『風の馬』
みなみ会館は、「タルチョー」、つまり五色のチベット仏教の旗で飾られていたが、インドやネパールの仏跡地でさんざん見てきた、あれだ。ある人が、「仏跡地は、何も
チベット人のものだけじゃないのに」と愚痴ておられた。たしかに、う んざりするほど無数にはためき、はた迷惑な話だ。また同じだけの多くのチベット僧にも出会った。(上は、ブッタガヤ)
ちなみに、五色は、青・白・赤・緑・黄で、それぞれが天・風・火・水・地の五大を表現している。経文が書かれている場合は、風に靡くたびに読経したと同じ功徳があるのだそうだ。また、別名は風馬旗とも言うわれ、風の馬が描かれている場合は、「ルンタ」と呼ばれて、仏法が風に乗って拡がるよう願いが込められている。(左は霊鷲山、クリックすると小さいですが、馬の絵のものがわかりますね)
それがこの映画のタイトル『風の馬』である。ただし、映画では、布ではなく、馬の絵の紙だった。
映画自体は、稚拙な内容で、VTRということもあって映像が安ぽいし、音楽も、演出も古い。悪いが、安物のテレビドラマという代物である。というのも、この前に、ソクーロフ監督の『チェチェンへ~アレクサンドラの旅』という、チェンチェン問題を扱ったきわめて完成度の高い芸術作品といっていい作品と2本続けて見たので、その落差を感じたのも事実だ。
しかし、これが、1998年に、チベットのラサや隣国ネパールで、監視の目を潜りながら撮影されたという政治的意義はある。時折、映像がラサの風景を映し出すが、実話をもとに、中国政府が、チベットの文化、民族、そして思想や信教までも不当に蹂躙し続けている弾圧下のチベットの現状の一端を垣間見ることができるのである。
舞台は1998年、チベットの首都ラサ。幼少期に、田舎の村で、無惨にも祖父を虐殺された兄妹と(ドルジェとドルカ)と、従妹のペマ。成長し、いまはそれぞれの人生を歩んでいた。地元のディスコの歌手とあって妹のドルカは,将来有望な共産党員の漢人の恋人の援助で、 夢を実現させていく。しかも、その漢人とチベット人の恋をブロバガンダに利用しようと企む党幹部の肝入りで…。一方、兄のドルジェは、定職もなく、酒に溺れ、退廃的な日々を過ごしていた。従妹のペマは尼僧として、僧院で修行に励みながら、チベットの現状を外国にも伝えようと考えていた。
これが、いまのチベットの若者の現実だという解説があった。地下に潜り命懸けの独立運動を行なうものもいるが、中国語を習得し同化しようと勤め成功する現実主義的な若者もいる。しかし、大方は、中国への同化を嫌悪しながらも、表立った抵抗運動はできず、しかもうまく定職が与えられず、頽廃的に暮らす若者も多いというのである。
天に手が届きそうな紺碧のヒマラヤの山岳地帯。人々は、祈りを書き込んだ「風の馬」という紙を風に乗せる。中国の侵略を受け、風の馬は力を失ったとのか、という兄ドルジェの嘆きから映画はスタートする。仏教をすべての中心にすえ、平和に生きようとするチベットの人達を、軍事力や暴力で同化させ、チベットの中国化を既成事実にしようとする中国政府の強大な権力の前では、無力のように思える。しかし、彼らは決してチベット人の誇りも、その信仰も捨ててはいない。その魂(スピリット)は死なないのだという力強い声が、最後の答えだ。
しかし、中国政府は、その信仰の無力化をはかるために弾圧を繰り返す。反革命分子としてのダライ・ラマの写真を禁じ、礼拝はもちろん、その名を口に出すだけでも罪、それどころか彼のことを考えることも悪だという通達をだす。まさに、思想や信教の過酷な弾圧が、仏教僧院を完全に支配するのだ。
ある日、尼僧のペマが、ラサの街角で、「チベットに自由を」と叫んだことから、たちどころに警察に拘束される。いたるところに監視の目が光り、監視カメラで管理されているのである。警察でも信念を曲げない彼女は、同じチベット人に公安によって拷問を受け、瀕死の危篤で釈放される。ドルジェの家族が、彼女を引き取り看病する。このことが、兄弟のように育った兄妹を結束させる。死期を悟った彼女は最後の力を振り絞り、知り合いの観光客の米国人にビデオカメラに恐ろしい現実を証言する。果たして、テープは無事に、国外に持ち出すことが出るのだろうか。
中国政府は、偽りの信教の自由をかかげ、中国に同化しないチベット人には、圧倒的な軍事力と暴力によって、その思想、信教という人の心を徹底的に弾圧しようとするのである。恐ろしいことに、中国に従順なチベット人を優遇することで、同胞の密告者となり、取り締まり、拷問するのも彼らの役割にして、同胞同士で潰し合いをさせるという狡猾な取り締まりを行う。一方で、盛んに漢人を移住させて支配させ、なし崩し的にチベット文化(信仰)を中国化・無力化しようとするのである。一度、弾圧された人たちには、チベットには居場所はない。一か八か、命懸けで、徒歩での過酷な峠越えを試み、ネパールやインドを目指すことになるのだが…。
チベット動乱50周年の今年、関連の書籍や音楽、映画も次々と上映される。これからもしっかり関心を持ち続けていきたい。
| 固定リンク
「映画(アジア・日本)」カテゴリの記事
- 映画「千夜、一夜」を新潟で見る(2022.10.24)
- 映画『名付けようのない踊り』(2022.02.09)
- 濱口竜介監督『ハッピー・アワー』(2022.01.06)
- 今年211本目は『CHAINチェイン』(2021.12.30)
- 終い弘法(2021.12.22)
コメント