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2009年6月の27件の記事

トラブル

  終日、ココログで障害が発生し、どこも閲覧も出来ない状態が続いていた。午前中に、メンテナンスがあるとの告知があったが、それは予定を少しオーバして、午後1時に終了したとの記述が出ている。でも、ぼくのところは、閲覧も、書き込みもまだ出来ない状態が続いていて、「メンテナンス中」との表記。

 ご承知のとおり、先日、華光会Hpからの閲覧する時にトラブルが発生したところだったので、ちょっと心配したが、これは完全にブロバイザーの問題だ。3年前にココログを始めた頃も、ここはよくトラブッていたが、いまもトラブルがたまに起こる。どうにか、閲覧の方は夜には解消したようたが、管理ページへのアクセスは無理で、書き込みが出来ない状態。もう今日は諦めようと思ったが、コメントは入りだして、夜10時前にはほぼ回復した模様。でも、携帯からは今もまだアクセスできないようだ。やれやれ。

 ほんとうは、1972年10月の南米ウルグアイの航空機(正確には軍用機仕様)が、アンデス山脈で墜落事故が発生。捜索が打ち切られ、食料もない厳冬の山岳地で、72日間(2ケ月半だ!)も、生き延びた驚異のサバイバル生活と、その裏 にあった現代人(特にキリスト教圏内)の最大のタブー(アンデスの正餐)を、生き残った16名の男達の35年ぶりの証言をつなぎあわせたドキュメンタり、『アライブ』~生還者~に触れる予定だった。とにかく、壮絶。かつ考えさせられるが、これはまた後日。

 ほんとうは、たいへんなトラブルが2件あったが、まあそれは機会があれば……。

 そうそう、もう630日。2009年もちょうど半分! それにしても、蒸し暑いなー。Img_6179和菓子屋さんに水無月が並んでいた。なんとも涼しげ。6月の和菓子の代表だ。といっても、今日のおやつ違った。かわりに、結婚式の引き出物でいたいだ、レモンケーキを食べた。別に涼しげではないが悪しからず。

 華光誌か完成してきた。発送は7月2日。お楽しみに。

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ポカ

 1年一度の東海支部の蒲郡法座。

 新幹線を利用する法座では、断然、名古屋は近い。37、8分で到着する。

 新幹線の座席に座って、法話の教案を調べようと荷物をみたら、ファイルが見当たらない。一瞬、ドキッとした。いやいや、カバンの中じゃなくて、土産用の紙袋に移したんだと思って、棚から紙袋を降ろす。でも、入っていない。もう一度、カバンを確かめてみたが、やはりない。「あ、どうしょうー」。

 記憶を蘇らす。

 確かに一度はカバンに入れた。それは、ハッキリと覚えている。そうそう、初めての方が参加されるので、その方用に法座案内と、パンフレットも持っていこうと事務所に取りいった。子供大会のチラシなどと一緒に、教案のファイルにいれようと出した。でも、もう一度入れた。ここまではハッキリ覚えている。でも、次ぎに法衣を入れたら、ちょっとグチャグチャになったので、荷物を一端出して、つめ直した。そこもまだ覚えている。でも、そこからが時間が迫ってきて、バタバタしだして、記憶がない。そうそう、荷物のあった部屋に忘れ物はないのを確かめている。そうか、玄関だ。新幹線の中ですぐに出せるように、紙袋の方に入れ直そうとして、ついでに、聞法旅行のチラシのコピーもあったので入れようと戻った。きっとその時じゃないかなー。いや、待てよ、もしてかて……などとハッキリ思いだそとしたが、思いだせない。第一、いくら正確に思い直したとしても、忘れたものはもう戻らない。玄関先だろうが、部屋だろうが、いまはないものはないのだ。

 それより、いまの対応だ。どうする? グルグル頭の中がめぐりだす。

 電話して、FAXを入れてもらおうかとも思ったが、今日の教案は、信巻の「アジャセ王の廻心」のところを現代語訳で読むのがメーン。量が多い。

 M家に、「聖典」はあるから、現代語訳がなくても物語を追い掛けることは出来る。でも、あの訳の言葉がいいのだから、それではちょっと残念な気もする。ほかの教案にするか。いや、M家に、現代語訳『教行信証』があれば、なんの問題もないんだ。でも、あるかなー。F家なら間違いなくある。一応、寺院でもあるので、M家にもあるだろうが、ない時はどうしょう。一応、対策を考えておかんとなー。その場合は、『歎異抄』の第2章にするか。でも、皆で輪読するには、テキストのコピーが必要だし、すぐに、「サークルK」にコピーに走ってもらわないかんなー。いや、やっばり今回は、そちらは無理かー。

 もうあると信じよう。現代語訳さえあれば、別に問題はないのだから…。

 でも万が一ない場合はー。なにか顔ぶれみながら、別の教案を話そうか。その時は、向こうで考えたらいいか。このところの味わいをまとめてもいいしなー。でも、一応、メーンになる話は、どうする。熊本で話したら、「タネ」の話しでもいい。ああ、あれにするのならネタ振りの小道具もってないなー。

 もういろいろと頭がめぐる。

 昔、よく父は、法話の枕詞のように、「多忙で、法話が考えらなかった」から、法話が始まっていた。ほんとうに、いつも恒例だった。ぼくも、それを真似たのか、同じことを言っていた時期があった。確かに行事の前にバタバタして、たいへんだったのは事実だが、あるとき、あまりにも毎回だと、皆さんに失礼な気がしてきた。だから、いまは自分の事情などを言い訳にするのは、よほどでない限りはしたくない。まあ、そんなときもあるだろうが、与えてもらった貴重な時間なのだから、たとえうまく考える時間がなくても、うまく組み立てられなくても、「忙しかった」を言い訳にしたり、甘えたりしないで(もっと前から準備をしない、自分に責任があるのだからなー)、そんなときでも、精一杯、お取り次ぎをさせてもらうしかないと、腹を括るようになったのだ。

 そう思うと、まあなんとかなるだろうという気がしてきた。そうして、散り散りに考えめぐらすうちに、名古屋駅。それから、同じ時間、在来線に乗るのだが、もうその時は、持ってきた新書を読むことにした。

 こんな時、携帯がないのはちょっと不自由だ。到着して、M家でいちばんに尋ねた。「本山からでている、現代語訳『教行信証』ある?」。 「えーと、あると思いますよ。」との返事。おお、希望の光り。一緒に、本棚を覗く。ある、ある! なんと、ソフトカバーに、ハードカバーものもと、2冊も所持されている。聖典シリーズは全部そろっている。さすが、エライぞー。見直しました。

 こうして何事もなかったように、ご法話は済んだのでした。
 おしまい。

 おーい、内容書けよー!

 ちなみに、ファイルは、玄関先の下駄箱の上に、しっかり、くっきり残っておられました。法座案内や子供大会のチラシと共に…。

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チャペルでの挙式

Img_6104 博多での同人の結婚式に出席して、さっき帰ってきた。

 子供大会出身者の九州縁者4名と、ご一緒した。

 長いお付き合いの中で、気が置けない仲間だ。顔みるなり、「また会ったなー」と、お互い笑った。確かにー。熊本、京都、広島、そして福岡と、4週続けて顔を合わせている。

 生まれて初めて、キリスト教式の挙式に出る。

 これまでの結婚式は仏式ばかり。もちろん、神前式をあげImg_6117_2 た方の披露宴から出席したことはあるのだが、挙式はない。かなり世間とは逆だろう。

 もちろん、法衣、念珠で、ホテルのチャペルにはいった。今回は、新婦側の主賓でお招きいただいているからだ。

 また若い、日本人の神父さん。長髪で、なかなか男前。自然な笑顔でフランク、しかも堂々と、わかり易く説明をされた。やんわりと禁止事項(携帯や私語、そしてすべての撮影)も話される。皆さんが、新郎新婦と心をあわせて、厳粛なムードを作っていくのである。ホテルの中とはいえ、神聖な場所だ。ぼくとしとは滅多にないことで残念だっだのだが、撮影禁止をうまく言われたところは、なかなかきっちりされていた。

 一言でいうとすごく慣れておられる。たぶん、ルーチンの繰り返しなんだろといったら身も蓋もないが、聖書の言葉も、吉野弘の「祝婚歌」を引かれた短い説教(ぼくは真宗の方の説教でも、この詩を聞いたことがある)も、言葉ではなく黙祷を進められたりするのもわかり易くて、かなり好感をもった。その態度がさわやかだ。

 勉強になった。ぼくも、見習って長髪にしよう!(いまさら無理か)。

 となりで、S子が大声で「賛美歌」を歌っている。知ってるのかと思ったら、まったくムードであわせているだけで、コーラス隊と合わずに、はずれまくっている。その隣が法衣姿のぼくだ。まったく、変な組み合わせ。そのS子も、さすがに「アーメン」とは言わなかった。

Img_6126 ぼくの式でのあいさつは、羽栗先生の、ぼくたちを生を、ご恩のあとを振り返ることなく、だだ前を向いて走る列車にたとえた話。前ばかり見て進んでい るが、でも、その行き先はしらない。いま、まったく違う路線を入っていた二人の線路が交差したわけだが、結局、「死ぬ」ことに向かって、いまがよければよいと生きていても空しい。その行き先を定めさてもらわImg_6124ないなとー、といった内容かなー。

 留め袖姿の新婦の母親のジャズピアノの生演奏 での新郎新婦の入場。最後の新婦のあいさつも感動的。いろいろな経験を経てImg_6141 聞かせてもらう、親のご恩徳。 

 今夜は京都で途中下車の身。

 明日は蒲郡での東海支部法座にImg_6176 出かける。

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『愛を読むひと』

 『愛を読むひと』を観た。

Img_6100  甘いタイトル、男子高校生と40歳を前にした年上の女性との20歳以上離れた禁断の恋、そして朗読される小説群…。この程度の予備知識しかなかったので、かなりメロな女性映画だろうと甘く見ていた。ただ、ケイト・ウィンスレットにオスカー(主演女優賞)をもたらし、作品賞にもノミネートされているのだからと、食わず嫌いせずに鑑賞。でも、本命は、2本目の『レスラー』だったので、ちょっと前座の気分だったが、これは収穫大。

