より、旧来の食事のことばを一部改定して、新「食事のことば」が制定された。一般紙の紙面にも、12月30日付で紹介されていた。

〔食前のことば〕

(合掌)
多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました。
(旧)「み仏と 、~以下同文)

○深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。

〔食後のことば〕

(合掌)
●尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます。
(旧)「尊いおめぐみによりおいしくいただきました」    

○おかげで、ごちそうさまでした。

 ご覧のように、改定はほんの一部。でも、その一部が大きい。なんと、「み仏」が、「多くのいのち」に変わっているのだ。個人的には、「ますます御恩報謝につとめます」というフレーズ馴染めないが、たぶんにこれは慣れの問題があるのかもしれない。でも、やはり、「仏様」がどこに行かれたのかが気になった。

 「京都新聞」(12/30付)には、改定に対しての見解として、「一般の方が、食べ物を仏さまが恵んでくださるという誤解を招きかねないからだ」といった趣旨のコメントが掲載されていた。うーん。この場合の誤解というのは、どんな意味なんだろうかな。ちょっとこれだけでは分からなかったので、宗派の詳しい解説を調べてみたら、次ぎのようにあった。(関係部分のみを掲載)。

このたび宗門より、新しい「食事のことば」が制定されました。新しい「食事のことば」を提案する理由は、現代日本の食を取り巻く環境、ならびに食に対する意識を勘案したこと、また従来の「食事のことば」が現代人の感覚から誤解を招きそうな危惧があることなどによります。

 ここに言う「みなさまのおかげ」は、広く言えばみ仏の御恩をも含めた尊いおかげを言いますが、「多くのいのち」と並列・対句とすることで、「多くのいのち」の犠牲と、「み仏」のおかげとは別であることを示し、み仏が創造主と誤解されることを避けています。

 なお、新しい「食前のことば」においては、「み仏のおかげ」を省略していますが、この「食後のことば」にある「御恩報謝」ということばによってみ仏への感謝の思いを補っています。

 慚愧や感謝のこころを持ち合わせていなかった私に、「多くのいのち」をいただいていることへの慚愧と、「みなさまのおかげ」によって生きていることへの感謝のこころを起こさせたのは、阿弥陀如来のお慈悲のはたらきによるほかはありません。

 「深くご恩を喜び」と表明しているのは、この阿弥陀如来のご恩、つまり仏恩を尊び喜ぶことです。

 食事を通して、単なる味覚ではなく、阿弥陀仏の「ご恩」、つまり仏恩を味わうことができる機縁となることを願っているのです。

 なるほど。つまりは、キリスト教の創造主のように、仏様がすべてを創造されて、人間に食べ物を恵んでくださることを感謝されるという誤解を招いているというわけですか。でも、 ほんとうに、これだけの理由なんでしょうかね。わざわざ「み仏」を抜いて、宗教色を抜くところに、なにか意図がありそうに思うのは、ぼくの勘繰りかなー。

  それで、わざわざ仏様を抜いて、「みなさまのおかげ」中に、み仏のご恩まで含めるというのですが、それでは、ちょっと本末転倒ではないのかな。まさに、 羹に懲りて膾を吹くではないですが、畏れている誤解ってなんなのでしょうか。第一、ほんとうに阿弥陀様の仏恩を味わう機縁と位置づけるのなら、み仏様の言葉を外す必要はないし、「み仏のおかげ」って、そんなに誤解を招く言葉なのかね。

  親鸞様の著述を読むかぎり、「生きとし生きるものへの報恩、感謝」などというフレーズは、ぼくの管見では知らない。恩徳讃に代表されるように、すへでが、阿弥陀様へのご恩報謝であり、その阿弥陀様のお心を教えてくださった善知識への報謝にすべて収まっている。多くの命を犠牲して生きていかねばならないのは、迷いの命を持つからであり、その迷いの命を離れるには、お念仏一つをお聞かせに預かることが、わたしの命の意味である。そのために、釈尊がそうであるように、仏様は命を投げ出して、仏法聞けよの命懸けでご催促があり、呼びかけがあるのだと。多くの命の犠牲の足元には、仏様の命があるのだと、ずっと味わってきたのだ。

 もっと単純に言って、子どもが食事を粗末にしたり、雑に扱っている時には、、「ののさまの命をなんだよ」と、叱り糺している。別に、創造主という意味でなくても、仏さまのいのちそのものをいただいているのだと教えている。あるカウンセリングの集いで、一般の方から、「なぜ、いのちへの感謝が抜けているのですから」、と質問されたことがあったが、やはり、「み仏」の意味(子どもの聖典の「三角の図」をもとに)をその趣旨で答たのだが、どうやらこの領解は間違っていたようだ。

