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2009年10月の24件の記事

超世の悲願

  華光誌輪読法座。10月も終わりだというのに、夏日近くまで気温があがった。日が差すところはかなり暑くて、半袖の人もいたぐらい。輪読にしては、わりとお参りが多くて、いつのまにか滋賀県率があがっていた。

 巻頭言「なぜ私は生きるのか」と、聖教のこころ「大悲心の塊」を読む。未信の方やご縁の新しい人が多いので、最初、声が出づらいかった。どうしても、瑣末な言葉にひっかかってしまって、なかなかその心を聞く、受けとることは難しい。もちろん、きめこまやかに読んでいく、丁寧さならば必要だけれども、それには、まずその大意も掴んでおくこもと大切である。これは一般社会でも同じかもしれないが、言葉づらだけにすぐきまった反応してしまうと、大事を聞き損ねてしまいかねない。

 仏法は、阿弥陀様の世を超えた願いをお聞かせに預かっていく教えだ。でも、ぼくたちの頭は、世間の枠組み、自分の経験の範囲、その自分の尺度でしかものは計れない。50歩100歩の人間同士でのやりとりでもそうだ。先を歩む人の高度な考えは、未熟な身に簡単に理解することなどできないのに、自分の目先の知恵で、大評論家のように批判さえしていく。ましてや、超世の悲願なんですからね。どうして、この世にドッブリとつかっている私ごときの狂った頭で理解できたり、計らえたり、わかったりするのだろうか。

 でも、絶対に分かるはずだと、うぬぼれている。実感できると頑張っていく。自分がしっかり聞かねばと、カチカチになっていく。

 だから、19願20願18願と、順番に転じていくのだと常識的な考えに囚われる。簡単に一足飛びにはいかないのだから、ご縁を重ね、聴聞をし、または宿善を積んで、仏道を歩んで行きせえすれば、いつかは18願に転入する日がくるだろう。もし仏道を歩まねば、その日は絶対にこないのだから、努力し、聞法精進していこう思考で、聴聞・聞法している。一見すると、この世の道理にそった常識的な考え方だ。

 もしかすると、19願20願は、自力なのだから、そんな自分の力を信じ、励み、実践していくと、いつかは到達でくるかもしれない。もろちん、それは今生か、次々の生かはわからないがね。しかしである。20願18願は、果たしてこの自力の方向、発想は通用するのだろうか。むしろ、19願から20願、そして18願と常識的に自分の自力の頭で計らっているうちは、絶対に18願・弘願の世界には到達することはありえないといっていい。絶対に、自力の延長、19願から20願の先に、他力の18願はないのである。自力をやりつくさねば、他力に達するなどという常識的な聴き方では到達できないのである。いわば、私の腐った頭で、またはこの虚仮不実の身や心では、絶対にはからいきることのできない、大悲の大願のお働きによら、願力、他力の一方的なお働きでなければ、達することのできない広大無辺の世界があるのだ。それは、19願20願 18願とでも顕すように、他力世界は、私、衆生の方向からではなく、仏様の方向から、一方的に廻向されてくる世界なのである。それは、自力を離れて、他力に帰す以外、つまりは「転」入する以外には、実現することのない広大な本願海であり、摂取不捨のお働きだといっていい。真如に背反し、狂ったように闇から闇へと流転し続ける逃げる私を、どこどごまでも追い掛け続けて、かならずおさめとり、一度おさめとったら、二度と逃すないどそいうお働き、その生きた力そのものを、阿弥陀と名ずけられたのである。阿弥陀様のお心を聞くということは、その生きたお働きに遇い、摂め取られたことにほかならない。不思議にも、虚仮不実の身が、功徳のうしおで満ち満ちるのである。

 こう話すと、求道中の方も、「なるほど」と頷かれる。しかし、その次ぎにはだいたいこんな感想や質問がでる。「摂め取られたいう実感があるんですね。私にはいくら話を聞いても、頭だけで、その実感がないから、私はまだダメだ」と。やれやれ。
 でも、もっと上手もいる。「救われるのが如来様からの一方的な働きならば、私は聞いても聞かなくても同じじゃないですか。それにただ待っているだけなら、無気力な信心になりませんか」と。もうトンチンカンもここもまでくると国宝級だね。

 まったく、お目当ての地獄一定の私がお留守になっている。そして、ただうぬぼれ、ご本願を疑(はからい)ているだけなのにね。

 私ひとりを、この私ひとりをですよ、お目あてにされた南無阿弥陀仏さまに出会えば、すべてが即に分かることなんですがね。それしかないねー。

(ゆうこが、大学で村上速水先生の本を借りてきた。なかなか面白かったが、三願転入を図解されていたのを、少し参考にさせてもらった)

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和讃の作業

  10月は、東京公開講演会、仏青大会、葬儀、そして東西寺院で出張布教に、シンポジウムと法中としての参勤と、慣れないことも多かったが、なかなか多彩に充実した一ケ月だった。明日は、〆の輪読法座だ。そして、月が変わって広島支部法座と続く。同日には、京都でも聖典講座、東海でも支部法座がある。華光会HPの今回の法座からご確認の上、ご参加ください。

 http://homepage3.nifty.com/keko-kai/

Img_7545_2   ところで、今月は和讃の校正作業(初校)が大詰めだ。ちょっとブログが滞りの気味なのも、そのせいだ。今月中の約束は少しずれこみそうだが、なんとなくメドはたった。ただし高僧和讃の部分だけだ。浄土和讃の2校目はまだこれからだし、両者の照合作業とあわせると、来月中旬まで続きそう。なんとか、華光大会までにこれは渡したい! それでも、次々やってくる法座や仕事の合間によくやりました(まだ出来てないが…)なーと、自画自賛。
 今回は、作戦勝ち。広げる資料も多いので、道場の明るい窓側に陣取って、校正作業。これはいい。いちいち、片づける必要がない。それに、決めた時間に場所を移動して作業するのは気分がかわる。さらに、心を散るものをもちこまないで、時間を決めて集中した。まあ、道場なので、あとは勤行するぐらいしかないものなー。それなら、大安心Img_7546_2 、嫌いだものー。さいわい、勤行精勤表も付けませんし…。でも、これが書斎なら、ネットはあるわ、気になる本はあるわ、音楽はあるわ、電話はかかるわで、すぐ脇に逸れていく。散乱放逸が得意なんでね。でも、仏様の方へは喜んでは向かわない。仏壇が気になって、気になって、気がつくとお参りしいるということは、絶対にない。恥ずかしい話ですがね。「勤行するぐらいしかないから、はかどるわー」と、ゆうこに言うと、「あとは懺悔するとかね」と言われた。そうだなー。でも、自分のネタではないぞ。「ゆうこの代わりになら、たくさん懺悔することはあるよなー」と切り返したが、でもそんなことしていたら忙しくて作業にならないかもしれない。

 今回は、2~3日で出来る仕事ではない。長期計画で、毎日、時間割りを決めた。出張法座にも持ち込んだり、法座の後でも30分でも座った。普段は、2~3時間程度で、基本は夕方と決めた。ページにすると10~20頁程度のノルマだが、時間がかかるところもある。こんな感じで来月中旬までは続きそうだが、なんといっても形になるので楽しみではある。どうやら、「浄土・高僧和讃」が上巻で、1月の報恩講までの発行を目指しいてる。下巻は「正像末和讃」で、6月ごろになるだろう。先のことだが、お楽しみに。

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布袍

Img_7467  古参同人のおひとりが、「どうぞお衣にお使いください」とご喜捨くださることがあった。実は、ぼくの冬の布袍のたもとが少し破れている。あるところで、床においてあった焼香の火がついたのだ。それを気にかけてくださっていたのだろうか。普通のお寺さんと違い、週末に背広の上に着るぐらいなので、日Img_7466_2常用というわけではない。それで、次はというと滅多いにないので、今回は上等の布袍を新調することにして、合わせて夏と冬の輪袈裟も求めた。結婚式の時以来なので、ウン十年ぶりに、袈裟衣 のお店にお邪魔した。まあ、輪袈裟ひとつにしても、いろいろ、ほんとうにいろいろあって、見てい ても楽しい。ネクタイ選ぶ感覚だけれど、ブランド物のネクタイぐらいはするから、ホイホイとは買えない。さっそく先日のシンポジウムで使わせてもらった。それが、先日、衣が出来上がってきたので、子どものお迎えのついでに立ち寄ってもらってきた。黒ですからね。上物になっても、ほとんどわかりませんがね。なにか気分も晴々してくる。輪袈裟と合わせて、来月からお目見えします。ありがとうございました。