 冒頭、中年の男(レイフ・ファインズ)が、同居中の女性と小さな諍いを起こす。彼はこれから別れて暮らすひとり娘に会いにいくのだという。路面で電車を眺める彼。

 それは、若き日のある年上の女との出会いの場面だった。

 物語の前半1/3は、なんとなく予想どおりの展開だ。ケイト・ウィンスレットの、やや薹が立った感が、15歳の若い肉体と絡んで、かなりエロい。職業は、路面電車の車掌。制服の着こなしひとつにも、規律ある性格が窺える。でも、この年上の彼女には陰がある。明らかに人に言えない秘密があることは分かる。彼も、単に年上の女性の魅力だけでなく、ミステリアスな雰囲気にも引かれたのだろう。その陰がかなり気になる。

  そして、彼女が、この若い男に望みことは、彼の肉声での小説、物語の朗読だ。肉体的な関係よりも、それが第一であるかのようだ。

 ある日、二人は楽しいサイクリングに出かける。母と子で間違えられたレストランで、そして子供たちの無垢なコーラスに懺悔に似た涙を流す教会で、彼女の秘密の伏線が引かれていくのだか、二人の至福の時である。

 そして、「何故、ドイツなの?」と疑問があった。米国では字幕付の映画は人気がない。ハリウッド映画は、三国志だろうが、ダライ・ラマの実話だろうが、すべて英語で進行する。もちろん、これもそうだ。「ドイツ語で読んでみて」とヒロインにせがまれて、彼が英語で朗読する場面がある。まあ、ぼくにはどちらの言葉も分からんのだが、なんとなく不自然だ。もし単なる禁断の恋ものなら、舞台はアメリカでもイギリスでもいいじゃというわけだ。

 でも、そこに深い意味があった。彼女の陰のある秘密も、終戦後のドイツが舞台でなくては成り立たない話なのだ。

 物語の中盤、1/3は、予想もしていなかった展開を経る。

 ここからは徐々にネタバレになので、要注意ね。

 たったひと夏の甘く情事は、突然の終わりを告げた。彼女の突然の失踪。(実は、車掌勤務から事務系への栄転が原因だということが、後のわかる)

 そして、8年後、法科の大学に進んだ彼が、予想外の場所で、彼女の名前を耳にする。授業で傍聴した法廷の被告人のひとりとして彼女が立っているのだ。実は、戦時中、ナチ親衛隊として、ユダヤ人強制収容場の看守だったという、衝撃の事実だった。それは、貧しさがゆえの、生活のための職業だった。しかし、戦後、そこでの不幸にしておこった残虐行為の責任を一身に問われて、彼女は被告席にある。

 アウシュヴィッツ収容所跡に彼が立つ映像が挟まれる。明らかに、彼女は加害者である。不幸なユダヤ人の大量虐殺の事故現場にも立ち会ってしまう。一方で、彼女もまた、生活をかけ、無知なるもの、無学なものが、上官に指示された命令を忖度し、その範囲での責任を果たしたことが、現在、戦争犯罪として問われていくのである。

 まさに、「さるべき業縁もよおさば、いかなるふるまいもすべき」身なのである。  

 時に、ユダヤの子供たちにもやさしく接し、自分の寝室で朗読をさせていた彼女。その責任者ではなく、幇助(ほうじょ)者にすぎなかったのだか、しかし、絶対に守りたい小さなブライドのために、すべての罪を引き掛けることになる。そこまでする必要があった、彼女の決して誰にも知られたくない秘密とは何か。

 突然、彼の脳裏に、彼女との思い出がフラッシュバックする。そして彼にも隠していた彼女の秘密が一瞬にして分かるのだ。彼には、彼女の量刑を軽減する確かな証拠が分かる。

 しかし、彼には、彼女にそれを告げる勇気がなかった。

 結局、無期懲役の実刑。

 そして、物語のラスト1/3は、思わぬ形で始まり、終焉し、そしてまた新たに始まっていく。

 数年後、服役中の彼女の元に、突然、いまや弁護士となって活躍する彼からの思いがけないプレゼントが届く。

 それは、彼自身の贖罪でもあるかのような、肉声の朗読テープであった。

 決して、現実に再会することはないが、壁を隔てた、テープだけつながる二人。

 彼女は、そのことで勇気づけられ、成長し、学び、立ち直っていくのだが…。

 しかし、現実が迫ったとき、そのことで彼女の上に、最大の悲劇をもたらすことになる。でも、ここまで見て来ると、彼女の選択は予想がついた。

 結局、彼がすべてを受け入れ、やっと肉親とも向き合う決意をするのは、その後だ。それにしても、大きな犠牲の上にあったのだなー。

 そうか、一見、無知な彼女の成長物語に目を奪われたけれど、実は年上の女性の大きな犠牲によって、ひとりの男の子が、ほんとうの意味でやっと大人になっていく物語だったのかもしれないなー。

 

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さーあて、週末のケコウさんは…

 かりもんです。ここ数日、すっかり蒸し暑くなりましたね。雨は、まだまだこれからなんでしょうが、今日は、強い日差しが照りつけて、印刷所に歩いて出かけたら、ちょっと疲れました。運動不足を実感。ウォーキングをさぼってるしなー。さあ、子供大会に向けて、体力強化だ。

 1)さて、その「仏の子供大会」案内状の版下が出来たが、一足早く同人の方には、PDFでご覧いただける。http://homepage3.nifty.com/keko-kai/doujin.download.htm

 今年は、5つの間違いではなく、「おや、へんなものを持ってきちゃいけないよ。」のマンガに変わった。でも、華光同人専用のページなので、音声を聞くのも、案内をみるのも、パスワードが必要。ご存じない方は、華光会館までお問い合わせください。(容量の関係などで、同人会員のみのサービスです)。
 ご覧いただけなくても、7月1日発行の華光誌に同封さるので、ご心配なく。

 2)北陸支部法座 

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/06/hokuriku2009-6.htm

 日時:6月27日(土)~28日(日)

 会場:金沢市「犀川荘」

 講師:増井悟朗先生。富山出身のT女史もご一緒です。

 3)東海支部法座 

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/06/toukai2009-6.htm

 日時:6月28日(日)昼1時30分~5時
 (午前中も、10時~12時に、高山のF氏などを囲んでの信仰座談会あります)

 会場:愛知県蒲郡市「元徳寺」

 講師:増井 信師。早めにテーマをあげているので、「アジャセの廻心」になっています。いまの気分は、どう考えても、広島で取り上げた『歎異抄』の第2章なんですが…。

 月曜日にも、有志で、カウンセリングかなにかの集いを計画したのですが、これが急な予定だったので、人数が集まらず流れてしまいました。今回は、残念。 

 4)日曜礼拝 

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/06/nitirai2009-6.htm

 日時:6月28日(日)昼1時30分~4時30分

 会場:華光会館

 内容:法話の担当は、京都のT氏。大人も、子供も、お参りいただけます。
 最近は、七の保育園関係の年長クラスの子が多いです。あとは、ゆうこ関係で、龍大の真宗学の学生さんも急増中。いろいろと味わうことあります。

の3本です。

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想定外

  『仏の子供大会』の案内状の作成をする。

 午前中に版下を仕上げ、印刷所にもっていく予定で作業。午後は、聞法旅行の案内もつくる予定でいた。

 作成はすごぶる順調で、すぐに印刷となる。ところが、パソコンのネットワークがうまく作動しない。あれこれ確かめてみたが、どうも原因がわからない。無線LANも、プリンター自体も作動し、それぞれのPCは機能している。問題はPC同士のネットワークの部分。こんなときは、すこぶる単純に配線や接続の問題だと思ったので、裏に回って、いろいろ試したが、一応はどれも正常につながっている。結局、お手上げで、午後からmanu.にご足労願って調べてもらった。で、やはり原因は配線のところ。ちゃっとつながっているのはいたが、何らかのトラブルがあったようで(でも原因は不明)、うまく認識されていなかったようだ。再度つなぎ直し、再起動したら、すぐにOK。さすがに餅は餅屋。

 でも、今度は、プリンターの紙の配給部分がトラブル続出。これは消耗部分なので、仕方ない。なんとかだましだまし、やり直しやり直しで、やっとこさ完成。カットを加えて、印刷所にもって行くだけと思ったら、フラフラと急な来館のM師登場。

 10月24、25日に、兵庫県の本派のお寺での出講依頼をうけているシンポジウムの説明と、刷り物の原稿依頼。シンポは、亀井鑛先生を司会に、(最初の計画では、張偉(チャン・ウェイ)師の名前もあがっていたが)、結局、北九州の外松太恵子先生と、ネパールのソナム・フンディ・プティア師とご一緒することになった。この方の独特の人選なんだが、まあぼくだけ唯一、裏街道の人ですがね。いいんかね。でも、こんな形のシンポにお招きいただくのは初めてなので、楽しみは楽しみ。初対面の方ばかりで、緊張もするだろうが、法座じゃないので、こんな気楽なことはない。

 で、いろいろと意見交換などしていたら、約束していた白馬社の社長さんが来館。

 予定より若干遅くなったが、どうにか形になってきた、「三帖和讃・講讃」。タイトルも決まった。

 でも、これが想像以上に作業が難航した模様。悟朗先生の緻密な力作で、ブリントをそのまま書籍にするには、難しい点が多々ある。ページに收めるために、文字も13級(9ポだがすっきり小さめ)と、かなり小さい。550頁を超すものになる。