 それにしても、創造主としての阿弥陀様という誤解を招くという理屈でいうのなら、「南無阿弥陀仏」だって、正しく領解する現代の感覚や一般人がおられるのだろうか。一般の方が接するのは、葬式や法事、墓などで、故人を拝む時だけだ。あれは、建前上は、名号や阿弥陀様を拝んでいるのだと主張しているが、みんなの思いはそうではない。もしほんとうにそうなら、葬儀の時も、位牌や遺影を正面からすべて外すべきだろうが、それでは商売が成り立たない。当然、皆さんの理解は、お経も念仏も、死者の先祖の慰霊のためであり、もしくは呪文や祈願請求(しょうぐ)的な誤解が、大多数ではないのか。この理屈にならったら、誤解を招きかねない「南無阿弥陀仏」も代えねばならないかもね。将来、真宗寺院から「南無阿弥陀仏」の声が消える日がやってくるのかもしれないなー。いやいや、遠い先のことではないぞ。すでに現在進行形で、お勤めはあっても、お念仏の声が聞こえない寺院、門徒が少しずつ増えているように、ぼくは実感している。なぜ、「南無阿弥陀仏」と声に出して、称えることがなくなっているのか。

 まあ、ともかく、わが家では、これまでのどおりの食事の言葉で通させていただきます。もっともわが家はもともと改訂版。
「み仏様と、皆様のおかげにより~」と言っております。
 よく考えると、「仏法聞けよとの、み仏様と、皆様のおかげにより~」という東京も方もあれば、先日の高山の報恩講では、「み仏と、祖師聖人と、皆様のおかげにより~」と、かわいい子どもの声で言ってくれてました。故人になられた、K師など、いつでも、最後に、必ず、必ず、「南無阿弥陀仏」と申されおりました。

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戸惑いの「修正会」

 1月1日。 新年は、修正会法座で始まる。

 「修正会」って何に?という質問がよくでるので、重複することは、以下の一昨年の記事をご覧いただくことにしましょう。(昨年と同じパターン)

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_4788.html

 いわば、1月1日から「仕事」があるわけですから、一般の方とは違うお正月なのかもしれませんね。梵鐘がないので、除夜会がない分、伝統的な寺院よりは楽かもしれません。しかも早朝ではなく、午後から始まる点が、かなり違います。おかけで、自坊の元旦会をすませてから、こちらにお参りくださる先生もおられます。

Img_7857  大晦日は、少し夜更かししたので、少し遅めに起きて、「修正会」の準備。京都在住の一人暮らしの仏青の諸氏にもお手伝い。今年は、男女3名で簡単な準備をしたあとで、一階の家族と一緒にお屠蘇でお祝いした。すぐに行事があるので、ゆっくり飲むわけにもいかず、どこかあわただしくおせち料理をいただくのも、例年、同様。今年は、Img_7863 名古屋の義兄の作の「フォアグラ入れミートパイ」と、「ローストビーフ」が、なかなか絶品でおいしかったなー。

 で、元旦から少し遅れてスタート。思いのほかお参りが少なくて、拍子抜け。準備したお菓子が半分ぐらいは残った。寒かったので、雪になった地域もあったのか、北陸方面からは参加はなし。それでも、東京(常連)、広島(常連、年末から3連ちゃん)、名古屋(やや常連)と、遠方意外は、京都や滋賀、大阪の同人が中心。年配の方がすくなくなったのと、名古屋方面の方も、顔ぶれ変りましたね。あとは、雪のせいもあってか、やたら遅刻が多かった。中には、終了45分前に来た人もあったほど。

 まあ、あとは例年どおりで、昨年も、一昨年も、少々の違いはあっても、同じパターン(法話も似通ってくる)になるところなんだけれど、ちょっと今年は、その意味で予定外の連発。刺激的というより、プチトラブル連続で、戸惑うばかり。

 年末に「新しい朱蝋燭は3本あります」と報告があったので購入しなかった蝋燭が見当たらず、アタフタ。結局、いつもの蝋燭で臨んだ。こんなことは始めてかもー。
 しかも例年書いてある式次第も、今年は書いてない。昨夜、父に、確認した時には、もう仕事が終わったと言ってたはずなのにと、ここでも慌てる。ただし、二点とも、みんなにはわからないので口頭で説明して、15分遅れでスタート。

 例年同様、新年だけはぼくが打つ、行事鐘を終えても、なぜか勤行が始まらない。外から、「終わりましたよ」と合図しても、始まらない。「どうして?」と、脇の席に着座しにいくと、調声(ちょうしょう・導師のようなもの)のはずの父が、ぼくの席に着座していて、「あんたにまかせるわ」。「エー! 打ち合わせとちがうやん。それなら行事鐘打たないよ」と、戸惑いながらも、仕方がない。「段取り違いすぎ」を思いつつ、仕切り直して、正信偈(草譜)と、「現世利益和讃」をゆっくりと皆さんで唱和し、「聖人一流章」を拝読。やっぱり、年頭に皆さんと、勤行するのはいいですね。特に、大声であげる「和讃」は、年々深くしみ入ってきます。まあまあ、ここまでは、聴衆の皆さんにはわからない戸惑い。