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750回大遠忌法要-法要編

Img_7524  翌日は、750回大遠忌の法要。朝から、慣れない七条の装束を付ける。もちろん、しっかり手伝ってもらいました。

 で、午前中は、いきなりマイクロバスに分乗して、門信徒で宅でのお稚児の定儀宿法座なるものに出勤。これから何があるんですか? よくわからないまま、法要のあと、七条のままて、短めのご法話を担当する。法中も、若いImg_7506 親御さんも、稚児の子どもさんもいるなかで、「手」というテーマ。まず、じっーと手を見てもらう。なんでもする手ですよね、これは。人も殴る、ものも盗む、ご飯 も食べれば、へんなことも、あんなこともしている。そして、この口も、悪口も言えば、グチもこばす、お上手も、おべっかもなんでもある。そこに、広島法座で体験した、包丁をもって人殺しにいく代わりにご法座にお参りされ、包丁握るわかりに、その手に念珠をかけ、相手を罵倒するその口で、「南無阿弥陀仏」を称えられた例話をもとに、さるべき業縁もよおさばいかなる振る舞いもするこの手(身)で、またこの口(口)が、合うはずのない手が合わさって合掌し、称えるはずのない口から「南無阿弥陀仏々」を称える不思議がおこる。しかもその私の心(意)、その中では、常に殺人も、盗みも、強姦も、親や先生殺しも、なんでもありにもかかわらず、その心をお目当てに、飛びこんきてくださった南無阿弥陀仏が、その泥沼に清浄真実のはすちを咲かしてくださる。その姿に動かされて、南無阿弥陀仏がとび出してくださるというようなことを話した。

Img_7503_2  短い昼食のあとで、また七条を付けて、午後からが本番の稚児法要。とても盛大で、七条の礼装の僧侶だけで40名。そこに会行事や奏楽員を入れると総勢で50名の規模。しかも、御連枝寺院の中でも、ご門主まで輩出している大阪の御坊からご連枝を招き、住職が「親鸞様のご子孫なんだから、威張っといてや」というお方の側に、ぼくみたいなややこしいものを配置するのだから、これはかなり妙な感じ。当然、生まれ初めての内陣出勤。正直、差定(さじょう)の専門用語に、「わかりません!」というものもあったが、いちいち質問して足手まといになってはいけないので、とにかくお隣さんの真似をし、前の方の真似して、どうにか、出勤も、お練りや行道も、少々テンポ遅れたり、ときにフラフラ転びそうになったり、そして、お邪魔にならないようImg_7512 にと省エネモードで勤行に参加し、それでいてお練りでは、こっそりデジカメを撮るわで、まあ楽しんできました。一応、どうにか足手まといになるようなボロもださずに、「かりもんさんの七条姿も見慣れてきましたわ」と、笑われながら、なんとか終了。まあ、かなり真剣なコスプレというところですかね。長時間に渡って、きっちりこなす僧侶の世界もなかなかたいへんです。それに、伝統の様式美や声明のすばらしこさに少し触れさせてもらって、このことも含めてちょっこと味わうこともありありでした。

 あと、普通のお寺なら、着替えてご満座になり、法話聞かずに三々五々帰っていかれるが、ここでは、法中全員で聴聞し(法中席が前に設けてある)、それが済むまでは帰さないという徹底ぶり。これは当たり前のことで、ご聴聞を大切にされる、このお寺のいちばんすばらいしところ。そのサナム師のご法話と、最後を締めくくる義円師のすばらしいごあいさつで、公式行事は終了。

 あとは、お楽しみの超豪華なビンゴゲーム。なんと住職と共に行くちょっとビミョウな沖縄八重山旅行5日間が、4名にあたり、他にもギターにサンシンに、カーナビやホームベーカリーなど、どれだけ金持ちなんーというものが続いた。でも、これはまだ序の口。いちばん特選賞は、いの一番にビンゴした人に、すばらしい商品が用意されていた。「来月の報恩講法座(3日間)の悟朗先生のご法話を、ポールポジション(最前列の特等席)で聞ける権利」という(バツゲームかー)ものだった。しかもその幸運が、ある時のぼくのご法話を聞いて、ご聴聞の姿勢が変わったというシンポの進行役の方に適中。何度も、「ぜひ華光にもお参りします」といっておられた方だったので、これは御仏のお計らい以外なんとも考えられんなー。

 そして、終了後の打ち上げでも、鄭光均(ジョン・カンギュン)さんのオカリナ演奏を間近で聴かせてもらい、盛り沢山の2日間の締めとなった。

 でも、いろいろなことを味わったあとは、寂しい気持ちになるんだなー。ひとりになっていろいろと味わいたい自分がいますね。どうも、ぼくの根は常に孤独なんだー、これが…。 

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750回大遠忌法要-シンポジウム編Ⅰ

 山崎町西光寺での親鸞聖人750回忌大遠忌法要。予想していた以上に盛大な規模で、お寺の前には出店もでて、境内には櫓が組まれて、ほんとうに地域のお祭りの装い。

 用心して早めに出発したのに、予想以上に高速が渋滞。もちろん、渋滞する区間は、大都市圏で割引の対象外。時間がかかった上に、料金は2,100円というのだが、ちょっと割に合わせない。まあ、それはともかく、打ち合わせに1時間も遅刻し、他の先生方を待たせしてしまって、ちょっとばつが悪かった。でも、皆さん、大人で、快くお向かえいただいた。

Img_7502  全体の統一テーマが「愚禿」、シンポジウムは「南無阿弥陀仏」。進行は、司会の亀井鑛先生におまかせし、それぞれが自分と、お念仏や浄土真宗との出会いを、具体的な体験や実例を中心に語り合う程度の簡単な打ち合わせをした。ここの住職の義円師とのご縁がある以外、全員が初対面だった。今回のシンポには、彼の思い入れが強烈で、お金(相当なもの)も、時間もたっぷりかけて計画し、やっと実現したようだ。だから、皆、なんらかの宗教的な体験なり、実践経験があり、外側の権威ではない人たちが集められていた。面白いことに、生まれながらの寺院僧侶や布教師はいない。唯一、ぼくが僧侶で、専門的に真宗学を勉強しているぐらいだが、もちろんそんな縁でここに座っているわけではない。有り難いことImg_7530_2に、先生方とは、2日間ご一緒だったので、かなりいろいなことを聴かせていただき、心理的 な距離はとても近づき、いろいろと学ばせてもらう機会になったとこを感謝したい。最後は、皆さんとハグをしてお別れした。

  コーラス隊がはいった盛大で厳粛な音楽法要のあと、約2時間30分ほどのシンポの開始。まずは、それぞれのいまの思いを語り合い、そのあと、南無阿弥陀仏に出会いについて語った。

  ソナム師は、インド生まれで、チベット僧の父からチベット仏教を学び、何年も瞑想行をおこなってきたチベット仏教の高僧だった。それが、ブッダガヤでの向坊師と出会いが、浄土真宗との決定的な出会いとなったそうだ。ご承知のとおり、向坊師は、交通事故で首Img_7520から下が麻痺し、不自由となって車イスに乗っていられた。不自由な姿に、平癒的なお願いにこられたと思っていたら、「わたしはうれしい、悦びで一杯。そのことをお釈迦様にお礼に来たのだ」と言われて、驚いたそうである。しかも、彼が喜んでいた信心の世界も、また驚愕だったという。厳しい修行をしても消えない煩悩に苦しんでおられたソナム師にとって、その煩悩がお目当てという浄土真宗との出会いは衝撃的だった。しかも、それは南無阿弥陀仏のおいわれを懇ろに聞くことにつきる。そこに無量のパワーがある、その悦びに出会ったものは、その悦びを広く伝えていきたいと、とてもエネルギッシュなお話だ。2月にせっかくカトマンズにいきながら、チャンスがなかった、カトマンズ本願寺の所長として、ネパールで浄土真宗のみのりを布教されている。

  北九州で「夜の子ども相談室」代表、カウンセラーの外松太恵子先生は、(正統な)浄土真宗や子育てや青少年育成の野では売れっ子のおひとりで、皆さんもよくご存じのお方。文章でしか存じあげなかったが、お会いしてみてオープンなお人柄や即意味妙なお話ぶりが素敵だった。その場、その場で、常にありのままの自分でおられる感じがするし、子どもたちの面接にしても、外見や目の前の問題行動ではなく、目には見えない子どもたちの可能性に寄り添ったカウンセリングの様子を、感動的な具体例で伝えてくださった。ぼくにも隣接する関心事なので、控室でも長時間お話を聴かせていただいて、いろいろな温かい事例、ご家庭の様子、失敗談など、いろいろと聴かせていただいた。生まれながらの、浄土真宗との自然な出会いについて語ってくださった。