 とりあえず、浄土和讃のところだけを受け取った。小見出しが、その部分、部分で細かく分かれて、階層化が構成できなくるという問題点がおこっている。つまり、番号が、ドントン細かくなって、浄土和讃-「(1)-(一)-Ⅱ-(イ)の(a)88番 四、弥陀成仏の…」といった具合で、このままだと、その番号がもともとどこに対応しているのかが、さっぱりわからなくなるのだ。ブロックごとでは統一されているので、プリント毎で見る分にはよかったが、一冊の本になると、統一がとれない。それに、浄土和讃では、「左訓」まで細かく対応しているが、高僧和讃以下はなくなるなどの問題や、高僧和讃以下のほうが、小見出しがますます細部していくなどの問題もある。

 最初から、一冊の本を想定していたわけではないし、番号等は統一されていても、その都度、その都度の約束もあって、これを統一をはかるのは、なかなか厄介な作業だ。

 親鸞さまの三帖和讃も緻密な構成をもっているが、それを説いてくださった悟朗先生も、緻密な性格の持ち主。きっちりした手書きで、こまかくルビや左訓まで丁寧に書かれているので、活字化するだけでもたいへん。でも、それだけ、読みごたえのある、しっかりしたものになっている。

 浄土和讃を受け取り、どう統一せさるのかの問題と、校正作業にはいる。とりあえず、分科(構成)のところですべて統一して、そこで番号や見出しを振り分けて、本文は、統一通番だけで進めることを提案した。あとは、1ケ月をメドに、その線での手直しをしないといけない。校正も、かなり集中しないといけないが、これを機会にしっかり三帖和讃を勉強させてもらえそうだ。

 7月末に高僧和讃、8月末に正像末和讃と続くのだから、うまくいけば、11月の華光大会にお披露目も可能かもしれない。とにかく頑張ろうー。

 今日は、想定外のバタバタで、聞法旅行の案内状まではできなかった。

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ご馳走

Img_6065 誕生日の祝いに、家族で食事に出かけた。

 三条烏丸の新風館にある「Img_6066 たわわ」という京野菜を中心にした創作料理のお店。

 ご馳走だった。新鮮な京野菜を使ったコース料理をいただいたが、リーズナブルな設定なのに、満腹。気に入ったなー

 まずは、Img_6067 1シンプルな京野菜のサラダに始まって、

2 オーマル海老のフランImg_6068_3

3 えんどう豆のポタージュスープ、

4 空豆とシュリンプに 湯葉のクロケット。

Img_6071_2 5 ハモと賀茂茄子のボワレ(これソースが美味)。

6 ブタ肩肉と、いろいろな京野菜Img_6072

の組み合わせ。

7 デザートは、ティラミス。

Img_6076  自家製パンも、有機栽

Img_6080

培のコーヒーもおいImg_6082しかった。

今夜は写真だけで手抜きです。

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父の日

 父の日。

 広島からもどり、十条駅から歩いていると、会館から子供たちが走って迎えにくるのが見えた。

 「お父さん、いつもありがとう」。二人は小さなプレゼントを抱えていた。

Img_6058  保育園で、父の日用に作ったもので、彼女の手作りの部分もかなりある。

 あとは、普段、ペットボトル製品は買わなようにしているので、家から子供が使わなくなった「ペコちゃん」のかなり可愛いタンプラーを持参している。そこで、上の子が選んでマイ・ボトルのプレゼント。お小遣いで買ってくれたようだ。さっそく映画観賞に持参した。

 「うれしいよ。ありがとうね」。

 ぼくの方は、自分では安めの洋酒しか買わない父に、高価ぽい(ぼいだけか)ブランデーを贈った。だいたいスコッチ派のようだが、たまにはコニャックでもいいだろう。ぼくは、洋酒はダメで、焼酎や泡盛が好きだ。でも、父は焼酎はまったく飲まず、日本酒派で、しかも温燗が好きて、そこに加えて少しウィスキーも飲むようだ。お酒の趣味は違うが、嗜む程度の可愛いものだが、酒好きなのは共通している。もちろん、駅横の例の酒屋で購入。ちょうど6月が誕生日なので、そのお祝いを明日することになっていたので、こちらは軽めである。支部長研修会の時の7日に誕生日を迎え、84歳になった。でも、まだ現役で、活躍中なのだから、脱帽である。

 その夜(京都支部の終わった夜ですね)、突然、「ランニングするわ」と、スニーカーを出して走り出した。あまりにいきなりではちょっと危なっかしい。月2~3回の自力整体以外は、運動という運動はまったくしていない。まあ、最初は、ゆっくりウォーキングするところからでどうかということになったが…。

 

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祖母と娘と孫と…三代×三家族集合 

Img_6054  広島支部一泊法座が終わった。

 新幹線で帰宅。もう夜7時を回ったところなのに、外はまだ明るい。

 梅雨空の雲の合間から、沈んだ太陽の残照が映えている。

 そうか、もしかして今日は、夏至なのか。一年でいちばん昼間の時間が長い日だ。

 夏至今日と、思ひつつ、シャッターを押しにけりだなー。

 別に何もない、新幹線の車窓からの風景。 

 その広島支部法座は、いいご縁だった。

Img_6047 お参りも多くて35名ぐらい。初めての方、久しぶりの方、遠方からもお参りもあった。いつものは、60歳以上の、しかも女性が圧倒的なのだが、今日は、珍しく20代の若いお参りも5名あった。1日目の夜には、福岡のK先生もおられたので、分級座談も開いてもらえた。それでも、男性はのべで4名ほど。宿泊したのは、ぼく以外には東京同人の男性ひとりと、黒一点。相変わらず女性上位の支部だ。

 そんな中で目についたのが、熱心なおばあちゃんを中心に、その娘(または息子)と、その孫娘と、祖母-娘-孫の三代揃い踏みでのお参りが、なんと3組もあったこと。同じ席に、世代のことなる老若がお参りくださる姿が、尊いではないか。おばちちゃんのお人柄やキャラといい、そして信仰といい、それぞれが一味違Img_6052 う。だから、親戚、家族からも一目置かれ尊敬され、お誘いされると、まったく真宗のご縁のないお友達や、まだ20代で、普通なら仏法になんの縁もゆかりもないお孫さんまでが、一緒にご聴聞されるのだ。

 それが3組もあったのだから、驚いた。さすがは安芸門徒、広島の地だ。

Img_6042  今回の法座で味わったこと、法話改めて考えたり、皆さんの言葉に動かされたりもしたが、詳しくは明日にでも。

 それにしも、ここに泊まると、広島市街が一望できて美しい。どんよりして分かりづらいが、遠くの山下に海も見えている。

 ちょうど雨もあがっていたので、昼休みに散策して、草花を少し撮影。

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人格変化?

  真宗カウンセリング研究会の輪読会。学生や院生が増えて、フレッシュな顔ぶれとなった。

   直接のテーマとは違ったのだか、文章にあった、「人格変化」という言葉をめぐり、ロジャーズのカウンセリングとの違和感を表明する参加者があった。 一般の宗教や政治がそうであるように、煽動されたり、治療されたり、洗脳されて、その人自身の個を失って、人が変わってしまうというイメージがあるのだという。

 この場合、問題になるのは、「人格」という訳語の持っている曖昧さにに起因しているの確かだ。しかし、「人格」のもつ定義の相違の話しで終わらず、その背景には、それぞれのもつカウンセリング観が垣間見られたようで、興味深かった。

 普通はpersonality(パーソナリティ)の訳語として、「人格」が用いられる。その場合、personalityという単語には価値的な意味が含まれていない。しかし、日本語の「人格」には、「人格者」という言葉があるように、価値まで含まれていることが多く、用語の定義を定めておかないと混乱を招くのだ。また、日本では、「性格」と「人格」とは、普通は使い分けられているが、英語ではpersonalityが両者を示すこともあって、この点でも曖昧な用語となっている。

 先日も、「カウンセリングを日本語で訳すとどうなりますか」と、尋ねられた。ご承知のとおり、この言葉にもビッタリした訳語がない。美容や育毛だって、「まずカウンセリングからどうぞ」で、始まる時代だもの。一般的には、相談や助言することがその広義の意味になるのだが、実際は、「心理相談」という言葉のほうが、より対応しているように思われる。でも、その訳ですべてかいうと、必ずしもそうではない。このあたりは、まだ難しい問題があるので、そのまま「カウンセリング」と使われることが多いが、そのことで、さまざまな誤解が生じているのも事実だ。

 同様に、このパーソナリティも、人格や性格と訳さずに、そのまま「パーソナリティ」と使われることも多くある。ロジャーズ全集では、「Personality changes」を、「パーソナリティの変化」と訳されている場合がほとんどだ。第13巻は、ずばり『パーソナリティの変化』。

 外来の新しい概念を、これまでの既製の言葉の範囲で説明しようとするので、さまざまな問題や誤解が生じて来る。その点では、日本は、新しい外来語を、聞こえるままにカタカナ語で使用するという便利なものだ。でも、近頃は、専門語~経済でも、科学でも、コンピューターでも~、横文字ばかりが氾濫して、ほとんど意味がわからないことが多い。

 これは、仏教の伝来からしてそうであった。インドからシルクロードを通って、中国へ。中国仏教は翻訳仏教だといってもいい。インドで生まれた仏教が、一度、中国で咀嚼されている。その点、日本では、常に中国の言葉-漢訳をそのまま読む(返り点や訓点をつけて)という、なんとも賢いというか、効率的で、ある種狡賢い戦法を編み出していた。言葉の翻訳をめぐる問題は、古くて新しいテーマなのだ。

 もちろん、人格の変化-Personality changesをぬいて、ロジャーズのカウンセリングを語ることはできないのはいうまでもない。 ところで、人格変化-Personality changesとは、

「個人の人格構造が、表層・深層両水準において臨床家が合意する方向へと変化することであり、すなはち、統合が増大すると、内的葛藤が減少すること、充実した生に使えるエネルギーが増大することである」と、ロジャーズは語っている。「臨床家が合意する方向」というのが、またひっかかるかもしれないが、とにかく成長と同義で使われていると見ていい。