 ここで振り向くと、ボチボチのお参り(それでも例年の半数かな)。今日は、司会役も兼ねているので、ご講師の紹介。さあ、新年最初のご法話を拝聴しようすると、たった一言。

「おめでとうございます。
 『元旦(門松)や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり、めだたくもなし』という、一休さんのお歌でありますが、皆様はどう味わわれますか。今日は、座談形式でこの歌の味わいを、皆様からお聞きするのを法話を代わりにさせていただくきますので、ご法話はこれにて終わらせてもらいます。」

 みんな冗談と思って、(笑うところだと)笑っていたら、もう一度、同じ句を読まれて、「終わります」の言葉。えー、みんな、新年早々、肩すかしを食ったように、「本気てすか、先生ー」という、戸惑いの声も。でも、冗談でも、お笑いでもないことがわかり、わずか2分足らずで、新年最初の法話は、あっけなく終わってしまったのでした。

 すぐに、母が、ぽくのところに飛んできて、「あんた代わりに法話出来るか」と。このところ味わっている「現世利益和讃」の分なら、すぐにでも出来るのだが、まあ、それもちょっとおかしな話。記念撮影をして、みんなでのろのろと丸くなって、この句を自由に味わうことになった。

 まあ、お味わいはそれぞれにおまかせしましょう。信心獲得の身になれば、「めでたくもあり、めでたくもあり」になるわけですが、自性は、一向に、安養の浄土は恋しからずで、死にたくはないのですからね。

 少ない人数とはいえ、車座で自由に話し合うにはちょっと多い人数だったこともあり、まとめる様子もなかったので、適当に切り上げて、一言、抱負や味わいを回すことに。これがけっこう有り難かったり、おもしろかったり、それぞれ聞かせてもらいました。やっぱり、皆さんの声を聞かせてもらうことは、いいですね。

 ただ、ぼくはみんなの話を聞きながら、前の句や皆さんの味わいを考えていました。
 いまや完全にボーダレスの時代ですからね。誰も、晴れ着でおまりなんかしていない。御馳走も、年中食べている。むしろ、子どもにはおせちなんて地味なくらい。大型店も普段とかわらず営業し、ただ年月が勝手に変わっただけで、こんな区切りなど意味がないと感じている人達が増えてきているわけです。つまりは、「ハレ」と「ケ」の区別がどんどん薄れ、特に、戦後生れの世代ほど、正月のもつ「ハレ」や「聖」なる特別感は希薄になっていて、誰もが、「別にめでたくない」という時代になっています。だから、形式的に「おめでとう」というけれど、何か「めでたい」のやらがわからない。でも、少なくても、昭和30年代以前の社会では、少し違ったはず。ひとりひとりの意識が、お正月は特別な「ハレ」の日で、「聖」なる行事でもあったわけでしょう。まあ、これは結婚式でも同じだし、いまや葬式まで、直葬になり、商業化され、「聖」ではなくなりつつある。もし唯一残るボーダがあるとすると、そんな認識が異なる世代間でしょうか。70歳以上の方のお寺とのかかわりと、50代以下の方の意識とは、ハッキリと違いがあるのを、皆さん感じてますから。

 それはともかく、近代以前の日本の社会では、いま以上に、正月やお盆のもつ意味は、単なる休暇ではなく、みんなが共有していた「ハレ」の日、「聖」なる日だったはず。そんなときに、髑髏(しゃりこうべ)を竹の先につけ、家々の門口をまわって、「ご用心、ご用心」と触れまったというわけですからね。

 事実は、どれだけ時代が変わり、みんなの意識が変化しても、我が身の無常迅速の事実は色あせず、後生に一大事があることも、正月も、平生も、まったく変わらないものね。まさに、「後生の一大事、いのちのあらんかぎり、油断あるまじき事」。でも、私は、正月も、普段も、麻痺してわすれ放し。まさに「おめでたく」生きております。

 いろいろな意味で、そんなことを痛感させられる修正会法座でありました。

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謹賀新年

 新年あけまして、おめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 華光会館では、1月1日1時30分から5時(少し早く終わります)、「修正会」法座が勤まります。

 皆さんで、お正信偈と、現世利益和讃を読誦し、ご法話を拝聴。そのあと、時間が許すかぎり、新春座談会。今年の抱負や一言をいただきます。

 それにしても、かなり冷えてきましたね。北国は雪なんでしょうね。お気をつけておでかけください。

 さて、今年の「1月の法座案内」に選んだ法語。

「きのう聞くのも、今日また聞くも

   『ぜひに来い』とのおよびごえ」 (おかる同行)

 私にひとりをお目当てに、「ぜひに来い、ぜひに来い」のお勅命とはね…。勿体ないー。

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