 もうひとりは、地元の女性で、以前もこのご法座でお会いしてことがある藤本千穂美師。なにごとにも、率直に語られて、足しげく聴聞し、またお聖教も学んでおられた。子どもの時から、かなりコアをキリスト教を守護する家庭で育ち、罪を重ねて「地獄に落ちねばならない」というたいへん辛い宗教心理だったのが、南無阿弥陀仏への回心体験を経て、ほんとうに楽で、安心して悦びの生活を送っている浄土真宗に出会ったその悦びを、自分のところで語ってくださった。ただ、ぼくとしても、彼女にもう一歩出てお伝えしたいところがあったが、今回は、人のことはほっておいて大人しくしていた。 

Img_7482  ぼくは、もちろん、後生の一大事と、廃立の2本での直球勝負だ。ぼく自身が、南無阿弥陀仏に出会た一連の体験をごく普通のこととしてお話した。その出会いは、助かる(往生極楽)自分ではなく、落ちていく(地獄一定)のところでしかなかったこと。「落ちる」のが怖くて求めていたのに、結局、「落ちていく」ことで満たされたこと。それは、お念仏に出会ったいまもまた、自分を詰めて問うのなら、その姿は何も変わっていないこと。しかし、南無阿弥陀仏(本願)に対する疑い(計らいの方がピッタリくるか)は、不思議にもすっかり晴れ、後生がハッキリしたという点に絞ってお話した(だって、落ちていく私のところに阿弥陀様はおられのだものね)。結局、他人のどんなにいい有り難い話も、たとえ楽に生きていけても、自ら、自分の後生を問わなければ、単なる生き方の延長、生活上の真宗でしかない。しかし、現状は、この2点に焦点を当てて聴聞できるお寺はまず稀有だというのが、悲しい現実である。当然、その手の僧侶や同行も育っていないのだがら、まずそこから始めるしかない。現状を歎いてる暇はない。

 結局、いろいろな方のお話を聞いていると、ぼく自身が出会った浄土真宗が、どこにあるのかの位置づけがハッキリわかってくる。共通の土壌もあばれ、またそれぞれの違いもハッキリしてきて、ぼくには面白かった。翌日の法要の結衆として参加させてもらったこととあわせて、また詳しく書きたい。

 個人的には、もっとパネラー同士でのかかわりや、フロアーとのやりとりがあったほうがよかったと思った。でもぼく自身も司会者に遠慮があったし、DVDの撮影などで制約もあったようだ。ただ、もう少し自由度があり、外れた質問があった方が、それぞれの個性がもっと立ち上がって、面白かったのではないか。それでも、無味乾燥な教義や言葉のやりとりではなく、それぞれが自分の体験や、実践例や具体例が豊富で、なかなか味わい深いシンポジウムなったようだ。余談ながら、外松先生が、「前の方に、とても反応がよい女性の聴衆がおられましたね。泣いたり、笑っImg_7497 たり、大声で反応したり」と仰った。「ああ、それうちにお勤めのT山さんという方です」と。まあ、どこにいっても、彼女の反応は評判いいんでしょうね。確かに、話し手としては、無反応がいちばん話づらい。

 初日は、このあと、盛大な餅まき(10メートル上から、固いもちがバラバラと落ちて来る。ボーとしていたらケガをする)、ホテルでのレセプションがあって、いろいろな方のお話が聞けてよかった。
 そうそう、「ブログ見せてもらってます」という方もおられた。S君、ありがとう。そしてお疲れさまでした。お返しに、餅をゲットされたお姿を、ビミョウに入れておきます。(続く)

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シンポジウムと法要と…

 明日から、兵庫県山崎町の西光寺での親鸞聖人の750回忌大遠忌法要に窺う。

 寺院単独で、大がかりな企画と法要をされているが、もう、事前に稚児行列の家庭のために法座を開かれた。

 明日は、シンポジウムがあり、そのパネラーにお招きいただいた。大派の亀井鑛先生を司会に、ネパールのソナム・フンディ・プティア師(チベット仏教から浄土真宗に帰依された方)、北九州の外松太恵子先生、そして地元の藤本千穂美師といった顔ぶれ。嘘かまことか、「かりもんさんは、本派僧侶代表ね」との依頼だったが、なんかきつい冗談ですかね、これは。でもさいわい、まだ下がり藤の紋がついている。シンポのテーマは「南無阿弥陀仏」。夏に、このテーマで小冊子の原稿を頼まれていたが、明日はそんなことを話すつもりはない。ご高名に触れることはあっても、初対面の方ばかりなのだが、楽しみである。明日、朝に打ち合わせがあるので、何の準備も、用意はないのだが、ようは、自分の喜びのところを自由に話していけばいいのだがら、こんな気楽はことはない。夜には、ホテルでレセプションもあるようだ。

 実は心配なのは、翌日の法要の方だ。稚児行列もImg_7464 子どものころ(誕生800年)に参加しただけで、初めて参加する。しかも、本堂(内陣)での法要も初めてなので(会館には内陣がない)、慣れない装束や作法があると思うと、かなり気が重い。しかも、午後からと思っていたら、昨日になって、午前中にも、庭儀宿法座があって、そこも七条で法要があり、その格好で10分程度法話をしてくれと頼まれた。そのあと、お昼を挟んで、法要やおねりがある。まあ、世間の坊さんと違って、ぼくにはこんなことはたぶんもうないだろうから、機会をいたいだて有り難いような、できればシンポだけで勘弁しもらいたかったような、そんな複雑な感じはしている。今夜は衣体の準備におわれた。僧綱板は初めてつけるなー。

 あとは、1000円均一の日なので、渋滞に巻き込まれないことを願うばかり。必ず渋滞するところがあるので、用心して早くは出発しますが…。

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映像詩『里山』

 9月終わりに、京都シネマで映像詩『里山』 を観た。

Satoyama_01  NHKのハイビジョン映像を劇場用に編集されたもの。映画をテレビで放映されるのは当たり前だが、その逆、つまりテレビ番組を映画として再編し上映されることは、まず少ない。その数少ない成功例がこの映画であろう。大画面で、じっくり上映されることに意味がある映像で、四季折々の豊かな自然と人々の営みが醸し出す、まさに映像詩の名にふさわしい一本だった。

 少し横道に逸れるが、まだ沖縄の西表島に、リゾートホテルなどがなかった一昔前のこと。ある民宿に宿泊していたら、NHK取材班が長期滞在して、西表島の自然を撮影していた。リゾート地に、ディレクター?はいろいろと仕事の段取り中で、少々不似合いな光景だった。自然相手の仕事は、長時間、腰を据えてじっくり取り組まねばならない。その意味では、昨今の短期的な成果や効率だけでは計算しつくせない相手だからこそ、その想定外の姿や出来事に感動し、心奪われるのだろう。それと同時に、単なる忍耐とか根気といった精神論の撮影だけでなく、日本の誇る数々のハイテク機材を屈指した映像からは、その技術の高さが裏付けされる点も、なかなか見事だ。

 さて、「里山」という言葉が一般化したのは、きまめて今日のことだという。しかし、言葉はなくても、一見自然そのままに見えて、動植物と人間の共存し、機能するための自然を、千年以上に渡って作為的に生み出したその作法が、親から子、孫へと受け継ぎ守られ、自然と人間の豊かな共生が生まれてきたのは、まさに日本人の生きた知恵なのである。

 開発ではなく、自然を護るために、定期的に雑木林を伐採し手を加えていく。樹齢1000年もの古木も容赦されない。しかし、生命力の発露は、そこに「ひこばえ」という新芽が芽生えさせ、新たな生命が誕生する姿に、感動さえするシーンだ。さらに伐採された木はうろをつくり、そこが森に暮らす小動物の住処となり、昆虫たちにも欠かせない基地となっていくるである。