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今週の広島一泊法座では…

 昨日、龍谷大学で国際真宗学会での発表のために来日されていた、女性の本派の開教師がご挨拶に見えた。初めてお会いする方だが、長年、父が米国布教に出かけ、その縁で育った米国同行のご紹介だった。ちょくちょく、北米からの同行がお見えになる。細々でも、こうしてご縁がつながっていくのが、有り難い。

 さて、今週は、広島での1泊です。だいたい、毎月、広島支部法座にでかけるが、6月は宿泊法座。お友達や、真宗カウンセリング関係、寺院関係の方など、初めてお参りくださる方が5、6名あり、また遠方からの参加も2、3名あるようで、なかなか盛況のようだ。

 4座あるで、教案は、以前から温めていた「歎異抄」の第1、2、3章を取り上げたい。しばしば、単独でこの3章をお話しているが、初めてまとめて味わっていく。たぶん、2章を初日、2日目朝に、3章、そして最後に1章の順番になると思う。声に出して読んでもらったり、輪読形式で話しあったりする予定。楽しみだ。

 もちろん、お聖教を覚える勉強や講義になったら面白くないのだが、ただ、自分の実感だけを大切に語り合っているのには、自ずとその限界がある。いま、ここの気持ちは、コロコロ変わるので、それを捉えて表現するのも大切で、きめ細かく関わると、拡がりも、深みもあって面白い作業なのだが、もしそれだけで終始したなら、聞法にはならない。いわゆる「聖教量」がないのである。いつもお話するのだが、自分で気付く自分を問題にするのではなく、ご法に照らされた、仏様に見抜かれた自分を問題にしていかねばならない。そう言うのはやさしいが、具体的にこれは仏智にあって始めてわかることである。だからそれまでは、自分では区別がつかない。それで、法座に出席して、座談会で発言して、先生や先輩同行に、その間違いを教えていただくのである。

 1)広島支部一泊法座

 日時:6月20日(土)13時30分・19時~21日(日)9時・13時30分(16時30分終了)

 会場:神田山荘(アクセスは、http://www.hiroins-net.ne.jp/kurkanda/access.html

 宿泊は申込みが必要ですが、お参りだけなら、当日参加もできます。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/06/hirosima2009-6.htm

 また、華光会館では、2)京都支部法座です。

 日時:6月21日(日)13時30分~17時

 内容:3月にあった講習会の最後の部分を中心に、増井悟朗先生から「二種深信」のまとめがあるそうです。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/06/kyoto2009-6.htm

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華光誌終わった!(実感とただ聞くと)

 華光誌が完成して、夕方、印刷所に渡った。

 2年前までの孤独な深夜の作業と違って、事務所2人の強力な助っ人かあるので、大いにはかどる。記事や編集がぼくで、製作がムラ君、そして校正がTさんというふうに、役割分担も、ハッキリしてきた。カットと表紙デザインが、ゆうこの担当。それでも、最後はバタバタして、2~3日は深夜までの作業になったが、ひとりですべてを抱え込まなくていいので、精神的に楽だ。どうにか予定どおりに渡せた。

 あとは、折り込み用の、「聞法旅行」(北陸法座)と「仏の子供大会」の案内状、それに『念仏の雄叫び』の広告の3点の作業が残っているが、とりあえず、本体が終わったので、一仕事終わった感があって、ホッと一息だ。

 進捗具合のところでも触れたが、今号は、インド仏跡の特集号となっている。見開きで、写真も掲載した。「カラーになりませんか」と、Tさんがいったが、残念ながら、そんな予算はない。カラーにすれば2倍近くの費用がかかるのだ。皆さんの感動や興奮の様子の記事を編集したり、写真を選びをしていると、新ためて仏跡巡拜の思い出が蘇って来る。いろいろと旅行にでかけるが、インド仏跡だけは特別な感慨があるのか、その後の余韻がいつまでも続く。

 ところで、インド感想集の中でも、他人の感激や法悦が気になる方の記事がある。ちょうど、「真宗法座の集い」の感想集で、求道中の方が、「実感」と、「そのまま聞く」といことで、興味深い告白をされている。詳しくは、お手許に届くのをお楽しみしてほしいのだが、それを読んで、いかに求める側と勧める側とのすれ違いがあるのかが、よくわかる。その分析は、なかなか面白く、一部は、まったくそのとおりだと思うのだが、根本の一点がかけていて、終始、自分に手の届く、感情や思考のところだけの「世間」のレベルの話に終わっている。そこをどれだけ真摯に追い掛けたとしても、絶対に、仏法は聞けないのだ。結局、有り難いものや、実感のある体験を確かに、そう感じられたら、聞法が進んでように「錯覚」していく。自力で求めているかぎりは、いや、それが自力の聴聞ということになるので、ことごとくそんな自分で築いた法悦は否定されていく。もっとも、近頃は、そこで「あの人に理解してもらえない」と歎いたり、傷ついたという人が増えてきて、お勧めが難しくなっているのも事実なのだが…。ともかく、仏法は、その世間を超えた「出世間」の世界、如来様のお心に貫かれるという話である。それは、貫かれたら、「実感があるのか、ないのか」という話ではない。迷いの自分を手がかりに計っても、けっしてわかるはずのない世界を聞くのである。

 だから、自分の善し・悪しを追い掛けないで、如来様が何と仰っているのかを問題にしなさいというお勧めになる。
 そうすると、だいたい「如来様の声など聞こえない」と仰る。
 そうではない。それを善き人の言葉として、ご意見としてお聞かせに預かっていくのである。そこからしか始まらないのだが、どうも「そんな簡単なことではない」との計らいで、そのご意見を聞かないで、相変わらず、自分の実感や感情と悪戦苦闘しているのである。

 「血は血で洗え」ず、「自力は自力で破れない」のだ。

 その上で、合わせて、ぼくの誌上法話の「全徳施名のこころ」も読んでもらうビッタシかもしれない。いま、まさに、わたしのこの耳にも、南無阿弥陀仏の響きが届いているのだから…。

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おさなごのつどい

 問題です。
 下記の○○さまは、どなたのお名前がはいりますか?

 「○○さまが、その一生をかけて説きあかされたました、仏さまの道は、日本国中はいうまでもなく、外国にまでひろがり、かぞえきれないほどたくさんな人たちの心に灯(ともしび)として消えることのない光りとなっています。

 さいわいにもわたしたちは、そのご縁に逢い慈しみにつつまれる身にさせていただいたということは、考えてみればみるほど、たぐいなき喜びだといわねばなりません。夢おろそかに思ってはならない尊いおめぐみです。いや、わたしひとりをお救いくださるために○○さまはこの世にお生まれくださり、永いご苦労をされたのであります。そう受けとらせていただいたとき、深いご恩が身にしみて感じとれます。

 今日は、その○○さまがお生れになったよき日です。

 「讃えまつれ今日のよき日、祝いまつれ今日のよき日を」

 わたしたちは、仏さまの前で両手を合わせ、心から○○さまのご誕生をお祝いし、お徳をたたえ、深いご恩をよろこばせていただきしましょう。」

 七が、突然、「浅き夢見じ 酔ひもせず」口ずさんだ。びっくりして聞いたら、「いろはうた」(曲つき)を園で練習しているらいし。

  6月15日、保育園から、東寺の弘法大師の降誕会(ご誕生会)で、「おさなごの集い」にお参りしてきてもらってきた、東寺のパンフレットから、転記した。昨年から、保育園が、園名どおりに東寺の傘下に入って、その行事にも参加するようになったのだ。

「いろはにほへと ちりぬるを
 わかよたれそ  つねならむ
 うゐのおくやま けふこえて
 あさきゆめみし ゑひもせすん」

「色は匂へど 散りぬるを (諸行無常)  
 我が世誰そ 常ならむ    (是正滅法)
 有為の奥山 今日越えて (生滅滅己)
 浅き夢見じ 酔ひもせず」 (寂滅為楽)

 そうやね、明日でも、明後日でもない。「今日」、つまりは「今」、有為の迷いの根切れをさせてもらって、二度と迷わない身にさせてもらうんですよね。

 もういうまでもないですが、○○さまの正解は、空海さま。

 前半部分の業績をカットしているですが、これだけなら、親鸞さまでも、法然さまで不思議じゃない内容。
 祖師讃仰のひな型でもあるのかなー。

 でも、聖道自力の道で不思議に思うのは、出家発心した修行僧はともかく、一般の在俗の信者の救済を、普通はどのように説いておられるのでしょうかね。

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日曜参観

 華光誌の編集作業があるので、日曜日を空けていたら、ちょうど日曜参観と重なった。午前中なら、どの時間でもよく、最後は親子で大掃除をして解散となる。

 4年生になって初めて参観に出かけた。

 これまで、歩き回ったり、騒がしい授業風景に驚くことが多かった。

 1ケ月ほど前も、教室でわが子の顔に飛んできたスリッパあたって、ちょっとだけ青アザになって、学校からすぐにお詫びの電話がかかってきたばかりだ。授業と授業の合間、自分の席で次ぎの準備をしてたところだったらしいが、結局、誰の仕業かもわからないままに終わった。たまたま目の上の額だったのでよかったが、もう少し下だったら、抗議にも行かねばならないところだ。

 聴覚障がい者が3名加わるので、先生は二人。共に3~4年目の20代後半の若い女性の先生だ。2007年問題があって、団塊世代のベテランが大挙退職した後、中間どころが空洞化して、20代の若い先生の採用が増えていく。だから、いま若い教員が多くなった。よく補助教員として、ベテランの退職した先生がつくようだが、わが子のクラスは二人とも若い。単級は、子供も6年間逃げ場がないが、先生にしても、大変だ。基本的に、その学年のことは一人でこなさねばならないからだ。

