『妻の貌(かお)』
『妻の貌』を観る。
「日本映画史に特筆されるべき傑作」とまで、絶讃する評論家もあった。たしかにこの蓄積、執念はすごい。でも、映画としては、ぼくには、正直、どう評価していいか「わからんのんよ」である。映画というより、記録映像としてのすごさに心動かされた。世界にも例を見ないような、被爆者とその家族の“歴史”を記録した貴重なドキュメンタリーではある。
プロではなく、アマチャア(プロ級だ)が、およそ半世紀にも及ぶ、家族の日常が記録されている。劇場映画としては、ハッキリ言って作りが粗くて、映し出される内容も、一点を除いて平凡な家族の風景を撮られた記録なので、下手をすると、知らない家族の、とてもうまいホームビデオを見せられ続ける覚悟が必要なところもある。ナレーションも、撮影者である夫が担当。彼は、広島八幡の造り酒屋の川本酒造の社長で、息子も近くの場所で川本歯科の開業している。自宅も立派で、裕福なのがよくわかる。
見覚えのある風景だと思ったら、JRの五日市駅がでてきた。そこから山手に車を走らせた佐伯区八幡が舞台なので、法座会場(薬師ケ丘)とは隣町といっていい。これだけでも、かなり親しみが湧く。
広島は、妻の故郷なので、ぼくにも縁の深い地。実は、義母もこの映画の主人公とは、同じ立場の人だが、おかげさまで元気に暮らしている。
一点を除いてと記したのは、被写体の妻は、ヒロシマの「被爆者」である点だ。原爆症で苦しむ妻。別に外見にはなんの外傷もない。しかし、甲状腺ガンが静かに進行していたのだ。突然の虚脱感や倦怠感に襲われ続ける60年間。常に、後遺症に苦しめ続けられている。
同時に、ある種、普通の家族の、文字通り成長の記録でもある。子供が誕生に結婚し、孫が誕生し、そして成人していく…。他人様とはいえ、なにか感慨深い。また、病気を抱えた妻が、100歳になろうかという姑を、細々しく自宅介護している。老々介護ならぬ、病老介護だ。多くの家族に温かく見守られる老婆の姿か心撃つ。そして葬儀を迎え、法事の準備がある。夫(男の立場からの)無神経な質問に、姑でありながら介護することで、感謝され、頼られ続けたことが彼女の生き甲斐であったことが窺えるシーンもいい。
そして、誕生祝いがあり、正月があり、お盆があり、入学祝いがあり、ありとあらゆる日常があり、当時に、平凡な幸せ背後には、常に原爆の影が忍び寄っているといっていい。
彼女が、アイロンをかけながら、原爆詩「慟哭」の朗読と重なるシーンは、ちょっとジーンとなった。
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