 よく昔話では、おじいさんは山に芝刈りにでかけていた。それが、里山を護る知恵であった。しかし、今は、その伐採木を燃料にすることはなくなったが、その替わり、しいたけ栽培の原木とし質の高いキノコが生産されている。このひとつでも、生活の知恵であると共に、スーパーで安く売らる菌床しいたけではなく、その丁寧な作業に感銘するし、第一、おいしそうなのである。その意味では、過密状態の杉で、荒れ放題の日本の山々を再生する道筋としても、この映像は重要である。人々の暮らしと共生する雑木林を維持すること、棚田を守っていくこと、水を保全していくこと、そして共存する動植物を守っていくことは、人々の暮らしを豊かに守ってくれるのある。まさに、日本の豊かな国土を維持することと同じであり、それが数千年に渡り、特別視されることなく、繰り広げられてきた日本人の知恵なのであろう。同時に、自然への畏怖や、その自然に宿る先祖たちの霊(アニミズム的な素朴な信仰であるが、根深い)を敬いながら、人々の営みは続いてきたのだ。

 滋賀県高島市(たぶん、マキノ町あたりか)での日本の原風景。実は、ぼくが住んでいる京都から、JR湖西線で1時間以内に、こんな光景が拡がっている。ほんとはすごいことんなだなー。実際、子ども大会を開く今津町村落もこんな風景だ(ただしあのあたりは棚田ではない)。ぼくも、箱館山でのハイキングの下見の途中で、何度も目の前をサルが横切っていく姿に遭遇している。

 ただし、ここからは、今回のただただ美しい映像とは無関係の、現実的な疑問点に触れておこう。

 まさに自然と人間の調和、昆虫や水中動物、そして、サル、イノシシ、クマ、リス、ウサギ、キツネなどの動物たちとの共生のうるわしい姿だけがクローズアップされていた。しかし、現実はどうだろうか。この地域では、サルやイノシシなどの野生動物による、農作物の被害も深刻化しているのではないか。今津の畑で、「サルにはかなわん!」(別にこれを建てたからといって、サルが遠慮するわけではない。だって彼らは字が読めませんから)立て看板を見たことがある。年々、サル除けの冊が何重にも設けられ、厳重になっている。でも、「イノシシだったら、その下を掘って荒らしていく。もうろ収穫という前にやられるんです」と、現地の人が困っていた。隣接地域での開発が、生態系に影響しているということはないのだろうか。
 そして、もう一つ。映像でみる豊かさとは別の物差しの豊かさを求めて、若い人たちは都会へと流れて、1000年近く自然を畏怖し続けられてきた人々の営みにも、過疎の波が押し寄せてはいないのだろうか。

 ぼくの思い過ごしならばそれでもいいのだが、この映画や上映後のゲストのお話では、そんなことには微塵も触れられていない。もし日本の原風景といっていい豊かな自然との共生を護る意味でも、現状の問題点を映し出した作品も、ぜひ見てみたいものだ。

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愛(?)の重み

  同人会会員と、子ども大会の参加者に向けて、夏の子ども大会の子どもたちの感想文を集めた2009年版「はちす」の発送をおこなった。これは、皆様からの子ども会のご喜捨で製作、送付させてもらっているもの。御礼申し上げます。

  あわせて、華光大会の総会の案内と、総会の出欠並びに委任状を同封している。返信用に、50円切手を貼っているが、「勿体ないので不要です」と言ってくださる方もあるが、大切なので、確実にお手許に届き、また返信されるようにと、これだけは毎年そうしている。すでにネットやメールで華光大会にお申し込みの方は、ハガキを当日、ご持参いただいてもいいので、必ず、お願いしますし。

Img_7437 発送作業は、予定より少し日数がかかった。事務所で、T嬢が、 作業をしている足元(もとい、尻もと?)をみると、折った「はちす」が嵩張らないようにと、ズッシリとその重みを最大限に利用していた。

 そうなのである。もし、あなたに届いたはすちが、もしまだ生温かたったら、それはTさんのぬくもり、愛の重さなのだ。それは、「必ず、華光大会に参加するように…」という、重いメッセージでもあることを、お忘れなく…。

 そうそう、「サル、おぬし、わしの草履を尻に敷いたであろう。この不埒ものめが!」と信長は怒ったそうな。でも、実は、秀吉は胸で温めていたというのた。

 じゃ、阿弥陀様はどうなのか。 「この凡夫、おぬし、十劫ものあいだ、わしを尻に敷く、足蹴にしおりつづけて、このうつけ、不埒ものめ!」と仰るのかなー。

 実は、尻に敷き、足蹴にするどころか、肉を食らい、血をすすり、切り刻んでいても、なんとも思わぬのが極重悪人、邪見驕慢の悪衆生のこの私なのだ。

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佐野町場を散策

Img_7453    日曜、月曜と、大阪・泉佐野の本派寺院での報恩講法座。大阪人じゃないと、泉佐野と言われてもわからないでしょう、関西空港の入り口で、大阪市内の中心よりも和歌山が近い地域だ。毎年、1日法座だったが、今年は、初めて報恩講へ出講した。

 この地域のことは昨年少し触れているようだが、http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_d57b.html-高速道路が空いていて早く到着したのImg_7444で、少しお寺の周りを散歩した。布教先では、つとめてその周りを散策することにしている。天気がよくて、少し歩くと汗ばむ陽気だ。Img_7445_2

 このあたりは、佐野町場という歴史的建造物や町並みが残る地域で、注目されているようだ。

 迷路のような細い路地と、古い町家が、風情ある町並みをかもし出していた。真宗寺院を中心にお寺も狭い地域に密集している。西Img_7449法寺のすぐ裏も本派の寺院、すぐ隣にも真宗寺院があった。古い町家に囲まれ、裏手にお寺があることも今年初めImg_7448て知った。それでいて、少し行くとすく海があり、いまも交通の要所として高速道路のJCTがあり、関空があり、りんくうタImg_7446ウンも目の前にある。新旧入り混ざった風景である。

 お寺の裏手に懐かしい郵便ポストも見つけたが、なかなか町並みに溶け込んでいた。

「佐野町場」を紹介するネットも開設されているようなので、いまは、やめておこう。帰路、ホテルに「散策マップ」が置いてあったのを見つけた。自力でかなり回っていたようが、次は、もう少し足を延ばしてみることにしよう。

 法座は3座で、華光同人の方も、数名お参りくださっていた。特に統一したテーマがあったわけではないが、善太郎同行の「善太郎が地獄で泣いていがるを、ひと目この阿弥陀如来がは、ご覧あらせられたのが、不憫の始まり、この善太郎が地獄で泣いていがるを、この阿弥陀如来は、この善太郎を…」のこころにあるように、なぜ、如来様が立ちあがらずにおられなかったのか、誰のためなのか、そして、その阿弥陀様の広大な大悲のおこころ、全徳施名のおこころついての触れさせてもらった。

 反応は悪くなかったし、ずっと前列に座られた方は、ほんとうに頷き、お念仏しながご聴聞される篤信者も何名かおれらる。ただ高齢の方が多くて、年々、お参りのひとが少なくなっているようだ。若い人が育っておられる雰囲気がないのと、やはり座談会が出来ない。なんでも、昨年は、父が華光同人の助けを借りて、すこし強引に行なったら、個々人の自己紹介まで、すべて坊守さまが仕切ってしまわれとか。今年も、ちょっと座談会が持てる雰囲気はなかった。ここはなんとか、聞きっぱなしに終わりたくないところですが、このあたりはお寺側のご協力が必要なところ。寺院布教のいちばんのネック。

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三度目の運動会

  わが家には、毎年、3度運動会がある。
 そのうち、今年は、2度の欠席。
 ナナホが涙の超特訓の鼓笛隊の披露した、保育園の運動会は、九州法座。
 10月初めの元学区(京都独自の小学校運営を一部を担う地域単位で、その下に各町内会がある)の町内会対抗の運動会も、東京講演会で欠席となった。でも、このときは、ぼくが休んだのがさいわいしたのか、戦後57年間の歴史で、初めて我が町内会が゛(誰も予想していない)よもやの優勝という快挙のおまけつき。ゆうこも対抗リレーで大活躍。

Img_7432  今日は、カンロの小学校の運動会。最初は、泉佐野の寺院布教の予定があったのが、日曜日、月曜日と変更になって、今年、3度目で、やっと出席できた。

 最初は、好天で暑いぐらいだったのに、途中で雨がふり、また持ち直しすという目まぐるしい天候。ぼくも、途中で家に帰って作業したり、昼はカフェでくつろいだり、少し一緒に参加したりという感じで過ごした。