 一時間目の途中から覗く。まだ、始まったところで集中力があったからか、ずいぶん、みんな成長していて、イスに座って授業を聞いている。当たり前のことなのだが、ちょっと驚いた。

 2時間目は、算数。30名強の単級に、算数は、それを3クラスに分けて、10名ほどでの授業になる。そこに補助が随時、見て回るのだから、30数名を4名でみるとは、かなり手厚い体制だ。それだけ理解度や進捗度が異なり、厄介なのだろう。たぶん、この学年あたりが、次ぎへの大事なステップ、分岐点になるのかもしれない。バソコンやプロジェクターを使って授業が進んでいた。人数が少なくなった分、騒がしい子も目立つが授業の進行には差し障りはない。

 わが子は、3年生まで基礎体力もなく、気分的に塞いで、欠席がちだった、少し心配した時期もあったが、3年生の冬から、休まずに学校に行くようになった。何事も積極的にこなすようもなり、クラスの代表委員にも立候補した。部活は、卓球、クラブは、読書、あと月1回の課外で茶道もやっている。まあ、このあたりは、小学校なので、授業の延長。あとは、華光文化教室で、水曜日にピアノと、木曜日に書道を習い、土曜日はバレエに出かけている。バレエを始めてから、少しずつ体力がつきだした。いろいろと日常が忙しくなっているが、その分、自信をもって取り組めるようになったのだろう。

Img_6036 途中で抜けて、気分転換に一人ランチ。メーンは魚をチョイスしたので、甘鯛の香草パン粉焼き。ビネガーをまじえた山芋ソースとの相性もよかった。ここはひとりでも、ゆったり落ち着けるし、長時間でもOKなので、華光誌の原稿書きや校正の作業にも利用する。家でやるより、ずっーとはかどる。

 作業は、大詰め。水曜日には完了して渡したい。

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びっくりしすぎて(2)

http://www.geocities.jp/mwer8896/rupo/gosiki/index.html

 先程のエントリーの続き。あまりにびっくりして興味津々で調査。

 やはりありました。マニアはいるのもです。↑上をクリックされると、親鸞様のご生涯や法然さま、真宗の名場面集が立体的に味わえますぞ。

 まったく関係ない雑行雑種も、少しは混じっておりますが…。

 どの場面が皆さんのお気に入りですか?

 ぼくは、吉崎の肉食の面の「指バラバラ」の凝った演出、五劫思惟仏や聖徳太子も、なかなかのものでした。

 普段は、無料で入れるらしい。

 まじで行ってみたいかも…。

  ちなみに、信行両座で楽邦さんが演じたい、遅参する熊谷直実さんです。

Shin1

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びっくりしすぎて!

 朝から大詰めの華光誌編集作業。

 午後からは、華光誌輪読法座が5時まであって、すぐに、9月の北陸聞法旅行の打ち合わせ。いろいろと詰めがあって、2時間半ほどかかりました。

 そして、事務員さんも、つい先程まで残業中でした。

 いや 疲れたました。明日は、父親参観なので早寝しようと、コメントだけのつもりが、なんとなくネットニュースを見てビックリ。

 プロレスラーの三沢光晴選手の急死の記事。広島での試合中の事故死とのこと。同世代です。父じゃないので、いまは、プロレスのことは詳しくありませんが、三沢選手くらいは知っていたので驚きました。危険と背中合わせの商売とはいえ、志半ばでの痛ましく、悲しい事故。相手選手にも重大なダメージあるでしょうね。哀悼の意を表して「南無阿弥陀仏」。

 でも、あいからず、ぼくの自性は、「ヘェー」と驚いても、自分のことではなく、どこまでも人ごとの無常でしかありません。まさに無明の姿やね。

 で、たまたまその下のところに、「日本で唯一!? お坊さんのテーマバークが存在?」、というまったく聞いたことのない記事があって、すぐにクリック。

 親鸞聖人のテーマパークですか! 違った意味で、これにもビックリ。

20090611202621_00_400たぶん、信行両座とか、山伏弁円の像なんでしょうね。

怖いもの見たさに、ちょっと見てみたいきもしますが…。

東海地方の方、ご存じでしたか20090611202621_04_40020090611202621_01_400

  妙な宗教法人だったらごめんなさい。

 疲れすぎていて、こんな記事にも反応してしまいました。

 でも、こんなエントリーほど反応がある?

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『ダイアナの選択』

 評論家の評価は知らないが、『ダイアナの選択』は、ぼくにとっては、30本、いや50本に1本ぐらいの割で出会う傑作だと思った。

Dianasentaku_01  もしこの映画をこれからご覧になろうという方は、公式サイトは絶対にNG。結末を知っては意味がない。逆に鑑賞後に読んでみると、監督の意図がよく理解できると共に、投じられた石の波紋が、静かに広がるように、さまざな味わいや解釈が浮かんでくる。もっとも、分かった上で、その視点で二度目を見たら、また楽しめるだろうという深い内容だが、一度目は結末を知らないほうがいい。

 「結末は絶対に教えないでください」という映画は多いが、だいたいくだらん宣伝文句の場合が多い。でも、この映画は違うのだ。

 冒頭のタイトルの花のシーンからそうだが、丁寧なカメラワークと、ディテールにこだわった心理描写、効果的に象徴的なシーンを挿入した重厚な画面と、ドラマ性は申し分ない。それでも、結局、最後のどんでん返しをどう捉えるかで、評価が変わるかもしれない。だから、この仕掛けはある種の冒険かもしれない。ぼくも、ちょっと「エー」とは思ったが、徐々に、その余韻が味わてくると、その意図や仕掛けに感心させられる。

 だから、いまも結末に触れることは語らない。だから、いちばん書きたいことに触れられないのは、残念だけどね。

  閉鎖的で、保守的なスモールタウンで、多感な思春期をすごす17歳のダイアナ(エヴァン・レイチェル・ウッド)。ちょっとした尻軽女として、秩序からはみ出す彼女。その友人は、信仰心もあり、保守的な一面もあるが、同じ母子家庭という仲間意識もった大の親友だ。今日も、高校のトイレで、お化粧をしながらたわいのないおしゃべりに夢中。そのとき、教室から悲鳴と銃声が聞こえる。いじめにあっていた同級生による銃乱射事件が起きたのだった。修羅場とと化す校内。とうとう犯人は、トイレにも潜入して、二人へ銃口を突きつける。そして、迫る。「さあ、どちらかを殺すか」と、選択を迫られる。なんという究極の選択。そのとき、彼女がとった行動とは……。

 このシーンが繰り返し、巻き返し登場しながら、でも、そのたびにほんの少しずつ進んでいくことが分かる。

 物語は、この究極の選択のシーンを前後して、彼女の荒れた青春時代にもどり、そして15年後の現実世界での彼女の回想として語り口で語られていく(ように最初は思えた)。

 15年後のダイアナ(ユナ・サーマン)は、家庭を大切にする寛大な哲学の大学教授(ポール!)と結婚し、ひとり娘(エマ!)にも恵まれて、同じ町の郊外のボーチのある高級住宅街で、幸せな結婚生活を送っている。自らも美術史を教え、大人の女に成長していた。しかし、彼女の傷は癒えていない。繰り返し、あの事件の、あのシーンがフラッシュ・バックして、彼女を苦しめ続けている。彼女は、自らの選択によって、良心の呵責に苦しめられているのだ。

 銃乱射事件から15年を経て高校では、追悼記念式典が開かれようとしていた。

 タイトルは、「ダイアナの選択」だ。

 彼女が、選択したこととが何なのか。

 そして、この結末が何を伝えようとしているのか。

 哲学者ポールが、ウィリアム・ジェイムズの言葉を引用しながら、講演するシーンがある(明日、成りたいと願う自己こそが、今の真の自己だというような内容だったと思ったが、かなり忘れた)が、そこにも、彼女の選択する伏線が張られていた。

 「選択」、そして「良心」、この二つをキーワードにしながら、水や、花の開花など象徴として、物語は進んでいくのだが、一つの役を、二人の女優に演じさせる手法も、また意味がある。そうか、二つの人生なのか。

 それにしても、ヴァディム・パールマン監督の手腕はたいしたものだ。前作の長編デビュー作にして、いなきりアカデミー賞3部門にノミネートされた『砂と霧の家』は、人間の孤独と喪失感、そしてほんの少しの歯車の狂いがもたらす救いようのない悲劇をとられた、これもなかなか重厚な作品だった。見終わって、初めて冒頭のシーンのセリフの意味を知らされたりもした。

 フラッシュ・バックを加えて、時間軸をバラバラに解体しながら、今に迫っていく手法はなかなかのものだ。

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熊本・番外編(3)

 別にもうメーンは終わったけれど、熊本の余談編を少々と、写真を少々。

Main  仏青の集いが終わって、飛行機まで1時間ほどあったので、S子ちゃんと、近くの水前寺公園を散策mhttp://www.suizenji.or.jp/。正式には、出水神社なですね。 そういえば、お寺の住所も、「出水」だっImg_6033 た。門前には、名物の「いきなり団子」。昨日頂戴したが、妙な温かさが、なんといえない郷愁を誘う。熊本銘菓といえば、もう一つ、陣太鼓も有名なんだろう。今回は、食べ易いサイズのものがでていた。

Img_5961  一足早くきていた、仏青のメンバーを見つけ合流。ガキのように群れる鯉にエセをやり、たわいのない話をしながら、回遊式公園をざっーと一周。有名観光地のわりに、なんとものどか。土産物屋もなかなかレトロ。昔懐かしい、綿菓子機とか、記念メダルImg_5972 販売機とかね。いままだあるんやね。売店の品物もかなり昭和の匂い。でも、この終わってる感、ゆるさがよかったなー。

