修士論文の中間発表会
連れ合いの呼びかけ、ゼミを横断して、修士論文の自主的な中間発表があった。さすがに、学生から、「ゆうこさん、いい感じの若作りすネ」と、素直には喜んべないビミョウな褒められ方をする女子大生だ。これだけ人が集まるのも彼女の特質なんだろう。
ぼくは大学院を修了してから、もう20年以上経過した。当時に比べて修士論文なのに、教授の指導が行き届きびっくりした。ぼくの時は、完全に放任されて、当時は、事務員としても華光の仕事が多忙だったこともあって、ぼくはあまり優秀な学生ではなかった。2年で論文を提出するところを、最大の4年もかかって、やっと修了した。その間に、論文の中間発表をしたのは、最後の年の初めて参加したゼミ合宿だった気がする。そのときも、特に指導も受けた覚えないなー。いまは、(研究の)先攻論文(うーん、こんな表現もなかった)の提示から、いろいろと指導があるようだ。
いまでも年に1,2度は、学会での発表を聞くことはあるが、学生諸氏の中間の報告を聴くのは久しぶりだ。残念ながら、おもわぬ来客はあるわ、子供が気分が悪くなって小学校からの呼び出しがあるわ、華光誌の編集もあるわで、結局、連れ合いのものしか聞けなかった。西山上人証空と親鸞聖人の獲信の構造と、その表現というのがテーマだった。どうしても、扱う主が証空と親鸞の二人がいて、しかも構造と、門弟への教示という二つのテーマがあるので、いろいろと拡がったり、疎かなになったする中で、どうその共通点を探っていくのか。
残り4ケ月。正念場はこれから。まあ、頑張ってください。
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