 ぼくが子どもころと比べると、雰囲気が様変わりしている。人数も、ぼくたちの頃の1/4程度になり、各学年単級で、全体でも180名にも満たない。でも、校舎や校庭はそのままの広さなので、ずいぶん寂しい感じがした。それに、子どもたちに規律がない子が多いのが気になった。応援中も自由に動き回ったり、演舞の前の整列でも、みんなガサガサと落ち着きがなく、先生の号令にあまり従わずに好きにしている。何度か「ルールを守ってください」というアナウンスまであるありさまだったが、保護者と一緒に行なった玉入れでも、終了の合図がなっても誰も止めず、また玉を数えている声に合わせて、先生に玉をぶつける高学年の子も、いくら注意されてもやめない。その雰囲気に、せっかく参加していても、あまりいい気がせず、ぼくもとうとう叱りにいく寸前で、どうにか終わった。当然、全体の進行もモタモタ感がつよくて、周りの保護者からも不満の声が漏れていた。

 これなら保育園の演技の方が、ずっと統率がとれて気持ちいい。確かに、周りを見ても、いろいろな国籍の人がおり文化的な背景も違う。またそれぞれの家庭事情があるし、子どもたちもいろいろな障がいや問題を抱えているので、簡単ではない。当然、昔のように学校・教師側が強く言えないことも十分にわかるし、過度には期待することはできない。それでも、せめて最低限のマナーというか、ルールの線はどこにあるのかが、不明な点が気になった。ぼく個人としては、あまりに威圧的な強権には強く反発を覚えるのだが、あまりに兄弟のような友達先生や事勿れの姿勢も、ちょっと行き過ぎると心配に思えて来る。

 わが子の成長や活躍に触れる点では楽しい行事だったが、時代の流れなのか、なんとなく寂しい気にもなった一日。

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お誕生日

 今年の子ども大会の感想集の「はすち」が完成してきた。華光大会「総会」の案内(委任状)と合わせての発送作業が始めた。案内状もいくつか作ったので、もう少し作業はかかるので、発送は月曜日になるかもしれない。

Img_7420  夜は、マチャプチャレで、ななほの6歳の誕生日のお祝いをした。

 6歳ということは、4月から小学校入学である。

 早いなーと感じる時と、まだそんなものかとの思いとが交差する。 

 今年も、彼女の誕生日は仏青大会の最中だったが、生まれた時もそうで、仏青大会初日の朝に、助産院に向かった。わりと順調な出産で、夕方から仏青に参加して、翌朝の法話では撮影した出産ビデオを見てもらった。当時のことを、仏青の皆さんもたいへんよく覚えていて、いろいろと話題がでた。途中で逃げ出した(?)人、法座で初めて号泣した人などと、初めて見たリアルな出産シーンに驚いたり、感銘しりと反応は大きかった。

 そして、6年という月日に、みな一様に驚いた。いまではご縁が遠のいた懐かしい名前が出てきたり、また、当日、学生だったものも、社会人となり、結婚し、そろそろ出産を控える人も出て来るような年齢になっているのである。それでも、みんなの実感として、まだ3~4年程度という感じるようだ。確かに、子どもの急激な成長に比べると、学生から社会人へ成長する青年期でも、そのスピードはまだゆるやかだ。ましてやぼくのような中年の身では、そのスピードはますます遅く、ほとんどこの6年を無為に過ごし、老い以外、成長の歩みはほとんど感じることは難しい。下手をすると、ひたすImg_7423 ら老いを重ね、頑になってしまいそうな身には、猛スピードで駆け上がる、子ども成長はまぶしく、その反射された光のおかげで、こちらがほぐされ、温められて育ててもらっているのかもしれない。

 彼女も、なかなか個性的でおモロイやつなので、これからもよろしくということである。

 うまい具合に、ゆうこの絵の前での撮影になった。

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決算期

 仏青大会、通夜・葬儀と法座や法事が続いたが、今日は、朝から会計士の先生を交え、決算、予算などの相談があった。

 華光会は9月決算。年度末を終えて、華光大会の総会に向けて、いろいろと準備が慌ただしくなった。特に、これからの3年間は、空調やエレベーターの入れ換えなどの大型工事が続くので、維持管理のために建築士の先生との相談と、いろいろと続く。

 会計は、例によってそれなりにというところ。寺院布教や葬儀も増えたし、参加費制で、多少法座収入も増えて、確実に収益はあがっている。でも、大型補修もあったので、その分、支出も当然増えた。でも、これは、この3年間は仕方がない。本来は、その分も含めただけの収益があればいいのだが、いまは贅沢もいえない。

 結局、昨年度は、3階の空調と、エレベーターに加えて、一冊だけ仏書(増補の念仏の雄叫び)を発行することが出来た。もう少し積極的な活動も考えたいが、現状は、華光誌を発行し、伝道、法座活動を維持し、華光会館の維持管理をすることに加えて、ほんの少し出版や新しい活動ができるかという程度である。それでも、来年は、「三帖和讃」(上・下)2冊の発行が、目玉ということになる。もちろん、収益性もあるので、売れれば、経費どころか、収益になるのだが、実際は、屋台にみなったボチボチの売り上げ予想である。

 でも、いろいろと新しい視点からの指摘をいただいて、いくつか閃いたこともある。できれば、もう少し安定した財源を確保されていくと、出版や法座の活動も活発になり、また不測の事態がおこった時に、寄付等で同人の皆さんへの負担が軽減されることになるのだが、それには、旧来のシステムを改善する必要もあると思える。そして、小さなことでも、地道に取り組んでいくしかないだろう。また、あらたなアィディアもあるのだが、旧来のものを変更するとなると、皆さんのご理解いただくところから始めないといけないので、少し時間もかかる。いまは、まあ頭に中にあるだけで、課題に留まっている。でも、逆に言うと、やり方次第で、まだまだ可能性があるわけなので、たいへんでも可能性を楽しむだけの余裕はあるようだ。

 でも、いまはかなりお疲れで、頭が働かない。

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葬儀

 婦人会の役員さんだった、古参同人の葬儀。

 皆さんと勤行した葬儀も厳粛に営まれ、また初七日の最後に遺族全員での故人への分かち合いも、想像以上に温かい雰囲気(K先生ありがとう。これとてもいいです)に包まれて、ぼくもとても晴れやかな気持ちで帰宅の途についた。葬儀社の担当の方まで、「私も家が浄土真宗なんですが、その聖典(日常聖典)は販売されていますか」と言われたので、皆さんのために持参していた日常聖典を差し上げたら、たいへん喜ばれ、そのことでも、少し話もできた。

 皆さんで、しっかりお念仏称えてもらえたこと、また正信偈、阿弥陀経を一緒に、かなり大きな声での勤行されたこと。家族葬なので、外部の列席がないのも、慌ただしくなく、それでいて、99歳のご生涯ということで、親族だけでも30名の列席で、寂しくもなくという感じ。

Img_7404 葬儀の後は、宇治の斎場へ。

 まさに、「朝(あした)には紅顔ありて夕(ゆうべ)には、白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、即ちふたつの眼たちまちにとぢ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李(とうり)のよそほひをうしなひぬるときは、六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりて、嘆きかなしめども、更にその甲斐あるべからず。さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あはれといふも中々をろかなり」の言葉が、身にしみる。

 でも、これは、無常を詠嘆しているだけではない。

 「されば、人間のはかなき事は、老少不定(ろうしょうふじょう)のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀佛をふかくたのみまいらせて、念佛申すべきものなり」

 いつも申しているとおり、ここひとつが肝要なれど、なかなかここに焦点を当てて聞く人はない。ここの味わいは以下の記事を参照してください。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-4b57.html

 当然、儀礼としては、いい雰囲気だったが、聞法という点ではどうだったか…。最後に、喪主の方が、「ほんとうにありがとうございました。とても温かな葬儀で、たいへん感銘しました。きっと母も、天国で喜んでいるでしょう」の一言。

 ああ、3度もご法話しても、こんなもんなんです。とても、真剣に、喜んで聞いてくださっていたけれど、これは、極楽や浄土と、天国との単なる用語(言葉)だけの問題ではない。そう考えると、聞法の焦点が定まるなんて、とても、とても、とてもたいへんなこと。それにしても、最初は、まず人間関係を作ることからしか始まらない。それが重なり、積もり、手を代え品を代え、不思議にも、後生の一大事に焦点があたり、自分こそが問題になる聴聞に切り替わるなんてね……。不思議としかいいようないですね。そして、この末世に、そこひとつに焦点を当てて、聴聞させてもらう仲間がいるなんて、なんと有り難いことでしょうか。