Img_5975   帰路は、熊本空港から伊丹への1時間ほどで到着。そのあとの、空港バスもS子と一緒。お互い疲れているはずのに、いろいろと語り合った。よく考えると、彼女との付き合いも長い。歴史あるものなー。彼女の親が、ぼくの仏の子供大会での先生役で、その彼女が、小学校時代からの仏の子供大会の常連で、それが、今では、先生を立派にこなしている。有り難いことに、小学校時代だけでなく、中学、高校、大学、そして社会人に成長した今も、まったく変わらずに、ご縁が続いている。だから、話が濃い。昔話や笑い話もあれば、今回の深い味わいもあった。求道中の悩みを分かち合い、今、今の悩みごとも聞いた。京都駅のコーダル・オンで夕食も一緒に食べて、またいろいろと分かち合って、お別れ。

  いやいや、お疲れさまでした。

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今週の法座と、華光誌進捗状況

  今、華光誌の編集の真っ最中。

 あと1週間は、集中した作業がつづく。

 誌上法話は、ぼくの報恩講の法座。例の一眼レフデジカメを購入する顛末記。われながら、例話が具体的で、かつ「損得」の得から、徳への展開が、なかなかいいなと自画自賛。つまりは、常に損得に一喜一憂している私達に、「大小あるお饅頭に、どちらがトクか」とのお示し。ここで、「トク」の意味が変わる。損得から、喜んで、負けや損をとる人こそ、実は「徳」があるという展開へ。それが、阿弥陀様。自分の成した善行もお徳もすべて、南無阿弥陀仏に封じ込め、惜しげもなく回向していださる。損得の秤では絶対に計れない心を、愚かにも凡夫の損得の心で計らって、迷ってきた。全徳施名の南無阿弥陀仏だもの。そのすべての徳を名に施し、回向してくださるお心をお聴かせに預かる。

 特集後は、インド仏跡の旅の感想集。別冊を計画したが、24名のうち、原稿を寄せてくれたのは、たった7名。短くてもいいとお願いしたのになー。別冊にせずに、華光誌に掲載。それにはちょっと長いので、少しずつ短縮することにした。皆さんに、インドは想像以上の強烈な体験だったようで、勢いのある文章が多くて、読みごたえはある。

 文章だけなら楽だが、少しは写真ものせたいので編集作業が難航しそう。

 さて、週末の法座です。華光誌の編集を予定していたので、遠方法座はなし。

1)華光誌輪読法座:6月13日(土)1時30分~5時 華光会館

 華光誌67-2号の誌上法話(生きる喜び)の後半の輪読。じっくり読ませてもらいます。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/06/rindoku2009-6.htm

2)聖典講座:6月14日(日)1時30分~5時 華光会館

 増井悟朗先生の、詳細な『御文章』の解説があります。もう37回目。前回、変更になった「三首の詠歌章」です。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/06/seiten2009-6.htm

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熊本・蓮光寺へ(2)仏青編

Img_5929  ご住職のご法話。ぼくがまだ子供の頃に、ご法話をいただいた以来だから、何十年ぶりにか拝聴する。

 ああ、この方は、しっかりと昔の骨太の華光でご聴聞されてきたのだなということが窺えるお話である。

 かなり気合いを入れて考えておられたようで、あれこれお話したいようだ。横川法語、羽栗先生の「本能心と教養心Img_5930_2 」、「人生の目的」、そして久しぶりに、「金のなる木、仏のなる木」のご法話も窺う。昔の華光誌の誌上法話にもあり、しばし悟朗先生がご法話されていたので、いまも事務所にプリントが残っている。しかし、この20年、いや30年はされてとはいないだろう。これは、真宗大辞典にも掲載されている和歌山の先生の教案である。聞法旅行で、その先生のお寺を尋ねた時に、お孫さんにあたる今はなきA先生からも窺ったことが思い出された。

 今回の説明は、「金のなる木」中心だったので、ぼくも、またの機会に、このお話をさせてもらいたい。

 ある人が、その話しぶりや、目まぐるしく話題が変わっていく様子を、「新しかった!」と喜んでいた。ある意味で新鮮なご法話だったし、改めて温故知新で有り難かったです。

 2日目の午前は、ぼくが法話。

Img_5941  なるべく平易な話を心がけて、「タネの話」を聞いてもらった。一般の方でも、当たり前と粗末にしていることが、実は「有り難い」ことで、さまざまな尊いご「縁」がないと、タネ(因)は花開かない。聞法が進むと、十重二十重のご因縁が感じられるようになり、そこだけでも、十分に喜べる身にさせてもらえる。ほんとうに、私が、ここにいるという事実だけでも、尊いことなのである。それはいくら喜んでも喜ぶたりないほどだ。でも、その喜びだけに留まっているならば、ただご縁を喜ぶだけの、縁他力なのだ。

 そこを一歩出ねば、意味はない。

 実は、わたしの自身、つまりわたしのもっている「タネ」(因)を聴かせてもちわねばならない。そのタネが、どんな花を咲かすのか。持ち物をみれば、行き先が分かるように、タネの中身を聴かせていただけば、わたしの行き先、後生がハッキリとしれている。実は、縁のところではなく、その私の物柄(タネ)のところで聴かせていただくしかないのだが、往々にして、「縁」のところだけで、きれい事の法悦でお念仏しているのが、大方なのである。

 ここのところは、懇ろにお示しいただき、ご聴聞させていただきたいところだ。


 ところで、参詣者は、ほぼ半数が、初めてみるお顔だった。S子ちゃんの友人に、K子ちゃんが、会社の同僚や友人の親子などが加わったのだ。その方だけでも、8名ぐらいおられた。いくら自宅が寺院で誘いやすいとはいっても、これまで、ご聴聞されたことのない方にお勧めする姿勢は、みんなも見習わねばならない。日頃の信頼の証だといってもいいだろうが、ともすれば、後先を考え、はからい、躊躇し、諦めるのが大方であろうに、その姿勢には脱帽した。

 それに今朝は、鹿児島からも、高齢者の方が3名加わった。これにも深いおいわれがある。実は、東京同人のご子息が、お念仏に出会われて、なんとかご両親に聞いてもらいたいの一心で、ご法座をお勧めしておられる。少し前にもご法座のご縁が整いかけたが、その時は、残念ながら体調を崩されて実現しなかった。満を持してのご法座だ。わざわざ会社を休まれ、年老いて両親の手を引いて熊本までこれらた。もうこれだけでも、尊いのに、ご両親に「仏法聞いてください。ご縁の喜びで留まらないでください」と、たのまれる姿が、また有り難かった。

 南無阿弥陀仏は、親が子を呼ぶ名乗りであるが、今生では、子が親に「聞いてください」と頭をさげることもあるんだなー。それに素直に応えられて、お参りくだされた親御さんも有り難いではないか。まだ聞法の緒で、廃立の世界には少し遠いか、鹿児島の強信なおばあちゃんとも、旧知のような法友になられた。善き友をえることこそが仏道のほぼすべてなのだと、釈尊はおっしゃったが、善き友、善き子に囲まれて、必ずや真心徹到の日が来ることであろう。

 それに刺激されたのか、K子ちゃんの母親へのお勧めも尊かった。それに子供大会の名物だった、K子節も久しぶりに堪能できた。彼女のための熊本仏青だったといってもいい。そして、「わたしが出て行かないので、仏様の方からお出かけくださって、お念仏Img_5950に合わせてもらいました」と、ご住職が涙ぐまれた姿も、尊かったなー。

 ここにも、親と子の尊さがあった。

 蓮光寺前で、ご一家と一枚。残念なから、K子ちゃんが不在。お寺を飾る「蓮光寺」の字は、悟朗先生の書だ。

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熊本・蓮光寺へ(旅行編)

 呉での布教を午前中で終えて、大急ぎで熊本へ。このままでは2時開始には間に合わない。もちろん、飛行機の利用も考えたが、広島→熊本という路線はない。

Img_5919  仕方がないので、呉線で広島駅まで戻り、博多まで新幹線に乗って、リレーつばめに乗り換えた。荷物入れなどが飛行機仕様になっていた。乗り心地も悪くない。日Img_5922 頃は博多までなので、この先を列車で行くのは初めてだ。

 そういえば、熊本に入るのだって、小学生の時の家族旅行以来だから、えーっと38年も前になる。あの時は、フェリーに乗って、父の運転での九州観光をして、阿蘇などに寄った。その壮大さに感激したこを覚えている。それで、思い出したが、アメリカ布教から帰ってきた父は、当時としてはかなりモダン仕様だった。すぐに、台所の畳とちゃぶ台はなくなり、食器が下に収納できるしゃれたテーブルになり、洋食が頻繁に食卓を飾るようになった。確かに、その数年後には、日本全体がそういう方向に向かっていくことになったが、一歩進んでいた。一流のホテルに宿泊させるのだと、羽田空港に迎えにいった時にはニューオオタニに止まったことも、うっすら覚えている。6歳のときだ。その夏には、テントを持参して、白浜へカーキャンプにでかけたりもした。また、ファミリーで長期旅行(1週間~10日間)もしたことがある。今なら珍しくないことばかりだが、40年以上前のこと。いま思うと、当時の庶民レベルとしてかなり進んでいたようだが、ほとんどが着物で働き、いまでもイスでも正座する、わりと古いタイプの母は戸惑わなかったのだろうか。

Img_5923 そんな個人的な想いに浸っているうちに、熊本駅に着いた。1時間20分ほど。わりと近い。そこから、豊肥線に乗り換えて、2駅目。5分で、いよいよ南熊本駅に到着した。Img_5925

 S子&K子ちゃんの故郷。遠路遥々、ここまで来ただけで、なんか感慨深い。

Img_5928  駅構内には、キヨスクの売店ではなく、無人の野菜販売 店。ふたりの故郷にふさわしいと感じていると、その横を、背中がザックリと露出した、目にもまぶしいパープルのボディコンに、足元はゴールドのハイヒールの若い女性が、さっそうと歩いていた(しまった! 撮影できなかった)。い、い、いつの時代やねん。常々、あのS子ちゃんから、その露出度の高いファッションセンスについて拝聴してきたが、その噂が真実であったことが検証できた。もうこの駅前だけでも来た甲斐があったというものだ。

