京都家庭法座~念仏の御利益~
京都支部の家庭法座。毎年、12月23日に、七条のM家で開かれている。もう何年になるのかと思っていたら、家を新築された時からで、18年になるそうだ。8月のお盆と、世間が「天皇誕生日」と祝日にしている日に、家庭法座を開いてくださっている。なんでも、家を新築される時に、「家庭法座を開きたい」との思いで設計されたというのである。襖を外すと和室が2部屋、縦長につながて、その一角に仏壇が置かれているのである。こうすれば、法話も、座談会でも輪になって開くことができる。以前にもお聞きしたことがあったが、あらためて、それを18年間も実効してくださっていることが、それだけでも尊い。
さらに、ここの奥さん(けっして奥ではなく、主のように振る舞っておられるが、他人の家のときの適切な表現が浮かばなかった)の○○回目のお誕生日をかねている。こちらも恒例。それで、法座のあとで、当家のご好意で、皆さんと会食して、歓談や法談するのだが、別にお祝いなどもっていったことはない。お誕生日をお祝いされる方をして、一年でいちばん忙しいのが今日だそうで、細々としたところにまで心遣いをされて、盛んに、皆さんを接待され、ご馳走くださり、酒を振る舞ってくださる。皆さんも楽しそうに満喫されていた。ああ、これは、もう完全に他力「回向」のこころのようだと、毎年、思わされる。
京都家庭法座たが、京都のよりも、大阪、滋賀に加えて、東京、広島、福岡からの参加者のほうが多かったかもしれない。
ご法話は、博多での家庭法座で同様、お念仏のこころをいただいた。特に、現世利益のご和讃、「南無阿弥陀仏をとなふればー」の15首である。これだけをとられると、少々、突飛おしもないように感じるが、浄土和讃の位置づけからみると、讃阿弥陀仏偈和讃で、浄土とその主である阿弥陀如来の広大なお徳を讃嘆され、ついで、浄土に生まれる道を説かれた浄土三部経のお心をお誉めになり、他力の念仏者が来世で広大な證果を得ることを縷々述べられたあとで、その念仏は、現世においても広大であることを示してくださっているのである。
これは、大きく3段に分かれる。(1)「鎮護国家の益」(2首)、(2)「罪障軽滅の益」(2首)、(3)「衆諸護念の益」(11首)で、特に(3)のところが、①冥衆護持の益で、自力であろうが、他力であろうが、南無阿弥陀仏を称える衆生を、さまざまな神々がお護りくださるという段と、②諸聖護念の益で、他力の真実信心を、諸菩薩、化仏、諸仏が護念くださるという段に分かれている。全体を声にだして称えて、最後に、諸聖護念の3首を、少し丁寧にいただいた。
ここは、「私は未信なので、②の御利益がいただけないから無関係」だとか、逆に、お護りの利益だけを、「結構なことだ」と能天気に今生事として喜んでいては、せっかくの心が死に物になる。やはり、いまの私の心境、信、未信にかかわらず、なぜ、諸仏が護り、讃えずにおれないのか、その南無阿弥陀仏をなんのために成就くださり、ここまでのご利益を回向されるのかという、阿弥陀様のおこころを聴かせてもらうのである。
ということで、ゴチャゴチャと余所見をばかりしていても仕方がない。「南無阿弥陀仏」を称えましょうと、座談のあとで、「南無阿弥陀仏」を皆さんとご一緒に、一つの輪になって、こころいくまで称えさせていただいた。「私」がご法を伝えていくのではなく、連続無窮の尊いお働きによって、いま私のところに伝わってきているのもが、自然と流れて循環し、次ぎに相続されていく。その伝える、伝わるの区分がまったくなくなっていく姿を味あわせていただいた。皆さんの思いや感想も、またお念仏の声もさまざまだった。号泣される方、懺悔される方、拒否しているのに大願が押し寄せて来る方、ただしらけるという方、冷静に客観視されている方……。まさにそれぞれが、青色青光、白色白光の世界だった。でも、心境はそれぞれあっても、ここに集ってみんなが、この口で南無阿弥陀仏を称え、この耳で聴かせていただいたのである。
その「南無阿弥陀仏」ひとつが、私の口からとび出してくださるまでのお育てと、その大本にある南無阿弥陀仏のお心をお聞かせいただくと、ただただ勿体ないだけだ。よくぞ、そのお心を喜ぶ身にさせてもらったものよと、「南無阿弥陀仏」。
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コメント
M家へ行こう!って思い立ったのになあ・・・
時刻表も調べたのになあ・・・
地図も検索したのになあ・・・
御法座の場に実際座ることができるというのは、当たり前じゃないんだと思いました。残念!
投稿: relax | 2009年12月24日 (木) 23:27
そうなんですか。ほんと残念! 参加の意志がどれだけあっても、ご縁が整わないと無理なんですよね。
投稿: かりもん | 2009年12月25日 (金) 00:46