 まあ、焦らずにいくしかないでしょうね。

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お通夜

 久しぶりにお通夜の導師をする。

 今年の7月に、6年ぶりの葬儀があったので、今年はなんと2度目だ。でも、9月期決算なので、年度は異なる。しかも、7月の時は、宿泊行事があって通夜はほかの方にお願いしていたので、ほんとうに久しぶりの通夜だ。今回は、うまい具合に仏青大会の翌日になった。それにしても、6年の間で、世間の葬儀事情はずいぶん変わった。宇治市に開場したての葬儀会館にいったが、身内・親族だけの家族葬である。

 99歳でのご往生。珍しく、会館創立時からの檀家で、華光同人として、また京都の婦人会の役員さんなどで活躍してくださった方だ。ご子息たちとは、父や母とは親しい。中には、完成したての華光会館の文化教室で、補助員をされていた方もあって、「先生は、こんな小さかったですよ」と(たぶん、3、4歳ぐらい)言われたが、まったく覚えはない。中には、新会館創建の時に、解体や仮事務所のために尽力くださった方もいる。残念ながら、ご法の上で、いまはご縁がうすいが、昔の子供大会などには参加されていた方もあって、みな親しげに話しかけてこられた。

 勤行25分、ご法話20分という感じだったが、例によって、「こころをひとつにして、お見送りしましょう」と、「南無阿弥陀仏」と合掌礼拝をすること、Img_7400下手でもいいので一緒に勤行してもらとうこと。そして明日は、故人の思い出を全員に一 口ずつ話してもちうことを約束しておいた。今回のテーマは一心である。 

 帰宅してから、もろもろの準備。慣れないので、また七条の着付けの練習をし、少し勤行も復唱した。これが、一張羅の冬の七条袈裟である。

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仏青での信仰体験発表

 仏青大会3日目。今年は、講師の先生の都合で、法話は2席。そのかわりに、数年ぶりに、仏青大会で、信仰体験発表を持つことになった。華光大会のそれとは少し違うところもある。ひとつは、自ら未信だと言っている人であっても、いままでの歩みやいまのところの心境を語ってもらうこと。それと、参加人数がほどよいので、終了後に、全体で分かち合いや質疑の時間をもって、さらに深めたり、共有したりすることができた点だ。

 華光の信仰体験発表は、決して、決意表明でも、「これからも頑張ります」との確認の場でもなく、また日常生活の変化やご利益を語る場でもない。自らの歩みを語ることは、実は、自分自身のことでありながら、何一つ、他力の働きがなければ、仏道を歩むことすらできない我が身を知らされることであり、そこには、さまざまなおかげ、法友や先達のお育てを通して、あらためてその底に流れる、如来さまの大悲のお心に触れていくことにほかならないのだ。

 その意味で、いま、いまのところで聞いていくことも重要だが、一度、その歩みを振り返り、ここまでお育ていただくまでに、どれだけのお手間、どれほどのおかげ、そして如来様の捨ててくださった無量のいのちが結実して、いまのここのわたしがあることに心を馳せさせきただく。そして、まったく小さな自己の思いやこだわり、実感を求める愚かさを破っていただくのである。

 今回は、ほぼ同世代の3名だったが、その歩みはそれぞれ異なる。長年、別の真宗の集いで求めてきた人。友人の紹介をきっかけに、大学生になってから聞き出して人。そして祖母のご縁を契機に、仏の子ども大会から仏青へとつながり、長年聴聞してきた人と、ご縁が異なれば、その道程もそれぞれあって、みな、飾らずにありのままに語ってくれる姿がよかった。決して、遠い遠い、十万億土のおとぎ話ではなく、いま、目の前の、それもまったく同じ世代の凡夫同士が、弥陀の本願を喜び会える不思議は、未信の方や行き詰まりに悩む求道者にとっても、一石を投じるものとなったようだ。

 いろいろと触れたいのだが、ひとつだけに絞ると、最初は、自分の意志というより、尊敬する祖母だったり、分かり合える姉妹だったり、または仲のよい法友などに、憧れ、励まされ、勧められた仏道の歩みは、同時に、「誰かが聴かせてくれるもの」であって、自分ひとりの後生の一大事にはならなかった。それが、何度も何度も、お聞かせに預かり、尊いお念仏のご縁にもあい、厳しいお勧めにも涙したり、時には、その雰囲気に逃げだしたり、または有り難くもなったりというご縁を重ねながらも、しかし長年、聞いても聞いても、ただひとつ、「こころの底から仏様が信じられない」という疑いの堂々巡りの歴史。でも、その末で、ある時、このままでは、絶対にわたしは聞けない、いま聞かねばならないという(なぜその決断があったのか、本人は覚えていない。実はそのきっかけより、その決断をする時こそが、いま、いまの、ここしかないのだろう)、そのたった一度、初めて、他人任せでも、人ごとでもなく、自分ひとりのところで、「聴かせてください」と、先生(それは如来さまにということか)に頭を下げて教えを請うたとき、先生から聴かせていただいたことは、何も特別な言葉ではなく、いつもいつもお聴かせに預かってきた言葉であったのに、それが聞こえて来たときに、自分は、念仏やお救いを掴もうとしかしていない、そんな自分では絶対にわかるはずがない、つまりは、初めて絶対に聞けない自分に出会ったというのだ。(ここは妙だなー。「このままでは絶対に聞けない」から、一歩出たのに、そこで出会ったものが、「絶対に聞けるはずのない自分」なのだからね。でもそこが大違い)。なんと、不思議にも、自分で晴らせたわけではない(第一、自分で晴れるわけがない)のに、「どうしたらいいのか」とか「仏様が信じられない」の疑いが、すっかりなくなっていた不思議があったというのである。そのプロセスが、ぼくには有り難かった。同時に、彼女をして、「聴かせてください」と頭をさげさせた、先手をかけて、わたしに頭をさげ頼みきってくださっている大悲のお心の、なんと深く広いものであろうか。

 ほかにも触れたいことや分級座談会の様子も有り難かったが、仏青大会中に、葬儀の依頼があった。東京講演会の時から、心配していたのだが、さいわい、法座にほとんど影響せずによかった。でも、また明日からがまたたいへんである。

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悟朗先生にインタビュー

 仏青大会2日目。昼座で法話を担当。そこにも触れたいが、夜の座は、悟朗先生への質問・インタビュー企画。若い人達の発想は面白い。構想の相談を受けたときは、発案側は、伝道者、僧侶として、今後の問題点を尋ねたいとういうことだったが、どうせなら、参加者全員の共通の認識にして、全員から質問を集めて、先生を囲んで尋ねたらどうかということになった。

Img_7378  実にさまざまな問いかけがでた。正統な求道上の問題から、伝道に関する問題、華光会館の歴史に関する質問、はたまた個人的な趣味や悩みに関する問いかけなど、その答えが、どれも、ある種、先生らしいお答え。また問いかけ人も、それぞれの心境、もしくは岐路に立った自分の悩みが反映されているようで面白かった。求道上の問題は、丁寧に応えておられたが、プライベートの質問には、簡単に「ありません」とか、「思いません」、(『自由に使える1000万円があったら何に使いたいですか』)の質問には、一言、「それは愚問です」で片づけられるこども含めて、悟朗先生らしかった。

 それでも、若い人達には、まったく知らない世界も多くて、それを、法話で一方的に聞くのではなく、質疑形式だったので、いろいろと教えられることや、考えさせられることもあって、なかなかいい企画。

Dvdgorou00002ayumi  余談ながら、先生が自らの歩みを、3日間の講習会形式で話されたものを、K先生がまとめられたDVDが、『浄土の歩み』(じょうどのあゆみ)として、華光のHPが購入できるので、ぜひ、こちらもご覧いただきたいものです。以下に詳しくあります。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/books/dvdjoudo.ayumi.htm

 視聴もできますので、ぜひ!