 小学生のころから、一年一度の仏の子供大会を、一番の楽しみにしていたS子&K子ちゃんだが、二人は自分のお小遣いやお年玉をためて、参加費を自前で参加していたのだ。後にも先にも、そんな子供は他にはいない。二人もさることながら、「自分の聴聞だから」と言いきった、父親もたいそう立派ではないか。長年、華光会館に下宿されていたのImg_5946も、だてではないのだなー。

 お迎えをたのみ、蓮光寺に到着した。

 ご住職のご法話が始まったところだ。どうやら熊本城の観光組が遅れて、全体も遅れてスタートしたようだ。(つづく)

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宝物

 華光会館には、一般寺院のような歴史がない。

 しかも、無駄な余剰金などない所帯だがら、当然、寺宝などない。

 新興教団が大きくなると、信者の寄進(むしろ騙しとった?)された金で、絵画や美術品を買いあさるのが常であるが、華光会館を飾るものは、悟朗先生の書や水墨画、もしくは裕子の絵だ。これなち、華光誌の家内制手工業と同じく、お金をかけなくてすむ。

 でも、唯一のお宝もどきがこれである。

 もどきというところが悲しいが…。少しは由来がある。

Img_5794  「タンカ」(Thanka)とよぼれる、チベットで発達した独特の宗教画。チベット文化圏(チベットの他、中国のチベット系の自治区、ネパールやブータン、モンゴル、北インド方面)のもので、携帯用で、布に描かれ、いわば掛け軸のように表装されて飾られるらしい。一昨年の連合学会のときにも、大谷大学美術館でも、たくさん展示されていたが(→http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_974a.html)、以前、大学の専門家に見ていただいたが、観光客用の代物とは違って、少しは値打ちのあるものらしい(でも財産的価値はほとんどない)。

 じゃ、なぜそんなものが華光会館に? それなりに、おいわれがある。

 以前、華光同人に、自民党本部に出入りする業者の方がおられたのだが、その方がある議員から譲れ受けたもの。その議員も、ある国の大使(だったように思うが)からのブレゼントされたものだが、どうも裏に血の跡があるのだ。噂では、当初の所有者が旅先(携帯用なので)強盗に殺害されたおりのものだという、まことしやかな噂の尾ひれがついて、華光会館にやってきた。まあ、普通に考えても、日本人がもらったら、どうおまつりするのかもわらかず不安になり、手元に置いておくのが気味悪くなってきて、巡り巡って華光会館に寄進されてきたのである。

 久しぶりに道場に飾っていたら、数年間、チベットでマジ修行をていた仏青会員が見つて、「こんなところで、出会えるとは」と、感動されていた。

 中央の黄色い帽子姿が、ツォンカパ(1357-1419)という、ゲルク派(ダライ・ラマの率いるチベット仏教の最大宗派)の開祖にあたるそうだ。このツォンカパこそが、チベット仏教徒の理想なのである。ツォンカパの出現が、チベット仏教の大発展につながり、これが歴代ダライ・ラマの登場へつながるのだそうだ。そして、その勢力はチベットに留まらず、中国の満洲人やモンゴル人にも及ぶようになったの周知のとおり。

 先週、今週と、チベット仏教の高僧を主人公にした映画を続けて見たので、また触れてみたいなー。

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古き「信」を捨てよ

 金曜日は「真宗連合学会」に出席し、 土曜日・日曜日は支部長研修会。

 連合学会のことも、また支部長のことも、いろいろと書きかけましたが、共にあまりにも長編な、しかも小難しい話になってきて、これはうまく伝わらない感もあったでの、またの機会を狙ってみたいです。

 疲れました。

 それで、もう諦めて寝てしまうと思いましたが、一言だけでも、前を向いて、しっかり書いておこうとおもいました。

 どこかで、念仏者同士の悲しいことや、寂しい話にも、過敏になった気もします。

 でも、法蔵菩薩の確固たる願に生かせていただている身としては、その崇高な理念に基づいた念仏集団、僧伽(サンガ)の一員として、何を成すべきか、ほんとうに成すべきことはなんなのかを、改めて有り難く聞かせていただきました。

 いま、ここの私達の、この華光の集いでこそ実現できる、また発揮できるものがある。その可能性に目を向けるとき、たとえいかなる困難も、毒に沈む苦しみも超えて、必ず必ずなし遂げてみせるぞとの、法蔵菩薩の願心の顕れ以外にはないと思うわけです。

 慈悲と、智慧、そして自利利他が円満し尽くした南無阿弥陀仏のお心をいただくとき、この真如に背反し続ける煩悩具足のわが身にこそ、実はなせる仕事がある。そのことを、この迷い世界の中で、罪悪深重の身を抱えながら、歩ませていただくことの幸せを感じました。

 ひとりひとりの後生、聞法を援助することは、個人の成長と共に、同時に、小さながらも、華光に集うひと達の組織、僧伽の成長へともつながっていくはずです。

 たとえ、それが困難なことであっても、私達の華光の集いは、仏やご法、お念仏を尊ぶように、そのお念仏を求める仲間たちの、その心境が未熟でも、未信でも、頑でも、どういうありようをしていても、わがことのように尊重し合い、拝め合えるような集いでありたい!

「 いま、われ 甘露の門をひらく。
 耳のあるものは聴け。
 古き信は去れ」

 昨日までの古い信を捨てて、歩ませてもらいたい。

 そして、共に歩もう、共に喜ぼうという方々と、たとえ細々として歩みであっても、一歩、一歩を励ましあい、支えあいながら進んでいこう。

 「古い信」を捨てる-ぼくにぴったりの言葉です。

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呉、旅情編もしくは「兵戈無用」

 昼席のあと夜座まで、4時間以上時間があるので、お参りくださった華光同人と駅前でお茶を飲み、その後、ひとりでブラブラと呉市を散策。

 しばしば広島を訪れても、呉市は始めて。ここは、基地の町なんですね。

Img_5882  駅前から逆に歩いていくと、異様な光景が目に飛び込んできた。

 陸にあがった潜水艦。  Img_5883_2

 でも、単なるオブジェじゃない。れっきとして、海上自衛隊の施設で、4年前までは現役だった潜水艦で、今は入隊した隊員の教育施設としても利用しながら、同時に、「てつのクジラ館」として、自衛隊への理解を深めてもらう啓発運動の施設として役割を担っているとか。

Img_5890  そしてこちらは、戦艦大和を顕正する、「大和ミュージアム」。『男たちの大和』という映画の舞台になったことで、また脚光を浴びて、若い人たちも関心が深い。

 当時の世界最大級の戦艦だった大和は、すでに巨艦製造競争が終焉していたころの、いわば時代Img_5891の迷い子だった。

 それが、片道分の燃料しか積まずに、意味のない水上特攻に赴き沈没した理由は何か。「海軍に船は何隻残されているのか」という天皇の質問を、軍令部が、「海軍は何をしているのか」という叱責されたと捉え、この世界最大の軍艦を無傷のまま敗戦しては、陛下に申し訳がたりないという考えからだったという。

Img_5894 天皇制の特質、その暴走のメカニズムは、指導者の強い指導力や、誘導や鼓舞での発動になるのではなく、その実質はあくまでも、周囲が、お上の威光を、忖度(そんたく)するところにある。つまり、いまの言葉でいう、過剰に上の空気を読み、推し量っていった結果といっていい。
 そこには、「国や愛する人たちを守る」式の美辞麗句などはないのだと、森達也氏は指摘しいるが、これは、いまも同じではないか。ひとりひとりが、自分の頭で考え、冷静に判断するとことがない無責任体質は、いまも一向に変わっていない。

Img_5994  ところで、西教寺で、新デザインの「兵戈無用」(ひょうがむよう)バッチをいただいた。『大無料寿経』の五悪段の言葉で、兵戈とは、兵器のホコのことで、転じて戦争の意味がある。もちろん、戦争反対を訴え行動をすることは大切なのだが、ただ基地の町で、それをどう実現していくのかは、簡単なことではない。このあたりは、いろいろと考えることがある。
 ちょうど、1週間前に見た、イスラエルの戦闘兵士が駐留の実体を語る『沈黙を破る』と、今日、京都みなみ会館で見た、非暴力を貫きながらも侵略の悲劇にさらされるチベットのダライ・ラマを題材にした『クンドゥン』という映画からも教えられたが、長くなるのでまたの機会で。

 どうもゆったりした旅情編という話題ではなくなったなー。

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まずは呉の寺院で(2)

 10年以上前から毎月、広島での支部法座があり、しかも連れ合いが広島市可部の出身。初めての呉線も、義姉や親戚、また華光同人のおられる駅名を聞くと、俄然、親しみが湧いてきます。

Img_5918   ところが、鈍行は、なぜか超満員。しかもカープのユニホームを着たり、メガホンをもった人が多い。新球場で平日のデーゲームがあったにしては、ちょっと変な時間。まあ、そのうち空くだろうと立っていると、右手に海岸線が広がり、聞き慣れない駅名が続きだしても、乗客は減る気配はなく、結局、そのまま約45分ほどで呉駅に到着。すると、乗客もゾロゾロと降車。タクシーで聞いたら、年に一度だけ、呉の球場でのカープの公式戦で、呉市民のお祭りなんだそうですね。なーるほど、「持ち物を見れば、行き先がわかる」の典型。カープの野球帽を被り、メガホンをもった人が、ゾロゾロとお寺参りするわけもなく、野球観戦。その球場の近くのお寺なので、多少の影響があったのか、夜座のお参りは少な目でした。

