« 『バオバブの記憶』 | トップページ | 『精神』 »

『ヴィニシウス~愛とボサノヴァの日々』+『ディス・イズ・ボサノヴァ』

 外の雨を眺めながら、「妙に蒸し暑いですね。なんか香港の夏みたいだわ」と、カフェのママがつぶやいた。「香港みたい」のフレーズをもう一度口ずさんだ。でも、ぼくは、夏の香港は知らない。トランジットで立ち寄った時は、冬だった。だから、「ああ、そうなんですか」と、曖昧な返事。香港を知らなくても、この不快感は共感できる。もう8月だというのに、いまだに雨が続いている。まだ降ってしまえば涼しくなるのだが、降り出すまでの飽和したジメジメ感はなんともいえない。同じ梅雨の湿っぽさでも6月頃はまだ涼しい日もある。でも、この蒸し暑さが加わった不快感はなんともたまらない。せいぜい、ここは南国のリゾート地だと錯覚したいのだが、周りには無粋なコンクリートの塊しかない。

Vinicius_01  うーん、こんな季節は、やっぱりボサノヴァで気分転換だなと思っていたら、ちょうどいい映画があった。『ヴィシニウス』~愛とボサノヴァの日~を、楽しみに出かけた。

  コパカバーナが見事な夕焼けに染まっている。ああ、きれいだなー。おお、かっこいいなー。うーん、素敵やなーと、冒頭に感じたままの、そんな音楽映画だ。

 シートに身を委ね、始まる瞬間のワクワク感が、いつも好きだ。ましてや、導入部分が素敵だったり、美しかったらなおさら。さらに、音もいいとうれしくなる。だれもかれも、ギターの名手が登場するぞ。この臨場感は、ちょっと自宅のテレビ画面では味わえない。

Bossa  1950年代後半、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトらとともに、ボサノヴァ-"新しい傾向"という音楽スタイルを生み出した立役者の一人が、ヴィシニウス・ヂ・モライスだ。2年前の夏に上映された、『ディス・イズ・ボサノヴァ』という音楽映画では、彼らをボサノヴァ黎明期の三大巨人として取り上げられていた。この『ディス・イズ・ボサノヴァ』は、いまや巨匠で、その名もずばり、『ボサノヴァ』というアルバム(ぼくの持っている同タイトルのCDは、1stと、2ndアルバムが、1枚に納まったお得用だ)でデビューした、ボッサの生き字引みたいなカリロス・リラとホベルト・メネスカルを共同プロデューサーを迎え、ボサノヴァの前史や誕生秘話などに加えて、さまざまなアーティストが登場する、いわばボサノヴァの歴史を紐解く音楽ドキャメンタリーだった。

 本作では、そのヴィシニウス・ヂ・モライスを、フォーカスしたものだ。音楽好きじゃなかったら、そんな名前聞いたことないでしょう。でも、ジョビンが作曲し、モライスが作詞した「イパネマの娘」は、「ジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツ」の共演作品などによって、世界でもっもとよく知られているヒット曲のひとつになている。まあ、いまでも、夏になると、多くの人がこの曲を耳にしているよ。作詩だけでなく、オスカーに輝いた『黒いオルフェ』の原作や、フランス映画「男と女」のオリジナル曲の提供するなど、まさに多彩な分野で活躍している。後には、トッキーニョ (Toquinho)やバーデン・パウエル(Baden Powell)などのミュージシャンたちとの共作で、ボサノヴァに留まらず、それ以前のジョビン作品から進化し、サンバやアフロ・サンバといった土着的な感覚に重きを置いた、個性的な音楽を送り出している。また、自ら歌手として舞台に立てば、独特の味わい深い歌声が世界中で人気を博すことになる。いまは、彼の歌手としての作品は、それほど多くは出てないいが、たとえば、ギタリストとしても有名なバーデン・パウエルとの共演作『アフロ・サンバ』は、なかなかの名作だ。いまも聞きながらこの記事を書いているが、歴史的評価も高い。

 ところで、彼の才能は音楽の分野だけには停まらない。彼の経歴も、華やかなものだ。
 まずは出発は、ブラジルの高名な詩人として、数十ケ国で翻訳されるほどの名声をもっていた。だから、彼が俗な音楽に傾斜することは、大衆迎合だと批判されたほどだ。
 しかも、実力ある外交官として、ブラジルの国連大使まで勤めているのだから、これもかなりのキャリアだ。 ただし、後にブラジルの軍事クーダテーでの独裁政権が誕生してからは、彼の左翼的で思想や、自由奔放な言動・行動が嫌われて排斥されている。逆に、世界的な音楽家としての活躍の場が多くなったのではないか。

 また、私生活でも、まったく一筋縄ではいかない人だ。なんと結婚を、9度!も繰り返すほどの「恋多き男」だ。これが、サブタイトルにもなっているが、「愛の日々」であろう。常に、情熱的で、真剣に愛し合い、そして正直に、そして自由に生きたのだ。60歳を過ぎてからでも、なんと5度も結婚や離婚を繰り返し、時に18歳の娘を誘惑し(こりゃ犯罪に近いぞー)、また生涯で、5人の子供も設けているのである。さらに、女性と音楽の他に、彼の愛したものが、酒、特にウィスキーだ。まさに、音楽と女と酒との日々。それでいて、金に無頓着-といようりかなりの経済音痴で、さまざまな奇行も語られていた。

 そんな多種多彩な彼を表現するのに、映画は大きく4つのパートで構成されて、それらが交差しながら、この巨人の姿を浮き彫りにしていく。
  ひとつは、男女二人の俳優による、舞台上で、芝居のように彼の詩を朗読するパート。もうひとつは、現代の若手や中堅ミュージシャンによる、彼の作品のライブ風景。これは短めながらよかった。そして、彼も含めて、伝説の巨人たちの貴重なライブやインタビューを治めた、アーカイブ的な映像。そして、一番のメーンは、彼をよく知る、友人、家族~元妻や子供たち、そして現代も生きている伝説的ミュージシャンへのインタビュー部分だ。この顔ぶれがすごい。シコ・ベアルキジルベルト・ジル、そしていまや非英語圏の音楽シーンに最大の影響力があると言われるカエターノ・ヴェローゾ、さらに、彼との密接な共演や共作をして、大御所たち、トッキュョに、エドゥ・ロボに、そしてカリロス・リラなどなどが、時にユーモアをまじえ、時にギターを奏でて、楽しそうに彼を語る。彼らの楽しそうで、幸せうな姿こそ、彼の本質なのかもしれないなー。こうして、最高にcool で、最高にhotな音楽が生まれてきたのであろう。

 最後のオチが最高だ。多くの女性と関係をもってきた彼ならではのウィットに富んだ一言だ。どんな男性ももっているコンプレックスなんだーな。もう少し大きくか。

|

« 『バオバブの記憶』 | トップページ | 『精神』 »

音楽」カテゴリの記事

映画(アメリカ・その他)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『ヴィニシウス~愛とボサノヴァの日々』+『ディス・イズ・ボサノヴァ』:

» 世界に誇るバカラが入荷したんですけど・・どうします!? [Net Market]
クリスタルグラスは、世界各国の王室や元首もご用達のクオリティ。バカラを所有できる者こそ、真のこだわりと上質を実感することができるはず。 [続きを読む]

受信: 2009年7月30日 (木) 14:26

« 『バオバブの記憶』 | トップページ | 『精神』 »