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仏青大会の初日でしたが…

 今日から3日間は、仏青大会。

 でも仏青大会は午後からなので、午前中は、仕事をいろいろこなした。

 朝イチで、出版社との打ち合わせ。延び延びになって心配していた、『三帖和讃』の初校がやっときた。といっても、第2弾の『高僧和讃』と、『浄土和讃』の2校まで。組織表(分科)や図表が多くて、どう組んでいくのかが、難しい。だが、一首、一首の解説もさることながら、全体の中での位置づける意味で、この組織表(分科)の役割は大きく、ここがポイントといっていい。文章にしても、一句一句の解説ではなく、どう科段をきっていくかで、その人の理解度や実力がわかるといわれる。今後、どう版を組んでいくのかは、課題として残ったが、『正像末和讃』まで含めると550頁超の大部になる。無理に文字を小さくして一冊にするよりも、上下二冊に分冊する方向で、進めていくことになった。それでも、上巻(浄土・高僧の予定)でも、300頁を超すだろう。校正の仕事は、今月一杯の作業になるが、出張法座や他の予定もあるので、実質は10日ぐらいしかない。ここは作業計画と、短時間の集中力! いつもそう思って、知らぬまにダラダラした仕事しかしてないですが、ここは気合い入れていかないとね。

 その後、急いで、作業中だった「はちす」(仏の子供大会通信)の校正。連休で印刷所は休みだが、打ち合わせはできるという。これは若手の先生がしっかり編集をすませてくれているので、校正や手直しと、追加部分を作業をして、大急いで印刷所に届けた。帰ってきて、ちょうど始まったところの仏青大会のオリエンテーションに合流できた。

 肝心の仏青大会も、直前までバタバタと準備が進んでいたようだ。キャンセル、追加、問い合わせが多くて、変更が多かったが、その分、参加者も多数。40名以上の参加は、仏青大会の最高値じゃないかなー。役割分担のオリエンテーションがあって、全体の自己紹介で昼座と終わり、その後、外食で、夜も法話が中心とあって、結局、分級座談は30分だけ。みんな全体会で一言、分級座談で一言と、結局、二言発言しただけやなー。

 まあ、夕食は京都駅まで出かけて、野菜たっぷりのバイキングで、みんな食べすぎで苦しんでいた。それでも、これから懇親会がある。分級座談は短くても、ここは省略せずにタップリあります。

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究極の平和の理念

 オバマ大統領のノーベル平和賞受賞のニュースには、驚いた。

 当然、確固たる実績や成果がない時点の受賞に、贊否も分かれている。それでも、核廃絶に向けたその理念に基づく、今後の行動に大きな期待が込められているのであろう。

 そのニュースを聞きながら、(人ではないが)日本の憲法九条の理念ほど、平和賞にふさわしいものはないなーと思った。そして、文言を一字一句変えることなく、60年近くに渡って護られていることも、また尊い。

 同時に、究極の平和の理念は、「弥陀の本願」以外にはないなーとも思った。

 その四十八願は、まず第一願において、貪欲、愼恚、愚痴の三毒の煩悩の業果である、地獄、餓鬼、畜生の三悪道がその国には存在せず、また第二願において、その三悪道の世界に、二度と再び戻ることはないというお誓いから始まっている。すべて大悲のおこころから成就されたものであるが、同時に、究極の平和、安楽の世界である浄土の働きが、その源泉となっているのである。

 究極の平和に貫かれた本願を聞くこと。つまり、この私くしひとりが、南無阿弥陀仏によって目覚め、仏になることこそが、真の平和を実現する道だといっていいのだ。

 南無阿弥陀仏

 

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「賽銭箱」のご喜捨

 8月の東京支部法座で、それまで紙の菓子箱だった賽銭Img_7356 箱が、立派なものに代わっていた。感心して見ていたら、東京同人の手作りで、「華光会館用にも造りますよ」という話になって、10月の法座になんと2つも完成していた。「御恩報謝」とか「喜捨箱」の言葉でもよかったが、この題字も、東京支部長老で、書の達人によるものを、丹念に手で彫られたもの。いや、どうみても素人の仕事じゃない。かなり丁寧な仕事で、木目を揃えたり、なめらかな継ぎ目など、各所にこだわりがありあり。また機能的な細部も、入れ口の角度や音がしないなどの工夫もされている。気配りがすごいね。仏青大会から登場。でも、大半の方は、11月の華光大会で初お目見えになるでしょう。

 さて、外見がこれだけ立派になったら、当然、その中味も、増える??のでしょうかね。

 期待しています! 

Img_7355 

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信心の顧問

 久々に伝道研究会の話題。

 毎月1回あるのに、わりと触れることが少ない気がする。

 今回で、長々と読んできた、羽栗行道先生の『心身の革命』~他力信仰の極致~がやっと終了した。時間がかかったのは、内容を深く読むというより、その都度、その都度、大きな行事の話題や、ご法の勧め方、また折々で刺激を受けた話題提供などがあって、あっちこっちにいくので、時間がかかっていた。

 それにしても、いいタイトルですよね。心身の革命にしても、他力信仰の極致にしてもそう。真の自己に目覚めることを徹底的に説かれていきます。

 本編も、最初は、徹底した、罪悪の事実、悪人の自覚を、微に入り細を穿ち、しかもきわめて具体的な、我が身に引き寄せたところでお示しくださる。まさに、仏願の「生起」のところ、弥陀の本願にお目当てを徹底的に説かれていかれます。そして、最後の1/10程度に、40年近く「響かそう、響かそう」と求めてきた婦人の例話のあと、やっと南無阿弥陀仏のお働きを、無量寿如来、無量光仏という形で、最後の最後に締められる。

 ご法を勧める者としては、この展開は、なかなかすごい。功を焦った下手なお勧めは、すぐに念仏を勧めたり、また法を出してしまうもの。説き手にも、予定概念ありますから、結果がほしい。でも、説き手が法悦で酔ってしまわないで、まず機の方から徹底的に押していく。徹底して、誰がお目当てなのかの、「誰」の物柄をしっかり聞いてもらう。そして、ここひとつのところで、法の働き、南無阿弥陀仏の働きを、ピンポイントでズバーッと伝える。まあ、そんな教科書どおりに行ったことありませんが、ただ、あまり軽々しく、お念仏を勧めるものではないことは、肝に銘じておいていい。すぐに握ってしまいますからね。有り難くなったのも、念仏出たのも、イコール信心じゃありませんからね。ここは要注意。

 それで、自分ひとりぎめにしてしまわないで、善知識、導き手に相談をしていたかねばならないと、本書でも「信心の顧問」と称して注意されている。要約すると、
 「信仰問題は一点の疑義が残ってもダメなので、九百九十九点まで卒業していても、あとの一点がぼやていると、全部が偽物となる。自分でも大丈夫と思うていても、信仰の先輩者、すなわち善知識の信心の顧問に打突かっていかねなならないところだ。そこを、蓮師も、「仏法には微細にこころをもち、こまかに心をはこぶべきよし」(128条)と仰せられ、また、「同行善知識には、よくよくちかづくべし。親近せざるは、雑修の失なり…」(150条)とある。同行知識にちかづいて、破ってもらう。しかも、よくよく近づけとおおせらる、「よくよく」のお言葉に注目され、同行、知識にどんどん打突かっていかねばならない」とされて、そのあとで、「音声法説法」の一段を設けられている。すなわち

 「大悲の親様のひとり働きは、盡十方無碍光をもって照らし破ってくださるが、私達のオゾイ眼では、その光明を拝むことはできないので、その智慧の光明が、音声法説法となって、耳から入り目覚めをさせてくださる。この6日間(連続であった)の説法は私がしているが、その声は弥陀如来の直説法なのであり、これを羽栗の言うこと、人間同士の会話として聞いていたら、大きな間違い。そのおごりたぶりよこしまで、一向に眼をさまさないものに対して、遂に親さまの念力が凝って、人間の口を借りて声となってくださった。阿弥陀仏は最初、まず釈迦如来の口を借り、それが文字となって三国に広まり、その文字が、また信者の声となり、常に弥陀如来の音声を聞くことが出来るのだといのうである。」

 そして、そこから、やっと南無阿弥陀仏のお働きで結ばれていく。ほんとうは、最後の無量光仏のお働きについて感じたことを述べたかったが、ちょっと脇道から進んだ。

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声に出し、共有しあう

 東京法座の2日目午前中は、華光誌輪読法座にした。「全徳施名のこころ」を、順番に声にだして読んでもらい、味わいや感想、疑問点などを出してもらった。

  京都では、2回に分けてやっているところを、1回でやるので、小見出し1章ずつではなく、2~3章ずつ読んで、分かち合うということにした。人数も多く、慣れていないこともあるのか、それとも、ご縁の新しい方が多いからか、または、おしとやかな控えめ方が東京支部には多いのか(若干名は唯徐)、座談・感想の分かち合いは、かなりおとなしめだった。積極的に皆さん全員の声を聞くことはできなかったのは、とても残念だが、それでも、地方から参加してくだった方が、自己のところ開いて発言してくださったり、若い娘さんが声に出して読まれた阿弥陀様の大悲のお心を、隣の母親が嗚咽しながら、聞いておられる姿が尊かった。