 まずは、聞法の要点、聞き方のポイントを中心に、出来る限り平易な言葉で1時間足らずのご法話。「いま、ここの、自分」の身にかけて、「具体的」に、焦点を絞って聞く。つまりは、「本願を信じ、念仏申さば、仏に成る」-その本願がどう自分にかかっているのか、信じるとはどういうことか。念仏とは何か? 自力で称えるのか、他力なのか。そして仏とは? 私が仏に成るということはどういうことか。分かっているつもりにしないで、自分に引き寄せ重ねて聞いていく。百座、千座の聴聞も、自分が善人で、無常も罪悪も人事で終わっていたら、「人間一般を、なんとなく救う、お慈悲な仏様=ご先祖様」で、十分、有り難くなりますからね…。その意味で、まずは聞法の緒を聞いてもらった。

Img_5911 翌朝は「極重悪人唯称仏」のご法話。「極重悪人」の自覚について。まずは、「善人、悪人」の自己申告。お育てが行き届いていて、しっかりご法の前での悪人を聞いておられる。もちろん、後生と踏み出すところまではわかりませんが、少なくとも、本願のお目当てが、誰に掛かっているのかを聞いておられる。そこを、「大悲無倦常照我」で、私達の、縁に触れ、折に触れて、ときどきおこる「恒」の念仏や喜びの元は、時や場所を隔てず、人を選ばない「常」の大悲のお心から発起しているわけです。

 昼から真宗カウンセリングの体験学習。これが、予想以上にいい雰囲気で展開。最初、イントロのつもりで行なった「あなたは誰ですか」のワークが好評で、このあとの分かち合いも含めて、知らない同士が、短時間で深いところで交流。「結婚して3年たつけれど、嫁さんとより、初めてあった目の前の方へのほうが、正直な自分を聞いてもらえました」と言われる方、「何年も顔は合わせているが、初めてお声を聞かせてもらったり、車座でじっくり顔を合わせられてよかった」という方、そしてワークをすることで、隠している自分飾っている自分に気付かれたという発言も続きました。

 車座で座談形式にする予定はまったくなかったのだけれども、その場を信頼し流れにまかせていくと、進むべき方向が自然と見えてきます。このあたり、一度きりのライブそのもので、こちらのはからいは不要。ここらのまかせるあたりが、真宗カウンセリングや法座の醍醐味ですね。

 いい雰囲気が生まれた要因のひとつは、日頃から座談会に慣れておられる華光同人が数名加わってくださったこと。その力が大きかった。率先して気づきや感想を述べられるだけでも、実践的な意味がある。どうしも、講師や僧侶のお勧めは、「立派な」発言すぎて、ご門徒には敷居が高かったり、構えてしまったりするのが、同じ同行が、自分の言葉で発言されるのが続くと、参加者も自然と触発され、いい影響が起こってくるんですね。ぼくも、受容的にレスすることに勤めたので、全体的に温かい雰囲気となり、初めてお会いする方も、とてもいとしく思えてきました。

 ある方の発言から、最後は、「お念仏のワーク」をやってみる気になって-華光でも雰囲気のいいときだけ、まだ3回しかやったことないオリジナル-、多少、皆さんに遠慮や恥ずかしさがあるのか、ちょっとお念仏の声が小さかったものの、確実に皆さんのお心に何かが伝わったと思いました。

 でも、残念ながら時間オーバー。分かち合いができなっかったのは勿体なかったけれど、欲張って無理してもね。最初のワーク以外は、予定外の進行でしたが、ある程度、自分のなかに引出しや経験もあるので、あとは皆さんを信頼して、安心して座っておれた気がします。いつのまにか、自分の構えも融けていた気がしました。

 一転、夜の座は、「いのちの食べ方」で、具体的に私の無慈悲な姿、我が身の悲しい罪業について、具体的な屠畜を通じて聞いてもらいました。この地獄一定のわが身のところに、阿弥陀様のやるせない大悲のお心が、「常」にかかっているわけです。
 

Img_5917 3日目の朝は、大人、子供を交えた法座。30分法話と、法話の確認ですね。時間がなかってちょっと勿体なかったですが、まあまあでしょうか。

1)(どんな些細なことでもいいので)「法話の内容を思い出し話し合う」
2)「法話にタイトルをつける」(先生のいちばん話したかったテーマ)
1)2)を確かめてOKがでたら
3)「法話の感想や思いを話し合う」

という仏の子供大会のご法話後の分級座談のやり方を紹介してから、ご法話。ときどき話す「タネ」をもちいた「因縁生起」の「縁」と「因」をテーマにしたもの。実は、これを熊本では仏青用のご法話に、70分ほどかけて話したので、詳細はそちらで触れましょう。
 おかげで、いまほくたちが何を大切に、どこに焦点を当ててお聞かせに預かっているかを、改めて教えていただいた気がしました。

 今回は、華光で法話するような、後生や信疑廃立の要のところまで強調する以前のところ。それでも、「ピンポイントで、聴聞やご信心の要を、しっかり押さえてもらえました」と、お寺さんには好評(ご門徒は知らない)だったようですが、でも、そこだけでいつもいつも法座で続くと、ご門徒にきついので、ときどきは要のところを押さえてもらったり、聞きっぱなしではなく、聞いたところを「如是我聞」と確認し、口に出していきましょう、ということでした。

 ほんとうは、その「きつい」ところこそが、いちばん大事だと思いつつも、現実は、畳みの目ひとつ、ひとつずつを、行きつ戻りつしながら、前を向いて歩んでいくしかないんですからね。

 その意味で、華光に集う私達は、ご法話の内容も、聴聞の姿勢も、そして信仰座談会のあり方も、これまでの先輩同人からのお育てのおかげで、とてつもないことを、当たり前のこととして聞かせてもらい、実践していることが、いかに稀有なことか! 外から眺めてみると改めてそれかよくわかりました。

 ほんとうにもったないことやなー。

 お念仏のワークの受け渡しではないですが、大切に大切に育み、相続していきたいですね。

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まずは呉の寺院で

Img_5902  まずは、呉市の西教寺の支坊へ。真宗寺院でも大きなところは支店があるわけですね。知りませんでした。ここは本坊、支坊合わせて3ケ寺あるので、かなりのご門徒数があるでしょう。でも、ただ遺構が立派というだけではなく、ご門徒さんへの教化も行き届き、ご法座も工夫しながら勧めておられます。Img_5906

 ここで親鸞聖人の降誕会法要で、3日間の布教。

 ところで、真宗寺院の法座には、ほぼ決まったパターンがあります。

 法座の時間は、1時間30分~2時間まで。開始時間も、終了時間も時間厳守。特に開始時間はきっちり行事鐘がなります。報恩講なり、永代経なり、春秋の彼岸会なり、なんらかの法要ですから、当然、丁寧な勤行があります。そこに休憩と、最後の讃歌も含めれるので、実質の法座時間は、1時間弱~1時20分程度。夜座は、1時間以内の法話だけ、日中の座でも、前席40分、後席40分のご法話だけというところが多いです。別に本派だけでなく、大派や興正派の寺院でも、華光のご講師の先生のお寺でも、だいたい同じ。長年の慣習なんでしょうね。法話の時間内で質疑程度は尋ねることはありますが、あくまでご法話を拝聴したら、それで終了です。

 華光の法座に慣れていると、なにか不思議な気がします。だって、朝9時から夜10時まで、昼食と夕食休憩以外は、ずっと法座があって、法話は各1時間で、残りが信仰座談会。たぶん後の時間がメーンになる。しかも夜座が終了してからも、深夜の懇親会まで、法義話で盛り上がるなんて、ちょっとおかしい。しかも勤行を削ったり、法話を短くしてもらったり、さらには終了時間にはルーズで、延長されることも多い。休み時間を削ってまで、仏法讃嘆したいという、かなりの変わり者集団なんですね。

 一応、本山主導で、連続研修会というのがあって、「話し合い法座」を勧めてられますが、こちらも、やはり2時間単位。テーマがあって、まとめがあってというわけで、ほんとうの意味での自由な気持ちの表明や悩み事を出して、自己を打ち出していくという雰囲気にはほど遠い。そんな個人の成長を目指しているのではなく、あくまで正しい浄土真宗の知識を身につけてもらおうという色彩が強い。だから、ゆるいお勉強のような感じて、ハッキリ言って面白みにかけています。

 まあ、それはとにかく、真宗カウンセリングをご縁として、これまでの一方通行の法座から、共に育ち合う場を目指しておられます。当たり前のようで、こんなお寺さんは稀少。法話はともかく、信仰座談会になると、門徒さんの抵抗がありますから…。いくら講師から信仰座談会を要請しても、ご住職が本気じゃないとなかなか続きません。

 ということで、座談会や真宗カウンセリングへの期待もあって、初めてのご縁をいただきました。今回は、法座の後に座談会ではなく、昼座を使って「真宗カウンセリング」の集いを、大人・子供合同の「ビンゴ大会」法座で、法話も含めた30分ほどの法話の確認を行なうことになりました。(つづく)

 

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帰って来ました

  呉と、熊本(仏青研修会)での布教から、無事帰って来ました。

  呉が3日、熊本が2日。ほんとうにいい旅でした。

 いろいろ味わうこともありました。改めて、私達がお聞かせに預かっていること、目指していること、そしてこれまでに蓄積された財産のすばらしさを、再確認させてもらえた有意義な遠征でした。

 日頃は当たり前だと思っていることが、外にでるとその意義がよくわかります。特に、今日の教界の現実に触れてみれば、私達が受けていることが、とてつもなく凄いお育てであり、まさに稀有の中の稀有。また、そんな稀有なことが、当たり前になっている集いを継ぐ若い人たちが確実に育っていることも、なんとも有り難いことだと思いました。 

 ご法の味わいとは別に、呉や熊本での旅情を味わうことがあったので、今週は、このあたりの感想を中心に綴っていきます。

 気分がよかったので、久しぶりにブログのデザインを爽やかな雰囲気に一新。

 6月1日だものね。

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