 ただ発言は少なくても、今回、声に出して読み、そのことを共有しあうというだけでも、ある意味では、十分有り難いなーとも思った。もちろん、高齢の方もある、人前でなにかをするのが苦手という方もある、もしくは緊張で、読み間違いや詰まられたりすることもあったろう。一方で、声を詰まらせたり、嗚咽を押さえながら、読んでくださる方もあった。そのすべては、その人を通じて、声となって出された、つまり音読するという作業ひとつからでも、その方の理解度やご法の味わいが窺えるようで、貴重だった。

 特に、ここは、阿弥陀仏のわたしにかけられた大悲心の塊を聴かせていただくのである。全ての徳を惜しげもなく南無阿弥陀仏という名に封じ込めて施そう、それ以外に、このわたしは救われるすべがなかったのである。そのために、どれほどのご苦労があったかは、実は、そのすべてを窺え知ることなど、凡夫に絶対にできるわけがない。全ての徳の、「全」などわかろうはずがない。しかし、その深く、広大で、温かいお心には触れることができるのである。その万分の一、劫分の一もわからないが、そのほんのほんのほんの一端の事実にふれ、そのおこころにほだされたおかげで、わたしの口からも、南無阿弥陀仏と名乗り出て下さるのである。

 そして、そのことが、私の、皆さんの口を通じて、声となり、証明されていくのだ。

 ほんらい届くはずのないような、石、瓦、礫のような、無機質で、冷たいこころにも、それが届くので、私の目からも涙となり、大悲のおこころが立ち上がってきてくださる。

 それを、わたしが聴かせていただき、その喜びをまた声として発していくのである。

 ここにも、連続無窮として休止さざるお働きがあるのである。

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東京講演会2009

 盛会のうちに、今回の法座を終えjました。2日間の法座を終えて、広大な、大悲のおこころの一端が、この胸にも届きあついものが込み上げてきます。

 いまはとにかく、 お世話くださった方はもちろん、ご参加くださった皆様、ほんうとにありがとうございました。御礼申し上げます。

 地下鉄の茗荷谷駅におりると、講演会のポスターの掲示。改札口には、今年も道案内のポスターを掲げて立っているO君! 通りにも、また会場前にも、合計4名の方が、ボスターを掲げて道案内に立っていてくれました。その姿に、グーッときます。案外、見知らぬ方からも声もかけらるそうで、中には、「仏教のめざすもの? めざすものではなく、仏教はめざめるものじゃないの」と言われた方もあったとか。

 そうなんです。まさに、それが仏教のめざすものですよ。今回の講演会テーマも、実はそこ。「死んだらみんな仏さん」といった俗信ではなく、仏に成ることは、「目覚める」こと。しかも、そんな正解を暗記することではなく、この私の上に、その真実があきからに実現することだという骨子で、そのためには、連続無窮として絶え間ない先輩同人、善知識の言葉を手がかりに、仏様に向き合い、わたし自己を問わせてもらうことを具体的に聞いてもらいました。講演というより法話。

 会場に到着すると、すでに京都、高山からの本部の世話役に加えて、昨年この会場で出会った方が、早くもお手伝いをくださっていて、すでに、花やDVDなどの準備も出来、イスも並んでいます。東京同人が、テキパキと作業をされてる姿が、ほんとうにうれしかったですね。今年は、撮影も、プロのフリーカメラの同人の方にお願いしました。(ありがとう! HP観ました。かっこよかったです)

 開場すると、常連に混じって、広島や東海支部の同人の姿が…。なんでも、このごく近所に下宿しているお子さんと連れたっての参加。まあ、この方などは、娘さんを連れたのではなく、結局、自分ひとりに法水を浴びて大きな徳をされたようです。他にも、他の支部のお友達に誘われた方、友達を連れてこられた方、または職場の知人や、他の集まりで友達になった方など、いろいろな方を誘ってきてくださっていしました。総勢で60名弱ほどで、15名近くが初めての方だっと思いました。ただし、単独で、ネットやボスターだけの方はなかったようには思いましたが、かなり反響ありました。

 しかも、最後まで皆さん静聴してくださり、真剣に、中には涙ぐみながら聞いてくださっている姿もあって、こちらもちょっと打たれました。昨年と同じように、終了後に、あいさつや質問にこられた方もあって、ご縁が生まれるかもしれませんね。

 別に、勧誘するためではなく、華光の集いがどんなところかを知ってもらいたいだけです。もうそれで十分、それだけの自信や自負があります。すぐにはご縁と結びつかなくても、長い目で、これからの聞法のご縁のきっかけにはなったという手応えを感じました。

 すべてはご縁次第ですが、そうは言っても、自策自励して、少しでもそういう場を結ばせてもらえったことが、尊いです。ひとりではできませんからね。同人方と力をあわせて、今年も開かせてもらえました。

 今回は、講演会のみならず、夜や翌日の法座も尊かったですが、またそのことは機会あればまた。いまは、安堵や充実感の一方で、ホッとしたり、疲れもあたり、ちょっと凹んだりもしたりで、プルーな気分も少しあったりという感じです。まあ、感情や気分は、一色ではないということ。そんなことでいろいろ味わいもありますが、これは、別の機会に。

 お世話になりました。

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華光誌の発送!

 68巻4号の華光誌の発送。

 印刷所で手間取って現物が届いたのが、昼の12時45分。発送のお手伝いを1時に頼んでいたので、間に合うかどうか、やきもきしてきたが、ギリギリセーフ。でも、指示し直した表紙の色が指定と違うなどのトラブルも発生したが、まあ、なんとか夕方までに発送できた。

 外は、かなり強い雨が降った。

 荷造り作業の終盤、1時間ほど抜けて授業参観に出かけた。テーマは、よく伝えるということ。そして、それをしっかり聞いて、メモをするという、コミニケーションのスキルを学ぶ。人前で話すこと、そして上手にメモするとはどういうことかを、体験的に実践する授業だった。少し遅れて教室に入ると、わが子がトップバッターで、発言するところだった。

 戻ってからも、写真の種わけなどをして、夜から東京の教案。最近は、細々したものではなく、荒いコンテンツを作ったほうがいいようだ。すでに、東京に向けての荷造りは終了していて、世話役が今夜からすでに出発された。

 お誘いや呼びかけをいただいて、すでに初参加の情報も得ている。今年は、どんな方とご縁をいただけるのか。未知数だけに、若干の不安もあるが、それもまた楽しむ気持ちもある。
 どうぞ、皆さんよろしくお願いします。

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同人・同行と共に

  東京講演会のコメントに返答を書いているうちに、華光では、わかり易くする時には、会員(同人会員との並記もある)と使うこともあるが、普通は、東京同人とか、○○同行、「華光同人の××です」というように、同人、同行という表現を普通に使っているなと、あらためて確認させてもらった。確かに、ただの会員とか、支部だけだと、どことなく味気ないものね。

 もちろん、これは昔からの真宗の習わしではあるが、言葉が、実態に伴って生きているところは、もう少なくなっているんじゃないのか。

 一般でも使う「同人」はもちろん、「同行」だって、別に浄土真宗の専売特許ではない。

 ネットで「同行」を調べると、
1、連れ立って行くこと。また、その人。「どうこう」。
2、連れ立って神仏に参詣する人々。
3、心を同じくしてともに仏道を修める人々。真宗ではその信者をいう。禅宗では「どうあん」というなどと、『大辞泉』にあった。

 「同人」とは、同じ志(こころざし)をもつ人、つまり同士ということになる。
 真宗的にいうと、同じ凡夫同士、同じ念仏に生きる同士ということになる。

 顔かたちも、性格も、生まれも、年齢も、時に好き嫌いも異なるお互いが、心を同じくして、念仏の白道を歩み、連れ立って往生極楽の道を共にしようという仲間ということになる。

 後生の一大事は、ひとりひとりのしのぎである。独生、独死、独去、独来、どこまでもひとりで聞く教えだ。でも同時に、それは、同行、知識に育まれ、導かれて法を共に求める教えでもあるのだ。

 その信心の衆生を、「わが善き親友(しんぬ)」だと釈尊はおっしゃった。もちろん、それは真実信心の衆生を指しているわけだが、もう少しその精神を拡大すると、その仏道を歩もうとするもの、仏道を求めるそのひとりひとりが、いとおしく尊い存在として尊重されてくるのである。

 

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